トランスヒューマンガンマ線バースト童話集_帯付

君はもう読んだ? 発売即重版のSF童話「地球灰かぶり姫」全ページ無料公開

2018年の第6回ハヤカワSFコンテストで優秀賞を受賞した三方行成『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』発売されるや各所からの絶賛も相次ぎ重版が決まった、この冬最も話題のSF作品のひとつです。第1話の「地球灰かぶり姫」は電子書籍ストアでお試し版を無料配信していますが、このたびその全文をnoteでも公開いたします。トランスヒューマンのお姫様のもとへとガンマ線バーストが降り注ぐ、タイトルに偽りなしのおとぎ話をどうぞお楽しみください。

 むかしむかし──の反対を言おうとすれば、いったいどんなことばになるのでしょうね。さきざき? はるか遠い未来?
 とにかく、女の子がひとりおりました。
 名前はシンデレラといいました。環大西洋連合王国の臣民です。正式に名乗らせようとすると公開暗号鍵(キー)やら契約知性アドレスやら煩雑なので、ここでは省略しましょう。
 女の子は自分の体を持っていました。この時節にはとても珍しいことでありました。トランスヒューマンたちは肉体から解き放たれて、好きな場所にやどるのが常でしたから。地底深くに隠された計算機に、微小機械の雲に。そうしてたまに現実世界に深く干渉する必要が生じれば、精神は具体(ボディ)の中にやどるのです。
 およそ具体とはレンタルするものであり、個人で所有するのはリスクだと評価されていました。形あるものは滅びます。基本的人体であればなおさらです。しかしシンデレラは自分の体を大事に思っていました。両親から受け継いだものだからです。具体の所有は両親の信念でした。
 保険会社に説得されても大脳皮質活動記録装置(スタック)さえ埋めず、トランスヒューマンのテクノロジーとも縁遠く、家族は仲睦まじく暮らしていました。
 しかしあるとき、母は不慮の事故で死んでしまいます。
 そう、バックアップもない基本的人体は、死ねばそれまでなのです。
 悲しみに沈む父はグリーフカウンセラーに通いつめ、そこで良くない相手に引っかかりました。またたく間に結婚契約を交わした女は継母に収まり、契約を盾に家族を乗っ取りました。父は「同意のもと」アップロードされ、めくるめくトランスヒューマンソサエティに投げこまれて、いわばそこで溺れました。
 優しかった父はSNSとソーシャルゲームの中毒におちいり、現実世界に戻ってくることもまれになり、あんなに誇っていた自分の具体のことも、愛していた妻や娘のことも忘れました。中身の抜けた父の具体はシンデレラが看るしかありませんでした。父の具体は日々弱り、ついに機能を停止しました。
 継母はシンデレラを責めたてました。夫の具体が機能停止したのはシンデレラの介護が不適切だったせいだと主張して、補償を要求しました。継母には娘がふたりいました。精神から出芽して生まれた精神的クローンです。いまやシンデレラの姉となった彼女たちのおもちゃとして、継母はシンデレラの具体を貸し出すよう求めたのです。
 シンデレラは抗いましたが、継母の顧問弁護知性を相手どって素人に何ができるでしょう。訴えても勝ち目はありませんでした。
 シンデレラの体には遠隔操作モジュールが埋めこまれ、姉たちが具体を使っているあいだ、シンデレラは頭の中に押しこめられることになりました。姉たちはシンデレラの具体を思うさま使い倒し、ボロクズに変えました。怪我や骨折は日常茶飯事、食事や睡眠を忘れることもしばしば。具体を使い慣れないトランスヒューマンは身体的感覚に乏しく、意図せず自殺行為をしでかしてしまうのです。
 シンデレラの具体が基本的人体でしかないこともまた、姉たちの嗜虐心を煽りました。トランスヒューマンとしての機能を持たない具体はボロなおもちゃのようなもの。無理にでも遊ぼうと思ったら振り回し、叩きつけて壊すのがいちばんです。姉たちは思うぞんぶんシンデレラの具体で遊びました。
 自分の具体がなすすべもなく蹂躙されること、そして姉たちが遊び散らかした後は管理責任者として具体の手入れをしなければならないことが、シンデレラを打ちのめしました。シンデレラは姉たちを憎み、継母を憎み、父を憎み、なにより死んだ母を憎みました。何度も死を考え、しかし実行はできませんでした。
 そんなシンデレラの悩みはある日、最悪の形で解消されました。姉のひとりが絞首刑ごっこをして、シンデレラの具体の首を折ったのです。さすがにまずいことをしたと悟った姉は具体から抜けだし、シンデレラはまたたく間に自分の体の中に引きずり戻されました。
 死にはしませんでした。少なくともその場では。
 シンデレラは耐えました。耐えましたけれども、限界でした。シンデレラの具体は頸椎が損傷し、運動機能のほとんどが失われたのです。
 体を自由に動かせないことには慣れてしまっていました。それだけが救いでした。
 もしシンデレラが病院に連れて行かれていたなら、具体を放棄し、同意のもとアップロードしていたであろう大怪我でした。しかし具体損壊の罪に問われることを恐れた継母たちは、シンデレラを病院には連れて行きませんでした。
 もともと、継母は支配欲の塊のような人間でした。弱った人間へ言葉巧みに近づき、ありったけのものを捧げさせ、飽きれば捨てるだけ。シンデレラの父を毒牙にかけたのも、具体という珍しいペットを手に入れたかったから。壊れてしまえば用ずみなのです。
 治療用のナノマシンを注入されただけでベッドの上でろくなメンテも受けられないまま、シンデレラの心身はすこしずつ腐っていきました。
 おしまいだ。シンデレラは思いました。
 客が訪ねてきたのはそんなときでした。

 このご時世、拡張現実は第二の世界であり、知覚できて当たり前です。しかし基本的人体でしかないシンデレラの具体は拡張現実を知覚できず、どうしても見ようと思えば不便なかさばるグラスをかけるしかありません。
 そんなシンデレラの視界に、女はやすやすと出現したのです。まるで魔法のようでした。
 彼女が姿を現したとき、シンデレラはいよいよ自分は死んだと思いました。ひとつには、女がなにもないところから出現したように見えたからです。そしてなにより、女はシンデレラの母親に瓜ふたつでした。お迎えが来た、とシンデレラが思ったのも無理ないことでした。思わず「ママ」と聞いてしまったことも。
「ママじゃない、〈魔女〉だ」
 女はそう言いました。表情ひとつ変えずに「ママじゃなくてすまなかった」と付け加え、そのまま黙りこんでしまいました。
 気まずい時間が流れました。
 いったいこの人は何なんだろうとシンデレラが思っていると、魔女は突然「基本的人体ってやつは」と肩をすくめました。いかにも大げさな動作で、シンデレラは笑ってしまいました。〈魔女〉もうなずき、すこしぎこちない笑顔を返しました。
「参ったな、社交信号の受容体もないのか」
「しゃこうしんごうってなんですか?」
「とりあえず、これをかけるんだ」
〈魔女〉がどこからともなくグラスを取り出し、シンデレラにかけてくれました。
 視界を埋め尽くしたのは、めくるめく情報の明滅。シンデレラには殺風景に見えていた部屋は下位知性たちの影に満ち、ネットの喧騒は遠くにあってなお圧倒的。シンデレラを見つけた広告知性がたかってきては、従属知性殻に追い払われていました。
 体を使われることを除くと、いままでごくごく限られたテクノロジーにしかふれていなかったシンデレラは、はじめて見るトランスヒューマンの世界に圧倒されました。
 パパがダメになったのもしょうがない、シンデレラはそう思いました。
 実を言えば、このときネットは上を下への大騒ぎになっていたのです。しかし、ネットに接続したことのないシンデレラには、サマリーを作り解説してくれる補助知性もなく、公共サービスからもほとんど無視されていたので、何が起きているか気づいていなかったのでした。
 何が起きていたのかは、まあ後ほど。
 さて、シンデレラは強化された知覚を通して、〈魔女〉の体が拡張現実上のイメージではなく、実態をもった微小機械群の雲からできていることに気づきました。だから突然現れて、しかもシンデレラの目でも見えたのです。
 こんなものを見たことはありませんでした。
「あなたはだれですか」
「〈魔女〉だ。さっき言わなかったか」
「なんのご用でしょうか……」
「知り合いの娘が大怪我をしたと聞いて見舞いに来た。おまえの継母は低能だ。会わせろと言ったのにガタガタうるさいからこうして忍びこんだ」
「知り合い? あの、パパのお知り合いですか、それともママですか」
 かつてのシンデレラ一家は社交生活からも縁遠く、だからシンデレラに思い当たる節といえばそれぐらいでした。ママに信じられないほど似ているこの〈魔女〉は、姉妹なのかもしれません。シンデレラにとってはおばに当たる相手です。
「あの、あなたは私のおばさんですか」
「違う。いまは話せない。とにかく見に来てよかった」
 そうそっけなく言い捨てるばかり。しかし、シンデレラはもう〈魔女〉が怒っているわけでも、困惑しているわけでもないとわかるようになっていました。〈魔女〉が発する社交信号のオーラは慈愛と親しみに満ちたものでした。温かな信号にくすぐられて、シンデレラの気分はほぐれていきました。
「お見舞いの品は持ってこなかったんだ」
「来てくれただけでもうれしいです」
「ないとは言ってない。これから作るから安心してくれ。何がほしい?」
 ほしいもの……
 シンデレラにはわかりませんでした。気分がどんどん沈んでいきました。現実が否応なしに思い出されます。具体は壊れ、家族も壊れ、見捨てられています。シンデレラの世界は灰色でした。この〈魔女〉とかいう人がプレゼントをくれたところで、それが何になるのでしょう。
「死にたいです」
 気がつけば、シンデレラはそんな言葉をこぼしていました。
〈魔女〉のオーラが引っこみました。
「望むなら死なせてやろう。だが他のなんでもいいんだぞ」
「いいです」
「なんで」
「もういいんです。私にはこの体しかないんです。こんな、ボロボロの具体しかないんです。お見舞いなんかもらったって仕方ないです。もう未来なんかない、おしまいにしたいんです……」
〈魔女〉は答えませんでした。シンデレラも口をつぐみました。重い沈黙がおりました。
 そうして──なんだとこんちくしょうと〈魔女〉は言いました。
 言った、というのは控えめな表現です。その怒りは爆発したと言ったほうが正しく、核爆発と言うほうがより近く、超新星爆発よろしくまきちらされ、シンデレラにあまさず降り注ぎました。
「おまえなぞほっといても明日のいまごろには死んでいる。この私がでしゃばるまでもない。だが『未来がないから死にます』だと? 何が未来だ! そんなものは人生が一回しかなかった時代のたわごとだ! 未来とは意志の力であり、信念が切り開く可能性だ。おまえの母だぞこれを私に教えてくれたのは」
 あっけにとられて、シンデレラは〈魔女〉を見返しました。憂鬱な気分はすべて吹き飛んでいました。
 遠慮する必要はない──〈魔女〉はそう言いました。
「私はちょっとした金持ちだ。基本的人体しかないおまえが夢にも見ないような金持ちだ。なんでもくれてやる。なんでもかなえてやる。お代は『ありがとう』でいいぞ。私がもらってうれしいのは感謝ぐらいのものだ。そうだ感謝だ、感謝は大事だ。なのにおまえの母親は愚かにも死んでくれて──何が『死んだ』だ、アホか。私はどうなる。まったく身勝手な女だ、だれに似たのか……」
 まくしたてていた〈魔女〉は唐突に手を差し出しました。
「おまえを助けるために来た」
 そう〈魔女〉は言いました。
「これからおまえに襲いかかってくる災厄から救うためにきたんだ。私やその同類には大したことないが、おまえのような基本的人体しか持ってないやつには荷が重い。ちゃんと死ねるぞ、望み通りな。だがそれじゃ私がつまらないからすこし寄り道させてやろう。たっぷり楽しませてやる。死ぬなんてバカバカしい最低のお遊びだと理解できるぐらいにだ。何が『おしまいにしたいんです』だ。この世界にはおまえの取りぶんがまだまだたくさん残っているんだ。この私がくれてやるぶんなんか、ほんの前座にすぎないから覚悟しておけ。胸を張れ。好き勝手にやるんだ。おまえの母親がそうしたように」
 母と、この〈魔女〉がどんな関係であったのかはわかりません。しかし、悪い人ではないとシンデレラは思いました。それに、もうひとつ気に入ったことがありました。〈魔女〉はシンデレラを哀れみません。叱ってすらいません。この程度のしょっぱい苦難に好き好んで負ける必要などないと言っているのでした。
 シンデレラの脳裏に、母の思い出が去来しました。なぜ基本的人体なのか、もっと便利な体がいいとダダをこねた幼い日のことです。
 母は笑って「あなたが選んだことよ」と言いました。
「選んでない、ママが決めた」
「いいえ、あなたよ。変わっていないのがその証拠」
 母はシンデレラを抱きしめました。具体の暖かさが、シンデレラを包みこみました。
「あなたはいつでも他の体になれる。トランスヒューマンなんだから、あなたの成長を制限するのはあなた自身。あなたの有り様を決めるのはあなた自身。本当にいますぐにでも変われる。試してみればいい。ちょっとびっくりするだろうけど、あなたなら多分大丈夫よ」
 結局、シンデレラは実行しませんでした。代わりに、なぜママは基本的人体なんか選んだのかと聞きました。母は笑って胸を張りました。
「いける! と思ったからかしらね」
 そのなんだかよくわからない凄みに幼いシンデレラはいたく感心し、以後はダダをこねなくなったのでした。
 いける? そんな母の声が聞こえたようでした。
 シンデレラは精一杯首を縦に動かしました。魔女がうなずき返しました。
「契約成立だな。何がほしい」
「とりあえず、元気な体になりたいです」
「だったらついでだ、ひとつ提案がある」
 お城での舞踏会に行ってみないか──〈魔女〉はそう言って、にい、と笑いました。

「具体化パーティだ。よりによってこんなときにやるなんて悪趣味だが、ちょうど良かった──あ、いやこっちの話だ。とにかく、おまえはそのパーティに出席する」
〈魔女〉は豪華な城のイメージを投影しました。場所は大西洋上の人工島。主催は環大西洋連合王国です。
「具体化パーティ、ってなんですか?」
「そのままだ。具体での参加が求められる。金にあかせてカスタマイズした具体の自慢大会だ。このところの環大西洋連合王国は具体化に意欲的だ。地熱利用の計算モジュールが過密ということもあって、具体とアップロード体のコストが逆転傾向に──どうでもいいな」
〈魔女〉の指が、シンデレラの額に置かれました。
「本当ならおまえのその具体を連れて行きたいところだが、損傷がひどすぎる。多少修理する。改造もする。かまわないか?」
「お願いします」
 シンデレラはためらいませんでした。大事な自分の体ではありますが、姉たちに踏みにじられたいまではすこし厭わしく思えてもいたのです。いける。シンデレラは思いました。

〈魔女〉は──〈魔女〉の体を構成する微小機械の雲は、シンデレラの具体を覆い尽くしました。母に抱擁されたときのことをシンデレラは思い出していました。すぐに、別の思い出が取って代わりました。歯の根管治療をしたときです。あるいは、ドアに足の小指をぶつけたとき、あるいは──とにかく痛い思い出のすべて。
「いたたたたたた」
「我慢しろ」
「こんなの聞いてない」
「警告はした」
「してないです!」
「そうだな、忘れてた」
「いたい、いたたたたああああ、あ」
「我慢しろ」
 結局、痛みは最後までうすれませんでした。体を覆う微小機械の排熱は、まるで全身に地獄がくちづけているようでした。
 そうして気がつけば、シンデレラはあっさり新しい具体に収まっていました。
 ベッドの上に体を起こし、シンデレラは新しい体を見つめました。いままで着ていたパジャマの代わりに、飾り気のないスキンスーツが全身を覆っています。頭はフードで覆うようになっていて、まるでレインコートのようでした。
 パーティ向きの服装とは言えません。シンデレラは密かにがっかりしました。とはいえ、新しい具体のもたらす喜びが色褪せるほどではありません。なんといっても、自分の思う通りに動くのです。だれかに乗っ取られることだってないのです。
 ベッドから降りよう──そう考えた瞬間、視界が一回転しました。
 あれ? と思う暇もあらばこそ、具体はベッドから飛び上がり、そう高くもない天井にふれました。トンボをきって音もなく着地すると、シンデレラはベッドの横で首をひねりました。
 こんなこと、前からできたでしょうか? 体が勝手に──
 パニックがシンデレラを襲います。具体が外部から操作されたようにしか思えなかったのです。しかし、それは杞憂なのでした。
「運動能力をちょっと強化してある」
 微小機械の雲から人間の形を取り戻した〈魔女〉がささやきました。「言っておいたはずだ」
「聞いてないです」
「そうだな、忘れてた」
 わざとじゃないよね──シンデレラはいぶかしみましたが、言うのは思いとどまりました。
「ありがとうございます、素敵な具体と、あと、衣装も」
「こんなの序の口だぞ」というのが〈魔女〉の答えでした。
「一応、それぐらいの性能があればダンスは楽しめるだろう」
「パーティですものね」
「壁の花にするために送り出すつもりはない」
 とはいえ、やっぱりパーティ向きとは言えないなあ。シンデレラはスーツを見下ろしました。ひょっとしてこれが最新流行なのでしょうか? だったら──それでも、シンデレラはドレスを着たいなと思いました。なんといっても、お城のパーティなのですから。
〈魔女〉はうなずきました。
「スーツについてはそれでかんべんしてくれ。軍用だ、防護性能重視だ。なに、どうせだれにも見えないから気にする必要はない」
「防護性能……え? 軍用スーツってあるんですか」
「気にするな。それに、相手に見せるのはこっちのほうだからな」
 それではごらんくださいお姫さま──歌うように言いながら、〈魔女〉はひとつの仮想環境を拡張現実に上書きしました。
 シンデレラは息を呑みました。それは数兆の星が渦巻く銀河でした。輝く星のひとつに目をとめると、またたく間に拡大されます。それはあでやかな美しいドレスであったり、体を彩る化粧であったり、前向きな自信を補助してくれる感情MODのパッケージであったりしました。外見と内面の両方を美しく飾りたてるための、これは拡張現実スキンのライブラリなのでした。
「どれでも好きなものを選んでいいぞ」
 無造作に〈魔女〉は言いました。
 無理です、とシンデレラは思いました。一生かかっても着られないような数がひしめき、どれもこれもが自分を着てくれと歌いかけてくるのですから。しかし心配は無用でした。このライブラリそのものも知性化されているのです。メジャーの姿をとったアバターが近づき、シンデレラにかしずきました。
 アバターはシンデレラの従属知性殻にコンタクトし、言語化されていない要望をくみとります。選び出されたドレスは、どれもシンデレラにしっくりくるものでした。
 たっぷり楽しく悩んだうえで、シンデレラは真っ白なドレスを選びました。
「これにします」
「それを選ぶだろうと思っていたよ」
〈魔女〉が満足気にうなずきました。

「招待状とか必要ないんですか」
「私のがある」
「いたれりつくせりですね」
「どうせ無駄になる招待状だったんだ。私は忙しい。パーティなんかやってる暇はない」
「いっしょに行きたかったな」
「私はいいんだ。これはおまえのパーティだ。自分のことだけに集中しろ」
 パーティかあ、シンデレラは思いました。パーティです。パーティなのです!
「ひとつだけ」と〈魔女〉は言いました。
「おまえにはタイムリミットがある。時間になったら指示を出す。絶対に忘れるな」
 そのひどく真剣な物言いに、うかれていたシンデレラも殊勝にうなずきました。〈魔女〉がシンデレラの視界の隅にタイマーを埋めこみます。ゼロアワーはおよそ真夜中でした。
「いったい何があるんですか」
「魔法が解けるのさ、この世のすべての魔法が」
「よくわからないです」
「いまはそれでいい。あ、それとネットはのぞくなよ」
「なんでですか」
「お楽しみが待ってるのによそ見してどうする? さあ、出発しよう。具体は現地まで運ばないといけないからな」
〈魔女〉はすこしじれったそうに言いました。現地で合成すればよかったかなどとぶちぶち言うのをなだめながら、シンデレラは家を飛び出しました。
〈魔女〉に導かれ、シンデレラは積層建築のてっぺんに登りました。すると、そこには小型飛行体が待機していました。
「これしかなくてな」と〈魔女〉がささやきました。普段は遊覧用飛行体として供されているものを押さえたのだそうです。
 不思議な飛行体でした。黄色く丸いずんぐりむっくり、登録名は『カボチャの馬車』。言われてみれば、その通りの色や形なのでした。
「すまない。潜水もできるモデルはこいつしかなかった」
「可愛いです──え、潜水?」
「いいからいいから」
〈魔女〉に背を押されるようにして、シンデレラは馬車に乗りこみました。不安になって外部ディスプレイをのぞくと、〈魔女〉は飛びたつ馬車に手を振っていました。その体が煙のように崩れ、流れて、描いた文字は「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
 聞こえていないとは知りながら、シンデレラは言わずにはいられないのでした。

 それにしても、カボチャの馬車の中は異様な空間でした。レゲエが流れています。何か煙が充満しています。
 シンデレラは首をすくめて、おっかなびっくり車内を見回しました。
「あの……こんにちは……よろしくおねがいします」
 するとアームがどこからともなく伸びてきました。くい、くい、と左右に振る動きは、まるであいさつしているよう。かと思うと先端のフィンガーが高速回転、やおら動きがぴたっと止まります。「こいつをキメてみな」とでも言いたげに揺らしているのは、煙の出るスティック。
 シンデレラはまばたきしました。視界にレッドアラートが点滅、『タバコは有害物質です』とのメッセージが横断します。しかし、シンデレラを驚かせたのはそのことではありませんでした。
 目にもとまらないはずのアームの動きが、とてもゆっくり見えたのです。
 強化された運動能力──シンデレラはふと、試してみたくなりました。
 おそるおそるアームに手を伸ばし──すると、まるでシンデレラに意地悪するように、アームがスティックを引きました。右へ、左へ。シンデレラが動かすよりほんのすこしだけ早くアームが動き、煙をかき混ぜて。
「その程度か?」とでも言うように、アームがゆらゆら揺れました。
 そこからはもう、神速の攻防です。右に左に逃げるアームの可動域を見極めた従属知性が行動を予測し、シンデレラはスティックを狙います。しばらくじゃれあった末、シンデレラは見事スティックをつかみ取っていました。
「やった!」
 どこからともなくもう一本のアームが伸びてきて、シンデレラに拍手を送り、また引っこんでいきました。
 シンデレラはスティックをくわえ、煙を吸いこんで胸をそらしました。煙は有害物質などではなく、ただ香料と水蒸気を吸いこむだけのものでした。視野で点滅していた警報も止まりました。身体メンテナンス従属知性はなおも不満げにメッセージをよこしましたが、シンデレラはうっとりしていて気づきませんでした。
 すっかり緊張もほぐれていました。

 カボチャの馬車は巡航速度に入りました。目指すは大西洋の真ん中です。垂れこめる煙の中で、シンデレラはパーティの様子に思いを馳せつつ、インストールしてもらった社交知性と予習に励みました。何しろ、はじめてのパーティなのです。
 そうして、シンデレラはあっさりパーティ会場に到着しました。管制の制御で着陸パッドに降りたって、カボチャの馬車が出してくれたタラップから降りて、シンデレラは立ち止まりました。社交知性が視界に入ったセレブたちの情報をインポーズしてくれたのです。
 シンデレラの目は眩みました。
 そんなためらうシンデレラをはげましてくれたのはカボチャの馬車でした。クラクションひとつ、その場から飛びたったのです。カボチャの馬車には立てる親指はありませんし、「ENJOY!」とも言いませんでしたが、いまにも言いそうな感じではありました。
 シンデレラは勇を鼓して歩き出しました。

 シンデレラは注目を集めました。彼女がまとう具体のデザイナーは匿名です。すべてが公開・追跡され、ブランディングが当たり前の世の中、匿名はそれだけでも好奇心をかきたてます。そのうえ、シンデレラは具体をいとも自然に優雅に乗りこなしているのです。
 普段から具体で生活していたことが、彼女の強みとなっていました。
 あちこちから届くコンタクト交換要請を社交知性がフィルターし、自動的に返答する間、シンデレラは視界に浮かぶ矢印の誘導に従って進みました。矢印には「どうせ狙うなら大物だ」タグが光っていました。〈魔女〉がつけたものです。
 そうして辿り着いたのは城の中心、大舞踏場。〈魔女〉の矢印はひとりの人物を指していました。実を言えば、シンデレラにはもうナビなど必要ありませんでした。社交知性がズームしてよこしたそのときから、一目で虜になっていたのです。
 それは、環大西洋連合王国の王子でした。
 王子は取り巻きやSPに囲まれていました。面会のための待ち行列名簿を社交知性が見せてくれます。すでに何十人待ち、しかも見ている間に増えていきます。このままでは、タイムリミットまでに王子の周辺視野に入れるかどうかもあやしいもの。
 どんな人なのかなあ、王子さまって。シンデレラはネットで評判を確かめようとしました。しかし、直前になって思い直しました。ここはパーティ会場なのです。本人がそこにいるのです。
 自分で確かめよう。シンデレラは心に決めました。
 シンデレラはつんと顎をあげて、待ち行列の名簿に名前を書きこみました。
 これでよし、次は──
 何も考えつきませんでした。ごちゃごちゃ群がってくる周囲への対応を社交知性に委任して、一時的に内閉状態に入ります。なにかいいアイディアでも浮かぶかと思ったのです。
 ダメでした。こんなことで大丈夫なのかなと自分に呆れながら、シンデレラは内閉を解除しました。
 シンデレラが眼にしたのは、真正面に立つ王子の姿でした。
 シンデレラはログを確認しました。待ち行列にエントリーした直後に、王子は反応していました。嵐のようにコンタクト要求を浴びせかけ、無視されると自らシンデレラの元に赴いたのです。
「ご、ごめんなさい」
 社交知性が補正する暇もあらばこそ、どもってしまった言葉はそのまま口から出てしまいます。
「ぼんやりして、ました、すみ、ませ」
 王子は何も言いません。その具体の美しさ、優雅さにシンデレラはすっかり魅入られてしまいました。後で再生するために感覚記録をとることもちゃっかり忘れません。
 なによりシンデレラをしびれさせたのは、王子が自分に強い関心を抱いているらしいということでした。ただの女の子でしかないこの自分に、王子さまがわざわざ。
 本当に? と自問するほど、シンデレラは冷静ではいられませんでした。だれだって、特別扱いには弱いものです。
 つ、と、王子がシンデレラの手をとりました。
「踊っていただけますか」
 ここで断るお姫さまなどいるのでしょうか? 有頂天になったシンデレラを王子がリードし、ふたりは踊りはじめました。はじめはゆっくり、おずおずと。
 そんなふたりが、遠慮を捨てさるのはあっというまのことでした。
 基本的人体のそれをはるかに超える性能をフルに使って、王子とシンデレラは踊りました。目にもとまらぬステップ、重力を振りほどくようなジャンプ、華麗なターン。
〈魔女〉が具体にしこんでおいてくれた身体制御補助知性と、王子のそれとがバースト通信をやりとりしました。ふたりはひとつの機械のように踊るのでした。だれもがふたりの虜になりました。
 思うぞんぶん踊り、王子の具体とふれ合って、このときがいつまでも続けばいい、とシンデレラは思い──
 そのとき、頭のなかでアラームががなりたてました。〈魔女〉が具体の脳内にしこんでいたスクリプトがセロトニン分泌を促進、シンデレラは平常心を取り戻しました。
〈魔女〉の言っていたタイムリミットが迫っているのです。
 タイムリミットが何のことかはわかりません。しかし、〈魔女〉はやけに真剣でした。何が何でも守れと言っていました。この世の魔法が解ける、と。
 未練がなかったわけではありません。しかし、シンデレラはおとなしく帰ることにしました。
 簡単にはいきません。王子がしつこく引き止めようとしたからです。「ここで過ごすのがいちばんだよ」「クライマックスを見逃すな」などと誘います。なにかイベントでも用意されているのかと、シンデレラは深く考えませんでした。
 普通なら具体から抜け出すだけでこと足りるのですが、シンデレラにはそれもかないません。シンデレラの精神はこの具体にやどっているものひとつだけ。バックアップもないのです。
 そこで──シンデレラは走って逃げることにしました。
 王子を押しのけ、一息に跳躍、シンデレラは参加者たちの具体を跳び越えました。テーブルに降りたち、また跳んで、勢いよく前転して着地したと思うまもなく走り出します。廊下を駆け抜け、サーブロボットたちを突き飛ばして、シンデレラは疾走します。
 テロと誤認した警備具体たちは直ちに武器を取りましたが、王子は彼らをオーバーライドして武器の使用を禁じました。その隙にシンデレラは城じゅうを駆け巡り、〈魔女〉が記憶領域にしこんでおいてくれたマップを頼りに逃走経路を探しました。
 しかし王子もさるもの、警備具体たちの制御権を奪い、完全な協調行動をとらせてシンデレラを追い詰めます。まるでゲームのようでした。そして逃げているうちに、シンデレラもだんだん楽しみはじめていました。高性能のスポーツカーを乗りこなすように、具体の性能を限界まで試したくなったのです。
「待ってくれ!」
「ごめんなさい!」
 舞踏場で踊ったのとは異なる種類のダンスを通して、王子とシンデレラは真剣勝負を繰り広げます。すると、パーティの参加者たちもいつしか加わりはじめました。あるものは王子に視界を提供し、あるものはシンデレラの囮を買って出ようとします。
 城内はふたつに分かれた鬼ごっこ会場となり、だれもがこの余興を楽しみました。
 やがて、そんな追いかけっこも終わるときがやってきました。
 王子はシンデレラを中庭に追い詰め、すっかり面白くなっていたシンデレラは次の手を模索し──そしてタイマーを確認して、残り時間が少ないことに気づきました。シンデレラは大いに焦り、いたく後悔しました。余計な遊びに気を取られすぎたのです。ああもう、バカ、バカ。
 しかしこのとき、轟音とともに何かが上空に現れました。それはカボチャの馬車でした。シンデレラが時間通りに会合点に現れなかったため、迎えに来たのです。
 カボチャの馬車は「世話が焼けるお嬢ちゃんだ!」とでも言いたそうにホバリングさせるとハッチを開きました。シンデレラは具体に残されたエネルギーをすべて足に注ぎこみ、高く高く跳びました。
 カボチャの馬車は城の管制をはずれ、空域を侵犯し、度重なる警告も無視していました。ついに上級警備知性が王子の制御を緊急遮断しました。警備具体たちは武器を構えました。王子が止める暇もありません。警備具体たちは一斉射撃を浴びせ──
 弾のひとつが、シンデレラの右足首に命中しました。足首がちぎれ、落下し、王子の手の中に収まりました。
 シンデレラが馬車に跳びこみ、ハッチが閉じました。
 カボチャの馬車は「つかまってな!」と言う瀬戸際だったみたいな雰囲気を出しながら発進しました。管制のコントロールも受けつけず、飛びたってきた無人機も振りきって、シンデレラとカボチャの馬車は城から逃げ出したのです。

 痛覚を遮断し、足首の断面を治療ナノが覆っていくのをぼんやり眺めながら、シンデレラは舞踏会を脳内で追体験していました。自分の感覚記録や他の参加者たちのSNS、会場が提供する公共カメラ映像などをあさり、舞踏会の思い出をたっぷり味わうのです。
 とても、とても素敵な体験でした。
 気がつけば、〈魔女〉の言うタイムリミットが迫っています。いったいなんだったのだろう。いまさらながらにシンデレラはいぶかしみました。いいところだったのにな。『すべての魔法が解ける』と〈魔女〉は言っていました。実に意味深です。 
 急造の具体がそれまでもたないということでしょうか? それともレンタルした拡張現実スキンの返却期限でしょうか? どちらにしても、魔法が解けるというには少々大げさに思われて──
 ふいに、馬車ががくんと揺れました。体が浮き上がります。急速に高度を下げているのです。まるで落下しているかのように。
 カボチャの馬車は海に飛びこみました。どんどん深度を増していきます。機体が不気味にきしみはじめ、シンデレラはパニックになりました。いったい何が起きているのでしょう? まるで何かから逃げて、息を潜めているようでした。逃げる、何から?
 と、海が揺れました。

 そのとき起きたのはガンマ線バーストでした。はるか遠くの、どこの星でも結構ですが、恒星がひとつ崩壊し、放出されたエネルギーが光速で地球に襲いかかって来たのです。
 ガンマ線バーストの衝撃波は大気をえぐり、大地を焼き、海を揺らし──しかし、シンデレラは無事でした。
 致死的なガンマ線のほとんどは厚い水の層が吸収してくれたのです。惑星規模の大嵐が起き、灰が降り注ぎましたが、海中のシンデレラには影響がなかったのです。
 しばらくするとカボチャの馬車は水面付近へ浮かび上がり、満足げに機体を揺すってシンデレラに操縦権をわたしました。バースト直後には大荒れだった大気は、やや落ち着きを取り戻しつつありました。
 見たこともない空の色でした。
 カボチャの馬車を操って、シンデレラは自分が住んでいた場所へ戻ってみました。
 何も残っていませんでした。自己修復を試みては失敗している残骸と、天から降り注ぐ窒素酸化物の灰ばかりです。残っている構造物はほとんどありません。通信帯域はどこにも静寂が満ちていました。試しに、継母たちに通信をつなごうとしてみましたが、結果は失敗でした。
 継母たちも、このガンマ線バーストにやられたのです。もちろん、いずれは地底深くのバックアップから復活してくるのでしょう。戻ってきて、このガンマ線バーストはシンデレラの責任だとやつあたりでもはじめるのでしょう。
 しかし、いまはいません。
 シンデレラは呆然となりました。そうして、〈魔女〉の言葉を思い出しました。
『ほっといても明日のいまごろには死んでいる』
 このことだったのです。〈魔女〉はどうしてか、このガンマ線バーストを予期していたのです。この災害から救うために、彼女の元を訪ねてきてくれたのです。
 もし基本的人体のままでいたら──
 シンデレラはぞっとしました。そうして、そのことにびっくりしました。そうです、昨日のいまごろ、シンデレラはまさに死ぬことを望んでいたはずでした。なのに、いまは違います。
 舞踏会での一夜が、シンデレラを変えたのでした。
『すこし寄り道させてやろう』
 なんと楽しい寄り道だったことでしょう。あんなに楽しい時間を、自ら捨て去ろうとしていたなんて。悪夢から救い出してくれるだれかがいたなんて、自分はなんて幸運だったのでしょう。
〈魔女〉はどうしているだろう。シンデレラはふと、そう思いました。
「無事だ」
 突然〈魔女〉の声が聞こえました。姿はどこにも見えません。通信でもありません。
「おまえの頭のなかにいる。低レベル分岐体だ。大した応答はできない。とにかく私は無事だ」
「ありがとう、〈魔女〉さん。助けてくれて」
「私は無事だ。おまえも無事のようだな。よかった」
 それだけ言って、〈魔女〉の声は消えました。
〈魔女〉の声は母の声にそっくりでした。〈魔女〉の声を聞いたことで、不安は消えました。
 いける? 母の思い出が問いかけました。答えはもう、シンデレラのなかにありました。シンデレラの周囲にありました。
 ガラス化した大地を踏みしだいて歩みだしたシンデレラは、やがて走り出しました。
 思いきり跳んで、ぶざまに落ちて、全身の痛みを我が物として抱きしめました。具体が自己修復を行うあいだ、シンデレラは地に降り積もる灰をすくいあげ、頭からかぶってむせました。むせながら笑いました。大いに笑いました。
 そうしてしばらくのあいだ、シンデレラはカボチャの馬車をシェルターとして過ごしました。夜は海上で眠り、昼は陸地を気ままに探検するのです。
 生きることに問題はありませんでした。〈魔女〉にもらった具体はまるで誂えたようにこの環境に適応していました。降着灰をフィルターし、強靭な皮膚で破片を踏みしだいて歩けます。水中でも呼吸することができたので、食事は魚に頼りました。海のなかは比較的被害が小さかったのです。
 このことを見越していたんだなとシンデレラは思い、〈魔女〉の正体について思いを巡らせました。環大西洋連合王国のパーティ招待状をもち、こんな具体をデザインできる何者か。考えてもわからず、ふと頭のなかで手を伸ばし──そうして無意識のうちに、ネットに接続していました。復旧していたのです。
 ネットとのやりとりで、被害は全地球に及んでいることを知りました。地上も軌道も甚大な損害を受けましたが、地下の計算機群や合成インフラは無事でした。
 人々は被災し、いろんなものを失いましたが、とりあえず生きてはいたのです。『私やその同類には大したことないが』と〈魔女〉の言った通りでした。トランスヒューマンを滅ぼすには、絶望に膝を折らせるには、もはやガンマ線バーストぐらいでは足りないのです。
 そのことが、シンデレラには自分のことのように誇らしく思えました。
 復旧が進む世界で、シンデレラはカボチャの馬車とともに自由に生きていました。
 そんなある日、シンデレラは王子からメッセージを受け取りました。「ぜひとも会って話がしたい」というのです。
 シンデレラははじめ断ろうとしました。あれは一夜の夢のこと。後からつつけば壊れかねない、そんな夢だと。
 しかしそんなためらいも、王子のメッセージ映像の後ろに〈魔女〉の姿を見出すまでのことでした。

 その日のうちに、シンデレラは王宮に到着していました。もちろん、カボチャの馬車で。
 そこは環大西洋連合王国が所有する離宮のひとつであり、実は潜水も可能な人工島でした。シンデレラと同じようにガンマ線を厚い海水でさえぎって回避し、いまは浮上して復興の拠点として機能していました。大勢のトランスヒューマンが行き交う拡張現実をかき分けるようにして、シンデレラは宮殿のなかを歩みます。
 宮殿のいちばん奥の部屋で、王子と〈魔女〉は具体化してシンデレラを待っていました。〈魔女〉の社交外殻には、環大西洋連合王国技術庁長官のエンブレムが発光していました。
 飛びこんできたシンデレラを見て〈魔女〉は開口いちばん、「だれだおまえは! その具体をどこで手に入れた?」と叫びました。
「そりゃないだろう。おまえがあげたんじゃないか」と王子がたしなめました。あのときと同じ、いえはるかに美しい王子の姿を間近に見て、シンデレラは気が遠くなりそうでした。
「あ、これは君のだよね」
 王子はシンデレラに立体映像を示しました。あの日、警備具体が撃ち落としたシンデレラの足首です。
 すでに再生していますが、それでもシンデレラは足首を確認せずにはいられませんでした。そして、正装どころか普段着で来てしまったことに遅まきながら気づきました。拡張現実スキンは自作品、飾り気のない装いです。シンデレラは軽くパニックにおちいりましたが、社交知性につつかれて我にかえりました。王子も〈魔女〉も、何かしらシンデレラにはわからない専門的なデータを呼び出してああだこうだとやり取りしています。シンデレラの格好など問題にしていないのです。
「ほらみろタグが一致した。証拠を残すなんておまえらしくもないな。それともわざとか?」
「何のことやら」
「パーティで彼女を見かけたときは腰が抜けるかと思ったよ。どこから漏れたのかって」
「あんな悪趣味なパーティの準備にうつつをぬかすから盗まれたのでは?」
「気に食わなかったのは知ってるよ」
「なのに強行」
「好評だったよ」
 王子と〈魔女〉のふたりはシンデレラを置いてきぼりにしています。思わず、シンデレラは咳払いをしました。
「おふたりとも、よければ私にも何の話か教えてくださいますか」
「もちろんさ。君の具体の話だからね」
 王子が深々とうなずきました。図表や画像を呼び出しながら、王子は喜々として説明しました。
「例のガンマ線バーストは予測されていた。情報があってね。完全に防御することはできそうになかった。だから星の環境が破壊されることはもう甘んじて、その後の環境に適応する方向で調整することにした。我々の地殻計算機群はもちこたえられそうだったからね。領土内の資産を可能なかぎり逃し、合成機関も準備を整えた。ほとんどのトランスヒューマンはネットでも生きていける。だが無制限に受け入れると過負荷になるし、しばらくしたら具体に移ってもらう予定だった。地上復興の労働力にもなる。この手のことは自動機械に任せるにはもったいないからね。当然、バーストに破壊された大気や地表に適応できる具体が必要になる。だから開発した」
 王子はシンデレラの手をとりました。
「君がいままとっている具体のことだよ。持ちだされたんだ、リリース前に」
 ドギマギしていたシンデレラの頭に王子の言葉がしみとおるにはすこし時間がかかりました。
「盗まれたって言ってるみたいですね」
「気を悪くしないでね。単に不透明な経路で君の手に入ったということさ。君は泥棒なんかしそうに見えないしね」
 シンデレラと、王子と、ふたりの視線が〈魔女〉の上で交差しました。〈魔女〉は視線をそらしました。
「パーティの最後にプレスリリースをする予定だったんだ」
〈魔女〉を無視して王子が言いました。
「ガンマ線バーストが起きるとわかっててパーティなんて馬鹿げてると思うかもしれない。さすがにパーティの参加者はお高い具体もみんなおしゃかになるし保険もおりない。けど、それだけとも言える。どうせなら貴重な経験を逃すまいというわけさ」
『クライマックスを見逃すな』
 王子がそう言っていたのを、シンデレラは思い出しました。あっけにとられる発想です。ほぼ不死身のトランスヒューマンならではの考え方を、シンデレラはこのとき肌で理解したのでした。
「本来なら余裕ができたころに実機の合成と配布を始める予定だった。でも君がやってきてね。まあびっくりしたけど、すごく自然に操ってるし、あれだけ派手に踊って逃げて、参加者には性能を十分に印象づけることができたから悪くない。ずっと基本的人体で暮らしてたんだってね。どうして?」
「いける、と思いましたから」
「わかるよ、わからないけど。とにかく君は本当に素敵だった」
「ありがとうございます」
「デザイナー冥利につきるよ」
〈魔女〉がPINGを打ちました。基本的人体なら咳払いに当たる行為です。放っておけば永遠に続いたかもしれない王子とシンデレラのやり取りは打ち切られて、シンデレラはすこし〈魔女〉を恨みました。同時に気にもなりました。ふたりは妙に親しいような。どういう関係なのでしょう? まさか、まさか、パートナーだとか?
「あの、おふたりはどういうご関係なんですか?」
「むしろ君と、あの女との関係を話題にすべきだよ」
 王子は〈魔女〉を指さし、〈魔女〉は払いのけました。ふたりしていかにも気安いしぐさ。シンデレラの疑念は強まり、つい険しい声が出てしまいました。
「母の知り合いだとききましたけど」
「なんだそのごまかし方。恥ずかしくないのか」
 王子は〈魔女〉を呆れたように見やりました。
「自分で言えよな。言うよな」
〈魔女〉は咳払いしました。内心の動揺を反映してか、拡張スキンがわずかに揺らぎました。
「私は王子の教育係を務めていた。この***には随分てこずらされた」
 そこから〈魔女〉の発言は聞こえにくくなりました。不適切な言葉遣いがこの部屋の管理知性によってマスクされたのです。
『照れ隠しだから気にしないで』
 王子がメッセージをよこし、シンデレラはくすくす笑いました。〈魔女〉は言いにくい言葉を口から押し出すのに精一杯のようでした。
「ええとだな、私はおまえの母親の分岐元だ。つまりおまえは私の娘みたいなものだ」
 ふーんとシンデレラは思い、そうかーそうなんだーと思い、しばらく言葉をなくしました。
 やっと口がきけるようになると、シンデレラは〈魔女〉に詰め寄りました。
「そんな大事なこと、どうして言わなかったんですか?」
「まったくだ」
 王子がうなずきました。〈魔女〉は右を眺め、左に目をやり、下に目を落とし、やおらシンデレラを正面から見つめました。
「前に言った」
「言ってないです!」
「そうだそうだ。言ってないときに限ってそう言うんだ」
「そうだな、忘れていた」
 王子とシンデレラの声が重なり、〈魔女〉は悪びれた様子もなく肩をすくめます。かなわないな、シンデレラは小さく笑いました。
「ごく最近まで記憶していなかった。古いバックアップをマージしていて思い出したんだ。あのときの私は具体の中だけで生きることに妙なロマンを抱いていた。そういうライフスタイルがはやったりするだろう」
「スローライフとか?」
「アーミッシュみたいな?」
「そんなものだ。だから分岐先のおまえの母親側でも連絡を断ち切ったわけだ。まあ、その、なんだな、そういうことだ」
「だそうだ。理解できたかな」
「びっくりしました」
「いや、違うんだ、シンデレラ、いまのは君に言ったんじゃないよ」
 王子が部屋の隅に目を向けました。
「姿を現してかまわないよ」
 王子の言葉と共に、部屋の拡張現実層にもうひとりが姿を現しました。シンデレラの息は止まりました。それは継母でした。継母もまたこの場に呼び出されていたのです。
 継母は怒り狂い、シンデレラに毒々しい目を向けていました。

 それまでの様子から一転、〈魔女〉は堂々たる威厳を取り戻しました。継母とシンデレラのあいだに素早く割って入ります。
「だから、いまは私がおまえの母親に最も近い。分岐体の一方が消滅した場合にはもう一方が第一相続人となる。分岐の際に作っておいた契約書もちゃんと出てきた。ということだから」
 言葉もない有様の継母に〈魔女〉は言いました。「おまえはもう用ずみだ」
「それは法廷が決めることよ」
「うちの弁護士に相談しよう」と王子は言いました。「それに、おまえたちが犯した具体損壊の件もある。罪を償ってもらうことになるだろうな」
 シンデレラは震えました。具体を乗っ取られ、しまいには首吊りまでさせられた記憶がよみがえったのです。
 継母は青ざめました。しかし、継母はどこまでもしぶとい人間でした。
「その件については私の娘──かつての私の分岐体がやったことかもしれません。けど責任を問おうにも、すでに娘ふたりは自己消去してしまいましたし、マージの際にはあらゆる権利と義務の両方を放棄しました。私に責任は問えないはず。だいたいね、損壊の証拠だってあるんですか」
 かつてのシンデレラの具体が基本的人体でしかなく、大脳皮質活動記録装置も埋めていなかった以上、証拠といえばどうしてもシンデレラの言葉による証言だけになってしまうのです。信頼の置ける証言といえば本人および従属知性殻記憶の提出であり、 基本的人体であったシンデレラはその点が弱いのでした。
「ほらみろ、名誉毀損で逆訴訟だ! 証拠を出してごらんなさいな!」
「ない」
 継母が口をつぐみました。王子は〈魔女〉を見やり、シンデレラは言葉をなくしていました。
「精神移植の過程でもとの具体は破壊されてしまった。おまえたちがしでかしたことが彼女の脳に保存されていたとしても、元の記録媒体が消滅してしまったし、転写の過程で偽記憶を混入したと言われたら我々はぐうの音も出ない」
「なら」
「だから和解しよう。そちらはシンデレラに関するすべての権利を手放してもらう。そのかわりこちらはシンデレラの具体損壊を不問にふし、同時に和解金を支払う」
「和解金、ねえ。具体的には何をくださる?」
「環大西洋連合王国が進めるプロジェクトに参加してもらう。特別な具体の開発だ」
〈魔女〉が資料を送付し、継母がそれを検分する短い間がありました。
「モニター期間後には具体の権利を取得、か。嘘じゃないんだろうね」
「存分に検討なさって結構ですよ」
 継母は渋っていましたが、派生製品の権利まで上乗せされると陥落しました。ただちに契約が取り交わされ、継母はその場から消え去りました。シンデレラは胸をなでおろしました。同時に複雑な気分にもなりました。あれだけのことをしておいて、継母は無罪放免になったうえ、何か重大な役目まで与えられたようなのですから。
 世の中ってそういうものなのか──しかし、そんな思いはすぐ消えました。〈魔女〉も王子も忍び笑いを漏らしていたからです。
「罠だったのさ」〈魔女〉が種明かしをしました。
「向こうの契約知性はポンコツだったねえ」王子もニヤニヤ笑いました。
「免疫もない。資料にしこんだあんなみえみえのウイルスに気づきもしないで丸飲みだ」
「あの、どういうことですか」
「ひどい話なんだ」
 継母は具体のモニターをやってもらうことになっている。そう王子は説明しました。
「赴任地は金星なんだ」
「金星、ですか」
「カスタマイズ具体の長期モニターで交代もなし。楽しんでもらえると思う」
「なんて言い草だ王子さま、鉛も溶ける超高温高圧の世界に臣民を送りこんでおいて」
「手頃な環境だったから。それに住めば都だよ。人類の次なる家さ」
「次の次の次の次ぐらいだな」
「僕が手遊びで作ってる具体だから大した予算もないんだ。結構長く勤めてもらうことになるな」
「逃げ出せないんですか?」
「向こうでこれだけの時間モニターして過ごしてねって契約だからね」
「苦痛が長引くだけだ。個人的には長引けばいいと思うね」
 シンデレラは金星の環境を調べて、すこし胸のすく思いになりました。

「よし、片づいたね。じゃあ今日はこのへんで解散ね」
 そう言って立ち去りかけた王子を、〈魔女〉ががっちりつかまえました。
「おやおや王子さま、まだすることがあるはずじゃないか?」
「親子の対面ならすんだじゃないか」
「だからおまえの番だ」
 王子は目をそらし、頬をかきました。
「どうかなあ、人生の重大イベントが立て続けに起こるのも気ぜわしくない? 別の機会にしようかなって」
「私の娘に恥をかかせる気か」
「うーん」
 王子はシンデレラに向き直りました。
「いま君がまとっているその具体はこれから世に出回ることになる。僕としては、君に協力してもらいたい。魅力を皆に伝える広告塔になってほしいんだ、いいかな」
「光栄です。ぜひ、やらせてください」
「よかった。断られたらどうしようかと思った」
「くだらない話は後にしろ」と〈魔女〉がさえぎりました。
「わかった、わかったよ」
 王子が言葉を切りました。口の中で言葉を転がしているのがシンデレラには目に見えるようでした。やがて王子が口を開きました。
「厳密に言えば、僕は君の具体を破壊したことになるわけだよね。ほら、君の足首を警備具体が撃った件ね」
「さっさと本題に入れ」
「ここからなんだ。それで、僕としてはぜひお詫びがしたい。君の有機体損壊を許してもらえるなら、僕はなんでもするつもりだ」
 王子は跪き、手のひらを差し上げて、そこにイメージを投影しました。シンデレラの破断した足首は、瞬時に硬化しステルス化していたスキンスーツに包まれたままで、まるで透明なガラスの靴のようでした。
 そうして、王子はシンデレラの言葉を待っているのでした。
 シンデレラは〈魔女〉を見やりました。〈魔女〉もシンデレラを見返しました。プライベートチャンネルで超高圧の非言語メッセージがやり取りされた末、〈魔女〉もシンデレラとおおむね同意見であることが明らかになりました。ただ一点を除いては。
『王子に言わせろ』と〈魔女〉は譲りませんでした。『これはあいつの役目だ』
 そこで、シンデレラは心を決めました。ガラスの靴のイメージごしに、王子の手のひらに自分のそれを重ねます。そうして、
「プロポーズしてください」とシンデレラは言いました。〈魔女〉を見やって言い直しました。
「いま、この場でプロポーズしてください」
 王子は目をしばたたき、息をつきました。シンデレラの足元に膝をつき、その手を取って、心の底からうれしそうに言いました。
「愛しのシンデレラ、どうか、僕と結婚してください」
 ひとつ、ふたつとシンデレラは数えました。我慢していられたのはそこまででした。
「ええ、喜んで」
「よかった。断られたらどうしようかと思った」
 王子が立ち上がりました。王子がまとっていたのは、あの舞踏会と同じ拡張スキンでした。
「踊っていただけますか、シンデレラ」
 否やはありませんでした。シンデレラと王子はお互いの腕の中に飛びこみ、〈魔女〉はさり気なく姿を消し──
 そこからはもう、言うだけ野暮というものです。

 そうしてシンデレラと王子は結婚し、末永く幸せに暮らしたのでした。
 どれくらい長くかって? ずっとです。ガンマ線バーストでさえ消し去ることのできない存在に可能なかぎりずっと、ずーっと。
 めでたし、めでたし。
 おしまい。

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『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』

あるところに、トランスヒューマンのお姫様がおりました
ある日、空からガンマ線バーストが降ってきて――
だれも見たことのない《SF童話》全6篇!

はるか未来、あるところにシンデレラという人類の進化形=トランスヒューマンの少女がおりました。〈魔女〉から拡張現実ドレスを与えられた彼女はカボチャ型飛行体に乗り、お城の舞踏会へ向かいます。しかしその夜、空から宇宙最強の爆発・ガンマ線バーストの閃光が降り注ぎ――
「地球灰かぶり姫」ほか「竹取戦記」「スノーホワイト/ホワイトアウト」など、古典に最新の想像力を配合した童話改変SF全6篇を収録。超個性派による第6回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作!

著者:三方行成 Sanpow Yukinari
1983年生まれ。長崎県諫早市出身・在住。小説投稿サイト「カクヨム」にて「sanpow」名義で活動。同サイトへの投稿をまとめた本書が第6回ハヤカワSFコンテスト優秀賞を受賞して、作家デビュー。

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