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いまSFを読む本当の価値とは。「世界のリーダーはSFを読んでいる」フェア解説:大澤博隆
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いまSFを読む本当の価値とは。「世界のリーダーはSFを読んでいる」フェア解説:大澤博隆

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ただいま全国主要書店にて開催中の「世界のリーダーはSFを読んでいる」フェア。新刊のニール・スティーヴンスン『スノウ・クラッシュ〔新版〕』(上・下)を中心に、世界のオピニオンリーダーが愛読するSF小説を一挙に集めました。

なぜ世界のリーダーはSFを愛読するのか? そして、いまSFを読む本当の価値とは? 書籍『SFプロトタイピング』編著者で筑波大学システム情報系助教の大澤博隆氏が解説します!

いまSFを読む本当の価値とは

大澤博隆

SFとビジネスに関する動きが昨今盛り上がっている。私は、SFプロトタイピングと呼ばれる、SFを作る過程を革新的なビジネスアイデアを生むための思考に応用するやり方を研究している。ビジネスや実社会に影響を与えたSFとしては、多くの作品が挙げられる。今回復刊された『スノウ・クラッシュ』も、メタバースやアバターといった単語を生んだ小説であり、「予言書」のようにもてはやされる場合もある。

とはいえ、SFをただの予言書として教養書的に読んでしまうのは、あまりにももったいない話である。今回のフェアでは著名人たちが推薦するSFが多く挙げられているが、この機会に、SFを読む「価値」について、思うところを述べておきたい。

SFは科学小説(サイエンス・フィクション)と訳されるように、科学が大きな役割を担ってきた分野である。とはいえ、現在読まれているSF作品は、必ずしも科学的な「知識」を得るためだけに読まれているわけではない。少し冷静に考えれば、科学的知識を得たいなら、科学の解説書を直接読むほうが効率的であろう。SFに期待されるのは、SF以外でも得られるような科学的知識ではなく、SFでしか得られない価値である。ではそれはなんだろうか。

現在のSFの扱う範囲は幅広いが、その中で特徴的な要素を一つ挙げるなら、科学的な「思考法」をもとにした物語が描かれること、だろう。科学的思考法にはいろんな側面があるが、事実を謙虚に直視し、常識や世界の枠組みに対して懐疑的な思考を持つこと、そして、新しい価値観に気づくこと、などが挙げられる。世界一流のビジネスマンたちや科学者、技術者、政治家たちがSFに注目するのは、この観点からだと思う。

例えば、台湾の政務委員であり、IT技術者、かつトランスジェンダーのオードリー・タンは、テッド・チャンの『あなたの人生の物語』をインスパイアされた作品として推薦している。『あなたの人生の物語』は、言語をめぐるSFである。非常にかいつまんで言えば、人間が使う言語には特有の性質があり、私達とは別の形で言語を使いこなす異星人たちは、言語を通して見る世界の見方が全く異なる、という話だ。もちろん、このSFで登場する異星人に人類は少なくとも出会っていないため、現実に存在するとは言えないが、異星人たちとの対話を通じて主人公の考え方が変化していく過程を読むことで、私達が自身の人生を認知する枠組みの限界に、気づくことができる。

SF作品の「枠組みを疑う力」は、特に、今までの社会に存在する「無自覚さ」について光を当てる時に鋭く輝く。この特徴は、いわゆる「ディストピアSF」と呼ばれる、受け入れがたい未来が描かれる作品群で明確になる。たとえば古典であるオルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』では、発達しつつある工業社会をモチーフに、人々が階級ごとに分けられ、誕生、死亡、衣食住から性生活まで、人生を管理される未来のディストピアを描く。この『すばらしい新世界』が興味深いのは、誰か悪のリーダーが率いて抑圧的な社会を作ったのではなく、人々が望んでそういう社会が生まれてしまった、というビジョンにある。幸福な気持ちになりたければ、幸福な気持ちになる薬を飲めばいい。私達が自分の欲望を叶えようとすればするほど、社会全体が悪い方向に向かうかもしれない、という皮肉な状況は、むしろ情報交換技術により最適化が進む現代のIT社会にこそ、多く見られる。ベストセラー『サピエンス全史』と『ホモ・デウス』で人類社会の歴史から将来までを描ききった歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリは、この小説の持つビジョンの現代性を、高く評価している。

また、もっと直接的に、現代社会の問題点をあぶり出すSFも存在する。例えば俳優であり、フェミニズム活動家でもあるエマ・ワトソンが推薦する、マーガレット・アトウッドの『侍女の物語』がそうだろう。宗教国家となったアメリカの中で、女性が「産む機械」として管理されたディストピア社会を描く本作は、現代の女性が社会から押し付けられる役割を、虚構の中でグロテスクに拡張して描く。こうした社会自体は、もちろん現実の女性が置かれる状況とはだいぶ異なっているが、一方で、私達の間にこうしたディストピアへの「萌芽」が潜んでいることに、小説を通じて気づくことができ、そこがこの小説の魅力となっている。

女性のSF作家の中には、アトウッドと同様に、こうした無自覚の社会構造をうまくテーマに織り込む作家がいる。その中でよく名前が挙がるのが、アーシュラ・K・ル・グィンである。彼女は児童小説『ゲド戦記』の作家として有名だが、一方で両性具有人の社会を描くことで社会のジェンダーの扱いに目を向けた『闇の左手』を始め、私達の固定観念を鋭く揺さぶるSF小説を描いてきた。その中の一作、短編「オメラスから歩み去る人々」(『風の十二方位』所収)では、一見理想的な社会が、ある一人の虐げられた子供の犠牲によって成り立っている社会が描かれる。その社会に暮らす人々は、その子供を手助けしてはならず、存在を認知しながら無視し続ける、という態度を取り続ける。アメリカの哲学者・倫理学者であるマイケル・サンデルは、ベストセラー『これからの「正義」の話をしよう』の中で、この作品を、現代社会の思想基盤の一つである「功利主義」の限界例として示した。私達の社会の幸せは、存在するがあえて無視されている、多くの人たちの犠牲によって成り立っていることを、この作品は鋭く指摘する。

一方でSFの中には、テクノロジーを通じて、社会が変わっていくさまを生き生きと描いてくれる作品もある。例えば電気自動車会社テスラを始めとした事業で有名な実業家であるイーロン・マスクが愛読書としている、ロバート・A・ハインラインの『月は無慈悲な夜の女王』はそういう作品である。人類が月まで広がった社会において、虐げられた月の民が反乱を起こすという筋立ては、アメリカ独立戦争をメタファーとしつつ、そこに新しいフロンティアとしての宇宙社会と、その社会における技術者たちの重要性を描いている。アニメ『機動戦士ガンダム』を始めとした後続の作品に影響を与えただけでなく、実際の宇宙ビジネスにまで影響を与えている(イーロン・マスクは、実際にスペースX社を設立し、宇宙でのビジネス展開を考えている)。

そして、今回復刊されたニール・スティーヴンスンの『スノウ・クラッシュ』である。

本小説は著名なIT起業家が複数影響を受けたと挙げている作品であり、数あるSFの中でも、最も広範囲に影響した一作と言えるだろう。作品としてはサイバーパンクと呼ばれる、人間と機械が融合した情報処理社会を描く作品群の「後」に登場した作品で、ポストサイバーパンクと呼ばれることもある。映画の『ブレードランナー』などのように、サイバーパンク作品にある独特の暗さが少なく、明るくハイテンションなアクション小説でもある。

舞台となるアメリカは、連邦政府の力が弱まり、様々な企業が土地をベースにフランチャイズ国家を展開するモザイク状の国家となっている。主人公のヒロは、この世界でUber Eatsのようなピザ配達人を生業としているが、コンピュータの高いプログラムスキルを持ち、バーチャル世界であるメタヴァース上では世界最高の剣士として名を馳せている、といった感じで、リアルとネットで複数の顔を持つ、現在の社会を先取りしたかのようなアバター社会が描かれている。

『スノウ・クラッシュ』がIT起業家たちを惹きつけた理由はいくつか考えられる。まず、世界設定がとにかく新しく、魅力的だった。ニール・スティーヴンスンはプログラマ出身の作家でもあり、小説で描かれる用語は、奇妙でありつつ、プログラマにとってはある意味「あるある」と納得できる説得力を持っていた。IT起業家にとって親しみのある世界を描いた、というのも人気の理由として挙げられるだろう。また、企業が国家以上の権力を持つフランチャイズ国家、というアイデアも秀逸である。国を超える力をIT企業が得るのだ、というビジョンは、起業家の大きなモチベーションになっただろう。

私はその中で、『スノウ・クラッシュ』が、「周辺」の人々の活躍する話であったことも、多数の人を惹きつけた魅力の一つであったと考える。本作が出版された1992年は、インターネット普及前の時代であり、人々のIT技術に関する考え方はもっと保守的だった。IT技術の価値は徐々に知れ渡っていたものの、本書に出てくるようなオンライン技術やVR技術は、まだ一部の「オタク」達のおもちゃとして、ビジネスでまともに扱うべきものと思われていなかったのだ。同時に、主人公のヒロ・プロタゴニストは、在日韓国人の母親と、テキサス育ちのアフリカ系アメリカ人の父親という複雑なルーツの元に生まれており、作中でもルーツについてからかわれるシーンがある。主人公以外にも、この小説には少数民族を含め、多彩な人種・文化の人間が登場する。また、ネタバレを避けて言えば、この作品の鍵となる古代文明とその言語は、米国とは全く違った価値観の文明である。

つまり、この作品で多くの役割を担うのは、当時(1992年)のアメリカ社会では、周辺に存在した技術や文化や人々であり、そうした主流でない人々がアメリカ社会をどのように変えうるのか、という可能性がハイテンションかつビビッドに描かれている。この意味で、本書は優秀なテクノロジー小説であると同時に、それまで周辺に居た人々に光を当てる、価値観の転換を迫るSF小説でもある。

そして、そこが恐らく、IT起業家を始めとした著名人に「刺さった」ポイントだと私は思う。革新的なビジネスは主流とは別のところで発生する。そのため、挑戦者たちは常に孤独だ。彼らが世界に疑問を感じた時、疑問を持つことを勇気づけ、新しい世界像≒ビジョンを見せてくれる価値を持った作品であった、ということではないかと考えている。

さて、私はSFを「ビジネス」に応用する研究をしている人間である。こうした研究に対しては、SFの愛読者からは喜ばれると同時に、やや警戒されることもある。SFを実用化する、というのは一見、文学の可能性を狭めているようにも見えかねない。当たり前だが、SFはビジネスに役に立つためにあるのではない。そこにだけ価値を置くのは間違いで、SFの可能性は、もっと広い範囲に開かれていると私は考える。

一方で、ビジネスにとってSFが意味を持つことを、必要以上に敵視すべきではないと私は思う。ビジネスとは、つまり社会との接点であり、社会を変えていく界面でもある。そして、革新的で、社会に寄与する良いビジネスとは、目に入っていない人々の様々な価値観に気づき、そこから人々の幸せに寄与していくことで、初めて生まれていくものだと思う。SF小説は、読者の意識下に眠った先入観をひっくり返し、新しい視点からのビジョンを与えてくれる。今回のフェアで選ばれた作品群は、そうした窓口になる作品群である。

とはいえ、SFから価値を得ようと堅苦しく考えないでほしい。起業家たちがSFを楽しむ最大の動機は、やはり「とにかく面白いから!」だ。実際に、『スノウ・クラッシュ』は難しいことを考えず、ただ波に乗って読むだけで、十分に面白い。これを機会とし、どうか、まずはフェアに登場したSF群を楽しんでほしい。

大澤博隆 Hirotaka Osawa
1982年生まれ。筑波大学システム情報系助教・HAI研究室主宰者、日本SF作家クラブ理事、博士(工学、慶應義塾大学)。専門はヒューマンエージェントインタラクションおよび社会的知能。JST RISTEX HITEプログラム「想像力のアップデート:人工知能のデザインフィクション」リーダー。編著に『SFプロトタイピング』、監修に『SF思考』、共著に『人狼知能――だます・見破る・説得する人工知能』『人とロボットの〈間〉をデザインする』『AIと人類は共存できるか?』『信頼を考える――リヴァイアサンから人工知能まで』など。

「世界のリーダーはSFを読んでいる」フェア詳細はこちら↓


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