元プロスノーボーダーの著者が描く緊迫の密室状況サスペンス『寒慄』【かんりつ】
スノーボード・ハーフパイプ。人間がほとんど生身の状態で10メートルほどの高さまで飛びあがり、ツイストやターンといった人間離れした技を繰り出し、そして着地するというのを何度も繰り返す競技。ほんの少しでも体勢や着地を失敗すると命を失いかねない常に死と隣り合わせこの競技は、見るものをハラハラドキドキさせます。
どうしてこんな話から始めたのかと言うと、かつてアリー・レナルズはハーフパイプの競技でイギリスで十指に入るほどの、フリースタイル・スノーボードのプロ選手だったからです。
好評発売中の『寒慄』は、そんなレナルズのデビュー長篇で、作中の雪山やスノーボードの手に汗握る描写は、元プロ選手ならではの迫真さに満ちています。そしてまた、スノーボード・ハーフパイプの世界を舞台にした、ハーフパイプに勝るとも劣らないハラハラドキドキの密室サスペンスなのです。
あらすじ
アルプス山中。かつてこの地で開催されたスノーボード選手権で、女性選手サスキアが姿を消した。そして十年後、当時の関係者であるミラは四人の元選手とこの地で再会する。旧交を温める一同であったが、ホステルで見つかったカードがその雰囲気を一変させた。〝サスキアを殺した″のメッセージが――。氷河に囲まれたホステルは孤立し彼らは互いに疑心暗鬼に陥っていく。ミラたちを雪山に閉じ込めたのは誰なのか。そして十年前に何があったのか? 元スノーボーダーの著者が迫真の筆致で描く密室状況のサスペンス。
あらすじからもわかる通り、本書はいわゆる雪の山荘を舞台にしたミステリです。しかし、すべての交通網が遮断され外界から隔絶されたクローズドサークルものというよりかは、ワンシチュエーション・サスペンスといった趣。十年前にスノーボーダーの女性サスキアが行方不明になった事件が殺人であったという告発が行われ、ホテルに閉じ込められた男女五人がその真相を追っていくというのが〔現在〕の話。
そして本書のもう一つの筋であるのが十年前の〔過去〕の話。その頃の彼らはプロのスノーボード・ハーフパイプ選手であり、お互い切磋琢磨し合うライバル同士。その中でもサスキアは飛びぬけて対抗心が強く、同じ女性スノーボーダーのミラを何度も罠に嵌めようと画策します。そんな調子であるから、サスキアは様々な人から恨みを買っており、その恨みがどんどん堆積していく様がじっくりと描かれます。
〔現在〕のパートでは疑心暗鬼に陥り誰も信用できなくなっていく登場人物たちの姿が、〔過去〕のパートでは確実に起こる悲劇へ一歩一歩進んでいく模様が、と二つの筋がまるでハーフパイプを行ったり来たりするように描かれるのです。
物語は後半に行くにつれて加速を増していき、そして意外な犯人と意外な真相という大技を決めた後に、著者ならではの着地を決め、ニヤリと口角が上がるようなフィニッシュを迎えます。
ところで、この本書の原題は『Shiver』なのですが、レナルズ曰く、元々は『The Icebreaker』だったそう(本書の序盤、ミラたちが行うアイスブレイクゲームから取られている)。しかし、彼女のエージェントがこのタイトルは弱いということで『Shiver』を提案し、それを採用したとのこと。個人的にも『Shiver』のほうがかっこいいと思います。何より、『寒慄』という邦題がかっこいいですよね。
【参照:https://www.betterreading.com.au/review/snowboarding-to-writing-allie-reynolds-shares-the-inspiration-for-her-thrilling-debut-shiver/】
閑話休題。
とにかく本書はワンシチュエーション・サスペンスものとして出色の出来でありながら、スノーボード・ハーフパイプのアクションも書き込まれた一度に二度楽しめる小説です。スノーボード競技がお好きな方はもちろん、サスペンスがお好きな方も是非お手に取ってみてください!
【書誌情報】
タイトル:『寒慄』
著者:アリー・レナルズ
訳者:国弘 喜美代
価格:2,100 円+税
発売日:2021年6月2日 ISBN: 9784150019686
刊行レーベル:ハヤカワ・ミステリ(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
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