「文学界の大いなる問題児へ」 書評家・豊﨑由美氏のエッセイを特別公開

悲劇喜劇3月号(2/7発売)では、昨年の岸田國士戯曲賞選考会で高い評価を受けた劇作家・市原佐都子さんの中篇小説『マミトの天使』を掲載。
今回は市原さんに寄せた書評家・豊﨑由美さんのエッセイ「文学界の大いなる問題児へ」を、早川書房のNOTEで公開します。

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文学界の大いなる問題児へ   豊﨑由美(書評家)

 あんなみっともないものをぶら下げているわりには、ヘテロの男性作家で身体性にまつわるあれこれにえげつなく迫る作品を書く人が少ないのは、やはり、あのみっともないものを「陽物」「陽根」「ファルス」と称揚する文化が背景にあってのことなのだろうか。対して、ヘテロやレズビアンといった違いを超えて、女性作家に身体性への強いこだわりが見える作品を書く人が多いのは、子宮や卵巣が外からは見えず、性器にまつわるすべてに「陰部」「陰唇」「陰核」と、ネガティブな字をあてられてきた経緯が関係しているのだろうか。しているに決まっているのである。
 イヴ・エンスラーの『ヴァギナ・モノローグ』(白水社)という本がある。劇作家である著者が、数多くの女性にヴァギナについてインタビューし、上演台本化したものをまとめたものだ。六歳の女の子が、自分のヴァギナを〈きれいな赤い桃。それか、宝石箱で見つけたダイヤで、それはわたしだけのものなの〉とたとえる一方で、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争時にセルビア兵によって妊娠するまで繰り返しレイプされるキャンプに収容された女性は、〈わたしのヴァギナ、いきいきとしたたる水の村/そこを彼らは侵した。踏みにじり、焼き払った。/わたしがそこに触れることは、もうない。/訪ねていくこともない。/今は遠く離れた場所に住んでいる。/どこか知らない場所に〉と悼む。〈口にされなければ目に見えず、認められることもなく、忘れ去られてしまう。口にされないものは秘密になり、秘密は恥と恐れと迷信を生む〉とはイヴ・エンスラーの言葉だが、だからこそ多くの女性作家は自らの身体について言葉を費やそうとしているのだ。
『マミトの天使』という行儀の悪い小説を読んで、市原佐都子もまたその系譜に連なる作家なのだと、わたしは思った。
 ダニがうようよいる汚い煎餅布団の上で、特に愛も執着もないセックスをするような男・タロー君とつきあい、小さなスーパー〈マミト〉でバイトをしている〈私〉が、子供の頃、実家で飼っていた茶色い雑種犬ミヤを思い出したのを契機に、過去のあれこれを引きずり出してくる──という構成的には特に珍しいところのない小説なのだが、別に強がりでもなんでもなく〈私なんてこの世界でいてもいなくても同じで、ほっとするわ。はあ、このまま適当に息するわ。そんな希望がタロー君の隣、毛布にくるまれていると湧くのだった。〉と思う主人公の、リア充どもから見たら荒廃しているとしか思えないかもしれないが、本人にとっては平らかな心境をあぶりだす語り口が素晴らしい。
〈このミヤとは何者なのか。いま流れているのは何のニュースなのか。すべてがわからなかった。隣を見ると、お姉ちゃんは目を細め微笑で手を振っていた。(略)私たち家族の顔はミヤのものまねにとても向いているようだ。衝撃が走った。なんだろう、この新感覚。この面白さは。奇妙。〉〈ミヤっちゃ。すごいんよ。(略)偉いし、家族で有名なんよ。うちのイヌは雑種やけどミヤと顔が似とるけミヤにしたんよ〉という禁断の宮家いじりが、スクールカースト最下層にいる友人のイーコと自分の、教室内における高度に自虐的な身の振り方の中に、さくっと挿入される。
 うんこが我慢できなくて自宅の庭で排泄したら、ミヤがそれを食べてしまうくだりも過激だ。
〈お尻の肉に乾いた鼻先が触れた。かと思うと湿っぽい息を一瞬感じ、湿気た生き物が肛門めがけて這いずって来る。その感触に驚き、パンツが脚と脚の間にひっかかったままでうまくバランスをとることができず、私は地面に手をつく。「あ」肛門に舌が触れた。(略)触れてみると、それはひりひりの肛門にとって待ってた感触という気がした。(略)「ここに穴がある」そのことを強く感じさせた〉
 なんてユニークなヰタ・セクスアリス。市原には「すばる」二○一六年六月号に掲載された「虫」という短篇作品もあり、そこには恐ろしくまずい弁当屋で働く二人の女性の生活と生々しい下半身事情が描かれているのだが、ミヤに食べさせるための立派なうんこをひり出すべく苦手な野菜も食べ、〈肛門のために口があ〉ると思うに至る、『マミトの天使』における小学生時代の〈私〉の身体性はその先を行っていると言わざるを得ない。
 肛門を舐めてほしいと頼んで、変態扱いされてしまう大人の〈私〉。ミヤが庭から脱走していなくなった喪失感からか、過食症的に食べ肥えてしまい、集めていたミヤの抜け毛を裸身にまとわせ踊る小学生の〈私〉。ブスだろうが、デブだろうが、変態だろうが、〈どうしたって生きるわ。このまま適当に息するわ。〉と開き直るふてぶてしい〈私〉。
 市原佐都子の小説の中には、男性作家の作品の中には決して登場しない、ドリームのひとかけらもまとわない女が、うんこもすれば経血も垂れ流す女が、立体的で高めの体温を備えた身体をもって現れる。それが痛快だ。頼もしい。このまま脇目もふらず突っ走って、文学界の大いなる問題児になっていただきたい。(「悲劇喜劇」2018年3月号)

※市原佐都子さんの中編小説『マミトの天使』冒頭はこちら


●著者略歴:豊﨑由美(とよざき・ゆみ)書評家。一九六一年生まれ。『週刊新潮』『GINZA』『TV Bros.『婦人公論』などで書評を執筆。文芸のみならず、演劇、競馬、スポーツ、テレビドラマなどエンターテインメント全般を得意とする。著書に、『文学賞メッタ斬り!』シリーズ(パルコ出版/大森望との共著)、『百年の誤読』(ちくま文庫/岡野宏文との共著)、『ニッポンの書評』(光文社新書)、『まるでダメ男じゃん! 「トホホ男子」で読む、百年ちょっとの名作23選』(筑摩書房)など。

●悲劇喜劇2018年3月号──2017年の演劇 ハヤカワ・オンライン #ハヤカワ・オンライン http://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000013817/


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