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【連載11】《星霊の艦隊》シリーズ、山口優氏によるスピンオフ中篇「洲月ルリハの重圧(プレッシャー)」Web連載中!

銀河系を舞台に繰り広げられる人×AI百合スペースオペラ『星霊の艦隊』シリーズ。
著者の山口優氏による、外伝の連載が2022年12/13より始まっています!
毎週火曜、木曜の週2回、お昼12:00更新、全14回集中連載の連作中篇。

星霊の艦隊 洲月すづきルリハの重圧 プレッシャー
ルリハは洲月家の娘として将来を嘱望されて士官学校にトップの成績で入学し、自他共に第一〇一期帝律次元軍士官学校大和本校のトップを自認していた。しかし、ある日の無重力訓練で、子供と侮っていたユウリに完全に敗北する……。

星霊の艦隊 外伝 
   洲月すづきルリハの重圧 プレッシャー

山口優

Episode 6 出撃
 
Part.1
「さ、じゃあ仮誓約しようか」
 ククリが言う。そこはパーティ会場の外。これからククリは「戦闘機」となって発進するのだから、ある程度のスペースが必要なのだ。
「……本当に私でいいんですの?」
「いいと思うよ。私も人間さんは艦隊で結構見てきたけど、あなたはよい人間さんに見える。まあ、艦隊にいた人間さんも、みんなよい人間さんなんだけど、中には思い込みの激しい人もいれば、性格が独特の人もいる……。まあ、あなたも性格は独特と言えるかな? 思い込みもそれなりに激しそうだけど、でもそれを自覚しているようにも見える」
「なんだか、さんざんな評価なようですけど……?」
 言われてククリは頭の後ろで手を組んだ。
「確かにね。言われてみれば私もあまりあなたのことは『良い』とも思ってないみたい。でもまああなたならいいかとも思えた。なんでだろうね?」
(いえ、聞かれても困りますが……)
 ルリハは困惑した。
(このククリという星霊、その場の雰囲気にのせられやすいだけなのでは……? さっきもミツハ陛下が私の配偶官に誰かいないかとおっしゃったからとっさに自分がやると言っただけなのでは……)
「あの……ククリさん」
「ククリでいいよ」
「ではククリ。いやなら良いのですよ。皇后陛下のご指示ですが、仮とはいえ誓約の儀とは神聖なもの……そう祖母が申しておりました。陛下も私に対する恩情の意味で参戦を許可してくださっただけでしょうし、私の参戦が現在の迎撃において必須ではありませんでしょう」
(たとえここでククリと仮誓約ができなくても……私は私の力で……いずれ次元軍の前線に立ってみせる)
 そう思っていた。それが彼女なりのプライドだった。
「ふうん……」
 ククリは値踏みするようにルリハを見た。
「うん……やっぱりあなたは良い人だ。あなたにとって、今はすごくチャンスなんでしょ?それなのに、ちゃんと私のこと考えてる。やろっか、仮誓約。時間ないんでしょ」
 ククリが言った瞬間、その場が深紫色の光に包まれた。
「天之大和を守護し給う神々の神意に従い此処に仮初の誓約の儀を発す。吾、零嵐ククリ、そして汝ルリハ倶に誓約し明き清き御魂を成さん。汝、承けるや否や」
「承けますわ!」
 左のてのひらをいったん自分の胸に当て、そのままの向きで――つまり手の甲を相手に向けた状態で、ククリの方に差し出す。祖母に教わった。こうするのだと。心臓に近い左側の手に端玉があるのは、自分の心と相手の心をつなげるため。だから最初に自分の胸に掌をあて、そのままの向きで、手の甲を相手の胸に当てる。掌を返さない――心は変えないという意味だ。
「古風な作法だね。――気に入った」
 ククリはその手を右手で握り――彼女の胸の深紫の星勾玉に当てた。
「頼んだよ、人間さん――一緒に戦おう」
 間近に迫った深紫の瞳が、にっこりと微笑んでいた。

          *
 ユウリは戸惑っていた。
「来て」
 アルフリーデは構わずユウリの手を引いて、ずんずん歩き、パーティ会場の外の庭園の中央まで引っ張ってくる。ちらりと周囲を見る。アルフリーデが出てきたことで、彼女が何をするつもりか判じ、周囲から人が散っていく。
「さあ、いいかしら?」
「……何もよくはないよ!」
 何も分からないままついてきたユウリは叫んだ。
「手を出して。私の胸に当てて」
「え……?」
 おそるおそる右の掌をアルフリーデの胸に近づけていくユウリ。
「ばか! 違う! あなたの左手の甲の端玉を、私の胸のフューネルゴットに当てろって言ってるのよ! 習ったでしょ! 士官学校で!」
「あ、そういう意味……」
「どういう意味だと思ったのよ、馬鹿!」
「わ、分かった」
 ユウリは多少傷ついた様子で言い、それから、左手の甲の端玉を、アルフリーデの星勾玉――本人の言では「フューネルゴット」に近づけていく。彼女の形の良い胸のデコルテにあるそれは、アメノヤマトの勾玉型の宝石様としたそれとほぼ同じ形状だ。よく見ると、その天色の宝石の奥に、全てを飲み込むような漆黒の点が垣間見える。それこそが星環。アルフリーデの『本体』である超次元ブラックホールが、この通常次元時空と重なる部分だ。
 そこに、ユウリの左手の甲の紫の端玉を、ぴたりと当てる。
 瞬間、二人を青い光が包んだ。
「Testament Vertrag Kontakt aufgenommen und etabliert. (テスタメント・フェルトラーク接続、開始、安定)」
 アルフリーデのアルヴヘイム語の凜とした言葉が凜とした声が響く。士官学校で同盟国の言語であるアルヴヘイム語はしっかり習得させられているから、ユウリにもその意味を判ずるのは容易だった。
ユウリの視界を、アルフリーデの目の色、髪の色、そして胸のデコルテのフューネルゴットと同じ目の覚めるような天色の光が包む。 
「Bereitschaft.System alles grün.(全系統準備よし。問題なし)」
「Alle Objektinstanzen werden ausgeführt.(全オブジェクトインスタンス実行開始)」
 その瞬間、まずユウリは自分とアルフリーデが裸で向き合っているような視界を一瞬得た。だが即座に、二人にはスキンタイト・パイロットスーツが装着され、それから、アルフリーデの背中から光の翼が拡がり、それは球形となる。戦闘機制御のため、通常次元時空に出現する部分を増大させた星環、それを収めるためのデバイス「星玉」だ。
その星玉から、戦闘機「ファグラレーヴ=青嵐」の操縦席が前方に、大気圏内飛行翼や時空収束管が後方に、それぞれ生えてくる。ユウリは操縦席の中にいた。彼子はいつの間にかアルフリーデに背を向けており、彼子の視界の中に、指揮官席の戦闘スクリーンその他膨大な指揮システムが出現していく。
 それら全ては、アルフリーデの本体である小惑星級の星環――超次元人工ブラックホールからホーキング輻射によって通じて事象の地平面の外へ出力された素粒子によって形成されたものだ。天然ブラックホールではランダムな素粒子の輻射しか起きないが、制御されたブラックホールでは制御された素粒子の出力も容易だ。天然と人工のブラックホールは、地球時代の石ころと半導体ほども違う。
 ユウリがそう思考している間にも、アルフリーデは戦闘機「ファグラレーヴ=青嵐」の出力を続けている。
 彼子はその状況を、目の前の戦闘スクリーンで把握している。
最終的に、「ファグラレーヴ=青嵐」はその全てを実体化させていた。
中央の青く光る直径二メートルほどの球――その前部に復座の操縦席と、長さ一〇メートル程度の主武装である高次元微弾機銃、後方に時空収束管と大気圏内飛行翼、という形態だ。前部の高次元微弾機銃は、先端のすぼまった、概ね直方体の形状であり、後方の時空収束管は、地球時代の戦闘機のジェットエンジン噴射口によく似ており、大気圏内飛行翼は、左右の主翼、垂直尾翼、水平尾翼から構成されている。
全体として、幅二〇メートル、長さ一五メートルほどの機体の構造がスクリーン上で確認できる。
 ユウリにとっては、初めて搭乗する戦闘機だ。
(すごい……。これが……戦闘機のコクピット……)

          *
 深紫の光の中で、ククリとルリハはほぼ同じプロセスを進行させていた。
「仮誓約接続開始! 戦闘機『零嵐』全系統準備よし。艤装完全展開。構成アルゴリズム、全オブジェクトインスタンス実行開始!」
 光に包まれた中で、ルリハとククリが着用していたドレスは一旦消し去られ、直後にスキンタイト・パイロットスーツが装着される。
 ククリの持つ星霊の力――ほぼ無制限に時空の状態ベクトルを書き換える力によるものだ。この深紫の光の中は、大和帝律星を制御するミツハでもなく、士官学校区域を制御する天神イヅナでもなく、このククリが排他的に制御する星域となっている。さきほど、ミツハの指示により、イヅナがその権限をククリとアルフリーデに回復させたのだ。
 戦闘機『零嵐』の復座型がそこに出現していた。
ルリハは前席に、ククリが後席に座っている。
「情報連結開始」
 ルリハの頭脳に直接、戦闘機〈零嵐〉の情報が流れ込んでくる。彼女はそれを受け止めながら、戦いに向けて心は高揚していく。
「情報連結接続安定、問題なし」
後ろからククリの声が聞こえている。操縦士であるククリの位置が後ろなのは、操縦席のすぐ後方にある星玉との接続のためだ。
(祖母や母に聞いていたとおり……いよいよ、私も星霊と共に戦うことになるのですね……)
 ルリハの胸に感慨が訪れる。
「時空延展航法、開始!」
 ククリは告げていた。

          *
「思考が乱れる! アルヴヘイム語で考えて!」
「Ja, Entschuldigung dir bitte…(あ、ごめん……)」
ユウリの謝罪を無視して、アルフリーデは声を唱え続ける。今や、声はアルフリーデが制御する小さな圏界――戦闘機「ファグラレーヴ=青嵐」の操縦席の内部で模擬された大気を通じて、同じく模擬されたユウリのオブジェクトインスタンスたる肉体の耳を通じて彼女の声が聞こえている。
「Die Pilotin und das Kommandant sind stabil im Flugzeug. Alle Informationen abgerufen und freigegeben.(操縦士および指揮官、機内に安定的に存在、全情報連結・共有)」
 二人の正面の戦闘スクリーンに、戦闘機「ファグラレーヴ=青嵐」の全系統の情報が表示されると同時に、ユウリの頭脳そのものに流れ込んでくる。
(これが、戦闘機「ファグラレーヴ」のスペック……)
 ユウリは情報の流れに圧倒されつつも、士官学校で端玉を通じての情報の入出力の訓練を経た彼子の頭脳は、その情報の洪水をなんとか受け取っていく。
「Raumexpansionsmaschine gezündet.(時空延展エンジン、起動)――abheben(離陸)」

          *
「ルリハ、離陸するよ、いいわね?」
 ククリが確認してくる。
「待ちなさい、管制に連絡、離陸許可をもらって。あと、敵の状況の確認を」
 それからひとつ思案し、付け足した。
「離陸許可はユウリ=アルフリーデ機の分も取りなさい。ドームを同時に発信できるように、イヅマ星霊中佐と調整して」
「ほうほう、気が利くね、あなたは」
 後ろから聞こえるククリの声は、面白がっているようだ。ルリハはふう、と息をついた。
「……ユウリはこれが初出撃でしょう。私ももちろんそうですが、私には多少なりとも余裕があります。それに、アルフリーデさんも、そのあたりの気が利かなそうですから」
「イヅナ様から了解取れたよ。離陸OKって」
(ククリ……戦闘中もこの口調のままですの? 個性が強いものですのね、星霊とは――)
 母や祖母はそうではなかった。彼女等から聞いている話よりも、星霊とは多様であるらしい。それでも成り立つのは、星霊にとって主人格や、それに情動を供給する擬体そのものが、情報処理という面では大きな役割を果たしていないからだろう。
「――了解ですわ。それでは離陸を」
「了解! 余剰次元方向圧縮開始、時空歪曲開始。ハッブル定数増大を確認。微速上昇」
 時空延展航法とは、端的に言えば時空を引き延ばすことによって推進力を得る航法だ。現在、ククリは機体の下方の時空を引き延ばすことによって、機体そのものを上昇させようとしている。その力が、第四惑星須加月の重力に拮抗し、さらに重力の作用を越え、機体は徐々に浮き上がっていく。
「ドーム上方、ハッチ開放を確認」
 士官学校の所在するドーム都市の上方のハッチが開く。ハッチは二重のエアロックになっていた。まず、下方のハッチが開く。そこに零嵐、そして、青嵐――すなわち、ユウリ=アルフリーデ機が滑り込んでくる。
 下方のハッチが閉まる。大気が抜かれていく。
 そして、上方のハッチが開く。
「出撃するよ!」
「了解!」
 
          *

2023/01/19/12:00更新【連載12】に続く


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