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【12月17日発売】この怖さ、子ども向けではない⁉『裏世界ピクニック〔ジュニア版〕』【ためし読み】

12月17日に発売する『裏世界ピクニック〔ジュニア版〕』。
今回は、その一部をためし読みとして公開します!

※『裏世界ピクニック〔ジュニア版〕』は、小学4年生以上で習う漢字にルビ(ふりがな)がついていますが、このnote版のためし読みにはルビがついていません。ご注意ください。

あらすじ
大学生の空魚(そらを)は、廃墟探検中に異世界に繋がる扉を見つけた。誰もいない静かな世界を気に入った空魚は、そこを<裏側>と呼んで現実の世界と行き来していた。
そんなとき、「くねくね」と呼ばれる化け物に襲われてしまう。〈裏側〉は、ネットで噂されるおそろしい化け物がうろつく危険な世界だったのだ!
謎の大学生鳥子(とりこ)に助けられ、現実の世界に戻った空魚は、恐ろしい世界だとわかっていても〈裏側〉を嫌いになれずにいた。
すると、鳥子がもう一度〈裏側〉に行こうと誘ってきて――?

 
 鳥子が私を案内したのは、神保町の一角にあるビルだった。
 古本屋街の裏手に建てられた、ひょろりと背の高い雑居ビル。全部で十階。
「ここ……?」
 私は疑いのまなざしで建物を見上げた。
「ほんとに大丈夫なの?」
「大丈夫だって。行こ」
 軽く答えてビルに入っていく鳥子の背中を見ながら、私はためらう。
 やっぱり苦手なタイプだ。ヤンキーに目を付けられたみたい。
 そう思いつつも不承不承ついてきたのは、〈裏側〉への接点を失いたくなかったからだ。
 その存在を見つけて以来、〈裏側〉は私のすべてだった。だって、誰でもそうなるでしょう。生きていると感じるあらゆる面倒くささ、しがらみ、お節介から逃げられる、自分だけの秘密の世界を見つけたら、みんなそっち行きたくなるでしょう。
 そうでもないのかな。
 ともかく、鳥子に逆らえなかったわけではない。決して。
 ──ええい、どうにでもなれ。
 私はようやく腹をくくって、ビルに足を踏み入れた。
 薄汚れたエントランスを抜けてエレベーターに乗る。
 扉が閉まると、鳥子は四階のボタンを押した。
 四階に着くと、降りずにそのまま二階を押す。その次は六階だった。まるで暗証番号でも入れるみたいに、めちゃくちゃな順番で階数を指定している。
 子供が悪戯でやって怒られそうな行動だけど、鳥子は真顔だった。
「……何やってるのこれ」
「エレベーターの階数ボタンをある順番で押すと異世界に行ける」
 手を止めないまま、鳥子が答えた。
「空魚ならそんな話、聞いたことあるんじゃない?」
「……ある」
 私は頷いた。そう、確かにネットでそういう都市伝説を読んだことがある。子供っぽい話だな、というのが第一印象で、私自身はさほど興味を惹かれなかった。ただ、異世界に行く系のネット怪談の流行は心に引っかかっていた。
 まさか自分がその当事者になるなんて。
 六階、二階、十階……。エレベーターが上へ下へとせわしなく移動する。指定された階に止まるたびに、鳥子が即座にドアの閉ボタンを押す。
 五階。ドアが開くと、廊下の向こうから、女性が一人、駆け足で向かってきた。背が高くて黒髪、顔は見なかった。見る暇もなく鳥子が閉ボタンを押したからだ。
「ちょっと、今の人乗ろうとしてたよ?」
 思わず咎めたら、鳥子は肩をすくめた。
「あいつ、いつも五階で乗ろうとしてくるんだ」
「……いつも?」
「五階で、必ず女が乗ろうとしてくるけど、絶対乗せちゃだめなの」
 なにそれ怖い。
 一階、三階、八階、開いては閉じるドアの隙間から覗く雑居ビルの廊下が、スライドショーのように入れ替わる。二階、七階、十階。ちらつく蛍光灯の下、磨りガラス入りの扉が引き開けられて、女物の靴先が廊下に出てくる。背を向けて歩いていく背広の男が、足を止めてこちらを振り返ろうとする。寸前でエレベーターのドアが閉まり、廊下の情景を断ち切る。
 次第に私は異常に気付き始めた。限られた階数を行き来しているはずなのに、同じ光景を一度たりとも見ていない。ドアが開くたびに、見覚えのない廊下が目の前に延びている。
「……ねえ」
「わかる?」
 鳥子が横目でふっと笑った。なんだその訳知り顔! 睨んでやると、鳥子は面食らったように目をぱちくりさせた。
 心なしか扉の開くペースが速くなっている気がする。操作盤と階数表示に目をやって、ぎょっとした。数字が読めないのだ。確かに普通のアラビア数字が書かれていたはずなのに、いつの間にかそこには見たことのない文字が記されていた。
 やがて、ついにエレベーターは止まった。
 開いたドアの先は、真っ暗だ。何も見えない。
 エレベーターの中からあふれた光が、ひしゃげた四辺形に床を切り取っている。
「と……鳥子、ここでいいの?」
 鳥子は首をかしげている。
「あれ? 間違ったかな」
「は?」
「今までこんな暗いことなかったんだけど」
「ちょっとちょっと」
「っかしーなー。あっち側、夜なのかな」
 頼りない返事に呆れながら、私は扉の外に身を乗り出した。
 そして凄い勢いでのけぞった。

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 退がろうとして、たたらを踏んで、背中がエレベーターの壁にぶつかった。
「閉めて!」
 私が叫ぶと同時に、鳥子が閉ボタンに拳を叩きつけた。
 ドアが閉まる直前、ひたひたひたひたっ、と冷たい足音が急速に近付いてきて、何かの爪先が見えたような気がした。
 節くれ立った指の先端に、うねが入って割れた太い爪。一瞬だけの印象を残して、ドアが暗闇を閉め出した。
 しんと静まりかえったエレベーターが、身震いしてまた動き出した。上昇している。
「なに、なにあれ」
 もつれる舌を動かして、ようやく声を出した。
「今の見た、鳥子──」
 首を回して話しかけると、鳥子がいつの間にか銃を取り出してまっすぐ扉に向けていた。
「おほお!?」
「わっ、びっくりさせないでよ」
「こっちの台詞だよ! 当然のように銃出さないでくれない!?」
「いつも持ってるわけじゃないよ。今日は空魚と逢うから」
「なんで私と逢うのに銃が要るの!?」
「大丈夫、大丈夫、落ち着いて。イッツオーケイ」
「ノットオーケー! だいたいどこから出したのそれ! トートに裸で入れてたの!?」
「空魚、話し方面白いね」
「は!? 何が!?」
「ツッコミに忙しくて……なんだろ、ツイッターで騒いでる人みたい」
「…………!?!?!?」
 困惑と羞恥と憤怒がぐるぐるに入り混じった感情に襲われて私が何も言えないでいるうちに、エレベーターはふたたび動きを止めた。
 私たちが見つめる前で、ドアが左右に開く。
 鳥子が満足げに頷いた。
「よかった。今度は着いたね」
 ドアの向こうは、屋上だった。ひび割れたコンクリートタイルで覆われた床面の向こうに腰くらいの高さの鉄柵が立ち、その上は雲の浮かぶ空。
「行こ」
 鳥子が足を踏み出した。
「ねえ、ほんとに大丈夫なのこれ」
「イッツオーケイ、メイビー」
「あああ、アイドントシンクソー」
 腰が引けまくりだけど、鳥子に置いて行かれるのはもっと心細い。意を決して、えいやと外に出た。

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続きは、書籍版でお楽しみください。

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