太陽を創った少年

書評で絶賛相次ぐ! 14歳で核融合を実現したテイラー・ウィルソンを紹介する『太陽を創った少年』、冒頭試し読み

『太陽を創った少年』イントロダクション(熊谷玲美訳)

「推進システムだよ」父親を引っ張ってアメリカ宇宙ロケットセンターの入場ゲートを通り抜けながら、九歳のテイラーは言った。「とにかく推進が見たい」
 アラバマ州北部ハンツビルには、NASAのエンジニアたちがロケットの設計や建造をおこない、米国の宇宙プログラムを前進させてきたマーシャル宇宙センターがある。その隣にあるアメリカ宇宙ロケットセンターは、宇宙飛行関連のさまざまな展示物を集めた世界有数の博物館だ。見学者は、熱で表面が変色したアポロ一六号司令船を間近で見たり、摩擦のない宇宙空間を擬似体験する特別な椅子で振り回されてみたり、スペースシャトルのコックピットのシミュレーターでミッションの指揮をとるといった体験ができる。
 しかし、テイラー・ウィルソンが一番見たいのは、この博物館の目玉である、人類を月に運んだ巨大なサターンVロケットだ。その日の午後、テイラーは父親と一緒に、アポロ計画当時の状態に復元されたサターンVロケットが横向きで収められた専用展示棟に足を踏み入れた。見学ツアーに参加した親子たちと一緒に、上から吊された長さ一一一メートルの巨獣の横を、若い女性ガイドに連れられて進んでいく。それぞれが直径三メートルある、五基のエンジンノズルの下をくぐりながら、感動のあまり声も出ない様子の息子をちらりと見て、ケネス・ウィルソンは肩の荷が軽くなっていくのを感じた。少なくとも数分は、自分以外の誰かが、息子のとどまるところを知らない知識欲を満たしてくれる。
 ガイドは参加者たちに向かって、サターンVロケットはこれまで建造されたなかで最も強力なロケットだと説明した。一五〇万重量ポンド(六六七万ニュートン)もの推力を生み出すサターンVは、アポロ計画で二〇人以上の宇宙飛行士を月に送り、ソ連との宇宙競争に米国が勝利する力になった。三段式のこのロケットはもう引退しているが、地球の重力に逆らって人や物資を宇宙に運ぶ能力では、いまだにこのロケットに並ぶものはない。最大出力では三二〇〇万馬力を生み出す能力があり、宇宙船を八分間で時速二万七〇〇〇キロまで加速できる。ガイドはそう言った。
 そこまできて、テイラーが手を挙げた──質問するのではなく、答えを言うためだ。このロケットはどんな仕組みで上昇するのか、という質問の答えだったら知っている。それだけでなく、ロケットの加速度と、排気速度や動質量との関係や、ペイロード比のこと、さらには、ケロシンと液体酸素の混合物がサターンVの第一段ロケットで一秒間に二・七トン燃焼することなんかを、ぜひともみんなに説明したい──しなきゃいけない──と思ったのだ。ガイドは、目の前のほっそりした少年がひどく興奮しながら話すのを見て、一歩引き、その場を譲った。テイラーは、アーカンソー深部独特のアクセントで、大学博士課程レベルの専門的な話を次々とくり出していく。全部説明するには時間がいくらあっても足りないとでもいうような勢いだ。ほかの大人たちもやはり一歩引いた。彼の年齢にそぐわない大胆さや知識、あふれるエネルギーにびっくりしたのだろう。
 九歳のテイラーは見学ツアーの参加者たちに、テキサカーナの自宅でロケットを設計段階から自作していることを話した。そこから、サターンVの第二段と第三段の液体燃料ロケットのことや、その推進剤の比較優位について語り、ロケットを設計するときには推力とコストのバランス、そして重量と安全性のバランスが大事だという話をした。ガイドが走って上司を呼びに行くのを見て──「この子を見にきてください!」──ケネスは自分の肩に責任が戻ってくるのを感じた。
 テイラーは異常なほどに好奇心が強く、その対象は次々と移り変わった。ケネスとその妻ティファニーは、長男であるテイラーのそんな好奇心を満たすべく、できる限りのことをしていた。この世に生まれた瞬間から、テイラーは家族の生活のほぼあらゆる面を、複雑で、混乱に満ちた、混沌としたものに変えてしまった。実際にケネスは後日、この日の出来事を、まだあれくらいなら楽だったと振り返ることになる。おそろしく頭の良いテイラーもこのころは、ロケット科学あたりのまだまだシンプルな科学に夢中だったからだ。
 この出来事は、テイラーが自宅のガレージを、底知れぬ恐ろしい力をそなえた、光を放つ岩石や液体、金属で一杯にするよりも前の話だ。一四歳にして、五億度のプラズマコア中で原子をたがいに衝突させる反応炉を作り、核融合達成の世界最年少記録を樹立するのも、その休むことのない頭脳の産物が、米国大統領からTEDトークの観客まで、あらゆる人を驚嘆させるのも、あり得ないようなことを次々とひらめいては、現代社会が直面する、がんや核テロ、持続可能エネルギーといった大きな問題に、原子より小さい粒子を使って立ち向かう新たな方法を開発するのも、まだ先のことである。
 
 この本が生まれるきっかけとなったのは二〇一〇年のある出来事だ。《ポピュラー・サイエンス》誌の外部編集者である私はこの年、原子核物理学ファンの集まる小規模なグループを発見した。彼らは高エネルギー科学を趣味とする人々で、応用原子力科学の難解な理論と精密工学の両方に挑んでいた。数億ドル規模の予算を持つ研究所がいくつもかかわるようなビッグサイエンスの外側で、独学のアマチュアたちが原子核や核エネルギーをいじっている──つまり、自分で建てた研究室で、原子核を融合させたり、元素を変換させたり、加速器を作ったりしている──と聞いたときに感じたのは、興味と不安の両方だ。このグループの人々の口は固かったが、やがて心を開いてくれた。そのひとりから、テキサカーナに住む一四歳の少年がつい先日、実際に作動する核融合炉を完成させたばかりだと聞いた。地上の太陽というべきこの装置を作ったのは、これまでにその少年テイラーを含めて世界で三二人しかいないという。
 とはいえ、テイラーが他の人と違うのは、彼が作った装置や、彼自身に備わっている知性のためではない。科学に、そして人生に、嬉々として大胆なやり方で向き合っているからだ。何人かの天才児に会った経験があった私には、テイラーが違ったタイプの天才であることがすぐにわかった。
 テイラーは、科学フェアの片隅にひっそりたたずんでいるような、伏し目がちで内気なタイプの天才ではない。テレビドラマシリーズ《ビッグバン★セオリー》に登場する理論物理学者シェルドン・クーパーのような、人付き合いが苦手なタイプでもない。テイラーはいつも明るく、なんでも自分でやってみる(ハンズオン)主義であり、ものすごいエネルギーで宇宙とつながっているタイプの天才だ。実際のところ、テイラーが、限界などほとんどなさそうな自分だけの世界を築いてこられたのは、彼にはつながり──個人的なつながり、知識の面でのつながり、実際的な面でのつながり──を生み出す才能があったからだ。
「彼に会って二分で気がつくのは、たいていの人が不可能だと思っているようなことでも、テイラーならあっさりやってのけてしまうってことですよ」かつてロスアラモス国立研究所で核兵器研究を率いていたスティーヴン・ヤンガーはそう言う。
 同時に気が付くのは、その早熟な頭脳と、アインシュタインなみに熱い好奇心にもかかわらず、テイラーは多くの面で、普通の家族や友達に囲まれた、普通の子どもだということだ(家族や友達にしてみればテイラーに困らされることも多かったが)。普通のティーンエイジャーらしく、いろんなことにのぼせ上がったり混乱したりする。アイデンティティも発達途上にあった。もともとは引っ込み思案の子どもだったテイラーは、科学にとりつかれた饒舌な小学生へと急成長する。爆発物の実験に夢中になり、それがやがて、原子より小さな世界の神秘を理解したいという強い欲求へとつながっていく。一一歳のときには、祖母の死が近いことに気づき、取り乱した経験がきっかけで、ひらめきの瞬間を迎える。数え切れないほどの人々を救うための方法を思い付くと同時に、好奇心の強い子どもから世界を変えるような原子核物理学者へと変貌した将来の自分の姿も思い描くのだ。明確なビジョンと、それを達成できるという信念は、テイラーの前に可能性に満ちあふれた新しい宇宙を開くことになる。それらに支えられ、後押しされて、途方もない夢を追いかけたのである。
 
 私が《ポピュラー・サイエンス》誌に書いたテイラーについての記事は、驚くほどの注目を集めた。読者はテイラーの物語に興味を持つだろうと思ってはいたが、そこまで深く共感してくれるとは予想していなかった。一四歳での核融合達成というニュースの話題性だけでなく、目をみはるような驚きを感じるとともに、なにより未来は明るいことに気づき、心を動かされたという感想が多かったのだ。それこそ、私をテイラーの世界に引き込んだものだった。
 テイラーの記事は、私がそれまでのジャーナリスト人生のほとんどで主に扱ってきた、エボラ出血熱や自然保護のための傭兵、研究キャリアをかけた科学者同士の争いといったテーマからは外れるものだ。もともと私は楽観的な性格ではなかったが、テイラーという少年のストーリーを見つけた──向こうが私を見つけたのかもしれないが──ちょうどそのころ、私自身の人生は寒々としていた。一〇年間の結婚生活が終わりを迎えたばかりだったのだ。世界を理解して、もっと良い場所にしたいというテイラーの強い思いの真ん中にある、あふれんばかりの希望のおかげで、私は自分自身や幼い子どもたち、さらには子どもたちが成長した世界の行く手にあるさまざまな可能性をもう一度思い描けるようになった。
 親としては、ケネスとティファニーが子どもの才能を伸ばすために取った、意外性にあふれたアプローチに刺激を受けた。テイラーが恐ろしいことに興味を持って追いかけようとしたときに、ふたりは──そしてふたりがテイラーの周回軌道に連れてきた教師や指導者(メンター)は──テイラーを応援するために、ありとあらゆる手段を用いた。個人的には、テイラーの才能そのものよりも、両親の支えのほうに感銘を受けた。私はやがて、テイラーの成功は、彼の優れた頭脳の産物というだけではなく、とりわけ素晴らしい両親に恵まれたおかげなのだということを理解するようになる。
 科学と縁のない両親のもとに生まれ、教育熱心とは言えない地域で育ったテイラーは、天才が生まれやすい環境から登場したわけではない。子どもの発育の専門家や、教育関係者、神経科学者、認知心理学者は、テイラー・ウィルソンのような子どもが生み出される場合にみられる、遺伝と環境の複雑なバランスについて、ようやく理解し始めたばかりだ。現時点では、大勢の子どもがいるなかで、天才がいつ、どこに生まれるのかはわからない。しかし、天才を見つけ出す方法はわかっている。
 四〇年分のデータを追跡して明らかになったのは、社会を変革したり、知識を前進させたり、文化を作りかえるといった革新をなし遂げる人々(イノベーター)の多くが、知的能力において上位一パーセントに入ること、そしてその多くが、十代のうちに成績優秀者として認定されていることだ。たとえば、マーク・ザッカーバーグ(フェイスブックの創業者)とセルゲイ・ブリン(グーグルの共同創業者)はともに、ジョンズ・ホプキンス大学のセンター・フォー・タレンテッド・ユースが後援するサマー・プログラムに参加していた。当時、このプログラムに参加するには、学力標準テストで上位一パーセントの成績を取っている必要があった。ビル・ゲイツ(マイクロソフトの共同創業者)も上位一パーセントに入っていた。スティーヴ・ジョブズ(アップルの共同創業者)もそうだ。テクノロジー分野以外の優秀な人々も、やはり一パーセントに入っている。たとえば、ステファニー・ジャーマノッタ(レディ・ガガの本名)は、ザッカーバーグやブリンと同じサマー・プログラムに参加したことがある。
 残念なのは、世界を変える可能性のある子どもたちは毎年数え切れないほどたくさん生まれるのに、大人たちが気づいて、天才的な才能を伸ばすのに必要なリソースを与えてやれる子どもは少ししかいないことだ。そうした子どもの能力に見合った教育を提供しないことで、私たちは潜在的に経済の前進を遅らせている。そして、社会が必要とする次世代イノベーター、つまり知識のフロンティアを前進させる力を持った、現代のソーク(ポリオワクチンの開発者)やモーツァルト、マリー・キュリーが登場する機会を阻んでいるのだ。
 教育専門家の推測によると、「学業面での才能を授かった(アカデミック・ギフテッド)」子どもは現在、アメリカの学齢期人口の六パーセントから一〇パーセントを占めるという。「ギフテッド」の定義を芸術やスポーツなどの才能まで広げると、その割合はもっと大きくなる。実際のところ、最近の研究によれば、何らかの表現法において並外れたパフォーマンスを達成できる素質は、ほぼすべての子どもにあるという。ただしそれは、それぞれの子どもが、自分なりの個性を輝かせられる専門分野においてチャンスを得られることが条件だ。
 とはいえ、手つかずの才能を発見し、育てて、才能を並外れた成功につなげるには、何が必要なのだろうか? 途方もなく強い決意と高い知性をそなえた子どもたちをどのようにして育てて、潜在能力を発揮させればよいのだろうか? あるいは、もっと従来の意味で才能のある子どもが、自発性を身につけ、外部からの支援を得て、自分の夢をかなえるために前進できるようにするには、私たちには何ができるのだろうか? そして、かつては希望の星とみなしていたギフテッドの子どもたちを意欲を失わせる環境においてきた、過去数十年間の教育文化の方向性を変えるにはどうすればよいのだろうか?
 テイラーの物語には、表面上はギリシャ神話のイカロスの物語に似たところがあるが、それが明らかにしたのは、若い世代に古い神話を書き換える機会を与えたらどうなるのか、ということだ。私たち親の世代(そしてそれ以前の世代)は、そうした古い神話のせいで新たな高みに到達できなかった。親たちにとっては、子どもを地上にとどめておきたいという本能を乗り越えるには相当な勇気が必要だ。欲しがるままに翼を与えたら、落下してしまう子どもが出てくるのは目に見えている。ただ、落下せずに飛べる子どももいる。彼らはどこかに飛んで行って、神話に出てくるイカロスが夢にさえ見なかったようなこと──それも本当にすごいこと──をするだろう。新しい飛び方を発見する子どもさえ現れるかもしれない。太陽まで舞い上がり、さらに高く、自分の星をつかめるほど高く飛ぶのだ。テイラーがそうしたように。

『太陽を創った少年』(トム・クラインズ、熊谷玲美訳、46判並製、定価2700円)は早川書房より刊行中。

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!