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テレビ=オワコン論は本当か? 岡室美奈子『テレビドラマは時代を映す』特別試し読み

4月24日発売のハヤカワ新書『テレビドラマは時代を映す』。前・早稲田大学演劇博物館館長で、テレビドラマをこよなく愛することでも知られる岡室美奈子さんが書かれた毎日新聞の人気連載コラム「私の体はテレビでできている」に書下ろしを加え書籍化したものです。『すいか』『東京ラブストーリー』『アフリカの夜』『カーネーション』『アンナチュラル』『俺の家の話』『鎌倉殿の 13 人』『エルピス』『silent』……幅広いドラマについて語り尽くした本書の中から、小論「テレビ=オワコン論は本当か?」を特別公開します!

『テレビドラマは時代を映す』岡室美奈子、ハヤカワ新書
『テレビドラマは時代を映す』
岡室美奈子、ハヤカワ新書

テレビ=オワコン論は本当か

第9回〔本書所収のコラム、以下同〕「テレビ愛 地方から高らかに──『チャンネルはそのまま!』」と第12回「身内を映し出す勇気──『さよならテレビ』」は、地方局制作による、テレビ局を舞台とした番組である。前者は放送局に「バカ枠」で採用された新人スタッフの失敗や奮闘を通じてテレビ愛をうたい上げるドラマだったのに対して、後者は放送局の内幕に迫るドキュメンタリーで、内容的にはまったく異なる。しかしどちらも「テレビ」というメディアに対する危機感の表明なのではないだろうか。テレビ=オワコン論もささやかれる現在、テレビの意義を改めて考えてみたい。

1.テレビは民主的なメディアである。

予め言っておくと、配信ドラマを否定するつもりはまったくない。近年、さまざまな名作配信ドラマが生み出されていることは事実で、例を挙げればキリがないほどだ。近年に限っても、宮藤官九郎の『季節のない街』(Disney+)や宮藤と大石静が組んだ『離婚しようよ』(Netflix)、話題となった『First Love 初恋』や『サンクチュアリ 聖域』、是枝裕和の『舞妓さんちのまかないさん』(いずれもNetflix)など、あまりに面白くて一気見してしまったドラマは数多い。テレビよりも潤沢な予算でのびのびと制作できる環境は脚本家や作り手たちにとっても魅力的だろう。視聴者にとっても、選択肢が増えるのは喜ばしいことに違いない。

しかしその一方で、インターネット配信は格差社会の象徴であると私は思っている。NHKやWOWWOWのように受信料や定額料金を支払うものは別として、テレビ受像機かスマートフォンがあれば、テレビ番組は誰でも見ることができる。その意味で、テレビは万人に対して平等に開かれた民主的なメディアである。テレビ受像機が高価だった時代はいざ知らず、現在ではスペックにこだわらなければテレビ受像機は一万円台でも購入できる。ネットオークションなら数千円でも可能だ。

それに対して配信は、経済力がものを言う。一つ一つは高額でなくとも、サブスクリプションの料金を継続的に支払える者だけがコンテンツを享受できるからだ。サブスクなら「誰でも」見たい時に見られると考えるのは、その意味で早計である。制作者たちは面白いコンテンツを用意して契約者を増やさなければならないが、視聴者にとっては同時に複数の料金を支払うのは負担が大きいため、見たいコンテンツを求めて配信プラットフォームの契約と解約を繰り返して渡り歩く人もいるはずだ。配信ドラマは見たくても見られない人がいる。格差社会の象徴であると考えるゆえんである。

その点、TVerは偉大だ。スマートフォンさえあれば、期間限定ではあれ無料でかなりのテレビ番組を手軽に見ることができる。テレビ放送との同時配信も始まり、テレビ番組がぐっと身近になったのではないだろうか。

2.テレビの〈同時性〉と〈偶然性〉

テレビ放送の魅力の一つは、大勢の人が同時に同じ番組を視聴できるということだろう。テレビをTVerや配信で見る人がいかに増えようとも、テレビの同時性は崩れることがない。その証拠に話題のテレビドラマはTwitter(現X)でトレンド一位になったりするが、配信ドラマではいかに人気コンテンツでもそうはいかない。テレビはまだまだ共通言語なのだ。

第49回「経験+感覚のアップデートを──『silent』」にも書いたが、『silent』(フジテレビ)はTVerの見逃し配信やお気に入り登録が歴代最高記録を打ち立てたのに対して、視聴率はさほど高くはなかった。しかし放送時にはほぼ毎回Twitter でトレンド一位となり、多くの若者が配信で見たとしても、テレビという放送メディアの同時性があればこそ人気に火がつき盛り上がったと言える。

テレビ草創期の街頭テレビの時代から、テレビは人びとの共通言語であり続けた。それはテレビが生放送の頃から、本質的にライブ性、中継性を大事にするメディアだったからだろう。SNSによって、視聴者は誰でもテレビの中で起こっていることを「実況」できるようになった。近年は番組や作り手、出演者を批判を超えて罵倒したり誹謗中傷したりするような投稿も増え、SNSとドラマの関係は必ずしも豊かなものとは言えなくなってしまった。しかしSNSには今でも、同じ視聴体験を分かち合い、テレビを共通言語として見知らぬ者同士がつながり合い、一つのコミュニティを形成する豊かな場所にもなりうる。イーロン・マスクの買収によりTwitter がXとなり、今後どうなっていくのか予断を許さないが、テレビはこれからも私たちの共通言語となり、一緒に振り返ることのできる共通の記憶を醸成していくのではないだろうか。

また、配信ではなく放送であるテレビは、一方向的であるがゆえに、自ら選択したわけではない番組と偶然に幸運な出会いを果たすことがある。テレビをつけたらたまたまやっていた番組に心をつかまれた経験のある人も多いだろう。ドキュメンタリーを偶然見て、自分とは関係ないと思っていた社会問題に関心をもつことだってありえる。基本的に自分が見たいものを見る配信では、そうはいかない。むしろ自ら選んでいるつもりで、レコメンド(おすすめ)機能によって、実は選ばされていることもある。配信文化だけに浸っていると、知らないうちにとても狭い世界に関心が偏る可能性があることは、知っておくべきだろう。


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【著者紹介】

岡室美奈子さん近影(©TAKAAKI TSUCHIYA)

岡室 美奈子 (おかむろ・みなこ)
早稲田大学文学学術院教授。前・早大演劇博物館館長。文学博士。専門はテレビドラマ論、現代演劇論。放送番組センター理事、フジテレビ番組審議会委員などの放送関係の委員・役員や、ギャラクシー賞などテレビ関係の賞の審査員、文化審議会委員を務める。共編著に『大テレビドラマ博覧会』(監修)、『六〇年代演劇再考』など。訳書に『新訳ベケット戯曲全集1 ゴドーを待ちながら/エンドゲーム』など。

記事で紹介した書籍の概要

『テレビドラマは時代を映す』
著者:岡室美奈子
出版社:早川書房(ハヤカワ新書)
発売日:2024年4月24日
本体価格:1,000円(税抜)

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