『日本SFの臨界点』より、短篇SFガイド2020
伴名練=編『日本SFの臨界点[恋愛篇][怪奇篇]』が第41回日本SF大賞の最終候補作にノミネートされました。
記念に本アンソロジー2冊の巻末に収録されている、伴名さんによる怒濤の日本SF短篇ガイドを再公開します。世界で最もSFを愛すると評された作家が贈る、読者にSF小説を(さらに)好きになってもらうための15000字、ぜひともお楽しみください。
ーーーー[恋愛篇]編集後記より抜粋ーーーー
今回のアンソロジーが完全に趣味を優先した一冊になったので、「もっと今のSFシーンを分かりやすく教えてほしい!」というご要望もきっとおありかと思います。ここから先は、「恋愛」というくくりから離れて、最近、日本のSFが気になってきた、ちょっとSFを読んでみたい、という方向けのガイドです。
【Part1】SFが気になりはじめた方へのガイド
SFというジャンルが気になりはじめたものの、どこから手を付けていいか分からない、自分の感性に合う作家をなるべく広く、てっとり早く探したい──という方のためにまずお勧めしたいのが、(手前味噌ではあるが)、大森望・伴名練編『2010年代SF傑作選』全二巻(ハヤカワ文庫JA)。一巻はベテラン作家、二巻は新鋭作家の短篇を集めた本であり、この二冊で二〇一〇年代のSF界の書き手に触れる絶好のショウケースになっているはずだ。ここで気になった作家から手を伸ばしてみてはいかがだろう。どちらかといえば一巻にシリアス・ハード目の作品が多く、二巻は奇想や柔らかめの作品が多い気がします。
もちろん、たった二冊で現在のSFシーンを一望しようと思っても限界があり、『1』の巻末では、大森望がページ数の関係で収録できなかった新人作家として、松崎有理、宮澤伊織、オキシタケヒコ、門田充宏、高島雄哉、吉上亮、六冬和生、草野原々、法条遥、柞刈湯葉、赤野工作の名を挙げている。これらの作家の短篇も参照したい読者はいるだろう。前述の作家のうち、松崎有理「あがり」(創元SF文庫『あがり』)、宮澤伊織「神々の歩法」(創元SF文庫『年刊日本SF傑作選 折り紙衛星の伝説』)、オキシタケヒコ「What We Want」(創元SF文庫『原色の想像力2』)、門田充宏「風牙」(創元日本SF叢書『風牙』)、高島雄哉「ランドスケープと夏の定理」(創元日本SF叢書『ランドスケープと夏の定理』)、草野原々「最後にして最初のアイドル」(ハヤカワ文庫JA『最後にして最初のアイドル』)は、新人賞受賞作・候補作として高く評価された中短篇作品が単体で電子書籍になっている。柞刈湯葉、赤野工作はWEB小説サイト「カクヨム」に掲載した作品『横浜駅SF』『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』(ともにKADOKAWA)の書籍化でデビューを果たしており、どちらも「カクヨム」で現在でも無料で読めるが、短篇を選ぶなら柞刈湯葉は「たのしい超監視社会」(ハヤカワ文庫JA『人間たちの話』)、赤野工作は「【第15回】城隍大战(チェンファンダーヅァン)」(『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』)辺り。吉上亮の短篇は「未明の晩餐」(ハヤカワ文庫JA『伊藤計劃トリビュート』)がお勧め。六冬和生、法条遥については入手しやすい短篇が無いので、それぞれデビュー作『みずは無間』(ハヤカワ文庫JA)、『バイロケーション』(角川ホラー文庫)をご参照のこと。
『2010年代SF傑作選』以外にもう一冊挙げるとするならば、『日本SF短篇50 Ⅴ』(ハヤカワ文庫JA)は五巻本のアンソロジーの第五巻だが、二〇〇三年から二〇一二年のSF短篇を一年一篇ずつ計十篇収録しており、『2010年代SF傑作選』の二冊に収録されていない作家では、林譲治、冲方丁、高野史緒、伊藤計劃、山本弘、瀬名秀明の短篇をカバーしている。また、上田早夕里の《オーシャンクロニクル》シリーズの重要ピース「魚舟・獣舟」、小川一水の《天冥の標》の原点「白鳥熱の朝に」と、二〇一〇年代日本SFで大きく注目された巨大シリーズに近づける二篇も入っている。刊行が二〇一三年なので書店で見つからなければAmazonなどでどうぞ。
これでもまだ、ベテランサイドに割と名前の抜けがあるので、創元SF文庫『ゼロ年代日本SFベスト集成』全二巻もおすすめしたいところだが、これ以上遡ると、ハードルが高くなるかもしれないのでこの辺の説明(+『日本SF短篇50』全体の話)は[怪奇篇]に掲載のPart2で。
ここまでは、十年単位での回顧的かつ網羅性の高いアンソロジーを紹介してきた。では、なるべくリアルタイムに様々なSF短篇を追いかけたいという場合は何を読めばいいのか?
その疑問にお答えすべく、まずはSF出版社ごとの見取り図を描こう。現在、日本のSF短篇に大きくかかわっている出版社はメインで四社ある。内訳は下記。
■短篇発表媒体として〈SFマガジン〉を擁する早川書房。中~長篇新人賞「ハヤカワSFコンテスト」で新人を募っている。ハードカバーや、《ハヤカワ文庫JA》で日本SFを刊行。年次のSFランキング&ガイドムックである『SFが読みたい!』も刊行中。
■短篇発表媒体として《Genesis》を擁する東京創元社。新人賞「創元SF短編賞」で新人を募りつつ、ソフトカバーレーベル《創元日本SF叢書》、および《創元SF文庫》で日本SFを刊行中。
■短篇発表媒体として《NOVA》を擁する河出書房新社。ソフトカバーのSFレーベル《NOVAコレクション》は二〇一五年の円城塔『シャッフル航法』を最後に刊行が途切れているが、少ないながら日本SF作品集の刊行は現在も行われている。
■短篇再録媒体として《ベスト日本SF》を擁する(二〇二〇年から刊行し始める)竹書房。筒井康隆や草上仁などベテラン日本SF作家の短篇集についても、刊行を始めたばかり。
とりあえず、誰かのお墨付きが付いた作品を読みたい方にお勧めするのは、一年間に発表された短篇のうちからベスト作を選んで一冊にまとめた、竹書房の大森望編《ベスト日本SF》だろう。昨年までの《年刊日本SF傑作選》は大森望・日下三蔵編で東京創元社から刊行されていたが、今年刊行分の『ベストSF2020』(二〇一九年発表作品の精選)からは竹書房文庫での再スタートになる。創元SF文庫版は、編者二人でSF界全体をカバーしようとしていた分、多くの作品を集められて網羅性があった一方で、毎年ものすごい分厚さになり、周囲で「去年の年刊傑作選を読まないうちに今年のが出た」という声もよく聞かれた。竹書房版は単独編纂になり、作品数を絞っていると聞くので、初心者にも手軽に読み通せる本になりそうだ。『ベストSF2020』は二〇二〇年七月三十日刊行。
書き下ろし短篇発表媒体としての〈SFマガジン〉《NOVA》《Genesis》のどれに手を伸ばすかは、基本的には趣味の問題だろう。
〈SFマガジン〉は隔月刊行で、国内外の短篇発表以外に、長篇連載や作品レビュー、コラムなどを含めたSF総合誌である。現在、誌面の半分以上を長篇や記事などの連載が占めていることもあり、短篇だけ読みたい人向きではない。逆に、作家の追悼特集や百合特集など、毎号何らかの特集が行われており、特集内容によっては、自分が関心のあるテーマの短篇や記事をまとめて読むことができるという利点がある。まずは自分の「気になる特集」の号が刊行された際に手を伸ばしてみるのがよいだろう。
たとえば二〇二〇年六月二十五日発売(八月二十四日以前に書店に並んでいるのはこの号のはず)の〈SFマガジン〉八月号は日本SF第七世代特集とのことで、ハヤカワSFコンテスト出身作家を中心に、若手中の若手の短篇が載っている。掲載作が高木ケイ「親しくすれ違うための三つ目の方法」、麦原遼「それでもわたしは永遠に働きたい」、大滝瓶太「花ざかりの方程式」、草野原々「また春が来る」、三方行成「おくみと足軽」、春暮康一「ピグマリオン〈前篇〉」、津久井五月「牛の王」(長篇冒頭掲載)、樋口恭介「Executing Init and Fini」とのこと。先物買いの人はどうぞ。〈SFマガジン〉の特集内容は毎号、早川書房のnoteやツイッターなどで予告されているので要チェック。
早川書房は〈SFマガジン〉以外でも、『伊藤計劃トリビュート』『AIと人類は共存できるか?』『ILC/TOHOKU』のような書き下ろしアンソロジー、あるいは『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』のように〈SFマガジン〉の特集をもとにしたアンソロジーなどで、SF作家に短篇発表の場を確保している。
また、SFマガジン編集部はムック形式のブックガイド『SFが読みたい!』を毎年二月に刊行しており、年間ランキングをはじめ、SF作品の紹介企画を多数掲載した水先案内本として有用である。「何から読めばいいか分からない」という人はマストバイのガイド本です。
《NOVA》は不定期刊の、大森望責任編集による書き下ろしアンソロジー。文庫本ゆえの手軽さ・価格の安さで手が伸ばしやすい。明確な連載・シリーズ作品は《NOVA》の歴史の中でもあまり多くなく、予備知識なしに読める短篇が数多く収められている。参加作家もベテランから新人まで様々。ハヤカワSFコンテスト出身作家を前面に押し出す〈SFマガジン〉、創元SF短編賞出身作家を前面に押し出す《Genesis》と比較して、新人賞を持っていないが、両方の賞の受賞者やジャンル外からのデビュー者にも編者が積極的に声を掛けているため、恐らく作家の幅では随一だろう。なお、商業デビュー済の作家で《NOVA》に作品を投稿したい方は大森望のメールアドレス(ohmori@st.rim.or.jp)に送れば、読んで採用/不採用の返事をするとのことです。継続的に掲載される作家の比率が少なく、なかなか短篇集としてまとまらないのが難点なので、他社の編集者の方もチェックしましょう。最新刊は二〇二〇年八月または九月予定とのこと。
それから、《NOVA》とはまるで関係ない部署だと思いますが、河出書房新社では〈文藝〉も2020年春季号として『中国・SF・革命』という特集号を出していたりするので今後要注目。
《Genesis》は特殊なアンソロジー。創元SF文庫版《年刊日本SF傑作選》は「創元SF短編賞」受賞作掲載の場でもあったので、休止とともに受賞作掲載の機能は《Genesis》に移された。更に、「創元SF短編賞」受賞作家の新作を大量に掲載しているので、新人賞サポート・新人作家育成としての側面が強い。そこに創元版《年刊日本SF傑作選》収録作家や、堀晃・水見稜など、往年のSF読者を歓喜させる書き手も登板させたり、小説以外にコラムも掲載してアクセントを加えている。既刊は二冊だが、すでにシリーズものとなっている作品もある。ソフトカバー四六判二段組みという事情もあり、《NOVA》よりも高価格。東京創元社としてもその辺りは意識しているようで、創元SF短編賞出身作家に絞った書き下ろしの『宙を数える 書き下ろし宇宙SFアンソロジー』『時を歩く 書き下ろし時間SFアンソロジー』(創元SF文庫)が二〇一九年に刊行されており、コンパクトで手に取りやすい。《Genesis》第三巻は二〇二〇年八月刊予定。
基本的にはこの四社が重要な動きを見せているが、ここ五年ほどでも、光文社から『SF宝石』が出たり、講談社から『ヴィジョンズ』が出たり、文春文庫から『人工知能の見る夢は AIショートショート集』が出たり、集英社〈小説すばる〉がSF特集を出したり、〈Pen〉や〈WIRED〉がSFを取り上げたりと、SF界への援護射撃をしてくれることが時折あるので、関心があればどんどん手を伸ばしてほしい。
総括すれば、『2010年代SF傑作選』全二巻、『日本SF短篇50 Ⅴ』(こだわるのなら、前述した新人作家の短篇や、『ゼロ年代日本SFベスト集成』も)辺りで好きな作家を探して短篇集や長篇に手を伸ばす。そして年一の《ベスト日本SF》で昨年の傑作群を振り返りつつ、〈SFマガジン〉《NOVA》《Genesis》、あるいは雑誌や書き下ろしアンソロジーの好きな特集の号なり好きな作家がいる時なりに、お財布と相談しつつ手を伸ばしていけば自然と多くのSF作家に触れられるはずである。読むのが義務になった瞬間に心が離れていくので読みたいときに読みたいものだけを読みましょう。
グダグダ書いてきたものの、こんな風に頭でっかちにいろいろ考えず「表紙がオシャレだったから」とか「帯がカッコよかったから」とかそういう直感を信じて本を買う・読むのでももちろん何の問題もありません。本との出会いは得てして偶然によるものだと思います。
今回は紹介を紙媒体に絞ったが、WEBでは、『横浜駅SF』『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』や三方行成『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』(早川書房)の初出媒体となった小説投稿サイト「カクヨム」のSFタグ、「ゲンロンSF新人賞」を擁し次々に若手作家を世に送り出しているゲンロン大森望SF創作講座の「超・SF作家育成サイト」、日本SF作家クラブ有志によるネットマガジン「SF Prologue Wave」などにもSF作品が多く掲載されています。日経「星新一賞」の歴代受賞作もhontoにて無料配信中。
ーーーここから先は[怪奇篇]より抜粋ーーー
【Part2】昔の日本SFが気になりはじめた方へのガイド
現代の日本SF作家で気になる人のものは概ね読みつくしたけれど、もう少し歴史を遡ってみたい、という人(大学SF研なら三年目くらいの人)のための案内である。
まずは【Part1】でも名前だけ挙げた、大森望編『ぼくの、マシン ゼロ年代日本SFベスト集成〈S〉』『逃げゆく物語の話 ゼロ年代日本SFベスト集成〈F〉』(創元SF文庫)。これらはゼロ年代すなわち二〇〇〇~二〇〇九年のSF短篇を精選したもので、『2010年代SF傑作選』では漏れてしまった、八〇~九〇年代デビューの(現在も活躍する)作家についてもかなり広く押さえている。〈S〉の方が未来や宇宙やテクノロジー寄りの作品、〈F〉の方がファンタジーや幻想寄りの作品なので好みに合わせてどうぞ。
そして、【Part1】でⅤ巻を紹介した『日本SF短篇50』(ハヤカワ文庫JA)。これは日本SF作家クラブの五十周年記念事業で編纂されたアンソロジーで、一九六三年から一年ごとに一作品で五十作を集めたアンソロジーになっている。解説で各十年ごとの歴史も概説されているので当時のSF出版の動きも分かる優れものだ。収録作は下記。
Ⅰ(一九六三年~一九七二年)
光瀬龍「墓碑銘二〇〇七年」/豊田有恒「退魔戦記」/石原藤夫「ハイウェイ惑星」/石川喬司「魔法つかいの夏」/星新一「鍵」/福島正実「過去への電話」/野田昌宏「OH! WHEN THE MARTIANS GO MARCHIN' IN」/荒巻義雄「大いなる正午」/半村良「およね平吉時穴道行」/筒井康隆「おれに関する噂」
Ⅱ(一九七三年~一九八二年)
山野浩一「メシメリ街道」/眉村卓「名残の雪」/矢野徹「折紙宇宙船の伝説」/小松左京「ゴルディアスの結び目」/横田順彌「大正三年十一月十六日」/夢枕獏「ねこひきのオルオラネ」/神林長平「妖精が舞う」/梶尾真治「百光年ハネムーン」/新井素子「ネプチューン」/大原まり子「アルザスの天使猫」
Ⅲ(一九八三年~一九九二年)
山田正紀「交差点の恋人」/田中芳樹「戦場の夜想曲(ノクターン)」/栗本薫「滅びの風」/川又千秋「火星甲殻団」/中井紀夫「見果てぬ風」/野阿梓「黄昏郷」/椎名誠「引綱軽便鉄道」/草上仁「ゆっくりと南へ」/谷甲州「星殺し」/森岡浩之「夢の樹が接げたなら」
Ⅳ(一九九三年~二〇〇二年)
大槻ケンヂ「くるぐる使い」/宮部みゆき「朽ちてゆくまで」/篠田節子「操作手(マニピュレーター)」/藤田雅矢「計算の季節」/菅浩江「永遠の森」/小林泰三「海を見る人」/牧野修「螺旋文書」/田中啓文「嘔吐した宇宙飛行士」/藤崎慎吾「星に願いを」/北野勇作「かめさん」
Ⅴ(二〇〇三年~二〇一二年)
林譲治「重力の使命」/冲方丁「日本改暦事情」/高野史緒「ヴェネツィアの恋人」/上田早夕里「魚舟・獣舟」/伊藤計劃「The Indifference Engine」/小川一水「白鳥熱の朝に」/飛浩隆「自生の夢」/山本弘「オルダーセンの世界」/宮内悠介「人間の王 Most Beautiful Program」/瀬名秀明「きみに読む物語」
前から順に読んで途中で挫折した人を何人も知っているので、好きな時に好きな巻から読んでください。たぶんⅤが最初でいいと思います。もちろん日本SFの歴史を全て含めようとすれば五十人ではおさまりきらないし、日本SF作家クラブ会員の作品のみ集めており非会員の作品は入っていないという事情もある。
そこで追加で推すのが、大森望が編んだ『SFマガジン700 日本篇』(ハヤカワ文庫JA)。SFマガジン七百号記念で二〇一四年に出版された本で、SFマガジン掲載で書籍未収録の作品を、小説だけでなくマンガやエッセイも含め集めたアンソロジー。『日本SF短篇50』を補うべく、日本SF作家クラブ非会員の短篇も多く集めている。収録作は以下。
手塚治虫「緑の果て」/平井和正「虎は暗闇より」/伊藤典夫「インサイド・SFワールド この愛すべきSF作家たち(下)」/松本零士「セクサロイド in THE DINOSAUR ZONE」/筒井康隆「上下左右」/鈴木いづみ「カラッポがいっぱいの世界」/貴志祐介「夜の記憶」/神林長平「幽かな効能、機能・効果・検出」/吾妻ひでお「時間旅行はあなたの健康を損なうおそれがあります」/野尻抱介「素数の呼び声」/秋山瑞人「海原の用心棒」/桜坂洋「さいたまチェーンソー少女」/円城塔「Four Seasons 3.25」
もうひとつ、忘れてはならないアンソロジーが《日本SF全集》(出版芸術社)だ。これは、全六巻で八十作品を収録して日本SFの歴史を総括しようと試みたもの。分厚いハードカバーの二段組みで、『日本SF短篇50』より高価ではあるが、その分、収録した作家数は一・五倍。これは現在、目次がWEBで探しにくくなっているが、収録作は下記。
●第1巻 1957‐1971 日本SFの誕生!!
星新一「処刑」/小松左京「時の顔」/光瀬龍「決闘」/眉村卓「通りすぎた奴」/筒井康隆「カメロイド文部省」/平井和正「虎は目覚める」/豊田有恒「両面宿儺」/福島正実「過去をして過去を──」/矢野徹「さまよえる騎士団の伝説」/今日泊亜蘭「カシオペヤの女」/石原藤夫「イリュージョン惑星」/半村良「赤い酒場を訪れたまえ」/山野浩一「X電車で行こう」/石川喬司「五月の幽霊」/都筑道夫「わからないaとわからないb」
●第2巻 1972‐1977 SFブーム到来!!
田中光二「メトセラの谷間」/山田正紀「かまどの火」/横田順彌「真夜中の訪問者」/川又千秋「指の冬」/かんべむさし「言語破壊官」/堀晃「アンドロメダ占星術」/荒巻義雄「柔らかい時計」/山尾悠子「遠近法」/鈴木いづみ「アイは死を越えない」/石川英輔「ポンコツ宇宙船始末記」/高斎正「ニュルブルクリングに陽は落ちて」/河野典生「機関車、草原に」/野田昌宏「レモン月夜の宇宙船」/鏡明「楽園の蛇」/梶尾真治「美亜へ贈る真珠」
●第3巻 1978‐1984 SFの浸透と拡散
新井素子 「あたしの中の……」/夢枕獏「蒼い旅籠で」/神林長平「言葉使い師」/谷甲州「火星鉄道一九」/高千穂遙「そして誰もしなくなった」/栗本薫「時の封土」/田中芳樹「流星航路」/式貴士「われても末に」/森下一仁「若草の星」/岬兄悟「夜明けのない朝」/水見稜「オーガニック・スープ」/火浦功「ウラシマ」/野阿梓「花狩人」/菊地秀行「ノクターン・ルーム」/大原まり子「銀河ネットワークで歌を歌ったクジラ」
●第4巻 1985‐1989 新世代作家の台頭
草上仁「サルガッソーの虫」/中井紀夫「山の上の交響楽」/東野司「任務」/大場惑「ブレイキング・ゲーム」/清水義範「もれパス係長」/笠井潔「ニルヴァーナの惑星」/椎名誠「水域」/久美沙織「OUT OF DATA」/菅浩江「そばかすのフィギュア」/牧野修「インキュバス言語」/宮部みゆき「燔祭」
●第5巻 1990‐1997 SFとホラーとファンタジー
酒見賢一「追跡した猫と家族の写真」/恩田陸「大きな引き出し」/佐藤哲也「ぬかるんでから」/北野勇作「シズカの海」/瀬名秀明「メンツェルのチェスプレイヤー」/小林泰三「時計の中のレンズ」/森岡浩之「スパイス」/高野史緒「空忘の鉢」/田中啓文「銀河を駆ける呪詛」/秋山完「天象儀の星」
●第6巻 1998‐2006 SFの未来へ!!
飛浩隆「夢みる檻」/山本弘「メデューサの呪文」/藤崎慎吾「コスモノーティス」/古川日出男「物語卵」/森奈津子「西城秀樹のおかげです」/古橋秀之「終点:大宇宙!」/上遠野浩平「ロンドン・コーリング」/秋山瑞人「おれはミサイル」/平谷美樹「量子感染」/野尻抱介「沈黙のフライバイ」/林譲治「エウロパの龍」/小川一水「老ヴォールの惑星」
各巻巻末では座談会形式で各作家の作風について触れられている。なお、「二〇〇六年」までの区切りになっているのは、二〇〇七年以降は創元SF文庫《年刊日本SF傑作選》が存在するため。つまり理論上は《日本SF全集》六冊と創元SF文庫《年刊日本SF傑作選》十二冊を読めば日本SF史が一望できることになる(今から十二冊読むのは大変だが)。
もっとも、《日本SF全集》は二〇一四年に第三巻が刊行されて以降、続きが出る気配がない。正直なところ四巻以降の収録作品には『日本SFの臨界点』に採りたいものもあったが、今後の刊行を信じて今回は断念した。
特筆したいのは第二巻の顔ぶれ。第一巻「日本SFの誕生!!」収録作家は十五人中十二人までが『日本SF短篇50』に入っているが、第二巻「SFブーム到来!!」では十五人中六人しか『日本SF短篇50』には入っていない。SFブームで大量の作家がSF界に登場したことが見て取れる。オールタイムベストに入ってくる作品も複数含んでおり、よほどの大型書店でなければ新刊では置いていないと思うが、きわめてお得な一冊としてお勧めしたい。
ここまでいちいち作家・作品名を挙げ続けたのは、日本SF史を概括するアンソロジーに収録されてきた書き手が(著者本人や著作権継承者の意向で収録NG、という場合はあるにせよ)どういったメンバーであり、どんな短篇が代表作とみなされてきたのか、目次を見るだけでもざっくりと知ってもらえるだろうという気持ちからである。知らない作家がいれば、どういう風にデビューしてどこの雑誌で活躍しどんなSF作品を書いてきたのか調べるだけでも面白い。そうして手を伸ばしていった作品が面白ければ喜びもひとしおである。そういうことを繰り返してきた私個人の感想かもしれませんが。
SF大会のファン投票で決定される「星雲賞」受賞作の一部を集めた、大森望編『てのひらの宇宙 星雲賞短編SF傑作選』(創元SF文庫)も、歴史を詳細に把握はしづらいがコンパクトに名作群を集めているので一読の価値あり。他に夢枕獏・大倉貴之編『大きな活字で読みやすい本シリーズ 日本SF・名作集成』(リブリオ出版)全十巻は境界領域の作家も含み、知名度の低い作品を集めてかなり野心的な目次になっているが、これは、一冊の収録数を抑えて大活字本にした特殊な形態のため、図書館で手に取るのが手頃なシリーズだ。ハヤカワ文庫JA『ゼロ年代SF傑作選』は〈SFマガジン〉の若手特集号の書籍化なのでやや異質。
あとは年次別で冊数のあるシリーズ、第一世代を知るうえで便利な筒井康隆編『60年代日本SFベスト集成』及び『70年代日本SFベスト集成(1~5)』(以上、ちくま文庫)、一年間の〈SFマガジン〉掲載作から精選した『S-Fマガジン・セレクション〈1981〉~〈1990〉』全十冊(ハヤカワ文庫JA)、二〇〇七年発表分から二〇一八年発表分までの作品を毎年まとめた大森望・日下三蔵編『年刊日本SF傑作選』(創元SF文庫)全十二冊などがあるが、ここまで行くと分量が膨大になり、趣味の領域となる。好きな巻を好きに読みましょう。
そしてそんな年次別のアンソロジーも出ていない時代の作品は、基本的に雑誌などを漁るしかなく、私がやっていることでもあるが、趣味というか道楽のゾーンになる。
SFではないものの、他大の読書系サークルで上回生が下回生に何十冊もある必読リストを押し付けた結果、下回生が逃げ出したという話は、何例も聞いたことがある。読書会でもないのに「読まなければならない本」を他人に押し付けていくのは基本的にロクなSF読者では無いので距離を取るようにしてください。ここまで色々と書き連ねてきた私が教養主義を批判しても説得力が無さそうだが、SF界の未来のために、「SFファンを名乗りたいなら千冊読め」というタイプの人間は丁重にお引き取り願いましょう。
また、「このシリーズを全部読む!」「このリストの作品を全部読む!」と決意してもモチベーションが続かなかった結果、かえってSFから離れるというのも想定しやすいパターンなので、勉強しなければならないとか義務感にかられてやるのはやめておいたほうが無難です。だいたい現代のSFも読みたいですしね。
積んであった本をふとした時に手に取って読んだら、何十年も前の作品が自分の心に突き刺さる、そういう幸運な出会いを求めたいものです。今回本書に収録したものの中にはそんな出会い方をした作品が含まれています。
【Part3】日本SFを読み続けてきた読者へ(伴名練は何をしようとしているのか)
面白いSFをなるべく広い読者に読んでもらいたい。可能であれば、面白い作品であるにもかかわらず埋もれたものをなるべく発掘したい。それが願望である私にとって、Part1・Part2に「名前の出てこなかった」作家の作品群を、少しでもカバーすることは、課題の一つである。
〈SFマガジン〉〈SFアドベンチャー〉〈奇想天外〉〈SFJapan〉を中心とするSF雑誌に多数の作品を発表しながらも、短篇集がジャンルSF外の出版社から刊行されたり、そもそも刊行されなかったりして、SF界でもほとんど忘れられた作家。あるいはまた、ジャンルSF媒体とは別の場所で作品を発表していたがために、当時のSF雑誌の書評で取り上げられたものの、SFの歴史の中では傍流扱いされ語られなくなった作家。SF系の新人賞や雑誌上の企画でデビューしながらも、媒体の消失や変化によって活動が見えなくなっていった作家。日本SF史にはそういう書き手が少なからず存在する。
長篇作品なら一冊の本として刊行されているので、いったん歴史に埋もれてしまったものでも、どこかの編集者が目を付けて復刊することで、再評価のチャンスを得るというルートがある。しかし、短篇となると、様々な雑誌、あるいは《SFバカ本》《異形コレクション》《NOVA》のような書き下ろしアンソロジーに載ったまま、ほとんどの場合作者自身が掘り起こそうとしない限りは忘れ去られてしまう。
多くのSFの影響を受けて小説を執筆し、活動時期にたまたま《年刊日本SF傑作選》が存在する僥倖に恵まれたために短篇集刊行にこぎつけた私には、できる限りそういった忘却、散逸を防ぎたいという気持ちがある。
もちろん、SFの黎明期から現代までを完全にカバーすることは困難であり、ある程度の限界を意識しなければならないと思う。そこで念頭に置くべきは時代区分だ。
ここで参照したいのが日下三蔵『日本SF全集・総解説』(早川書房)。この本はみなさんご存知の通り、アンソロジーではなく、「各作家一冊で架空のSF作家全集を編み、その目次・内容を紹介する」ことで作家紹介に変える特殊なブックガイドである。その目次をご覧いただきたい。
【第一期】星新一/小松左京/光瀬龍/眉村卓/筒井康隆/平井和正/豊田有恒/福島正実/矢野徹/今日泊亜蘭/広瀬正/野田昌宏/石原藤夫/半村良/アンソロジー(安部公房、新田次郎、都筑道夫、佐野洋、加納一朗、生島治郎、河野典生、山野浩一、石川喬司、久野四郎、宮崎惇、斎藤哲夫、戸倉正三、畑正憲)
【第二期】田中光二/山田正紀/横田順彌/川又千秋/かんべむさし/堀晃/荒巻義雄/山尾悠子/鈴木いづみ/石川英輔/鏡明/梶尾真治
【第三期】新井素子/夢枕獏/神林長平/谷甲州/高千穂遙/栗本薫/田中芳樹/清水義範/笠井潔/式貴士/森下一仁/岬兄悟/水見稜/火浦功/野阿梓/菊地秀行/大原まり子
第三期までで一冊にまとまり続きが書かれていないので、日本SF史の前半のみとなっているが、それはさておき、上記の作家名を見てピンと来るのではないかと思う。実は『日本SFの臨界点』にはこの作家勢は一人も入っていない。つまり【第一期】~【第三期】に入った作家は、日下三蔵が全短篇を一度は読み通しているはずなので、いつか日下三蔵編の短篇集が編まれる可能性がある。そこで『日本SF全集・総解説』収録作家の短篇は一切入れないことに決めたのである。そうでなければ久野四郎「勇者の賞品」とか水見稜「ピナの生成と消滅」とか鏡明「一秒二四コマ」とかを入れたかった。
日下三蔵に限らず、日本SFには、古典(第一世代以前)から第二世代くらいまでの研究をする人は私の体感ではかなり多く、第一世代作家を中心とした再録アンソロジーは、他の世代に比べれば数多く出版されている。
『60年代日本SFベスト集成』と『70年代日本SFベスト集成』シリーズは二〇一四年、二〇一五年に再刊されたばかりだし、二〇一六年には日本SF作家クラブの『巨匠たちの想像力』全三巻(ちくま文庫)が刊行された。二〇一八年から刊行されている、小学校高学年以上を対象読者とした日下三蔵編『SFショートストーリー傑作セレクション』(汐文社)は既刊六巻を数え、順調に若い読者を増やしている。こういった企画が通るのは、担当者の努力のほかに、第一世代作家の強さ──国語の教科書にまで使われるような、ジャンルSF外にも名前の届くポピュラリティ、ファンの多さ、作品数からくるバラエティ、作品の短さなど様々な要因があると感じている。私も、大学一年生の時に「SFアンソロジーを編め」と言われたら第一世代の短篇を選びまくっていたと思うが、今ではその役目を私が担う必要はないだろうと理解している。
だからこそ、私は別の時代、たとえば八〇年代の半ばごろから二〇〇六年(《年刊日本SF傑作選》以前)までに多くの短篇を書いた作家の作品を少しでも再発掘したい。この時期は〈SFマガジン〉に何作も掲載されているのに本になっていないとか、〈SFアドベンチャー〉〈SFJapan〉に新人として登場し短篇を量産したのにそれきりというケースが多い。ラノベ誌や〈獅子王〉〈グリフォン〉なんて雑誌もあった。SFが今ほどには注目されていなかったタイミングゆえ正当な評価を浴びにくかった作品に、改めて光を当てたい。
また、この時代の作家であればまだ存命の方が多く、現在、SF執筆から遠ざかっていても、きっかけがあれば新しい短篇集を出したり、SF界に戻ってきてくれる可能性もある。そういった祈りがこの二冊のアンソロジーには込められている。
もちろん、過去の作品ばかりに目を向けていれば懐古主義とも紙一重なので、新しめの作品と一緒にして読者のもとに届けたい。今回の本が売れればそういった試みを続けられるだろうが、売れなくて次の企画が通りにくくなった場合にも、ほとぼりが冷めた頃に改めて(より売れそうな手法を模索しつつ)続けたいと思っている。
とりあえず、『変な小説 奇想・実験SF傑作選』なら速やかに、『恋愛SFアンソロジー』ももう一冊すぐに編めます。『猫・犬・その他もろもろ どうぶつSFアンソロジー』とか『改変歴史SFアンソロジー』とかなら少しだけ時間を頂ければできます。「こういうSFアンソロジーを編んでくれないか」というご用命も手伝えそうなら承ります。
一方でそういう再発掘活動にのみ邁進したいわけでもなく、二〇一〇年代デビューかつ出版点数のまだ少ない作家の短篇だけ、それも『2010年代SF傑作選』に比べてバランスを意識せず全部エッジ作品だけで固めた『現代日本SF最前線』みたいなアンソロジーとかも編ませてもらえるなら編みたい。いずれもご興味お有りの編集者の方はご一報ください。小説を書くのもやらなければならないので、ちょっとお待たせするかも知れませんが。
読者の方や書き手の方にこの二冊のアンソロジー(『日本SFの臨界点』[恋愛篇][怪奇篇])が届くことで、少しでも日本SFの未来に資することになれば、これ以上の喜びはない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
伴名練さんが2020年の今、いちばん読んでほしい短篇を集めたアンソロジー『日本SFの臨界点』。ハヤカワ文庫JAから大好評発売中です。