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使い捨て人間ミッキーの前途はいかに!? エドワード・アシュトン『ミッキー7』堺三保氏解説

 エドワード・アシュトン『ミッキー7』、いよいよ発売しました!

 『パラサイト 半地下の家族』ポン・ジュノ監督×『THE BATMAN-ザ・バットマン-』ロバート・パティンソン主演による映画化決定の注目作です。『Mickey 17』のタイトルで、2024年3月29日に全米公開予定!

何度も死んでは生き返る、「使い捨て人間」となったミッキーの宇宙での奮闘を描く本作は、あのアンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』×ブレイク・クラウチ『ダーク・マター』と評されています。

本欄では堺三保氏におよせいただいた解説を抜粋掲載いたします!


シニカルなユーモアに溢れた現代的な宇宙SF
評論家 堺 三保  


 SFの世界において、クローン人間は今やとてもありふれた題材となったと言ってもいいだろう。現実の世界においてもクローン羊が生み出されてすでに四半世紀以上が経ち、様々な動物における成功例が報告されている。ヒトのクローンが未だ作られていないのは、偏(ひとえ)に倫理的な問題があるからだろう。

 本作の主人公、ミッキー・バーンズはごくありふれた男性である。彼が「使い捨て人間(エクスペンダブル)」と呼ばれるクローン人間であり、ミッキー7のコードネームがつけられた七番目の個体であることを除いては。

 彼が住む未来社会では、クローン技術と記憶転写技術の発達により、人間は自分と同じ記憶と肉体を持つクローンをほぼ即座に生成できる。ただし、クローンになるには条件がある。命がけの危険な任務(時にそれは確実な死をもたらすことが事前に判明している)を行う使い捨て人間に志願することが義務づけられているのだ。

 ミッキーはそんな使い捨て人間として、惑星ニヴルヘイム開拓部隊で働いていたのだが、ある日、基地の外を探査中、クレバスに落ちてしまう。穴は深く、自力では脱出できそうにない上、近くにはムカデに似た攻撃的な生物たちが潜んでいて、救助は困難。かくして、彼をその場に残して他のクルーは基地に帰ってしまう。

 ミッキー自身も死を覚悟するのだが、ひょんなことから地上に戻ることができてしまう。ところが、基地ではすでに次のクローン体であるミッキー8が作られていた。厳しい環境の中、ギリギリの食糧事情を抱えて、基地では各員に厳格な割り当て食事カロリーが課されており、二人のミッキーの存在を許してもらえるとは到底思えない。生き残りを賭け、ミッキー7と8は二人一役の生活を始めるのだが……。

 

 というわけで、前置きが長くなってしまったが、本書はエドワード・アシュトンの Mickey7(2022)の全訳である。

 居住可能惑星の探査と移住。異星生物とのコンタクト。クローン技術と記憶転写技術による人間の複製等々、本作は今まで様々なSF小説で散々使い古されてきた設定が詰め込まれている(クローン体二人の生存が許されないという設定は、かの名作「冷たい方程式」を彷彿とさせる)。

 それが、なんとも新鮮な読後感を与えてくれるのは、ひとえに、シニカルさに溢れつつも絶望には至らない、本作独特の世界観だろう。

 本作の舞台となっている未来世界では、人類は絶滅の危機や深刻な問題を抱え、むりやり生存範囲を広げようと苛酷な居住可能惑星探査を続けている。それは、厳しく貧しい世界であることが、描写の端々から読み取れる。人類が外宇宙に版図を広げている未来というと、例えば〈スター・トレック〉のようなユートピア的な世界として描かれがちだが、本作の世界は限りなくディストピアに近い環境だと言ってもいい。だが、主人公を始め登場人物たちはその環境に適応して生きている。このバランス感覚が、よくありがちな世界設定に、絶妙なリアリティを与えており、読む人を引き込むのだ。

 言い方を変えると、本作の世界は、今の世界とは場所も環境もずいぶん違うが、そこに住む人々の思考や行動には、我々と変わらない部分が多い。通常、SFにおいては、そういう「変わらなさ」は描写の不徹底として批判されがちだが、本作においては、どんな状況であろうと人間の本性はさほど変わらないという立場を取っていて、それが読者にとってのリアリティを担保してくれているのだろう。何よりも、我々の現実から大きく外れた未来世界を、ユートピアでもディストピアでもない「もう一つの現実」として提示しているところが、本作の持ち味なのだ。

 それは、本作最大のテーマであるクローンと個々人の実存の問題についても同じだ。クローン技術と言えば、ある意味、不死になる技術であり、富裕層がそれを独占して世界を支配する、というようなストーリーは山ほど書かれてきたが、本作ではそこをひっくり返して、クローン人間がある種の賤業に就く者として描かれているところに独特の面白みがある。そしてもちろんここでも、それを最下層民的な扱いではなく、あくまでもきちんとした扱いを受けている「個人」として設定していることで、先に述べたようなユートピアでもディストピアでもない世界観をきちんと作り出しているのである。その上で、全くの一般人である主人公が、クローン技術に対して実に当たり前で個人的な結論に達するエンディングに、読者も大いに首肯することだろう。

 などと、いろいろ難しげなことを書いてはみたが、本作は何よりも未知の惑星を舞台とした冒険SFである。読者諸兄には何よりも虚心坦懐に、異郷でのミッキー7らの悪戦苦闘を楽しみながら読んでもらえることを願いたい。

 

 作者のエドワード・アシュトンの素性は、調べてはみたがあまりよくわからない。ネット上に公開されている自身の言葉によれば、ニューヨーク州北部の山小屋に、妻と娘たち、それに愛犬と住んでいて、余暇にはガンの研究をしたり、大学院生たちに量子物理学を教えている、とある。このなんとも人を食った自己紹介を信じるならば、どこかの大学の先生なのだろうが、はてさて真相やいかに。

 そんなアシュトンにはすでに Three Days in April (2015)、 The End of Ordinary (2017)の二作の長篇があり、本作は三作目となる。

 Three Days in April は遺伝子操作を施されたエリートたちと一般大衆とに二分された近未来社会を舞台に、遺伝子操作を施されてはいるもののエリート層から落ちこぼれて市井に生きる主人公が、突如流行し始めた恐るべき疫病の謎を巡って、政府の殺し屋や街の悪党たちに追われつつ、事態の収拾を図るというもの。

 一方、 The End of Ordinary は世界大戦から復興中の近未来で、遺伝子組み換えトウモロコシを開発中の主人公が、人類の存亡に関わる世界規模の陰謀に巻き込まれてしまうというもの。

 どちらも、ディストピア一歩手前の近未来社会を舞台にしたハイテクスリラーSFで、本作同様、暗い舞台設定にもかかわらず全体を乾いたユーモアで包んだ筆致が特徴となっており、高い評価を得ている。

 本作は、アシュトンがそんな作風はそのままに、ついに舞台を地球から宇宙へと移し、本格的な宇宙SFに挑んだもので、今年初めの刊行以来、SFファンはもちろん、読書家の間で話題のベストセラーとなったもの。本作の好評を得て、続篇、 Antimatter Blues (反物質ブルース)も来春刊行予定となっている。惑星ニヴルヘイム開拓はまだまだ前途多難なようだ。

 

 なお本作はポン・ジュノ監督&ロバート・パティンソン主演で、ワーナー・ブラザースでの映画化が決定している。

 ポン・ジュノは、『パラサイト 半地下の家族』でカンヌ映画祭のパルムドール賞を皮切りに、ゴールデングローブ賞、フランスのセザーヌ賞、そして、外国語映画として史上初めてアカデミー賞作品賞受賞と、世界の映画祭を席巻した、韓国映画界をリードする監督、脚本家だ。その取り扱うジャンルは『殺人の追憶』や『母なる証明』といった犯罪ものから『スノーピアサー』や『グエムル 漢江の怪物』、『オクジャ』といったSF作品まで幅広いが、いずれの作品も人間心理の暗黒面を鋭く抉ってみせる作風は共通している。本作の映画化は、ポン・ジュノ監督にとっては2019年公開の『パラサイト』以来となる新作であり、世界中の映画ファンから熱い期待が寄せられている。

 一方、主役のロバート・パティンソンは、吸血鬼ロマンス小説〈トワイライト・サーガ〉の映画版でヒロインと恋に落ちる吸血鬼を演じて一躍世界的スターとなったクールな風貌が特徴の二枚目俳優で、近年では『ザ・バットマン』で若き日のバットマンを演じて大好評を博し、続篇製作が決定したことも記憶に新しい。原作は、主人公のミッキーによるどこか飄々(ひようひよう)とした語り口の一人称小説となっているが、クールな役どころが多いパティンソンがミッキーをどんな風に演じるのか、ポン・ジュノがどんな演出をするのか、大いに気になるところだ。

 ちなみに、タイトルが『ミッキー7』ならぬ『ミッキー17』に変更されており、どうやら映画版のミッキーは、原作よりもさらに悲惨な「使い捨て」人生を歩まされている模様。

 全米公開予定は2024年3月29日。見ることができるのはまだ少し先の話だが、本作を読みつつ、今から楽しみにして日本での公開を待ちたい。

  2022年12月

『ミッキー7』
エドワード・アシュトン
大谷真弓訳
カバーデザイン:岩郷重力+M.U
カバーイラスト:(c) Shutterstock.com

『パラサイト 半地下の家族』ポン・ジュノ監督×
『TENET テネット』ロバート・パティンソン主演による映画化決定!

使い捨て人間(エクスペンダブル)――それが俺、ミッキーの役割だ。氷の惑星ニヴルヘイムでのコロニー建設ミッションにおいて、危険な任務を担当する。任務で死ぬたびに過去の記憶を受け継ぎ、新しい肉体に生まれ変わる。それを繰り返し“ミッキー7”となったのが俺だ。だがあるミッションから命からがら帰還すると次のミッキーこと“ミッキー8”が出現していて……!? 極限状況下でのミッキーの奮闘を描く、興奮のSFエンタメ! 解説/堺三保


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