日本はなぜ「太平洋の大英帝国」にならなかったのか? 最新刊『海の地政学』の一部を特別公開!
★本書の詳しい内容はこちら。
★奥山真司氏の解説はこちら。
9月7日の刊行後、早くも好評の最新刊『海の地政学――海軍提督が語る歴史と戦略』。米海軍の元高官である著者スタヴリディス氏は、同盟国・日本の歴史をどのようにとらえ、太平洋地域における今後の海洋戦略をいかに展望しているのか? その一端に触れられる本書の一部を特別公開します。
【「第1章 太平洋 すべての海洋の母」より】
「日本はなぜ「太平洋の大英帝国」にならなかったのか。地政学的には興味深い問いかけだ。イギリスと日本には地政学的類似点が多い。どちらも島国であり、早い時期から侵略の脅威に頻繁に直面していた(イギリス諸島は、最初の一〇〇〇年には日本よりも頻繁に屈服していた)。どちらも軍事的才能を持つ誇り高き、有能な社会である。どちらも優秀な海軍軍人や造船技師を輩出していた。どちらも自然境界内では天然資源が乏しく、海洋に頼らざるを得なかった。だとしたら、イギリスが地球の多くの地域に影響力を及ぼすほどの帝国を築いたのに対して、日本が三〇〇年近く内向きで、西洋によって開国を迫られ、二〇世紀に入ってからようやく積極的に進出し始めたのはなぜなのか。
答えの一部は太平洋の地理にある。
なにはともあれ、太平洋は大西洋よりもかなり広い。比較的面積が小さいアジア沿岸諸国の東には広大な海が広がる。東に漕ぎ出せば、船はやがて見えなくなる。そのうえ、イギリスとヨーロッパ大陸とを隔てるのがイギリス海峡という狭い水域だけであるのに対して、日本に対しては、沿岸地域を侵そうとする攻撃的な敵は少なく、広大な距離を越えなければ侵略は不可能だった。太平洋が東への天然の緩衝地帯の役割を果たしていることを、日本人はよくわかっていた。
日本は一三世紀にモンゴルの侵略を受けたが、海岸で待ち伏せることによって比較的たやすく撃退した。当時の支配者は国内にも敵を抱えていたにもかかわらず、一二〇〇年代後半にはモンゴル人を二度にわたって追い返している。神風のおかげでモンゴルの船隊を撃退できたのだ。
その後国内を統合し、他国から孤立を守り続けたのち、一五〇〇年代にはアジア大陸へと進出し、一六世紀末には朝鮮半島を攻撃した。明の大陸軍と朝鮮の海軍に撃退されてからは日本列島に留まった。地中海ではレパント海戦が起きていた頃だ。当時の太平洋での海軍技術の変化は目覚ましかった。激突したり四爪錨を敵の船に引っ掛けたりして戦っていた軽装備のガレー船は、大砲を搭載できる重装備船に道を譲っていた。日本は一六世紀最後の一〇年に二度朝鮮出兵を試みたものの、その後は基本的には近海に留まる道を選ぶ。イギリス人とは違って、広大な太平洋を渡ろうとはせず、西の沿岸を守り続け、東からの攻撃を受けずにすむという恩恵に甘んじていた。これは国是となり、東アジア研究者ジョン・カーティス・ペリーが記したように、日本では海に出て行くことは「国外に出る」こととみなされた。
(中略。幕末のペリー来航と明治維新前後の動乱が短く解説されます。)
日本国内での近代化をめぐる議論は二年に及ぶ内戦を招き、明治維新を経て天皇がふたたび国を治めることになる。日本は突然、行進の列に加わることになった。そのうえ海へと漕ぎ出し、海軍発展への一歩を踏み出すことにもなった。日本の産業基盤は一九世紀後半に急激に発展し、陸海軍の能力を急速に高めた。海軍兵学校の学生は大英帝国やアメリカ合衆国へと送られ、海軍工廠は強力で大規模な軍艦を建造し始めた。何世紀もの間、広大でからっぽな緩衝地帯とみなされてきた太平洋が、征服すべき地域として日本の地政学地図に浮かび上がったのである。
驚くまでもないが、日本人は大英帝国と同じように海軍戦略を立て始めた。巨大な大陸の沿岸近くに位置する島国という点でも同じで、清とロシアという大陸の二大国を恐れていた。清との間の狭い緩衝地帯である朝鮮半島を支配しようともくろみ、日本にとって重要な二つの戦争が起きた。どちらも海戦が大きな意味を持った。
(中略。その後、日清・日露戦争、太平洋戦争をへて、冷戦期に日米が同盟国へと変貌するまでを詳しく語り、そして、太平洋地域の未来が次のように展望されます。)
技術面での優位性によって、日本は世界で二番目に強力な海軍を持つことになる。陸空軍も同じように強力だ。日本の安全保障政策は防衛力に見合ったものであり、集団防衛シナリオにおいては、日本の防衛力のアメリカにとっての重要性は高まる一方だ。日本の二〇一六年の防衛予算四二〇億ドルは、中国と比べれば低いが、重視するところは明白で、地域に限定されている。作戦をシームレスに遂行し、最も重要な同盟国であるアメリカを支えるだろう。
(中略)
アジアにおける海洋軍拡競争は、外敵に対する各国の認識によるものだ。最悪のシナリオは、戦争が不可避な状態まで加熱する「トゥキュディデスの罠」に陥ることだろう。意図に対する誤算から、アメリカと中国の間で世界を巻き込んで、あるいは中国と日本の間で極地的に、軍事衝突が生じかねない。
衝突を避けるためには、海洋外交が必要だ。人工島(結果として生じるアメリカによる「航行の自由」作戦)、サイバー侵入、貿易不均衡などをめぐる対立について、米中高官の継続的対話を始めなくてはならない。アメリカは、中国と、アメリカを中心とする国との「アジアの冷戦」を生み出さないよう、地域の同盟国(日本、韓国、フィリピン、オーストラリアなど)との協力を推進するべきだ。
さらに環太平洋諸国は、軍事演習や訓練、信頼関係を築くための取り組みを積極的に行なう必要がある。アメリカ海軍主催の環太平洋合同演習(RIMPAC)には中国も熱心に参加している。こういった取り組みによって軍同士の協力が促され、信頼も高まる。環太平洋諸国は今後、災害救助、人道作戦、医療外交に軍を活用し、ソフトパワープロジェクトをともに推進することもできるだろう。
太平洋の軍拡競争は現実であり、危険なものだ。透明性を高め、外交を通じて協力することによって、あからさまな対立の可能性を緩和できる。各国が武器に手を伸ばし、地政学的利益を得るためにハードパワーを駆使しようとする前に、今こそ、こういった仕組みを整備すべきときだ。
以上、スタヴリディス提督の『海の地政学』第1章より、一部をご紹介しました。
この他の章でも、日本をはじめとする東アジア地域には、大きく紙幅が割かれています。NATO欧州連合軍最高司令官を務めた米海軍きっての知性派の構想から、ぜひアメリカの世界戦略を読み解いてみてください。
【全国書店にて好評発売中】
『海の地政学――海軍提督が語る歴史と戦略』
ジェイムズ・スタヴリディス[著] 北川知子[訳]奥山真司[解説]
2017年9月7日発売、46判上製、328頁
ISBN 9784152097071
価格 2,376円(税込)
http://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000013648/