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【試し読み】グレイディ・ヘンドリクス『吸血鬼ハンターたちの読書会』、超おもしろ怖いホラー・エンターテインメント!

ユニークな吸血鬼ホラー・エンターテインメント、グレイディ・ヘンドリクス『吸血鬼ハンターたちの読書会』は、4月20日発売です。昨年のローカス賞ほかの候補に挙がり、各種年間ベストに選ばれた、超おもしろ怖いこの作品。その「おもしろ」の部分を試し読みいただけるよう一部抜粋しました。ぜひお楽しみください。

==あらすじ==
殺人ノンフィクションを楽しむ主婦、吸血鬼ハンターになる
――
 アメリカ南部の高級住宅地に暮らすパトリシアの毎日は忙しい。息抜きは主婦仲間との殺人ノンフィクションの読書会だけ――そんなある晩、読書会から帰ってきたパトリシアは、血まみれでアライグマの死骸をむさぼっていた近所の嫌味な老婦人に襲われ、片方の耳たぶを失うことに。そしてそれがきっかけで、老婦人の親戚だという、町に越してきたハンサムな男ジェイムズと出会う。危険なときめきを感じるパトリシア。
 だがそのころ、町の貧しい地区では女性や子どもたちの行方不明や不可解な死が続いていた。そしてパトリシアの家族にも不幸な事件が起き、彼女はそれらとジェイムズのかかわりに気づく――ジェイムズは吸血鬼だったのだ! 愛する家族を守るため、パトリシアはジェイムズと対決するが……!? 不安と興奮に満ちた傑作ホラー・エンターテインメント!

 
    第1章
 
 
 1988年、ジョージ・H・W・ブッシュは〝私の唇を読んでくれ〟と人々に呼びかけて大統領選挙に勝利し、マイケル・デュカキスは戦車に乗って敗北した。ドクター・ハクスタブルはアメリカのパパ、『ケイト&アリー』はアメリカのママたち、『ゴールデン・ガールズ』はアメリカのおばあちゃんたちで、マクドナルドがソビエト連邦に1号店を出すと発表し、誰もがスティーヴン・ホーキングの『ホーキング、宇宙を語る』を買いながらも読むことはなく、ブロードウェイで『オペラ座の怪人』の公演が開始して、パトリシア・キャンベルは死のうとしていた。
 パトリシアは髪にスプレーをしてイヤリングをつけ、口紅を直したが、鏡で見ると、映っているのは子どもがふたりいて明るい未来がひらけている39歳の主婦ではなく、死人だった。戦争が勃発するか海面が上昇するか、地球が太陽に落ちるかしないかぎり、今晩はマウントプレザント文学会の月例会があるというのに、今月の本を読んでいない。しかも自分が討議者なのだ。つまり、90分もたたないうちに、女性がぎっしりつめかけた室内で人の前に立ち、読んでもいない本についての会話に引き入れなければならない。
『叫べ、愛する国よ』を読むつもりはあった──本当に──だが、本をとりあげて〝イコオポーから山々へと、ひとすじの美しい道がつづいている(アラン・ペイトン『叫べ、愛する国よ』村岡花子訳、聖文舎)〟と読むたびに、コーレイがあれこれしでかすのだ。速く漕げば水を渡れると考えて桟橋の端から自転車を乗り出したり、どのくらいマッチを近づければ火が移るか試そうとして弟の髪を燃やしたり、週末のあいだ電話をかけてきた人全員に、うちのママは死んじゃって出られないの、と伝えたりという具合に。最後の件をパトリシアが知ったのは、お悔やみ料理を持って玄関に現れる人たちが出てきてからだった。
 イコオポーからの道がどうしてそんなに美しいのか見つける前に、サンルームの窓からブルーが素っ裸で走っていくのを見てしまうし、家がやけにしんとしているのはブルーを市内の図書館に置いてきてしまったからだと思い出してボルボに飛び乗り、変な人に誘拐されていませんようにと祈りながら大急ぎで橋を逆戻りすることになるし、ブルーが静かなのは鼻にいくつレーズンをつめこめるか(24個だ)確かめようとしたからだと気づくはめになる。イコオポーが正確にはどこなのかさえついにわからなかったのは、義母のミス・メアリーがやってきて6週間滞在することになり、ガレージルームにきれいなタオルを置いて客用ベッドのシーツを毎日換えなければならなかったからだ。バスタブから出るのが困難なミス・メアリーのため、手すりを設置する人手も探さなければいけない。子どもたちの洗濯物を処理したり、カーターのシャツにアイロンをかけたりする必要もある。コーレイは誰もが持っているので新しいサッカー用スパイクシューズをほしがっているが、すぐには買う余裕がない。ブルーは白い食べ物しか口にしないので、毎晩夕食に米を炊くことになる。こうして、イコオポーへの道はパトリシア抜きで山々へと続いていくのだ。
 マウントプレザント文学会に参加するのは、当時はいい考えだという気がした。カーターの上司との夕食で、身を乗り出して上司のステーキを切ってやりながら、この家を出て新しい人と会うべきだと悟ったのだ。本、とくにミステリを読むのは好きだから、読書会に入るのは道理にかなっている。きみがそう思うのは、全世界をミステリみたいに受け止めて生きているからじゃないか、とカーターは言い、パトリシアは反論しなかった。『パトリシア・キャンベルと正気を失わずに1日3回、週7日料理する秘密』。『パトリシア・キャンベルと他人にかみつき続ける5歳児の事件』。『パトリシア・キャンベルと新聞を読むだけの時間を見つける謎──子どもふたりと義母をかかえ、全員の服の洗濯と食事の用意と家の掃除をする必要があり、犬には犬糸状虫(フィラリア)の薬を与えなければならず、なぜホームレスのように見えるのか娘に訊かれないよう自分の髪を2、3日ごとに洗うべきだという状況下において』。それとなく調べてみたところ、マージョリー・フレットウェルの家での文学会創立総会に招待してもらえた。
 マウントプレザント文学会は、その年の本を実に民主的な手続きで選んだ──私がふさわしいと考えた13冊のリストから11冊本を選んでくださいな、とマージョリー・フレットウェルが呼びかけたのだ。ほかに推薦する本がある人はいるかしら、と問われたものの、慢性の空気が読めない病らしいスリック・ペイリー以外はみんな、本気で訊いているわけではないとわかっていた。
『死へ向かう子羊のようにおとなしく──あなたの子どもとオカルト』を推薦したいわ」スリックは言った。「コールマン大通りにはあのパワーストーンのお店があるし、《タイム》誌の表紙に出たシャーリー・マクレーンは前世の話をしてたし、私たちには警告が必要なんじゃないかしら」
「その本はぜんぜん聞いたことがないけれど」マージョリー・フレットウェルは応じた。「つまり、西洋社会の偉大な本を読もうという私たちの務めから外れるんじゃないかしらね。ほかに誰か?」
「でも──」スリックは抗議した。
「ほかに誰か?」マージョリーは繰り返した。
 みんなはマージョリーがリストに挙げた本を選び、1冊ずつマージョリーが最適と思った月に割り当て、マージョリーがもっともふさわしいと考えた討議者を選んだ。討議者は会の冒頭で20分間本について発表し、その背景や著者の人生を語り、グループでの討論を主導する。マウントプレザント文学会はおふざけの会ではないのだから、討議者がキャンセルしたり、ほかの人と本を交換したりすると、きびしい罰金が科される。
『叫べ、愛する国よ』を読み終えるのは無理だということがはっきりしたとき、パトリシアはマージョリーに電話をかけた。
「マージョリー」炊いている米に蓋をかぶせて沸騰しないように火を弱めながら、電話越しに声をかける。「パトリシア・キャンベルだけど。『叫べ、愛する国よ』のことで話があるの」
「本当に力強い作品よねえ」とマージョリー。
「そうね」とパトリシア。
「あなたならきっと正当に評価できますよ」とマージョリー。
「できるだけのことはするわ」パトリシアは答え、言うべき台詞と正反対の言葉を口にしてしまったことに気がついた。
「時期的にいまの南アフリカの状況とぴったりですものね」マージョリーが言った。
 冷たい戦慄が走り抜ける。いまの南アフリカの状況とは?
 電話を切ったあと、パトリシアは意気地なしのまぬけと自分を罵り、図書館へ行って『世界文学要覧』『叫べ、愛する国よ』を調べようと誓ったが、コーレイのサッカーチームにおやつを用意する必要があり、ベビーシッターが伝染性単核球症にかかり、急にコロンビアへ出張が入ったカーターの荷造りを手伝わなければならず、続いてガレージルームのトイレから蛇が出てきたため熊手で打ち殺したあと、ブルーが修正液を1本分飲んでしまったのを医者へ連れていって死なないか確認するはめになった(死なないようだ)。著者のアラン・ペイトンを『ワールドブック百科事典』で調べようとしたが、Pの巻が抜けていた。新しい百科事典が必要だと心に留めておく。
 玄関の呼び鈴が鳴った。
「マーーーマ!」コーレイが下の玄関ホールで呼びかけた。「ピザがきた!」
 これ以上先送りにはできない。マージョリーに立ち向かうときだ。

 マージョリーはプリントを用意していた。
「これはただ、現在南アフリカで起こっているできごとの記事をいくつか集めただけですよ、バンデルビルパークでの最近のごたごたも含めてね」と言う。「でも、パトリシアがミスター・アラン・ペイトンの『叫べ、愛する国よ』を論じる中で、きちんと私たちのために要約してくれると思いますか
ら」
 全員が首をめぐらし、マージョリーの巨大なピンクと白のソファに腰かけているパトリシアを見つめた。マージョリーの家のインテリアを知らなかったので、花柄のワンピースを着てきてしまった。みんなには頭と手だけが宙に浮かんでいるように見えているのではないだろうか。出ている部分もワンピースに押し込んで、完全に消えてしまえたらいいのに。魂が体から抜け出て、天井のあたりでふわふわしている気がした。
「でも、始める前に」マージョリーが言い、一同はそろってそちらへ視線を戻した。「ミスター・アラン・ペイトンのために少し黙祷しましょう。今年亡くなったことで私も動揺したけれど、文学界も震撼しましたからね」
 頭がぐるぐるまわっている。著者が死んでいた? 最近? 新聞ではなにも見ていない。なにが言える? どうやって死んだのだろう。殺されたのだろうか。野犬に八つ裂きにされて? 心臓発作で?
「アーメン」とマージョリー。「パトリシア?」
 つきあっていられないとばかりに、パトリシアの魂は本人を置いて昇天してしまった。もはや周囲の女性たちの思いのままに翻弄されるだけだ。その中のひとり、グレイス・キャバノーは、2軒おいた先に住んでいたが、一度しか会ったことがなかった。その一度というのは、グレイスが家の呼び鈴を鳴らして「お忙しいところごめんなさいね、でも、もう6か月もこちらにお住まいでしょう、どうしてもお訊きしたくて。お宅の庭、わざとこういうふうに見えるようにしてらっしゃるの?」とたずねてきたときだった。
 スリック・ペイリーはせわしなくまばたきすると、狐めいた細面とちっぽけな目をパトリシアにすえ、ノートの上でペンを構えた。ルイーズ・ギブスが咳払いした。カフィー・ウィリアムズはティッシュでゆっくりと鼻をかんだ。サディー・フンチェはチーズストロー(パイ生地で作ったチーズ味の細長いビスケット)をかじりながら身を乗り出し、パトリシアを凝視した。こちらを見ていないのは、コーヒーテーブルの中央に置いてある、誰もあける勇気のなかったワインボトルに視線を向けているキティ・スクラッグスだけだ。
「ええと……」パトリシアは言い出した。「わたしたちみんな、『叫べ、愛する国よ』をすごく気に入ったんじゃない?」
 サディー、スリック、カフィーがうなずいた。パトリシアは腕時計を見やり、7秒経過したのを確認した。時間稼ぎができそうだ。誰かが割り込んでなにか言ってくれないかと期待しつつ、沈黙を長引かせたものの、その長い間は、マージョリーに「パトリシア?」と言わせただけだった。
「アラン・ペイトンが働き盛りで命を失って、『叫べ、愛する国よ』みたいな小説をもっと書けなかったのはとても残念ね」パトリシアはほかの女性たちがうなずくのを手がかりに、ひとことひとこと手探りで話を進めた。「この本はこんなにもタイムリーでいまのわたしたちに関係のある事柄を語りかけてきているのに。とくにバンデル……バンデルビル……南アフリカでのおそろしいできごとのあとでは」
 うなずきに力が加わった。パトリシアは魂がおりてきて体に戻るのを感じた。しっかりと先を続ける。
「わたしはアラン・ペイトンの人生について、なにもかも話したかったの。作者がこの本を書いた理由についてもね。ただ、そういう事実を全部並べても、この物語がどんなに力強いか、どれだけわたしの心を動かしたか、読んだときどれほど激しい怒りをおぼえたかは言いつくせないわ。これは頭ではなく心で読む本よ。ほかにもこんなふうに感じた人がいた?」
 リビングじゅうでみんながうなずいていた。
「その通りよ」スリック・ペイリーが首を縦にふった。「ええ」
「わたしは南アフリカのことにとても関心があるの」と言ってから、メアリー・ブラシントンの夫は銀行員だし、ジョアニー・ウィーターの夫は証券取引所関係のなにかをしていたはずで、もしかしたら南アフリカで投資しているかもしれないと思い出した。「でも、この問題にたくさんの側面がある
のは知ってるわ。別の見解を示したい人もいるかもしれない。ミスター・ペイトンの本の精神からすれば、この討論は演説じゃなくて会話であるべきだもの」
 誰もがうなずいている。魂がまた体に落ち着いた。やってのけたのだ。なんとか生きのびた。マージョリーが咳払いした。
「パトリシア」と問いかける。「ネルソン・マンデラに関するこの本の意見をどう思います?」
「心をゆさぶられたわ」パトリシアは答えた。「実際はちょっと触れているだけなのに、すべてを圧倒してて」
「そんなことはないと思うけれど」マージョリーが言い、スリック・ペイリーがうなずくのをやめた。
「どこでマンデラに触れていたのかしら? どのページで?」
 パトリシアの魂はふたたび光の中へ昇りはじめた。(さよなら)と言い残して。(さよなら、パトリシア。さあ、自力でがんばって……)

(つづきは書籍でお楽しみください)

『吸血鬼ハンターたちの読書会』
The Southern Book Club's Guide to Slaying Vampires
グレイディ・ヘンドリクス  原島文世 訳
装画:緒賀岳志  装幀:岩郷重力
四六判並製/電子書籍版
3190円(税込)
2022年4月20日発売

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