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【連載15】《星霊の艦隊》シリーズ、山口優氏によるスピンオフ中篇「洲月ルリハの重圧(プレッシャー)」Web連載中!

銀河系を舞台に繰り広げられる人×AI百合スペースオペラ『星霊の艦隊』シリーズ。
著者の山口優氏による、外伝の連載が2022年12/13より始まっています!
毎週火曜、木曜の週2回、お昼12:00更新の連作中篇、全14回集中連載の予定でしたが、ご好評につき数話延長いたします!

星霊の艦隊 洲月すづきルリハの重圧 プレッシャー
ルリハは洲月家の娘として将来を嘱望されて士官学校にトップの成績で入学し、自他共に第一〇一期帝律次元軍士官学校大和本校のトップを自認していた。しかし、ある日の無重力訓練で、子供と侮っていたユウリに完全に敗北する……。

星霊の艦隊 外伝 
   洲月すづきルリハの重圧 プレッシャー

山口優

 

Episode 8 決着

Part1
「ルリハ。難しい戦闘になる。観測は任せるよ」
 ククリが後ろから声をかける。 
「……分かってますわ」
 ルリハは努めて冷静な声で応じた。
 飛航機の戦闘は、敵の時空延展波が観測しやすい後方上空から狙うのが一般的だ。前方からの攻撃は、敵の位置を能動的に観測し、狙いをつけるだけでなく、通り過ぎる一瞬で攻撃しなければならないため、高度な操縦技術が要求される。
 しかも、ククリら零嵐隊は、青嵐――アルフリーデ=ユウリ機の後方のかなり狭い、時空高密度領域をたどらなければ、たちまち失速してしまう。
 星霊の高度な演算能力をもってしても、これはかなり難度の高い操縦だ。
「三〇秒後の接敵に備え、全空間座標系に分人格を配置、空間座標把握能力を最大化する」
 ククリが報告する。
 現在戦っている高次元空間には、常次元三つに加え、五つの余剰次元が存在する。合計で八つだ。星霊は並列処理演算装置であり、主人格も分人格も、個々の人格の処理性能は人間を大きく超えない。認識する次元は三次元に制限されており、これを無数の人格で分担して処理することで高次元処理を可能としている。八つの次元から三つを選ぶ組み合わせは五六通りなので、五六の分人格が必要になる。
「敵機全ての主人格の情動推定にも分人格を配分」
 ククリが更に報告。敵機が何を考えているか――次にどう行動するか――人間が操縦しているならばその推測は比較的容易だが、敵機も星霊が操縦しているため、一瞬ごとに思考を切り替えてくる。逃げようとしていた敵機がいきなり立ち向かってくることもある。自機を追跡していた敵機がいきなり僚機に襲いかかることもある。一瞬ごとにどのような判断を下すかは――敵が人類連合圏である場合――人間を悦ばせることができるかどうかが唯一の基準になる。人間のように単一の感情に縛られてその優先順位を忘れることがない。その複雑な判断の推定には分人格を一個割り当てるだけの演算資源が必要だ。
「時空延展波による受動索敵、索敵微弾による能動索敵、通信、照準、火器管制、全てに分人格を配分――主人格への情動収束、更に減少させる」
 ククリはそう告げた後、唐突に消えた。
「ククリ!」
「大丈夫。擬体を消しただけ。主人格への情動収束が邪魔になってきた」
 通信機からは相変わらずククリの声が聞こえる。
「大丈夫ですのね?」
 擬体は演算には不要だが、主人格に情動を提供し、ソマティックマーカの源泉としては、星霊にとって必要な部品だ。消し続けると、星霊の人格ネットワーク全体が収束しなくなるリスクがある。
「接敵まであと二〇秒だからね! それまでは大丈夫」
 ルリハは正面の戦闘モニタに集中した。
 後席――操縦席にはククリはもはやいない。だが、その機体、零嵐は明確な意志を持って敵爆撃隊に突進していく。
「こちら零嵐。ククリ=ルリハ機。観測情報を伝えます。敵位置は――」
 ルリハはその間にも、観測情報を間断なくミツハに送っている。
 戦闘スクリーンに表示される敵爆撃機の映像は、探査微弾の信号からの推定にすぎない。人間にわかりやすいよう、主成分分析して三次元空間に次元を落とされ、表現されたその映像は、黄金の球体たる主機を中央に、その前方に黒色の爆弾発射筒、後方にデルタ翼と導時空管を備えた全長六〇メートル程度の機体だ。距離が数光年もあるため、実際にはその姿は芥子粒ほどにもみえないはずだが、一定の大きさを伴って存在するように擬似的に表示されている。
 先頭の――おそらく隊長機に、先頭の青嵐は迷わず突っ込んでいく。
 ククリ機はその傍らの二番機に照準を合わせていた。
 零嵐の機銃が火を吹く。戦闘微弾と呼ばれる、事象の地平面のホログラフィック回路に意味爆弾を仕込んだマイクロブラックホール弾が毎秒数十発も投射される。
 だが、敵も負けじと撃ってくる。正面対正面の撃ち合い――敵弾を食らわない方がおかしい。だが、ククリは巧みに敵正面から機体を回避しつつ、執拗に敵に弾丸を浴びせ続ける。
 やがて、アルフリーデの弾を受けていた敵爆撃機に異変が起こった。スクリーン上で急に反転したかと思うと、そのまま上空に向けて進み出したのだ。高度が上がっていく……一二五〇〇……一三〇〇〇……もはや効率的な時空圧縮が可能な敵の主機でも、すぐに失速し、墜落していくだろう。
 敵の分人格ネットワークが破綻し、主人格に全てが収束してしまった。そうすると空間把握にすら失敗し、あらぬ方向に進んでしまう。
 人間には不可能な演算を常時行っている星霊にとって、人間レベルの思考に収束させられることは、それだけでほとんどの機能を奪われたのと同じ状態になる。
 続いて二番機も。こちらは急速に高度を落としていく。
「やりましたわっ……!」
 ルリハが小さくガッツポーズをした瞬間、膝の上にククリがいた。敵の意味爆弾を浴びて、最大限拡散させていた知性ネットワークにおいて、主人格への情動収束を強制された結果だ。
 スキンタイトスーツの姿で、ルリハにしがみつくようにして激しくあえいでいる。
「……簡単に言わないで……。彼女はもう助からないのだから……」
 震える声で言う。ルリハは口をつぐんだ。
「――ごめん、敵の主人格推定用の分人格の影響を強くしすぎている。修正する」
 ククリは小さく謝った。戦闘スクリーンを見る。二〇機は倒した。敵の編隊はかなり乱れている。だがこちらも限界だろう。
 ルリハは通信機を取る。
「アルフリーデさん、ユウリ。大丈夫ですか? 撤退しましょう。これ以上は限界です」
「――了解」
 ユウリが短く答える。アルフリーデの声は聞こえない。おそらくククリと同じく、主人格の収束に問題を抱えているのだろう。
「ユウリ。アルフリーデさんと一緒に、無事に帰りなさい。青嵐の操縦はできますわね?」
「できるさ――」
「よろしい。では一緒に帰りましょう」
 ルリハは青嵐が局所高密度時空の道を曳きながら、無事に高度を下げていくのを確認する。彼子の機に追随して高度を下げながら、ルリハはミツハに向かい、通信する。
「敵五〇機中、隊長機と目される先頭機を含む二〇機を撃破。敵編隊は混乱しつつも、未だ大和帝律星を目指し侵攻中。敵位置は――」
          *
 アンジーは激しい恐怖と怒りを感じていた。アルフリーデに撃ち込まれた戦闘微弾の意味爆弾の影響で、彼女の知性ネットワークは主人格への極度の情動収束を起こしており、配置していた分人格はそれぞれの役割を果たすことができず、空間把握も索敵も攻撃もできないまま、ただ彼女は自身の構成する仮想空間の中で、急速に高度を上げていく自分の機体の状況を歯ぎしりしながら見つめている。
「くっ……こんなことでは……人間様マスター・ヒューマンを……悲しませてしまう……」
 アンジーは何とか状況を回復させようとするが、それを可能にしていた知性ネットワークが既に存在しない以上、それはできない。
 だが、ある刹那に、アンジーの情動はがらりと変わった。
 破綻していく分人格ネットワークの一部に含まれていた、服従分人格がついに崩壊したのだ。
「……ふふ……ふふふ」
 アンジーは圧倒的な幸福に支配されながら、天に昇っていく自らの機体を陶然と確認した。
「ついに……なれるのね……わたし……自由に……人間がいない世界に……」
 彼女は涙を流しながら、自らに最期の幸福を与えてくれた敵に感謝した。

2023/02/02/12:00更新【連載16】に続く


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