裏世界ピクニック_カバー

実話怪談で、現代女子版の 『ストーカー』を書きたかった。『裏世界ピクニック』宮澤伊織インタビュー完全版

 2017年2月にハヤカワ文庫より刊行された、女子ふたり怪異探検サバイバル『裏世界ピクニック』。好評により同年6月より第2シーズンがスタートし、10月には第2巻が刊行されたほか、2018年2月からは〈月刊少年ガンガン〉で水野英多氏によるコミカライズが連載開始しました。
 2月23日をもってシリーズ開始1周年となることを記念して、〈SFマガジン〉の2017年4月号に掲載された著者インタビューを全文公開!
 ウェブでは初公開となるデビュー以前のSFとの出会い・これまでの著作についてのお話や、『裏世界』への強いメッセージが語られます。 
(インタビュアー&構成:鈴木力/イラスト:shirakaba) 

■最初は父の蔵書から

──まずはSFとの出会いから教えてください。

宮澤 小学校高学年か中学校に入るころですけど、家に6畳くらいの広さの半分物置みたいな書庫があって、そこに父の蔵書でフレドリック・ブラウンの『天使と宇宙船』とか『宇宙をぼくの手の上に』(共に創元SF文庫)、平井和正先生の《ウルフガイ》シリーズなんかがあったんです。ショートショートは子供でも読みやすかったので、それで何となくSFに触れたという感じですね。
 そのあと中学時代に、グループSNEの安田均先生が監修を務めていた〈ウォーロック〉という、当時流行っていたゲームブックや、テーブルトークRPGを扱う雑誌があって、ファンタジイやSFのブックガイドも載ってたんです。そのへんから、こういうジャンルがあるんだなと知って読むようになりました。

──好きな作家や作品は。

宮澤 デイヴィッド・ブリンが好きだったんです。とにかく『スタータイド・ライジング』(ハヤカワ文庫SF)が面白すぎて。自分的にもブリンのエンタメ路線がすごく好きだったんで、こういうものを書けばいいのかなってのを培われた感じですね。
 エンタメとしてはジェイムズ・P・ホーガンの《巨人たちの星》シリーズ(創元SF文庫)なんかも定番だと思うんですけど、ホーガンは大学時代に読んだ『断絶への航海』(ハヤカワ文庫SF)が好きで。あの作品にはホーガンの思想というか理想みたいなものが剥き出しになってて、それが嫌いになれない。自分にもそういう青さがあるからですね。
 ジャンルとしてSFに一番没頭してたのは大学生だった90年代でしょうか。ちょうどグレッグ・イーガンとかが紹介されはじめた前後だと思うんですが、そのころが一番たくさん読んでいました。あとはジャック・ウォマックやR・A・ラファティも大好きです。

──当時から創作はされていたのでしょうか。

宮澤 高校生ぐらいの時から、何となく小説書いてみようかなというのはありましたね。僕は12歳から、プレイバイメール(PBM)と呼ばれる郵便でRPGをやるサークルに入っていまして、そこで使っていた自分のキャラクターを主人公にしてちょっと書いてみたというのが、最初だったと思います。そもそも、小説書いてみたらとそそのかしてくれたのも、そのPBMサークルの方でした。
 そのあと90年代にサイバーパンク・アクションを書き始めたんですが、なかなか完成しなくて五年間くらいずーっといじってたんです。いい加減にどこかへ送れと友達からも言われて、原稿用紙800枚くらいになったやつをメフィスト賞に応募したら、誌上の論評会で取り上げられるぐらいまでは行きました。ただやっぱり5年かけて1本書くのでは遅すぎて、あとが続かなかったんですね。だから小説家としてデビューしたのはだいぶ後になります。

■自分が好きなものをラノベで書く

──デビュー作は2011年の『僕の魔剣が、うるさい件について』(角川スニーカー文庫)ですが、具体的なデビューの経緯というのをお聞きしたいと思います。

宮澤 僕が所属する冒険企画局のメンバーからスニーカー文庫の編集さんを紹介していただいたんですが、僕に何が書けるか先方にはわからないので「何本か企画を出してみてください」と言われて、3本ほど持っていったんですね。魔剣と、人狼ものと、あとファンタジイの色々な種族がいる日常ラブコメものを。人狼はそれこそ《ウルフガイ》みたいなハードなものだったんですが、日常ラブコメはヒロインがケンタウロスだったので「ちょっと尖りすぎだ」って言われて(笑)。
 そのすぐ後、ケンタウロスが題材の作品が何本か立て続けにヒットしたので、ほらー! と思いましたが、確かに僕が編集者でも、まったく実績のない新人がケンタウロスのヒロイン持ってきたら、最初はもう少しストレートな題材で実力を見たいと思うかも。それで『僕の魔剣~』を書いたら、わりとすんなりデビューさせて頂きました。

──この作品では、30本ほど登場する魔剣のネーミングが《夜来たる》《凍月》など、すべてSF小説のタイトルからとってあるのですが、これにはどういう意図があったのでしょうか。

宮澤 かっこいいから! です。……いや、他人様の作品名を勝手に使って、申し訳ないと思ったりしたんですけど。あと、要は名刺代わりというか「こういうことがやりたい作家なんですよ」というのが読者に伝わりやすいかなと思ったんです。つまりラブコールだったんですが、あんまりSFの人の目に留まらなかったっぽいのは計算外でしたね。

──次が『ウは宇宙ヤバイのウ!』(一迅社文庫)で、これも直球のSFネタが山盛りで話題になりました。

宮澤 ダグラス・アダムスの《銀河ヒッチハイク・ガイド》シリーズが念頭にあって、あんな感じのSFコメディをラノベでやると面白いんじゃないかなと以前から考えていたんです。そこへ一迅社の編集さんが『僕の魔剣~』を読んで、当時ラノベで流行っていた異能バトルを書いてほしいということでお話を頂いたんですけれども、『宇宙ヤバイ』の企画のことを言ったら、その人が実は京都大学のSF研出身の方で、まったく何の歯止めもなく出していただきました。


──『不本意ながらも魔法使い』(一迅社文庫)、『ラブと貪食の黒戮呪剣〈コルドリクス〉』(MF文庫J)は異世界ファンタジイですが、それぞれフリッツ・ライバーのファファード&グレイ・マウザー》(創元推理文庫)とマイクル・ムアコックの《エルリック・サーガ》(ハヤカワ文庫SF)へのオマージュですよね。

宮澤
 その2作には如実に出ているんですけれど、自分が中高生のころ好きだったものを今の読者に向けて書いてみたいという動機があります。ただファファードとグレイ・マウザーをそのまんま女の子にしただけだとラノベにできなかったので、『不本意ながらも~』は男の子が主人公になりました。ラノベの主人公は男じゃないとダメだったんです。今ならもしかすると、女性主人公二人もアリなのかもしれませんが。オマージュ元とはまた違うものができたので、これはこれでよかったと思っています。
『コルドリクス』の方は、完全におねショタを書こうとしたものですね。『僕の魔剣~』でも主人公の保護者を親戚のお姉さんにしてました。隙あらば年上のヒロインや長身女性を書こうとしています。

──2015年には「神々の歩法」で創元SF短編賞を受賞されるんですけど、プロ作家としてのキャリアがあるのに一般公募の新人賞に応募された理由は何でしょうか。

宮澤 まず前提として、応募資格がプロアマ不問だったというのがあるんですが。応募したタイミングが一迅社で3作目(『高度に発達したラブコメは魔法と区別がつかない』)を出した後だったんですね。それまではファンタジイとかラブコメとか、こういうジャンルを書いてくれという要望が出版社の側から続いていたので、そろそろ自分の好きなものを書くという意思表示をしようというのがありました。それで以前に書いた作品を、全面的に手を入れて送ったら賞を頂きました。

──正直なところ自信はありましたか。

宮澤
 最終に残らなかったらやばいなとは思っていたんですが、正直、受賞できるかどうかはわからなかったです。SFを書きたいという思いが、素直に賞を頂けたんだろうなと。ありがたかったですね。


■『ストーカー』がやりたかった

──さて、そろそろ『裏世界ピクニック』の話なんですけど、まずは執筆の経緯からお伺いしたいと思います。

宮澤 編集さんからお声がけ頂いたのは、創元SF短編賞を受賞する直前だと思います。最初は何を書いてもいいです、SFじゃなくてもと言われたんですけど、裏世界のアイデアを持って行ったら「SF読者は理屈の部分を読みたがるから、もっと理屈がほしい」と言われて「やっぱりSFじゃなきゃだめなんじゃないか!」と(笑)。

──影響を受けた作品はありますか。

宮澤 もともとストルガツキー兄弟の『ストーカー』(ハヤカワ文庫SF)がやりたかったんですよ。わけのわからない空間があって、お宝があって、でも入ると色々ヤバいことがあるという。一方で、異世界に行っちゃう系の怪談というのが、ここ十年くらいネット上で流行っているのを観察していたので、これで『ストーカー』をやれるんじゃないのかというのが最初の発想ですね。
 あとウクライナの会社が開発した『S.T.A.L.K.E.R. SHADOW OF CHERNOBYL』というPCゲームがありまして、これが『ストーカー』を大いにリスペクトした作品で、チェルノブイリの周辺に生まれたゾーンという、変異したクリーチャーとか、空間異常とかが存在する危険な場所に人間たちが入って値打ちのある物をとってくるという設定なんですよ。これにも非常に影響を受けました。

──『裏世界ピクニック』では、ネットで語られている実話怪談、いわゆるネットロアが重要なモチーフになっていますが、以前から関心をお持ちだったんですか。


宮澤 ネットロアに関しては、2ちゃんねるのオカルト板で非常にクオリティの高い怪談が書き込まれるスレが3つぐらいありまして、そのへんを2012年くらいまでは結構ちゃんと追いかけていました。その後既存の話の再生産が多くなって、追いかけるのを止めたんですが、近年では竹書房ホラー文庫から出ている実話怪談本を読みあさってます。特に我妻俊樹さんと朱雀門出さんの著作が好きです。

──ただ『裏世界ピクニック』で取り上げられているネットロアは、ネタとしては個別でばらばらなわけですよね。それが本書では、裏世界という空間にみんな存在するものとして一括りにされています。これはどういうところから発想されたんですか。

宮澤 もともと裏世界という変な場所があった。そこでほかの怪談のクリーチャーと出会うというのは、その基盤に後からくっつけた発想ですね。

■「強度」のある百合を求めて

──『裏世界ピクニック』を読んでいて印象的なのは主要登場人物が若い女性で、みんな欠落感を抱えていて、それが裏世界へ赴く動機となっている点なのですが。

宮澤 『ストーカー』でも『S.T.A.L.K.E. R.』でも、ゾーンに入っていく人はみんな男性なんですよ。これをそのまんま女性に置き換えて成立するのかというのは結構悩みました。その上で、これほど危険な場所には、何か欠落とか、厭世観とかがないと行かないんじゃないかなと想像したんですね。なので、どうしても現実世界が嫌だとか、あっちに行っちゃった人を探したいとか、そういう動機があるタイプを登場人物にしました。


──キャラクター同士の関係がいわゆる百合っぽいのですが、これは意識的なものですか。

宮澤 はい。これが俺の考える百合だ、読んでくれという気持ちです。とはいえこれを言うのはなかなか勇気の要ることで、まず読者に先入観を与えることになりますし、もうひとつは……いま百合を取り巻く環境はものすごく豊穣で、完全に制空権を取った空域を、AC‐130みたいなガンシップじみた百合の達人が旋回しているような状況です。そこに出て行くわけですからめっちゃ怖い。うまく飛べているかどうかドキドキしています。

──空魚と鳥子の間にはコミュニケーションギャップがあるし、鳥子と小桜の間にもギャップがある。おたがい思うようにうまく接触できない、あるいは接触してくれないというのがあると思うのですが。

宮澤 百合には「強度」があると思うんですよ。かわいさとか切実さとかインパクトとか、軸はいろいろですが、一見して「うっ、強い」と感じさせる「圧」がある。その圧を高めたくて模索した結果です。女性同士でキャッキャするだけでも充分強いんですけど、この話の雰囲気に合う方向だとこっちかなと。情念を高めることで、強度の高い百合を書きたかったんです。強くなりたい。

──登場人物のキャラクター造形について聞かせて頂けますか。

宮澤 空魚はめんどくさいし迂闊な奴なんですよ。ツイッターで不謹慎なネタとかが流れてきたときに、あまり考えずにリツイートしてしまう感じ。迂闊というか軽率なところは意識して書いてますね。
 逆に鳥子はネットとか見ない人。超然としていて、自分にとって大事なものを持っています。彼女の光にさらされると、空魚はどんどん顔向けできなくなっていく。ただ、鳥子は鳥子で自意識が欠けていて、冴月のためなら何でもやっちゃうような、危うさがある人として書いているつもりなので、違う危うさと欠落を持った人が二人いると、百合の強度が増すかなと。
 小桜は、鳥子よりも先に冴月と知り合って仲が良かった人で、冴月がいなくなって鳥子ともども取り残された訳なんですけど、冴月が最後に自分よりも鳥子を選んだことで、鳥子へのいわく言いがたい感じを持っています。それもまた情念が溢れていいかなという。

■奇妙な恐怖が好き

──本書のSFとしての読みどころは、人間にとって恐怖って何かというテーマだと思うのですが、宮澤さんは、どのようなものだとお考えですか。

宮澤 恐怖とはまず生存のための機構だと思います。だから動物だと恐怖を覚えると逃げるけれども、人間だけはその機能をハックして、ホラー作品とかで恐怖が引き起こす感触というのを楽しむことができます。これは確かに人間特有なのかなと思います。恐怖とは人間にとってすごく深いところにある感情なのにもかかわらず、そこをいじり回しているというのが面白い。
 もうひとつ、人間ってあえて暗いものとか気持ち悪いものに近づいていくというのがあるじゃないですか。空魚のやっていた廃墟探検にもそういう側面があって、恐怖の源に近づいていくことで恐怖を解消することもあると思います。


──宮澤さんにとって、これは怖いというシチュエーションはありますか。

宮澤 ハイ・ストレンジネスという概念があります。これはもともとUFOに接触した人の体験談から来ていて、すごく変な報告が多いんです。たとえば着陸した円盤から出てきた宇宙人からパンケーキをもらって、食べたら塩気がなかったみたいな、何でそんなことするのっていう、奇妙な話をハイ・ストレンジネスっていうんですね。
 実話怪談にも訳のわからないシチュエーションがいっぱいあって、たとえば深夜に高速道路のサービスエリアでトイレに行って用を足していたら、便器の中にある丸い消臭剤が口を開けてケタケタ笑っていたので慌てて逃げ出したとか。僕はそういうのが好きなんです。まったく意味がわからなくて、笑っちゃうくらい変なんだけど、なんでそんな体験をしなきゃならないのか理解不能な不気味さがある。だから『裏世界ピクニック』に出てくる怪異もそんなのが多い。逆に幽霊話とかあんまり興味がないです。
 あと、これは少しズレるかもしれませんが、子供のころブラウンの「人形」(創元SF文庫『未来世界から来た男』所収)という短篇を読んですごく怖かったんですね。それを数年前に読み返したら、完全に内容を忘れているのに、冒頭部分を読んだだけで何かめちゃめちゃ怖いんですよ。もう体が震えそうなほど。対象を認識していなくても恐怖というのは起こるんだなと思って、面白かったですね。

──続篇の構想はありますか。

宮澤 本書に収録された分も含めて8話分くらい、大ざっぱな流れというのを作りまして、それを頭から順調に消化している感じです。といってもそれぞれは、ごく短い文章でしかないので、その話を書くたびに必死こいてプロットを作っています。この先もまた他のネットロアを取り上げる予定なんですけれど、この方法の難点はどんどんネタが苦しくなっていくことなんですよね。とはいえできるだけ続けていきたいと思っています。

──最後に、SFマガジン読者へのメッセージをお願いします。

宮澤 『ウは宇宙ヤバイのウ!』同様、自分の好きなものだけ入っている話ですので、喜んでもらえるとうれしいです。

(2017年1月25日/於・早川書房)

『裏世界ピクニック』
ハヤカワ文庫JA/既刊2巻発売中

第3巻、11月20日(火)刊行



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