【Netflixシリーズ「ヤキトリ」独占配信開始】『幼女戦記』カルロ・ゼンのミリタリーSFシリーズ『ヤキトリ1 一銭五厘の軌道降下』プロローグ公開
【プロローグ・試し読み】
ヤキトリとは? ——商連地球総督府発行採用促進広告
①概要
・商連海兵隊の安価な代用品
※機能的に商連海兵隊を代用しうるのみであり、互換性を保証するものではありません。地球総督府当局は、ヤキトリの使用により生じたいかなる損害からも免責され、損害補償は本国通商法の規定にのみ従属するものとします。
②法的地位
・備品
③品質
・スペース・リンガ・フランカを記憶転写済み/知性を除き、意思疎通に支障はありません。
・標準戦闘課程を記憶転写済み/海兵隊初期教育課程合格済みの個体だけが出荷されています。
④メリット
・コスト面/極めて安価です。
備考:リユースは可能ですが、リユースを前提とした商品ではありません。
⑤運用上の注意点
艦隊の環境で生存可能ですが二点、留意が必要です。
・薬物依存(常習的/矯正可能性は皆無)
反乱・集団自殺・暴動を即座に誘発しうるため、茶(惑星地球産の依存成分を含有する植物:致死性あり)に関する限りは薬物規制を解除する必要があります。
・鎮静音楽の必要性
無重力空間における異常行動の発生率が地表に比して多く、予防のために鎮静効果のある音楽を流すことが欠かせません。原住種の脳波構造より、有効性が認められた現地音楽(個体名:モーツァルト)を流してください。
結び
地球総督府は商連当局の認証を得た公的派遣業の提供元として実績・信用を積み重ねております。惑星降下作戦のコスト低減を検討するならば、ヤキトリの採用をご検討ください。最も安価にして、必要最低限のサービスを提供する最良の選択肢です。
プロローグ
汎星系通商連合航路保守保全委員会管轄星系
惑星原住知性種管轄局、選定訓練施設(キッチン)
火星──第三ヤキトリ野外演習場──第三模擬拠点ビル
「……くそっ、長すぎるぞ」
待機時間のあまりの長さ──気に入らない連中と黙って見つめあうというのは秒単位で長すぎる──に耐えかね、思わず俺はぼやいていた。周囲の連中から咎めるような視線が浴びせられようが、知ったことじゃない。
連絡があるまでは、愚痴一つこぼすな? ヤキトリ訓練所には馬鹿げた規則が山盛りだが、その中でもずば抜けて馬鹿げた規則。
とどめにこの空間ときたら意欲を根こそぎさらってしまう! テラフォーミングされたとはいえ、火星の環境はかくまでも劣悪極まりない。
防護スーツなしでも地球同様に活動できるという謳い文句は、『特殊な訓練を受ければ』という小さな、小さな、それこそ拡大鏡がなければ読めないような但し書き付き。肝心の項目を見落としたアホが昏倒するのは、ヤキトリとしての通過儀礼だとか。
人をとことん、馬鹿にした話だ。
もちろん、俺だって快適なファーストクラスで惑星旅行を楽しめるとまでは期待しちゃいなかった。
地球から、火星、そう、火星だ。そういう名前だった青い惑星までの航路での待遇は必要最低限そのもの。スリランカ語でいうエコノミークラスとは、要するに、『貨物運送クラス』ということだとしっかり学習しちゃいたんだよ。
とはいえ、かつては先進的だったと過去の栄光に縋りつく没落諸国の技術を『子供の遊び』と笑い飛ばした商連人様だ。ご自慢の先端技術で仕事をやったと聞いていたんだ。そりゃあ、テラフォーミングぐらいお手の物だろうと考えたのがケチのつき初めだった。
……ようするに、だ。
お偉い商連人は惑星に降下する当事者ではなく、他人事というわけだ。
こんな惑星で訓練するのはヤキトリぐらいなのだから空気に奇妙な異臭がしようと、酸素濃度がやけに薄かろうと、『誤差』で済ましやがる。
いよいよ脳が煮立ってくる直前、随分と長く待ち望んでいたノイズを耳が拾う。レシーバー越しに飛び込んでくるのは、情け深きこと慈母の如き訓練官殿のスリランカ語。
「チキン共、こちらキッチン。戦闘開始5分前だ。もう喋っていいぞ」
標準化されたスリランカ語で、どうしようもないほど非人間的な訓練官の口上に合わせ、俺は手元の時計を確認する。
待機命令は体感に比べ客観時間ではさほど長くなかったらしい。……きっと、気に入らない連中と見つめあっている不愉快な時間だったから長く感じたのだ。
「訓練想定はサーチ・アンド・デストロイのサバイバルとなる」
標準訓練の一つ、総当たりによる生存性と捜索・撃破能力を競い合う鬼ごっこ。チキンらしく、びくびく震え、寄ってたかって弱い者いじめに精を出す素敵な火星の遊戯。
「合わせて、今回は弾丸に互換性がない想定だ。手持ちの装備のみでやりくりせよ。ヤキトリ諸君、幸運を。開始まで残り4分と30秒だ。キッチン、オーバー」
こちらの思惑など知ったことかとばかりに、言い捨てるなりキッチンからの通信は終了。いつものことだが、人を馬鹿にしたやり取りだ。
地球産チキン呼ばわりされ、火星キッチンで焼かれ、宇宙ヤキトリになる?
ふざけた話だ。
笑えないとすれば、俺も、周囲の連中も、全員がそうなるしかないという現実だろうか?
「聞いての通りだぞ。どうする?」
「隠れましょう。生き残ることが最善よ。はやく、ここから離れないと」
ましな屑の言葉に、一番ひどい屑が応じる。これもいつものパターン。バクスターには我慢できるが、アマリヤの独善さと思い上がりには我慢が難しい。
黒白つけるという日本語があるが、俺は、黒人のほうが信用できると火星で学んだ。黒が正義だ。白は、くそ野郎だ。
ついでに前言を撤回しよう。沈黙しておけという規則万歳だ。こいつらを黙らせることで地球の平和に貢献したとノーベル平和賞を商連人に贈呈してやりたい。
「おいおい、サーチ・アンド・デストロイなんだぞ? どうせ、総当たりなんだ。ここで、籠城する方がまだましだ」
分かりきったことを、何度説明すればわかるのだとばかりに俺は言葉を肌どころか頭まで真っ白に違いない間抜けへの言葉を続けてやる。
「スコアがないとどのみちドベだ! 逃げ回った挙句、『また』一方的に撃たれろとでも? 冗談じゃない。火星くんだりまでやってきたのは、負け犬とつるむためじゃないんだぞ。だったら、拠点を作り、抵抗する方がまだましだ!」
「無謀なリスクをとることを勇気と勘違いする男は、これだから困るのよ。弱い犬ほどよく吠えるって、本当ね」
「我らがアマリヤが口先の半分でも有能であれば、どれほど心強いことか」
「はっ、そっくりそのまま返すわよ」
アマリヤときたら、まったく学習しない。
「前回も、前々回も同じ馬鹿げた主張をそっちは繰り返している。その挙句、結果はどうだったか? チキンの頭で覚えられないならば教えてやるが、見事なまでにぼろ負けしたぞ?」
「……試行錯誤の段階よ。少なくとも、伏撃のほうが生存性は高い」
「ああ、その通り。で、正しいやり方は? 他の連中が知っていることを、俺たちが学べるのはいつのことかな?」
にらみ合えば、視線の先にあるのは忌々しい碧眼。あれを殴り飛ばし、歪ませてやれればどれほど気分爽快だろうか?
だが、予定調和のごとく声が割って入る。
「二人とも、そこまで」
ここまで、ほぼ、前回、前々回と同じ。スリランカ語のリスニング試験でもやっているのかといいたいほど、一言一句違っちゃいない。
「ズーハン、君はどっちなんだ。籠城か? それとも、かくれんぼか?」
「どっちでもいいわ! 時間がないのよ!?」
「どっちでも? ダメよ、ズーハン。どっちか、選んで頂戴」
アマリヤに賛同するようで気が乗らないが、『選べ』というのは俺も同感だった。あえて賛成してやる道理もないので口は噤むが、敵か味方かはハッキリ示してもらわないと困る。
「二人とも、決めるというのは賛成なのよね? この際、コイントスでも何でもいいから、とにかく、早く決めましょう」
眉を寄せ、抗議の表情を造るのがうまい女だ。建前を口にするのはお上手だが、本心がどこにあるのかは心底から疑わしい。挙句、今回も旗幟を鮮明にしていない。取り持つ努力といえば聞こえはいいが、自分の意見を明らかにしようとしない態度は目に余る。
結局、中華系のお貴族様だ。外見を見ればいい。ぴしりと皴一つない標準戦闘服。黒髪には精油でも塗っているのか、ささくれ一つなく、おまけに、微かに香るのは香水に違いない。
なんとまぁ、ご優雅なことか!
野外演習場をプロム会場か何かと勘違いしている手合だ。社交界の常識を火星に持ち込む非常識人め。何一つ、彼女から自分が説かれるべき筋合いはないだろう。
「ともかく、決めましょう!」
ちらり、と残りのメンツを見やればエルランドが諦めたように頷く。寡黙な自称北欧人め、こんな時まで北欧人ごっこか。一言ぐらい、口を動かせばいいものを。
「隠れるべき! こんな目立つところで籠城? 正気とは思えないわ」
「だから、逃げ回ると? ……馬鹿馬鹿しい。俺たちは、一番ド下手糞なんだぞ! 他人と同じようにやれば、うまいやつにかなうわけがない! だったら、拠点で抵抗する方が成算は高い!」
そして、アマリヤは黙ることを覚えるべきだ。くそったれの白人連中め、地球のラジオで飽き足らず、火星の地表でも戯言を吐き出し続けるとはどうかしているぞ。
予期しない前触れだったのだろうか? なんとまぁ、驚いたことだ。今の今まで沈黙していた男が口を開く。
「アキラの言うとおりだ。できることを考えれば、籠城が正しい。今回は、籠城を検討するべきじゃないか?」
しかも、エルランドが俺に賛成だ。こいつは、今日一番の進歩かもしれない。万が一にせようまくすれば、アマリヤに理性が宿るやもしれない。
「だからって、リスクを最大化する!? ここにいれば、全チームから狙われるのよ! そうなれば、全滅!」
「かもしれないな。だが、スコアは得られるだろう?」
「エルランド、あなたまで馬鹿にでもなった? 全滅するのよ? スコアなんて、全滅すれば無意味よ!?」
訂正だ。アマリヤの口を黙らせるには、商連人の新技術とやらを探すほうが期待できるかもしれない。
そして俺ときたら、思わず口を挟んでしまう。
「あほか、これは、訓練! ゲームなんだぞ!? 試してみたって、いいだろう!」
野外演習場の模擬拠点。初期配置としては、最高の条件だ。周辺の連中がニードル・ガンを手に突っ込んでくるところを迎え撃つ方がまだ成算ありだとなぜわからん。
「実戦では? 全滅することを前提に、拠点防衛とでも? 大した無能さだこと。貴方の勇気は知性と反比例なのね」
癪に障る言い回しだった。
「そっちの実力と口先が反比例の間違いだろう?」
「アキラ! アマリヤ! お願いだから、止めて。あと3分。これ以上は時間の浪費。決めて!」
はぁ、という小さなため息が改めて揃って5つ。どいつもこいつも、状況を何とか進めないといけないことだけは理解している。理解していながら、改善できないというのは呆れるべきか? いや、俺もその中のバカ騒ぎに加わっているんだ。
協調性のある連中と、仕事ができればと切実に思ってしまう。
俺の願いを神様とやらが聞きつけたのだろうか? いたたまれなくなっていた空間で、一人の勇者が口を開く。
「たまには仕掛けるのはどうだ?」
「バクスター、僕たちは他の連中のように動けない」
おまけに、と北欧人は言葉を続ける。
「撃ったところで、銃をあてられるかも怪しい」
興味なさげに傍観していることに気まずさでも覚えたのだろうか? まともな頭が残っているらしい会話が飛び出してきたのは幸いだった。心なしか、疲れたような表情のバクスターとエルランドが代案を提案してくれるというわけだ。
「そりゃ、お前たちの問題だ。さすがに、多少なら俺は当てられるぞ」
「じゃ、バクスターを援護する形で……」
仕掛けようじゃないかという北欧人の提案は、相変わらず、最低の屑にさえぎられる。
「ダメ」
「は?」
「どうせ、弾を浪費するだけよ。また、弾薬費減点を食らうだけだわ。それぐらいならば、生存時間ペナルティを減らすほうがよっぽど合理的よ」
否定のための、否定的な意見か。
ほとほと、嫌気がさしてくる。俺は、こういうのが嫌いで日本の『福祉』から飛び出したはずだったんだが。
「減点方式か? うんざりだ」
「合理的なのよ!」
「あきらめることが合理的だって? はっ、とんだお笑い草だ」
嫌というほど日本で耳にした言い訳だ。俺は、それが、嫌で、嫌で、嫌で、どうしようもなく嫌で仕方がない。
「やけっぱちになった人間に、言われるとは光栄ね。自分の正しさを再確認できて、ホッとしているわ」
「自称賢明な大人様とやらか? てっきり、地球限定種だと思っていたが、火星くんだりまではびこっているらしいな。商連人め、何が検疫は完ぺきだ。ざるにもほどがあるぞ」
「売り言葉かしら?」
ぶん殴れば、黙るだろうか?
「二人とも、やめて!」
「ズーハン、君もそろそろ腹を見せろよ。どっちの味方なんだ? いつまでも日和見が許されるとでも?」
「どっちでもいいわよ、意見が一致さえするなら」
こちらを凝視する黒い瞳に浮かぶ苛立ち。咎めるような目線に込められた感情を、口に出せない嘘つきめ。
「またそんな適当なこと! いい加減にして!」
「いい加減にするのはそっちだ、アマリヤ」
時間がないというズーハンの言葉だけは正しいのだ。
「コイントスだ」
決めるぞ、と周囲に一応の筋を通す。
「……時間がないわ。賛成」
「同じく」
ズーハン、バクスターが賛成。ちらりとみれば、エルランドも首肯。騒ぎ続けているアマリヤもこれで反論はすまい。
「表なら、お前が指揮官。裏なら、俺だ。コインの出目は逆がいいか?」
「あなたが投げるの?」
猜疑心の塊めと俺はため息をこぼす。どうして、こいつは、いちいち、突っかかってくるのだ。協調したくないにしても、足を引っ張ることもないだろうに!
「こっちで投げよう。後腐れなしでたのむぞ?」
「……私が表ね? いいわ、エルランド、投げて」
表だけはだすなよという俺の視線を受け取ったエルランドは頷き、コインを一枚放り投げる。硬い金属音をきれいに響かせ、ゆっくりと落下するコイン。
出たのは…… くそっ、くそっ、くそっ!
「表だな」
バクスターが呟くなり、得意げな表情のアマリヤがふんぞり返るのが未来予知できてしまう。運が悪いと自称するエルランドに投げさせるべきではなかった!
「……私ね! じゃあ、さっさと逃げるわよ!」
ご立派な表情で馬鹿が叫ぶ声に合わせて、俺たちは駆け出す。
徒労の結果をご報告するならば、単純だ。
頭に戦闘技術を焼かれていない俺たちは、火星での正しいアンブッシュ方法など『知らされていない』。他の連中は、『α(アルファ)からω(オメガ)』まで知り尽くしている。ゲームになるはずもないのだ。隠れたつもりになっている俺たちは、いつものように、あっけなく発見されてしまう。
あとは、哀れなヤキトリの運命を追体験だ。
ニードル・ガンに串刺しにされるという素敵経験をもう一つ。だから、撃たれる寸前に俺は吐き捨てるしかない。
「くそったれめ」