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少女たちを商品のように扱う社会への抵抗──『グレイス・イヤー 少女たちの聖域』著者来日インタビュー

早川書房より好評発売中のディストピア小説『グレイス・イヤー 少女たちの聖域』。本欄では、9月に来日された著者キム・リゲットさんにSFマガジン2022年12月号でおこなったインタビューを再録します。(翻訳=大村梓/聞き手&構成=編集部)


──早川書房にようこそ! キムさんにとっては初の日本訪問だそうですね。台風直撃のなか、無事到着されてよかったです。

リゲット いま住んでいるロサンジェルスは全く雨が降らないから、こういう天気は嬉しいです! これから京都や箱根にも行く予定なので楽しみです。

──日本を存分に楽しんでいただきたいです。さて、そんなキムさんの初の邦訳が『グレイス・イヤー 少女たちの聖域』です。45歳で作家デビューをされ、ホラー作家としても知られているキムさんですが、まず小説を書こうと思ったきっかけについて教えていただけますでしょうか?

リゲット 若いころはロックバンドのバックコーラスをしたりしていて、自分が本を書くなんて想像もしていませんでした。最初のきっかけは何だろうと思い出すと、娘とやっていた本の交換だと思います。おのおの本をおすすめし合って、内容について話し合う。それが互いをより深く理解するためのコミュニケーション方法でした。そうしているうちに、娘は狼男が出てくるロマンス・ホラーのような作品が好きだとわかったので、この子のために何か書いてみようかなって思いついたんです。娘に似た女の子が主人公で、その子をバッド・アス(大胆不敵でクールという意味のスラング)みたいに感じさせてくれる短篇でした。娘は自分に自信を持てていなかったから、彼女がどれだけクールかってことを伝えたくて書こうと思ったんです。彼女の反応は薄かったんですが(笑)、私はそのときに書く楽しさに気づいてしまったんです。魅了されたというか。それが40歳ごろで、5年かけて書いたのがデビュー作 Blood and Salt(カルトコミューンから逃げ出した少女が、消えた母を捜しにコミューンを再訪し、その先で出会った青年とカルトの真相に迫るロマンス・ホラー。未訳)でした。

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──『グレイス・イヤー』は米国で2019年に刊行された小説で『侍女の物語』『ハンガー・ゲーム』などと並ぶフェミニスト・ディストピア小説として非常に高い評価を受けて、エリザベス・バンクス監督で映像化も決まっていますよね。キムさんにとっては5作目の小説となりますが、どうやってこの物語が生み出されたのでしょうか?

リゲット ニューヨークに住んでいたころ、ペンシルヴェニア駅で、ある少女が家族と共にいるところを見かけました。14歳くらいで、大人の女性へと変わっていく独特のエネルギーに満ちていました。すると、男性が通りかかり、彼女を品定めするかのように見たのです。まるで獲物のように。さらに、ある女性が通りかかり、彼女を嫉妬するような目で見ていました。かつて自身にあった若さを思い出したかのように。やがて列車のベルが鳴り、彼女の家族は別れの挨拶をして、おそらく寄宿舎へ向かうのであろう彼女を見送ります。そこには「これでまた一年間、彼女を安全な場所に置いておける」というような安堵の表情が見えました。

 この一部始終を目撃した私は「わたしたちは若い女の子にこんなことをしているのだ」とつぶやき呆然としました。そのまま列車に乗ってその少女のために泣きました。そして、パソコンを開き、目的地に着く頃には『グレイス・イヤー』のプロットが出来上がっていたのです。

 雷に打たれたみたいで、クレイジーな経験でした。あんなふうに本が書けたことは今までなくて、大体の場合、長い時間をかけてゆっくり出来上がるものでした。たぶんもう、こういう書き方はできない。一生に一度の経験っていうのはこのことを言うんだと思います。だからこそ、絶対に書き終えなきゃっていう気持ちがありました。

──ちなみにキムさんはどういった執筆スタイルをお持ちなのですか?

リゲット 私はノイズがあると書けないんです。ハリウッドのユニバーサル・スタジオにもオフィスがあるんですが、いろんな人がいると集中するのが難しくてなかなか使えていません。『グレイス・イヤー』を執筆したときは、部屋のクローゼットの中に入って、真っ暗な状態で蝋燭を一本だけ灯して書いていました。変人ですね(笑)

──そんな環境で執筆された『グレイス・イヤー』は、女性が魔力を持つと信じられているガーナー郡が舞台。ここでは、魔力が開花する16歳の少女たちが一年間、森の奥のキャンプに閉じ込める風習があります。大自然で魔力を解き放ち、文明に戻って結婚するための通過儀礼で、そこで生死をかけたサバイバルをする少女たちの姿が描かれます。ディストピア的な世界が舞台で、設定もユニークですが、同時に現代を生きる私たちの物語でもあると感じます。この作品に込めたかったメッセージはなんでしょうか? 

日本版書影(イラスト/我喜屋位瑳務 デザイン/早川書房デザイン室)


リゲット
 少女たちを商品のように扱う社会への抵抗です。常に若く、かわいくいなければいけない、そういう風に彼女たちを扱っている社会に本当に疲れたんです。

──作中では花言葉が重要なモチーフとなりますが、どうして花言葉を取り入れようと考えたのでしょうか?

リゲット 女性同士のコミュニケーション方法についてずっと興味があったんです。それで、ヴィクトリア朝時代のことを調べているうちに、それをうまく表せるのが花言葉だと感じました。花は、繊細で美しいものだけど、同時に力強くも、残忍にもなれる。そして花言葉は言葉だけではとらえきれない、感覚的なものを伝えられる。それって女性そのものだと感じたんです。

──少女たちの魔力が開花するのは16歳とされていますが、キムさんにとってこの年齢はどういう意味を持ちますか?

リゲット 少女が大人の女性になっていく、すごく重要な時期だと思ったんです。アメリカでは、「スイート・シックスティーン」とも言いますし。

 社会はティーンエイジャーの扱いが未だによくわかっていなくて、腫物みたいに扱うことが多いです。女の子だけじゃなく男の子のことも。常に肌が艶々で、可愛く、かっこよく見せなきゃいけないっていう社会からのプレッシャーがすごいし、誰も彼らに休みを与えようとしない。そんな状況で生きるって本当に大変だといういうことを、作中でも描きたかったんです。そして、ときに一番勇敢なことは、「生き残ること」だって。

──娘さんはこの作品を読みましたか?

リゲット 気に入ってくれました。そのことを思い出すと感情的になって泣きそうになります。やっぱり大人になることは一筋縄にはいかなくて、女の子は特に大変です。でも、世界を征服するとか大きなことを成し遂げなくても、一人ひとりの中には世界を良い方向に変えていくための力が備わってる、そう信じさせてくれる物語を書きたかったんです。女性のための運動やフェミニズムは、いままさに変化が起こっている渦中で、なにも動いていないように見えても一歩ずつ進んでいる。希望はあるってことを自分に言い聞かせたかったし、娘にもそう思ってほしかったんです。日々の小さな選択が、大きな意義のある変化につながっていくって。

 それは女の子に限らず、男性へのメッセージでもあります。変化のためには、みんなの力が必要ですから。そういったことが娘に伝わったのは本当に感動的でした。

──読者の反響はいかがでしたか?

リゲット はじめ、エージェントに持っていったときは「フェミニスト・ディストピア小説なんてもう新鮮味がなくて誰も買わないよ」って言われたんです。

 でも、さきほど言ったような思いがあったから絶対にあきらめませんでした。そして、いざ出版にこぎ着けてからは、映画化の話や海外でも版権が売れたりして、世界中でいろんな人が同じようなことを感じてるって気づきました。私だけがこういう風に感じているんだろうなと思っていたんですが、私だけじゃなかった。それは本当に嬉しい驚きでした。いまこうして日本に来て、インタビューを受けていること自体がすごくクールですよね。

日本版の刊行前から寄せられた絶賛の声


──いまこそこの物語が必要だと思います。フィクションではありますが、それだけでは終わらない、いま生きている世界の見方を変える力があると思います。

リゲット ありがとう。女性の権利や不平等について今もこうやって主張しなきゃいけないのは納得いかないけど、一人でも多くの人がこのトピックについて自然に話せるようになることがとても大事だと思っていて、そのきっかけにこの本がなることを望んでいます。フィクションや、アートもそうですが、強く感動させてくれるものはものの見方も変えてくれます。この本が、女性への接し方を少しでも考え直すきっかけになればいいと思います。もうすこし寛容に、共感力を持って接すること。女性同士でも、違いだけに着目するのではなく、互いを支え合うこと。隣にいる誰かを応援し、高め合っていくことにエネルギーを費やせれば、少しずつこの世界は変わるのではないでしょうか。『グレイス・イヤー』ってどこが舞台で、どの時代なの? とよく聞かれますが、何も考えずに、物語の世界に浸ってほしいと思います。(2022年9月20日/於・早川書房)


『グレイス・イヤー 少女たちの聖域』
キム・リゲット/堀江里美 訳

【あらすじ】 

「だれもグレイス・イヤーの話はしない。禁じられているからだ」

ガーナー郡では、少女たちに“魔力”があると信じられている。
男性を誘惑したり、妻たちを嫉妬に狂わせたりできるのだと。
その“魔力”が開花する16歳を迎えた少女たちは、
ガーナーの外に広がる森の奥のキャンプに一年間追放される。
“魔力”を解き放ち、清らかな女性、そして妻となるために。
この風習について語ることは禁じられていて、
全員が無事に帰ってくる保障もない。
16歳を迎えるティアニーは、
妻としてではなく、自分の人生を生きることを望みながら、
〈グレイス・イヤー〉に立ち向かう。
キャンプではいったい何が? そして、魔力とは?
生死をかけた通過儀礼が、始まる──。


★本インタビューは、SFマガジン2022年12月号に掲載されています。

 

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