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【堂場瞬一新刊】『小さき王たち 第一部:濁流』:堂場瞬一ファンの余談噺として(林家正蔵)

 2022年4月20日、本日発売した、堂場瞬一さんの政治と報道をめぐる三部作の第1弾『小さき王たち 第一部・濁流』に寄せていただいた、林家正蔵さんによる楽しい解説(曰く余談噺)を掲載いたします。
 書籍には収録されていない、noteオリジナル記事です。(編集部)
 *5月25日発売のミステリマガジン7月号に転載予定です。

『小さき王たち 第一部・濁流』書影

小さき王たち 第一部・濁流
堂場瞬一ファンの余談噺として

林家正蔵(落語家)


 気がつくと読み終えていた。まぁー半分ぐらいで今日はやめておくかと、のんびりと頁をめくっていたのに、気がつけば深夜。家の中で起きているのは私と愛犬二匹だけ。気がたかぶっているのでウイスキーでもストレイトでグイッとあおってみるかとキッチンへと向かうが、結局考えたあげく、冷蔵庫にあるヤクルト ミルミルで大腸の調子を整えることにした。ベッドに入り目をつむってみるが、結局眠れず、この原稿を書きはじめてしまった。

 まちがいなく本作品は、堂場瞬一ワールドの新たなフェーズを形づけた完成形といえるであろう。根底に流れる氏の作家としての好み――ローレンス・ブロック、ロバート・クレイス、ロバート・B・パーカー。アメリカを代表する現代ハードボイルドの作家たちの匂いをさせながらも、堂場氏らしい正義感、いさぎよさ、善悪のさじ加減、そして、しょう油ラーメンのスープに一滴の酢を落としたような哀しみが心地よくひろがって味わいよし。また、ガパオライスの卵の黄身をくずしてひろがる希望のような輝きがたまらない。

 以前から私は、堂場氏の作品を読んでいたものの、お会いしたのは、たった一度だけだ。『ピットフォール』の後書きを、そして『聖刻』の帯の依頼をお受けした御縁で、《小説現代》で対談した。

 堂場氏はがっしりした体型で、ストライプのスーツにコーディネイトされたネクタイ、男前だなーというのが第一印象。その男前をさらに引き立てているのが、これ以上に磨きようがないと思えるほどピカピカに磨かれた靴であった。いい男は、靴にいつも気を遣う。話は、時を忘れるぐらいミステリ談議に花が咲いた。同じ時代を過してきたものの、生きてきたフィールドも、育った環境もまるで違うのに、ミステリ、ハードボイルド小説の好みが同じだけで、こんなにも打ち解けあうものなのかと嬉しくなった。

 余談そのいち。
 好みという点において、ミステリばかりではない。堂場氏が《danchu(ダンチュウ)》というグルメ雑誌の「食堂のしあわせ特集」に寄稿していたエッセイの中で紹介している食堂「きさらぎ亭」へ、たまたま行くことになった。

 エッセイの冒頭は、氏が三十年以上も前、日本海側の街で仕事をしていた頃の思い出話から始まる。まさに本作品の舞台はその時の実体験からの抽斗(ひきだし)かも。氏の好みは「チキンカツにサバ塩焼き」「肉じゃがにポテトサラダ」。栄養バランス完全無視の組み合わせだ。

「きさらぎ亭」は、私があまりなじみのない世田谷の桜新町にある。その近所でロケがあり、次の仕事に向かう道すがら、偶然通りかかったのだ。まさにこの原稿をお引き受けした翌日なのでびっくり。噂ではエビクリームフライ定食が評判らしいが、店内に貼られている品書きを見ているとヨダレが止まらない。「もつ煮込みカレー」「鯖(さば)の塩焼き」「鰺(あじ)フライ」「天丼」「すきやき丼」等々。結局、「トリオ定食B」950円。鰺フライ、コロッケ、ハンバーグの三種盛り。みそ汁、おしんこに、大盛の丼飯(どんぶりめし)。この飯(めし)がめちゃくちゃに旨い。60のおっさんの腹には充分な量で、味も大満足。この定食屋がいいと思う人に悪い人はなし、と勝手に堂場氏の信用のメモリが高くなった。

 余談そのに。
 堂場氏はロックンロールがお好きなようだが、私はミステリを読む時は必ずジャズを流す。いつしか流れているジャズが聴こえなくなり、小説の世界にずっぽりともぐり込んでしまうのだが、やはりそこにジャズがあるほうがいい。因(ちな)みに、今回、この小説に合わせて選んだCDは5枚。

◎デクスター・ゴードン
『バウンシング・ウィズ・デックス』
◎ダスコ・ゴイコヴィッチ
『グッド・オールド・デイズ』
◎武田和命
『ジェントル・ノヴェンバー』
◎ジョン・スコフィールド
『COMBO 66』
◎スティーヴ・グロスマン
『STEVE GROSSMAN QUARTET WITH MICHEL PETRUCCIANI』

 以上5枚のCDをお供に『小さき王たち 第一部・濁流』の世界にどっぷりと漬かったという次第である。

 これから先の展開がどうなるのか楽しみでならない。

 明日は久し振りの休日。吉祥寺でジャズのCDを漁った帰り、「きさらぎ亭」にでも寄ってみようかしら。いやCDは後日でいい。やっぱり家でもう一度、好きなウイスキーとアゴの干物で『小さき王たち』を読み返そう。

林家正蔵(はやしや・しょうぞう)
落語家。落語協会副会長。
1962年東京都根岸生まれ。初代林家三平の長男。1978年、三平に入門し、こぶ平を名のる。1987年、史上最年少の24才で真打となり話題を呼ぶ。2005年九代目林家正蔵を襲名。国立花形演芸大賞古典落語金賞、浅草芸能大賞奨励賞受賞。また、ミステリやジャズに深く精通していることで知られている。著書に『九代正蔵襲名』『落語 いってみよう、やってみよう』『知識ゼロからのジャズ入門』『高座舌鼓』『四時から飲み: ぶらり隠れ酒散歩』など。

堂場瞬一(どうば・しゅんいち)

堂場瞬一

作家。
1963年生まれ。茨城県出身。青山学院大学国際政治経済学部卒業。新聞社勤務のかたわら小説を執筆し、2000年秋『8年』にて第13回小説すばる新人賞を受賞し、2001年に同作でデビュー。2013年より専業作家に。〈警視庁失踪課〉シリーズなど映像化作品多数。著書に『over the edge(オーバー・ジ・エッジ)』『under the bridge(アンダー・ザ・ブリッジ)』(以上ハヤカワ文庫)など。また熱心は海外ミステリのファンとしても知られる。

〈書誌情報〉
小さき王たち 第一部:濁流
堂場瞬一
早川書房 四六判上製単行本
本体価格:2090円(税込)
ISBN:978-4-15-210129-7
ページ数:410ページ
刊行予定日:2022年4月20日

〈内容紹介〉
政治家と新聞記者が日本を変えられた時代――

高度経済成長下、日本の都市政策に転換期が訪れていた1971年12月。衆議院選挙目前に、新潟支局赴任中の若き新聞記者・高樹治郎は、幼馴染みの田岡総司と再会する。田岡は新潟選出の与党政調会長を父に持ち、今はその秘書として地元の選挙応援に来ていた。彼らはそれぞれの仕事で上を目指そうと誓い合う。だが、選挙に勝つために清濁併せ呑む覚悟の田岡と、不正を許さずスクープを狙う高樹、友人だった二人の道は大きく分かれようとしていた……大河政治小説三部作開幕!

★『小さき王たち 第一部:濁流』(早川書房)
刊行記念
著者・堂場瞬一さんオンライントークショー
(聞き手・大矢博子さん)開催決定!


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