用心棒書影

「ジョーのモデルは三船敏郎。これ、絶対間違いなし!」年末ミステリ三冠『二流小説家』著者の最新長篇! デイヴィッド・ゴードン『用心棒』解説(杉江松恋)

  

用心棒
デイヴィッド・ゴードン/青木千鶴訳 
ハヤカワ・ミステリ 好評発売中

2012年版「このミステリーがすごい!」「週刊文春ミステリーベスト10」「ミステリが読みたい」第1位を総なめにした『二流小説家』の著者、デイヴィッド・ゴードンが満を持して放つ最新長篇、『用心棒』。書評家の杉江松恋さんによる解説でご紹介いたします。

解  説

書評家     杉江松恋  

 ジョーのモデルは三船敏郎。これ、絶対間違いなし!
 と、なんの裏付けもなく書いてしまったが、それほど的外れな推測ではあるまい。レンタルビデオ店に入り浸っていた時期があるという映画中毒者であり「座頭市」シリーズの大ファンでもあるという日本映画好きである。自身のデビュー作が本国ではなく日本で映画化されることになり、その発表時に「波飛沫の中に三角の東映マークが映し出されるあのオープニングから始まるのを楽しみにしている」とのコメントを発した作者である。
 黒澤明作品を、その代表作の一つ「用心棒」を、観ていないはずがないではないか。
「長身で、痩せぎすで、むさくるしい身なり」と描写される主人公(むさくるしいのは素浪人だから)、ジョーことジョーゼフ・ブロディーはストリップクラブの用心棒だ。彼の勤務する〈クラブ・ランデブー〉でアメフト選手が泥酔し、ストリッパーの一人を文字通りお持ち帰りしようと肩に引っかついでのし歩き始める。そこにジョーが現れ、自分の四倍もの厚みがある胸板の大男を瞬時のうちに取り押さえてしまうのである。アメフト男は独身最後の夜のお楽しみ中だった。我に返って蛮行を悔いた男が最後にはジョーを結婚パーティーに招待するという落ちがついて最初のシークエンスはひと段落する。
 これだけでも登場人物の魅力を引き出すには十分な始まり方だが、その間にストリップクラブにニューヨーク市警とFBIの強制捜査が入るという椿事が挟み込まれる。捜査の指揮を執ったのはFBIのドナ・ザモーラ捜査官だ。十把一絡(じっぱひとから)げに逮捕されたジョーは、釈放される際にドナと偶然再会し、さりげなく彼女を口説く。
「なあ、そうだ。和解の印に……一緒に結婚式に出席しないか?」
 FBI捜査官のガードをも突き崩す見事な口説き文句である。しかも、嘘じゃないし。これによってジョーとドナの間には見えない紐帯(ちゅうたい)が生まれ、二人はつかず離れずの距離を保ちつつ最後まで駆け抜けることになる。ここまでわずか十数ページ、完璧な導入部と言っていいだろう。巧い。デイヴィッド・ゴードン、確実に巧くなっている。
 おっと、紹介に夢中で作者の名前を書かずに書き進めていたことに今気づいた。デイヴィッド・ゴードン、1967年、ニューヨーク市クイーンズ地区出身で、サラ・ローレンス・カレッジを卒業後、コロンビア大学大学院で英米比較文学とクリエイティブ・ライティングの修士号を取得、以降はさまざまな職を経て2010年に長篇『二流小説家』(ハヤカワ・ミステリ→ハヤカワ・ミステリ文庫)で作家デビューを果たした。原題のSerialistとは連続物の通俗小説を書いて口に糊する主人公の職業を指した言葉で、彼はそういった「紙吹雪を世に飛ばす」ような書き手ではなく、本物の作家になりたいと願っている。連続殺人犯を取材して告白本を執筆するという好機に飛びついたことにより、その運命は大きく揺れ動くのである。
 主人公の造形には、間違いなくゴードン自身が投影されている。苦労人の作者は〈ハスラー〉や〈ベアリー・リーガル〉といったポルノ雑誌で編集者兼ライターとして働いていた時期がある。『二流小説家』の主人公も〈ラウンチー〉なる雑誌で筆名〈アバズレ調教師〉として活動したのが作家業の始まりであり、そこから書き飛ばし屋になってしまったことへの悔恨が行動の原動力になっている。実は詩を書いたことがあると告白してみたり、本棚に並ぶ文学作品の書名を羅列してみたりといった屈折した自我のありようが語りと結びついて読者を物語に引き込む。そうやって主人公に共感させておいて、作者は後半の起伏ある展開をぶつけてくるのだ。話が動き出すまで長いが、主人公が書いている小説の作中作を入れるなどして退屈させない。ジェットコースターの助走部分がビックリハウスになっているようなものである。最初に書いたように、同作は2013年に日本で映画化されている(猪崎宣昭監督、上川隆也主演)。その宣伝コピーは「必ず貴方もダマされる!」で後半の展開に焦点を当てたものだったが、実は前半部からの、これでもかこれでもかといった過剰な詰め込みぶりこそが『二流小説家』最大の武器であった。
 続く第二作『ミステリガール』(2013年。ハヤカワ・ミステリ)は、私立探偵助手になった男が事件に巻き込まれるというスリラーで、謎の女の尾行という定石から始まるから私立探偵小説になっていくかと思いきや、すぐに話の幅は拡がり、伝説の映画監督を巡る壮大な都市伝説小説へと変貌する。レンタルビデオで棚ざらしにされているB級作品のプロットを切り貼りしたかのような無定型さが作品の最大の魅力だ。主人公が小説家志望であったり、不甲斐なさゆえに妻に別居されてしまったりと『二流小説家』と重なる部分もあるが、第一作を作者の文学マニア要素の発露とすれば、『ミステリガール』はもう一つの偏愛対象である映画に捧げたものと考えられる。つまりこの2作で、デイヴィッド・ゴードンは自分自身を総括したのである。
 2014年に発表した第三作『雪山の白い虎』(早川書房)は短篇集で、前作までとはだいぶ毛色が異なる。大学の創作講座で卒業制作として提出されたものを集めたようなというか(ゴードンは本当に先生をしている)、別の意味で詰め込み過剰な作品だ。SFやミニマリズム小説などさまざまなジャンルのパロディが試みられており、小説を書くという行為についての自己言及が各篇に緩く共通してある。これはこれで雰囲気のある作品集であり、そうか、ゴードンはこういう方向に行きたかったのか、ミステリーファンとしては気の毒だが創作者を一ジャンルで縛るのも気の毒だ、と読んで思ったものだった。
 なのに4年ぶりの新作は『用心棒』である。これは直球の犯罪小説ではないか。しかも男の中の男が死線をかいくぐって大活躍するという、正統派のヒーロー小説でもある。三船敏郎だし。主人公は男が惚れる本物の男である。いや、男だけじゃなくて女も惚れる。愛読書がドストエフスキーというのがいい。ドナ・ザモーラ捜査官だけじゃなくてみんな惚れる。子供も老人も惚れる。動物は出てこないけど出てきたら確実に惚れられていた。また、彼は完璧ではない。忌まわしい過去についての悪夢にうなされるような弱い部分もある。そこに親近感を覚えてしまうのである。一口で言えば快男子の物語だ。
 あらすじを知らずに、展開に一喜一憂しながら読んだほうが絶対におもしろい。だから書かないが、ちょっとだけ明かしてしまうと、華々しく登場したジョー・ブロディーはリチャード・スターク〈悪党パーカー〉で描かれるような緊迫した犯罪計画に巻きこまれることになる。それで第一部が終わるので、おおっ、そういう話なのか、と身構えていると、第二部で転調してドナルド・E・ウェストレイクの〈ドートマンダー〉ぽい展開になる。つまり腕利きだが悪運にとりつかれた男が降りかかる火の粉を払うために頑張るお話である。連想したのは「ホワイ・ミー?」の題名で映画化された『逃げ出した秘宝』(1983年。ミステリアス・プレス文庫)だ。ドートマンダーがとんでもないものを盗んでしまったため、泥棒仲間の賞金首になってしまうという、あれ。本国では「ウェストレイクっぽい」という内容の書評が出ているらしいが、納得である。
 しかしそれで終わりではない。さっきから何べんも書いているようにゴードンはサービス精神旺盛、詰め込み過剰の作家だから、さらに大風呂敷を広げてくる。第三部以降を読んで思ったのは、意外なほどに正義感が溢れていることで、ここで連想したのはカール・ハイアセンの諸作だった。ハイアセンはオフビート、つまり読者の意表を突くような展開で愛される作家だが、実はその中心にはいじらしいほどに真っ直ぐな正義感がある。曲がったことを許さないという勧善懲悪の精神が作品を貫いているのである。本書の後半はまさしくそれで、犯罪小説ではあるが、この世に起きた重大な間違いをどう修正するのか、という責務をジョーが背負い込む物語になる。中盤からはジョーに対抗する存在感の敵役も現れる。男女コンビの殺人鬼で、彼らとの対決が描かれるのである。
『二流小説家』『ミステリガール』で自身の中にあるものと向き合い、『雪山の白い虎』で可能性の実験をやり尽くした。そうやって作家としての第一期を終えたデイヴィッド・ゴードンが満を持して放ったのが『用心棒』であり、彼の第二期がここから始まる。本書で印象的なのは視点移動で、特に活劇場面では手持ちカメラで飛びこんでいくような躍動感のあるショットが続く。乱闘になるとクレーンアクトで全体を舐めるように、焦点の当たる登場人物が次々に変わっていく。コンテで切ったらさぞコマ数が要るだろうなというような、細かい動きが表現されている点にも注意されたい。特に287ページのジャンプ、290ページの背景の描き込みは絶品だ。動く動く動く。俺は映画マニアだったからな、動きにはうるさいぞ、と自慢するかのように、ゴードンが乗りに乗って書いている。
 岡惚れするような主人公、ピンチの連続、悪いやつとの対決に個性豊かな脇役たちと、娯楽作品に欲しいものが全部入り。カーテンコールのような幕切れまであって最後まで本当に賑やかである。これ以上何を望むのか、と考えてみたら、あとはこの続篇だけ、という結論に達したが、聞けば作者はすでにその準備に入っているそうである。
 なんだよもう。言うことなしじゃんか。

 2018年9月

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用心棒

デイヴィッド・ゴードン/青木千鶴訳

2018年10月4日発売