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SFマガジン4月号「BLとSF2」 特集解説(水上文)

 2月24日発売のSFマガジン4月号、特集は「BLとSF2」。刊行に先がけ、特集監修の水上文さんによる解説を先行公開します。

★特集記事の全体像はこちら👇

■はじめに

  本特集「BLとSF2」の監修は、瀬戸夏子、水上文の両名が担当している。
 私たちは、ともにかねてよりBLジャンルに親しんできたファンであると同時に、ジェンダーをめぐる問題に関心を寄せてきたフェミニストでもある。
 そこで今回の特集では、BLにおけるジェンダーをめぐるSF的思考実験、、、、、、、、、、、、、、、、を掘り下げることを試みた。SFジャンルとBLジャンルの架橋を考えるにあたって、ジェンダーをめぐる問題意識は不可欠だと考えたのである。

■BLジャンルの歴史


  そもそも、BLジャンルとはどういったものだろう?
 BLは男性同性愛を描くものでありながら、非当事者である女性が書き手・読み手に多いジャンルである。もちろん、当事者や女性ではない人が当初から少なからずファンダムに存在してきたこと、またBLが一般に膾炙するなかで、ファンダムの外の社会に与える影響がますます大きくなっていることは事実である。
 とはいえ、ジャンルとしてのBLを考えるにあたっては、それがいわゆる「女性向け」文化であった事実を看過することはできない。過去には「JUNE/やおい」と呼び表されていたこのジャンルは、九〇年代に入り「ボーイズラブ/BL」という呼称の普及とともに色彩を変えながらより拡大していったが、その過程には、他の隣接する「女性向け」ジャンルが不可分に関わっていた。少女漫画や少女小説、あるいは二次創作。歴史をたどるには、商業的にJUNE/BLとラベリングされているもののみでは不十分なのである。
 したがって本特集では、隣接ジャンルとBLの接点に着目することを心掛けた。
 たとえば少女小説における先駆的なBL作品として名高い《炎の蜃気楼ミラージュ》シリーズの作者、桑原水菜へのインタビュー、および嵯峨景子による評論は、九〇年代少女小説とBLの接点を物語るものである。異性愛をメインに据える少女小説へのBL人気の広がり、少女小説からBLへの接近。別個のジャンルでありながら、そこには確かな交差があったのだ。
 そしてTLとBLの交差、BLで近年流行する「オメガバース」設定のTLへの輸入を語るcropの論考は、こうした「女性向け」ジャンル間の相互的な影響関係が現在も続いていることを明白にするだろう。
 また八〇年代から九〇年代のBL黎明期を知り、創作者として作品を多数著してきた高河ゆんへのインタビューは、まさしく時代の証言に満ちたものである。BL的「お約束」から外れた独自の立ち位置を築きつつ、流行を先取りしたかのような先駆的な作品を描いてきた高河ゆん──では逆に、「お約束」に賭けられてきたものとはなんだったのか。瀬戸による木原音瀬論は、九〇年代から現在に至るまで第一線で活躍するこの作家を掘り下げることで、BLをめぐる本質的な問いに相対するものである。
 しばしば語り落とされてしまうジャンル史の多様性を掬い取ること、BLとはいかなるジャンルかを仔細に捉えること、私たちが本特集で意図したのはそれであった。
 

■BLとSFの現在


 そして過去の歴史を取りこぼさずにいると同時に、現在に光を当てるべく私たちが着目したもののひとつは、近年BLジャンルで流行しているオメガバースなる設定であった。
 オメガバースとは、既存の性別二元論とは別の仕方での性──バース性──が存在し、また男性の妊娠・出産が自明視される世界観を描くものである。多分にSF的なこの設定は、BLとSFのジャンル的交差のひとつの形であるだろう。
 たとえば本特集の最後を飾る樋口美沙緒「一億年先にきみがいても」は、オメガバース設定を用いたBLでありつつ、古典的なSF小説としての風格も備えた一作である。
 それにしても、オメガバースは現実とどう関わっているだろう? なぜBLでこれほど支持を得ているのだろう。水上による評論は、この点について考察したものである。
 とはいえ、もちろん「BLとSF」はオメガバースのみに留まるものではない。本特集に掲載している作品群は、その現在形の多様性を感じるにうってつけである。
 たとえば長年商業BL作家として第一線で活躍している榎田尤利による「聖域サンクチュアリ」は、老いも暴力も排された未来を舞台に、痛みを、そして愛を求める様を描く。BLジャンルの核心と言って差し支えない「愛」がSF的世界観と絡み合う、特集の巻頭に相応しい一作である。
 続くSF作家である竹田人造による「ラブラブ☆ラフトーク」は、あらゆる物事に対して望ましい選択肢を提供してくれる「ラフトーク」が流通している世界を舞台に、平成BLを彷彿とさせる富豪の攻めと彼に振り回される平凡受けを描き出す。BLSFの明るい喜びに満ちた作品である。
 一方、BL作家である尾上与一による「テセウスを殺す」は、意志と身体をめぐるSF的思考実験とBLを掛け合わせた切なくもスリリングな作品だ。人は何によって人たり得るのか。哲学的問いを孕んだBLSFである。
 また本特集では、たとえば近年『魔道祖師』の翻訳刊行を皮切りに注目を浴びる中華BL小説の、本邦初翻訳短篇も掲載している。かつてのJUNEにも似た仄暗い色彩をもった本作は、読者に強い印象を残すだろう。中華BLの動向から今後も目が離せない。
 なおBL全般の最新の動向はセメントTHINGによるコミックガイドが、雄弁にジャンルの広がりを物語るだろう。あるいは個人的な体験を語るおにぎり1000米のエッセイは、今現在に限らないジャンルの重なりを示すとともに、SFとBLのクィアな架橋を指し示すものでもあるだろう。
 言うまでもなく、BLとSFを語る仕方は本特集がすべてではない。だが本特集によって、過去と現在、そして未来のBLとSFの可能性を、少しでも感じていただければ幸いである。

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SFマガジン2024年4月号
2月24日(土)発売
表紙イラスト:高河ゆん
表紙デザイン:岩郷重力+WONDER WORKZ。

書店、または以下のリンクからお求めいただけます。


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