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おれを駆り立てるのは、道義だーーシリーズ初、グレイマンの一人称で語られる最新作 『暗殺者の悔恨』訳者あとがき

『レッド・メタル作戦発動』の共作者であるマーク・グリーニーの大人気〈暗殺者グレイマン〉シリーズ第九弾、『暗殺者の悔恨』(原題:One Minute Out)を11月19日に刊行いたします。今回のグレイマンは、いつもとなにかが違う……⁉︎ 訳者の伏見威蕃氏によるあとがきで、舞台設定から映画情報まで、本書の読みどころに迫ります。

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訳者あとがき

 グレイマン・シリーズの最新作『暗殺者の悔恨』One Minute Out(2020)をお届けする。H・リプリー・ローリングス四世との共作『レッド・メタル作戦発動』を挟んだので十一月刊行になったが、今回もグリーニーの巧妙な仕掛けを存分に楽しむことができる。

 グリーニーは毎回、魅力的な設定と意表をつくストーリー展開で読者をうならせる。たとえば前作『暗殺者の追跡』には、『暗殺者の飛躍』のいきさつでCIAの資産になった元ロシア工作員ゾーヤ・ザハロワが登場するが、ゾーヤの抱えている家族の秘密がプロットに編み込まれ、過去と現在の交錯によって、上質のエスピオナージュのような味わいが加味されている。

 したがって、『暗殺者の追跡』には謎解きの部分が多いので詳しく述べることはできないが、敵方が狙うターゲットは、ファイヴ・アイズ合同会議のためにスコットランドに集まってくる情報組織の上層部だ。ファイヴ・アイズとは、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの英語圏五カ国の情報機関すべてのことで、加盟五カ国の情報機関の作戦、分析、管理部門の上級職がすべてこの会議に出席する。そして攻撃手段は……種類こそちがうが、現在の世界情勢を予感させるものであるとだけいっておこう。

ところで最近、日本政府の閣僚の一部にも、ファイヴ・アイズ参加に意欲を示す動きがあったが、六番目の“目”になるには、かなり強力な情報機関が必要だろう。ただ、中国のサイバー脅威に対抗するために、ファイヴ・アイズ側は日独仏の協力を求める流れになっているので、連携が進むことはまちがいない。

 さて、本書の新趣向のひとつは、一人称現在形を取り入れていることだ。先ごろ好評を得た『夕陽の道を北へゆけ』(ジャニーン・カミンズ著、宇佐川晶子訳、早川書房刊)でも使われている手法で、読者は主人公の視点に引き込まれ、深く感情移入し、これからなにが起きるのだろう? と手に汗を握ることになる。臨場感を高めるのに効果的な技巧だと思う。

 また、ジェントリーの視点ではない部分には、三人称過去形が使われている。一人称だけでは描ける場面が限られるので、これもうまいやりかただ。そのふたつの語りがみごとに調和し、まったく違和感なく読めるのだから、グリーニーは抜群の文章力を備えているといえる。

 もうひとつ注目したいのは、グレイマンことコート・ジェントリーの“相棒”が、今回は諜報や軍事のプロフェッショナルではなく、基本的に敵と戦う能力を持たない女性であることだ。しかし、タリッサ・コルブというその女性は、欧州連合法執行協力庁(旧称のEUROPOL[欧州刑事警察機構の略]が有名であるため残されているが、EUの正式な省庁となってこのように改称された)の下級犯罪アナリストで、暴力には弱くても、知性が高く勇気がある。悪事を暴こうとする理念と気概もある。タリッサは状況をじっくりと判断して推理するので、その場で判断して行動するジェントリーと、絶妙なコンビを形成している。

 ジェントリーは、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争時の戦争犯罪人を暗殺する仕事を請け負ったのをきっかけに、東欧からバルカン半島に至る性的人身売買を運営している“コンソーシアム”という大規模な組織を相手にまわすことになる。“コンソーシアム”は東欧各国の犯罪組織とつながりがあり、悪徳警官を買収しているので、官憲に頼ることはできない。もちろんCIAの支援は受けられず、独力でやるしかない。

 ジェントリーは、性的人身売買のために拉致された女性を輸送する“パイプライン”と呼ばれるルートを調べるうちに、やはり単独で捜査を行なっていたタリッサ・コルブと遭遇した。タリッサは拉致された妹の行方を追っているという。ジェントリーはタリッサとともに“パイプライン”をたどり、タリッサの妹ロクサナと性的人身売買の被害者たちの行方を追う。

 舞台設定もなかなか巧妙だ。本書に描かれているような古都には、車がはいれないか、あるいは車の通行を禁じられている旧市街がある。したがって、ヨーロッパやアメリカの大都市とは異なるアクションがくりひろげられる。それも読みどころだろう。

 グレイマン・シリーズの第一作『暗殺者グレイマン』には以前から映画化の話が出ていたが、Netflix製作・配信の映画としてクランクインすることが本決まりになった。監督はアンソニー&ジョーのルッソ兄弟、グレイマン役はライアン・ゴズリング、それをクリス・エヴァンスが演じるCIAの元同僚ロイド・ハンセンが追うという設定になっている。製作費はNetflix史上最高の二億ドルにのぼる。007シリーズに匹敵する大々的なシリーズとしてヒットさせたいと関係者は考えているようだ。

 『暗殺者の追跡』の解説で作家・脚本家の深見真氏は「グレイマン・シリーズの映像的な文章は、アクションシーンにおいて最大の威力を発揮する」と書いておられる。その文章がどのように“映像化”されるのか、考えるだけでわくわくする。二〇二一年一月に撮影開始の予定で、順調に行けば二〇二二年夏か春に配信されると予想されている。かなり期待できそうだ。

 二〇二〇年九月 伏見威蕃

訳者略歴 

 1951年生、早稲田大学商学部卒、英米文学翻訳家。訳書に『暗殺者グレイマン』、『レッド・メタル作戦発動』、『レッド・プラトーン』、『無人の兵団』(以上早川書房刊)他多数

〈暗殺者グレイマン 〉シリーズ既刊リスト
『暗殺者グレイマン』
『暗殺者の正義』
『暗殺者の鎮魂』
『暗殺者の復讐』
『暗殺者の反撃』上・下
『暗殺者の飛躍』上・下
『暗殺者の潜入』上・下
『暗殺者の追跡』上・下
『暗殺者の悔恨』上・下