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花守ゆみり×茅野愛衣インタビュー キャストが語る『裏世界ピクニック』

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SFマガジン2021年2月号に掲載された、TVアニメ版『裏世界ピクニック』紙越空魚役・花守ゆみりさん、仁科鳥子役・茅野愛衣さんのWインタビュー記事を再録いたします。

【ABEMA】裏世界ピクニック_縦型サムネイル

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◆空魚・鳥子との出逢い

──まずはオーディション時のご感想からお聞かせください。

茅野 スタジオオーディションは二人で、交互に空魚と鳥子を演じてかけあいをする形式だったのがめずらしかったです。先に相手の鳥子を聞いてから自分の鳥子を演じたので、すごく不思議な気分でした。別の演技が耳に入ってから喋るので、ぶれないようにしなきゃなと。オーディション段階ではまだキャラクターを深く理解しているわけではないので、監督のディレクションを聞きながら作り上げていって。ゆっくり時間をかけてやってもらえたオーディションだったなと記憶しています。

花守 かけあい相手の役者さんは演技の方向性が違う方で、自分で想像していたより幅広い層の方々が呼ばれていました。だったら自分が好きな鳥子と空魚を演じればいいんだと、我を貫いて臨ませていただきました。オーディションで演じた場面は「時空のおっさん」回の終盤、鳥子が冴月に連れて行かれそうになるやりとりだったんですけど、鳥子については監督から「天国に行くような気持ちで」と言われて悩んだのを覚えています。

茅野 あのシーン難しかったよね。

花守 掛け合いで空魚を演じたとき、相手役の鳥子が向こう側に行ってしまいそうになるのを見て「あ、〝失う〟ってこういう気持ちなのかな」と感じました。何となく空魚のほうが「ここだ」という強い自信が持てた覚えがあります。でもまさか選んでもらえるとは……しかも愛衣さんと一緒にできるなんて! うれしかったです。──佐藤監督からも、空魚と鳥子、二人の掛け合いとして聴いたときいちばん演技がハマるような、関係性を重視されたキャスティングだと伺いました。

花守 監督は「ずっと会話を聴いていたくなる二人にしたいんです」とおっしゃっていました。私たち二人はオーディションで直接掛け合いをしたわけではないけれど、録ったものを組み合わせて聴いていただいたんでしょうね。

茅野 本篇の緊迫してる場面であっても、耳なじみがいいというか、うるさくないというのを念頭に置いてディレクションしてくださっていたので、そこは大切に、でも決めるところは決めて、という感じで演じさせていただきました。──おふたりでされる芝居はPV用の収録が最初だったかと思いますが、そのときの印象はいかがでしたか。

茅野 PVのときには個々でやるセリフがほとんどだったんです。ワンシーンごとに切り取った演技が多かったので、掛け合いとしてやれたのは一話が最初だったかな。

花守 確かにそうですね。でも私はPVの時点で「鳥子めっちゃ踏み込んでくる……!」って思って(笑)。壁をちゃんと作らなきゃ、となりました

茅野 ほんと? 嬉しい! あのときからもう鳥子を感じてくれていたんだね。

花守 私がオーディションで演じたときは鳥子って人の表情を見るの得意そうだな、世渡り上手なんだろうなという印象だったのもあって、愛衣さんの鳥子を聞いたとき「あっこれは違う、彼女は相手のところに靴を履いたまま気にしないでズカズカ入り込んでくるタイプだ!」って……。

茅野 土足で踏み込んでくる(笑)。

花守 空魚は最初、もう少しやわらかめの壁がある演技を考えていたので、これじゃだめだと思わされました。

茅野 最初に「掛け合いなんだけど会話にならないように演じてほしい」という指導がありました。鳥子としてはもちろん空魚に話しているのだけど、何かこう、うまくかみあってないのが面白く聞こえるようにしたいと。鳥子は海外生まれなので声も大きくなったりするのかなとか、どう声を出していくかというのを、最初の収録時は特に気にしながらやっていましたね。

花守 会話がキャッチボールだとすると、鳥子は全力で思いっきり投げてくるから、空魚は届かなくて何度も取りに行くことになって、拾って戻ってくるときに「なんでこんな遠くまで投げちゃうんだろう、あの子……」ってブツブツ呟いてるみたいな。そしてまた遠くへ投げられる(笑)。

茅野 二人とも不器用なんですよね。

花守 突き抜けた不器用と閉じる不器用。

茅野 似た人って集まるっていうじゃないですか。空魚と鳥子は凸凹コンビに見えるけど、実は似てるというのが作品を追っていくとわかります。

花守 鳥子は最初から「変なやつ」と語り手の空魚目線で言われているんですけど、回を追うごとに「いや、空魚もかなり変だぞ?」と視聴者にバレていく。小桜さんが出てくるあたりから、二人ともおかしくない? って。

茅野 小桜が一番まともかもしれないね。

花守 それでいて一番かわいそうな扱いを受けている(笑)。もう大好き……。

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◆小桜と茜理について

──小桜について、演じられた日高里菜さんとの掛け合いはいかがでしたか。

花守 里菜さんの小桜は不憫な扱いを受けがちなんですけど、そのたびに「こっちで合ってますかね!?」って確認してくるのが楽しかったです。小桜って、リアクションをギャグとして流していいのか、真面目に受け取ったほうがいいかの境界線にいるキャラみたいなところがあるじゃないですか。最初の登場回で監督とも細かく話し合われていましたし、一緒に演じさせていただきながら里菜さんの小桜が練られていくのを見て、小桜おもしろいなあ……って。

茅野 後半になるにつれてより愛らしさが増していく気がしますね。

花守 私は植物になる小桜が大好きです(笑)。本人は真剣なのにギャグに見えるのがまた不憫で、みんな大好きになりそうなキャラクターだなって。 

茅野 いたずら心に火をつけるというか、そういう気持ちにさせるぐらい愛らしい。掛け合いは私たちも楽しかったよね。二人のときと全然違って、セリフ回しのキャッチボールが三人になるので。

花守 テンポが良くなって鮮やかな感じ。個人的にも三人が喋ってるシーンは大好きですね。空魚と鳥子が小桜さんを常に心配させたりイライラさせたりしてて、ふふってなる。二人を誰よりも普通の視点で心配してくれているので、『裏世界ピクニック』における良心かもしれないですね。

茅野 視聴者の方々ともいちばん近い感覚を持っているキャラクターかもしれないね。

花守 みんな空魚にだまされがちだけど、やっぱりおかしいよね? と現実に戻してくれるのが小桜なんだなと。

──メインキャラでは空魚の後輩の、富田美憂さん演じる瀬戸茜理も後半で登場しますね。

花守 美憂ちゃんの演じる茜理って、ある意味で鳥子と似てる存在なのかなと思っていました。台本を読んだとき、ふたりとも冴月に目をつけられているし、同じタイプの人間なんだろうなと。でも現場に行って声を聴いてみたら、また鳥子とも全然違う方向性でしたね。茜理は茜理で、ちょっと普通じゃないのは皆と一緒ですけど。

茅野 どこかネジが外れてるような(笑)。

花守 茜理も鳥子も、誰にも縛られてないようでいて、見えない執着がある。なのに二人とも空魚のことを好いてくれるので、嬉しかったです。

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◆未知と向き合っていくこと

──空魚と鳥子は素の性格に加えて、怪異にやられて狂ったりする演技もあるので、その調整が難しそうな気もしました。

花守 くねくねを見続けるシーンとかですね。あそこって無意識の言葉たちだから、自分と切り離して、壊れたレコーダーみたいに勝手に音が流れる感じで、そこに意思や感情が存在しないように演じるっていうふうに私は作っていました。

茅野 考えているシーンではないと思うんですよね。ある意味ポエム的というか。

花守 綴られた文字をただ読んで、そこに感情の色は乗せない感じ。でもそれこそが難しかったりするんですよね。

茅野 私たちはどちらかといえば声で色をつけていくのが仕事なので、無色のままにするのって難しくて。そういう挑戦も多い作品だったように思います。

──アニメという全部が画面で説明できる表現のなかで、どうわからないものを残していくか、というのはスタッフの皆さんにとっても課題だったみたいです。

花守 そうですよね。怪異やネットロアも人によって解釈が違うじゃないですか。それに形を与えるというのはある意味怖いことだと思うんですよ。原作みたいに文字で綴るのは、読み手に対しても空想の余地が与えられるから違和感を覚えないけど、いざアニメで絵や音にしたときに、おや? ってなってしまうかもしれない。そこを監督たちはうまく、あえてこういうものだと定めないように描かれているとすごく伝わってきました。未知と対峙する恐怖や、考える余地を映像になっても与え続けてくれることが魅力の作品だと思います。

茅野 私は花ちゃんと違ってネットロアに詳しくなくて、鳥子みたいに「何それ?」ってなってたんですけど、作品を通じて興味がわきました。もっと知りたくなるというか、見ちゃいけないものを見てる感じ。

花守 それでいてふたりの関係性を「共犯者」におくというところがまた、こっちもいけないことしてる気分になりながら見たくなっちゃう。ずるい関係性ですよね。

茅野 あのシーン好きだな、鳥子が空魚に共犯者の意味を告げるところ。

花守 一番最初に録らせていただいたPVにもあった台詞ですけど、本篇ではそこまでに蓄積されたやりとりで持っていく方向がまた変わったので。観ていてゾワってしてもらえるといいなと思いながら演じさせていただきました。

──ありがとうございます。空魚はあそこで言われたことをずっと引きずります。

花守 彼女はいろんなことを引きずっているので(笑)。

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◆困難を乗り越えて

──空魚は原作が彼女の一人称なこともあって、アニメでもモノローグがかなり多いキャラクターですよね。

花守 私は自分のキャラが喋ってないときに「あの子は何を思っているのかな?」と考えるのが好きなんですけど、空魚は空魚自身の言葉でちゃんと気持ちの動き方まで語られるから、それを軸に余白の穴埋めをしていけました。裏世界の探検を重ねたり鳥子に対する気持ちが大きくなっていくにつれて、自分の中でも空魚が大きい存在になっていきました。実際の収録話数以上に長くやっていたような気がします。

茅野 もっと長くやってた気がするよね。

花守 考える時間が長かったのもあるかもしれません。

──実際、今年は新型コロナウイルスへの対策で、収録もかなり慎重に進んだことと思います。本作以外でも声優のお仕事全般に影響があったのではないでしょうか。

花守 スタジオに入れる人数が絞られて、少人数や一人のアフレコも作品によっては増えましたね。自分の芝居と一対一で向き合わなければならない時間が長くて、いろいろ考えさせられました。『裏世界ピクニック』はもともと少人数で進めていくお話だったので掛け合いのなかでキャラクターと向かい合えたんですけど、多人数の作品なのに一人で収録するようなときは、自分が今までどれだけ相手の声に頼っていたのかを目の当たりにして。

茅野 今まではスタジオに皆が集まっていたから、せーので物語を紡いでいけたんだけれど、それを一人でやるために瞬発力とか想像力がすごく必要になったように感じます。盛り上がりのピークを演じるときとかの、「気持ちを作る」という仕事のやりかたが変わったのはあると思います。

花守 キャラクターを演じるのって、やっぱり自分のキャラクターだけじゃなくて、物語全体を理解しておかないとできないんですよね。他のキャラクターの心の動きもふまえたお芝居ができるように、前以上に台本を読み込むようになりました。

茅野 今までは台本に全て書いていなくても、一緒にやっていくうちに感情で理解できたことが、見えなくなっちゃったんです。物語の流れを追わずに、あるシーンだけを演じるのはほぼ不可能になったので、前よりも家での予習時間が増えました。『裏世界ピクニック』は二人でほとんど作り上げられましたけど、登場人物の多い作品はとくに難しいんじゃないかと思います。

花守 キャラクターと役者さんを頭の中で並べて、あの人だったらどう演じるかな、と考えてみたり。「自分のキャラクターにどれだけ思考を割けるの」と問われている気分になって、もっと考えなきゃな……と一時期すごく凹んだりもしました。

茅野 でも、そう思えることがすごいよ。

花守 ありがとうございます。がっかりもしたんですけど、それ以上に、まだ自分に磨ける部分が残ってるのは嬉しいことでもあるなと思って。上れる階段が見えたほうがやっていける仕事だと思うんですよね。まだ楽しいところいっぱいあるじゃん! と思い直すきっかけをもらえたと思って、そこはすごく感謝しています。

茅野 課題を人に用意されるのではなく、自分で作っていけるのがこの仕事の面白いところだなと思います。ひとつじゃなくていろんな階段があってもいいわけだから、選択肢も多いしね(笑)。

──ありがとうございました。最後に読者へのメッセージをいただけましたら。

花守 アニメから空魚たちの物語にふれるきっかけをいただいたんですけど、二人の心の距離について考えるのと同時に、今の時世や自分自身に向き合う機会もたくさんいただきました。『裏世界ピクニック』は裏世界を通じて未知と向き合っていく作品ですけど、未知と向き合うことの恐ろしさや楽しさって、仕事や学業みたいな日常においてもありますよね。見えない振りすることもできると思うんですけど、ちゃんと向き合って越えていこうとすることの大切さを、私はアフレコを通して感じることができました。原作を読んでいただいている方でもアニメのほうはまた違った、「こういう解釈があったんだ!」という未知との出会いのきっかけにもなると思いますし、「そうそう、こうだよね!」と自分の解釈と一致して嬉しくなる部分もたくさんあると思います。原作とあわせて楽しんでいただいて、日常を生きるための糧のひとつにしてもらえたらな、と思っています。

茅野 花ちゃんの言う通りだなって思うんですけど、いまはこういう世の中なので、乗り越えていく力が大切になるなと感じています。今年になって、ままならないことが多かったり、楽しいことが減っちゃったと思われている方も多いと思いますが、小説やアニメの世界は自由に冒険することができるので、ぜひ観てもらえたら、と。私自身は怖いの苦手なんですけど、そんな私でも楽しめましたし、怖さより面白さのほうが勝っている作品ですから。ぜひ日々の生活の楽しみにしてもらえたらうれしいです。

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(二〇二〇年十月十七日 於/池袋cafe pause)
©宮澤伊織・早川書房/DS研