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コンマリブームを読み解くヒントが本書に! スティーヴン・プール『RE:THINK』訳者あとがき

日本経済新聞2019年2月2日号書評欄で紹介された、『RE:THINK』(スティーヴン・プール、佐藤桂訳、早川書房刊)。じつはいまアメリカで大注目のコンマリ・メソッドに、欧米人としてはいちはやく触れていました。訳者あとがきで本書の内容をご紹介しましょう。

『RE:THINK』訳者あとがき

 イノベーションはすばらしい。スマートフォンが普及し、電気自動車が走り、新奇なものがもてはやされるいまの時代を、著者は革新の時代ではなく「再発見の時代」と呼ぶ。そもそも革新とは何もないところに突然降って湧くものでも、過去の技術や思想を破壊したうえに打ちたてるものでもない。古いアイデアを見なおし、過去の失敗についてもう一度考えなおすこと―― それが本書『RE:THINK(リ・シンク)』の提案だ。何世紀ものあいだ蔑まれ、取りあってもらえなかった着想が、時代の変化とともに復権し、科学技術や政治経済の世界で最先端のものとしてつぎつぎと返り咲いている。アイデアが生まれたのが昔であっても、「正しい」考えなら練りなおされ受けいれられて当然だと思うかもしれないが、本書ではそれが誤りでも、どっちつかずの考えでも、さらには触れることさえ忌まわしい「のけ者」的思想であっても、挽回のチャンスはあることが示されている。
 捨て置かれていたアイデアが、欠けていたピースが発見されたり、現代的な解釈が加えられたり、人々のものの見方が変わったりして、宝の山に姿を変える。電気自動車や電子タバコが、一度は挫折を経験していることはご存知だろうか。病院で医療者の「手洗い」が推奨されていなかった時代があることは? 現在ならどう考えても正しい主張が、当初は主流派の人々によって否定され、蔑まれていた例はいくつもある。また逆に、いまとなっては陳腐化したり、後世の人々には到底受けいれてもらえないであろう考えもある。本書ではそうしたさまざまなアイデアの例を、幅広い分野から彩り豊かに紹介する。
 著者スティーヴン・プールは一九七二年生まれ。ケンブリッジ大学卒のイギリス人ジャーナリストである。《ガーディアン》に政治的な言語についてのコラムを書き、『アンスピーク』(未訳、Unspeak)という本にまとめている。そのほか《ニュー・ステイツマン》や《ウォールストリート・ジャーナル》にコラムや書評を寄稿している。
 
 では、具体的にはどのようなアイデアが取りあげられているのか、一部をご紹介しよう。
 第一部では、鮮やかに復活をとげた古いアイデアの例をあげている。二一世紀のアフガニスタンで、アメリカの特殊部隊が古めかしい騎馬隊として活躍したことは、ドラマチックな物語として映画にもなった。医学では、古代からアーユルヴェーダなどで利用されてきた吸血動物のヒルが、科学的に再評価されて医療用ヒルとして活用がすすんでいる。臨床心理学の世界では、認知行動療法が古代ギリシャのストア主義を採りいれて発展している。
 また、着想が生まれた当時には欠けていたピースが補われることで、実用化されたアイデアもある。電気自動車はバッテリーが大幅に改良されることで大躍進をとげつつある。そうした例はテクノロジーの世界にとどまらない。
 自然科学では、フランスの進化の父と呼ばれながらも不運に見舞われた科学者、ラマルクを取りあげる。存命中は激しく非難されたが、ようやく現代になってエピジェネティクスの登場によりその正しさが見なおされつつある。ラマルクの説は、確かに働いているが、どのように働いているのかがわからない「ブラックボックス」だった。同じく不運だったのは一九世紀の医師、ゼンメルヴァイスである。医療者に手を消毒することを推奨するだけで妊産婦の死亡率をさげた功績がありながら、当時はまったく認められず、悲惨な最期をとげた。いまでは考えられないことだ。
 それから、元のアイデアをべつの用途に転用することで生き返った例もある。古代中国の戦術を記した『孫子』は、ビジネスマンからマフィアやスパイまでさまざまな分野で現代にも活かされている。一七世紀の科学者フランシス・ベーコンの思想はビジネス戦略に応用されている。また、かつては恐ろしいだけのものだった幻覚剤が、うつ病などの治療に活用されるかもしれない。
 さらに、登場が早すぎたアイデアもあげられている。たとえば古代ギリシャのデモクリトスが唱えた「原子論」は、自然の法則に反するからと、二〇世紀にはいるまで長らく受けいれられなかった。
 面白いところでは、近年欧米で昆虫食を採りいれようという動きがあることだ。これも食糧生産の危機を前にして考え方が変化したことにより、よみがえったアイデアと言えよう。
 もうひとつ、時代を先取りしていた例として、初期のコンピューター業界の性差別や狭量さと対決したグレース・ホッパーが登場する。ホッパーがいなければアイフォーンも存在しなかっただろうと著者は言う。
 
 第二部では、言わば本書の主張である「古さは最新の新しさだ」そのものが見なおされ、この主張も行きすぎるととんでもないものになる、というメッセージが述べられる。
 ニュートンは、「巨人の肩の上に立っていた」から、先を見通すことができたということばを残している。革新的なアイデアを「ひらめいた」とみなされがちな偉人も、過去の思索する人々に支えられているのである。しかし著者は、「新しいものはすべて過去にあったものの焼きなおしだ」というのも極端な誤りであり、ニュートンの重力理論は「まったく新しいものだからこそ重要なアイデアとなった」と釘を刺す。ちなみに、マルコム・E・ラインズ著『物理と数学の不思議な関係――遠くて近い二つの「科学」』の翻訳をされた青木薫さんがウェブサイトで指摘しているが、ニュートンのこのことばの出典は定説で言われる一二世紀フランスのシャルトルのベルナールよりはるかに古く、しかもそのメッセージの意味合いも、大元ではかなりちがったものだったらしい。定説とされていることが事実なのかどうか疑ってみる姿勢とソースを確かめることは、アイデアなどを再考するうえでは重要になるだろう。
 また、どう考えても誤りなのに、復活をくり返すアイデアについても取りあげる。世界じゅうで流行した『人生がときめく片づけの魔法』のメソッドは、古い汎心論に通じるところがある。そして、著者が「ゾンビのアイデア」と呼ぶ地球平面説や経済学の古典的な理論、またアイデアを評価する「市場」についても考察する。
 さらに、「必要欠くべからざるまちがい」として、将来の科学の足がかりとして役に立つかもしれない仮説についても触れる。ありそうもない考えをありえないものとして再考すらしないことはまちがっている。
 アイデアが持つプラシーボ効果についても述べる。人間の心は考え方やものごとの受けとめ方しだいで変わる。むしろ先に行動することが、心を変えることもあるという。アイデアを受けいれる基準は、それが真実かどうかではなく、役に立つかどうかなのだと著者は主張している。
 
 第三部では、未来を視野にいれた立場から、過去に物議を醸した考えの再評価について取りあげる。
 近年では、すべての人に一定の金額を配るベーシック・インカムや、政治家を抽選により選出しようという考えが注目されている。そのようなユートピア的と思われるアイデアも、現実に再考されつつある。
 また、考えそのものの善悪は決まっているのではなく、社会背景やその使われ方によって左右される。優生学やデザイナーベビー、子どもを持つ自由などが、「のけ者」とされたアイデアとして例にあげられている。
 善悪を含め、アイデアに対する評価はつねに変化する。そこで採りいれたいのは、古代ギリシャのピュロンが提唱した懐疑論における「エポケー(判断の保留)」という態度だ。判断材料が出揃わないうちに決めつけたり、認知のバイアスにとらわれたりするのを防ぐことができ、現代のスパイ技術などにも用いられている考えだ。もっと身近なところでは、たとえばジャーナリストの池上彰さんは、現在の経済社会について「結論を出さない」ことの重要性を語っている(東洋経済オンライン〈池上彰×丸山俊一「資本主義の闇」対談〉)。問いに対して考えることが大切であり、「結論は出さなくていい」という結論は、本書にも通じるものがある。
 そして、現実がフィクションのアイデアにようやく追いつこうとしている分野もある。彗星探査機やスペースXに代表される宇宙開発だ。スペースシャトルの引退後、いったんは冷めつつあった巷の宇宙熱も、徐々に復活しつつある。
 
 このように、アイデアには時宜がある――著者は、時代に応じて評価は変わるものだと言っている。過去の偉大な知恵を再考し、活かしていくことは、考える人間であるわたしたちに課せられた義務と言っていい。
 古代から綿々とつづく思索の歴史を、空飛ぶ絨毯に乗って高みから眺めるように俯瞰すれば、思いもよらない共通点なりパターンなりが見えてくる。しかも、そこには数々の魅力的なストーリーがあった。読者のみなさまには、そんな空飛ぶ絨毯として本書を楽しんでいただければと思う。どうか愉快な旅を。

RE:THINK――答えは過去にある』(スティーヴン・プール、佐藤桂訳、本体価格2200円)は、早川書房より好評発売中です。

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