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カミュ『ペスト』を超える名作! 『ホット・ゾーン』が示す、ヒトと自然とウィルスとの共生の行方 篠田節子(作家)

第1章「森の中に何かがいる」の全文先行公開が「怖すぎる」「到底事実とは思えない」と戦慄の渦を巻き起こしている、ウイルス・ノンフィクションの名作『ホット・ゾーンーーエボラ・ウイルス制圧に命を懸けた人々』(リチャード・プレストン/高見浩訳)。作家の篠田節子さんも、本書を熱烈に読んだ一人。今読むべき本としてカミュ『ペスト』以上に一押し、と太鼓判を押します。はたしてその理由とは。

やむを得ない事情で外出はしても、圧倒的に自宅で過ごす時間が増えた今、絶好の読書シーズンでもある。

時節柄、カミュの『ペスト』が売れているらしいが、私の一押しはエボラ出血熱を扱ったリチャード・プレストンの『ホット・ゾーン』の方だ。同作に着想を得て製作された映画「アウトブレイク」を見て、読んだ気になってはいけない。ノンフィクションと小説の中間を行く構成と描写は、映像以上の迫真性と現実感を帯びている。

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それだけではない。映画からも、原作を忠実に再現したとされるナショジオのドラマからさえ、すっぽり抜け落ちた重要な部分がある。そのモンスターウィルスはなぜ来たのか、という問いだ。科学の世界で「なぜ」はしばしば排除される。

「新顔のウィルスは環境破壊の進んだ地域から浮上している。その多くは綻びかけた熱帯雨林の一隅か、人間の入植が急速に進んでいる熱帯のサヴァンナから生まれているようだ」として、プレストンは熱帯雨林がウィルスの最大の貯蔵庫であるとし、その生態系からウィルスが出現すると「あたかも死滅しつつある生物圏の悲鳴のこだまのように、人間界に波状的に広がっていく傾向がある」と書いている。

「熱帯雨林」を、この数十年、急激な開発の進んだ中国の自然に置き換えてみたらどうだろう。特定の地域で、特定の生物と平和共存していたウィルスを解き放って、ヒトの細胞という絶好のエサと住処を大量に与えたのが、今回のパンデミックなのではないか。引きこもりながら、ヒトと自然とウィルスとの共生の行方に思いを馳(は)せる。

初出:日本経済新聞夕刊2020年4月21日

篠田節子(しのだ・せつこ)
東京都生まれ。東京学芸大学卒。1990年『絹の変容』で第3回小説すばる新人賞を受賞、91年に同作でデビュー。SF、ミステリ、ホラー、幻想小説、恋愛小説など多様な作品を通して、数々の社会問題や芸術(音楽・絵画)、宗教などの大きなテーマ・観念的テーマを扱う。97年『ゴサインタン神の座』で第10回山本周五郎賞、『女たちのジハード』で第117回直木賞、2009年『仮想儀礼』で第22回柴田錬三郎賞、11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『インドクリスタル』で中央公論文芸賞、19年『鏡の背面』で吉川英治文学賞を受賞。他の著書に『ルーティーン: 篠田節子SF短篇ベスト (ハヤカワ文庫JA) など多数。2020年、紫綬褒章受章。

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リチャード・プレストン『ホット・ゾーン――エボラ・ウイルス制圧に命を懸けた人々』(高見浩訳、本体1,060円+税)はハヤカワ・ノンフィクション文庫より好評発売中です。

大反響! 第1章「森の中に何かがいる」先行公開中


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