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制度化された恒例の解雇「ランク・アンド・ヤンク」の実態とは?『ジャック・ウェルチ 「20世紀最高の経営者」の虚栄』第二章特別公開

20年間にわたり、ゼネラル・エレクトリック(GE)の会長兼CEOを務めたジャック・ウェルチと、その経営手法「ウェルチズム」の闇に迫った衝撃作『ジャック・ウェルチ 「20世紀最高の経営者」の虚栄』(デイヴィッド・ゲレス著、渡部典子訳)が大好評発売中です。そして、今回の記事では本書の第二章の一部を特別公開いたします。

従業員に対する手厚い福利厚生と十分な給与、そして安定した雇用の保証。1970年代までのGEは「ジェネラス太っ腹な・エレクトリック」として知られる企業でした。しかし、ジャック・ウェルチのCEO就任以来、そうした企業文化は急速に崩壊し、GEの社内は日常的に解雇通知が飛び交う環境へと一変しました。なにしろ、ウェルチはレイオフそのものを制度化したのですから——

『ジャック・ウェルチ 「20世紀最高の経営者」の虚栄』 デイヴィッド・ゲレス:著渡部典子:訳早川書房2024年5月22日発売2750円(税込)
『ジャック・ウェルチ 「20世紀最高の経営者」の虚栄』
デイヴィッド・ゲレス:著
渡部典子:訳
早川書房
2024年5月22日発売
2750円(税込)


「アンチ愛社精神キャンペーン」──制度化されるダウンサイジング


ウェルチはCEO就任の記者会見で、社内でさまざまな事業を担当する他のGE幹部について心温まる話をした。「私たちは皆、良き友人としてここに集いました。私の目標は、苦楽を共にしながら、みんなや自分がそこで成長でき、楽しい時間を過ごし続けられる雰囲気を作ることです」。この話を聞く限りでは、GEは100年前からそうだったように、終身雇用が事実上当たり前で、礼儀を最も重んじる同僚がおり、仲良く平等な職場が維持されることになる。

だがひとたび権力の座に就くと、彼は露骨に中間管理職を厳しく評価するようになった。「官僚を冷笑し排除しなくてはならない」と告げて、即座に人々を選別にかけた。高い成果を上げても気に入らない人や、友人でも成果を出せない人を解雇した。本社では、主に長期的な戦略立案を行なっていた部門をそっくり廃止した。もっと解雇しろと部下に圧力をかけ、幹部クラスも冷徹で忠実な人材に入れ替えた。本社スタッフは時をおかずに2100人から900人へと半分以下になり、GEの秩序立った成長に長らく不可欠だった部門はすべて撤廃された。

企業変革を急ぐウェルチは細やかな配慮をしなかった。その経営スタイルはもっぱら怒号とともにあり、共感性に乏しかった。ウェルチは記憶力が抜群で、機知に富み、不屈の労働倫理の持ち主ではあった。そのため管理職が自分よりも各自の仕事をよくわかっていないとみるや、激しく非難することが多かった。ウェルチのスピーチライターを長く務めたビル・レーンは、「礼節はもはやGEの美徳ではなくなった。会議室の壁には血しぶきが飛び散り、現場でのホラーショーが報告されるようになった」と回顧録に記している。

やがて、全米のGE工場の現場では解雇通知が散乱するようになった。GEの従業員数は、ウェルチが着任した1980年の41万1000人を頂点に減少に転じ、1982年末には全体の約9%に当たる3万5000人が解雇されていた。ニューヨーク州スケネクタディで発電所を建設していた技術者や、ケンタッキー州ルイビルで食器洗浄機を組み立てていた従業員を解雇したのだ。翌年には、さらに3万7000人を解雇している。かつてGEの事業活動のおかげで潤っていた地域社会は、ウェルチの下で衰退し始めた。

【中略】

絶えずダウンサイジングを実践することを制度化し、太陽の昇沈のごとく自然に見せたいと願って、ウェルチは無慈悲な命令を出した。毎年、GE従業員のうち業務成績の悪い下位10%を解雇せよと命じたのだ。管理職には、部下を上位20%、中間70%、下位10%の三グループに分けるように指示した。それぞれA、B、Cプレイヤーと呼び、Cグループには去ってもらうのだ。GE全体の業績がどれほど好調でも、毎年何万人もの従業員が確実に退職を迫られる。ウェルチはこれを「バイタリティ・カーブ(活力曲線)」と命名したが、従業員はこの婉曲表現に騙されなかった。社内では「スタック・ランキング」、あるいはより正確に「ランク・アンド・ヤンク」と呼ばれていた。

GEは100年近く、従業員を最もうまく扱い、訓練し、成長させる方法を知る企業として評判を得ていた。それが今や、ウェルチの下で、従業員を解雇するために同じく高度な方法を編み出していたのだ。すぐにこれに追随する企業が続出した。ウェルチのために労使交渉を主導したデニス・ロシュローは「これはジャック・ウェルチのアイデアで、多くの人が採り入れた」と語る。「時にはひどい意思決定につながったが、誰もが真似した。ジャック・ウェルチは大きな存在であり、人々はひとえに『彼がそうしているなら、やってみよう』と言っていたのだ」

【中略】

容赦ないダウンサイジングによって、GE社内の士気は低下した。どの部門も、どの職種も、安泰ではなかった。「ジェネラス・エレクトリック」は消え去り、代わりに、組織に蓄積された記憶を失ったようで、いかなる副産物があろうともコスト削減と売上増進に夢中な会社となったのだ。1988年に、あるマネジャーはウェルチに「これが世界最高のビジネスなら、なぜこんなに惨めな気持ちで家路につくのだろうか」と言った。それは、残留社員の間で広く共有されていた心情だった。

オランダのある工場で、技術者がウェルチにそのことを訴えた。「工場は以前とはまるで変わってしまった。10年前ほど楽しくない」と。すると、ウェルチはかつて工場で楽しかったことを全部リストに書き出して持ってこいと言い返した。それは拒絶であり、相手にするつもりは毛頭なかった。その証拠に、このやりとりの直後に彼はパリ行きの飛行機に乗っている。ウェルチの戦術により何年も焼き畑方式を続けるうちに、かつての誇り高き会社から喜びが奪いとられた。「ここでの忠誠心は24時間で終わる。ウェルチは数十万人の従業員の献身を失った」と嘆く幹部もいた。ウェルチでさえ、従業員が幸せではないことを知っており、「職場内のうわさ話は芳しくなかった」と回想している。

ウェルチの企業変革のやり方以上に衝撃的だったのが、その実践方法だ。CEOは組織の雰囲気を決定づけるが、ウェルチは大声を張り上げ、気難しく、無情だった。同僚に招集をかけて、秘書に「あの間抜けを電話口に呼び出せ!」とわめき立てるのだ。部下のプレゼンテーションが気に入らなければ、他の上級幹部にその不運な部下をクビにしろと指示した。「こんなひどい間抜けは追い出してしまえ」。そのリーダーシップスタイルは、男らしさの有害な特徴をすべて備えていた。弱い者を見下し、全面的な忠義を要求し、莫大な富を築きつつ、常に不満を持っていた。同僚に対する仲間意識は競争心に取って代わった。愛社精神が失われ不安に転じ、恐ろしいことにCEOは予測不能で無慈悲だという理解に至ったのだ。

要するに、ウェルチはいじめっ子だった。プラスチック部門の担当幹部が数字を達成できなければ、「お前らは何をやっているんだ!」と腹を立てた。ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、ウェルチの「罵声合戦方式」では、たとえウェルチの意見に同意していたとしても、マネジャーたちは激しい議論をふっかけられたという。ウェルチが交代させたあるマネジャーは「ジャックに挨拶するのにさえ、対立を避けられない。ジャックと正面からぶつかり、とことんまで腹を割って自分の主張を論じようとしなければ、相手にしてもらえない」と語る。ウェルチは猛烈に働き、社内の全員が同じように働くことを期待した。キャリアを通じて、レイオフの議論では暴力的な比喩をよく用いた。誰かを解雇するときに好んで使ったのが「銃を撃て」という表現だ。気に入らない従業員の話になると、「銃を一発食らわせろ。やつらは撃たれて当然だ」と言うのだ。

ウェルチはGEを根底から揺るがした。1984年、フォーチュン誌は彼を「アメリカで最も厳しいボス」と呼び、その行動を痛烈に批判した。「ウェルチが実施する会議はあまりにも攻撃的で、みんな震え上がってしまうほどだ。批判し、面目をつぶし、嘲笑し、辱め、知性を使ってボコボコにする」。ある従業員が同誌に語ったように、「ジャックはまるで象の群れのように来襲してくる。反論があれば、批判を覚悟で言わなければならない」のだ。「彼のために働くのは戦争のようだ。多くの人が撃ち殺され、生き残った人が次の戦いに臨む」という声もあった。

裕福な権力者の多くがそうであるように、ウェルチには打たれ弱いところがあり、この記事にひどく落ち込んだ。キャリアの中でも最悪の出来事に挙げられると、彼は語った。しかし、ニューズウィーク誌で「ニュートロン・ジャック」と言われたときと同様、評価された内容に異論はなかった。実のところ、自分には厳しさが足りていないと、彼は信じていた。というのも、GEは根底からひっくり返ったが、自分の戦術は期待に応えていたからだ。利益は堅調で、売上は成長著しく、何より重要なのが、株価が急上昇していたことだ。そこで少しでも利益率を押し上げようと、最後まで雇用の削減を続けた。彼曰く「残念ながら、終わりはない」のだ。


今回の記事で紹介したもの以外にも、ジャック・ウェルチはGEの内外で様々な「改革」を断行しました。その手法と結果の全てを明らかにした本書を、是非ご一読ください!


◆書籍概要

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