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『嘘つき村長はわれらの味方』(クリスティーヌ・サイモン/金井真弓訳)12月21日発売!「訳者あとがき」特別公開

早川書房では、12月21日にイタリア系アメリカ人クリスティーヌ・サイモンのデビュー作『噓つき村長はわれらの味方』(原題 The Patron Saint of Second Chances)を刊行します。年末年始のお休みに、読んでいてくすっと笑えるほっこり小説の魅力を、訳者の金井真弓さんに存分に語っていただいた「訳者あとがき」を公開いたします。

(帯付き書影。画像をクリックするとAmazonのページにとびます)
装幀:岡本歌織(next door design)
装画:中島ミドリ

あらすじ

 クリスティーヌ・サイモン『嘘つき村長はわれらの味方』(原題:The P atron Saint of Second Chances)をお届けします。小さなコミュニティに起こった事件やさまざまな人間模様をお楽しみいただけたでしょうか。

 本書の舞台となるのは人口が二百十二人のイタリアの小さな村、プロメット。映画館のような娯楽施設など何もなく、店と言えば狭い広場に並んだ数軒だけという、このささやかな共同体で人々は平和に暮らしてきました。ところがある日、村の存続を揺るがすような事態が発生します。長年の使用で劣化した配管をすべて修理しなければ、村への水の供給が打ち切られることになったのです。七万ユーロ(二〇二二年十一月現在、日本円で一千万円ほど)という修理費用は、今のプロメット村にとって払える額ではありません。住民たちの経済事情は思わしくなく、税金を滞納している人も大勢いるため、村の金庫にはお金がないのです。しかも、何の産業も資源もないので、村は支払費用のローンを受けることもできないと、村長のスぺランツァは配管検査官から告げられます。六十日後までに七万ユーロ全額を用意できなければ、水道はすべて止まり、全住民が村を出ていくしかなくなります。スぺランツァはその事実を住民たちになかなか告げられません。ただでさえ、ふさぎがちなシングルマザーの娘のことや、九十三歳で一人暮らしをしているフランコ叔父のことに悩んでいたスぺランツァは、短期間に多額の金を調達しなければならないという難問に頭を抱えます。
 そんなとき、プロメットと同じように活気がなかった村、オリヴェートに住んでいた友人を訪ねたスぺランツァは村の変貌ぶりに驚愕します。オリヴェートには観光客があふれ、なんとマクドナルドまでできているではありませんか! 友人のアルベルトは景気よくアルファロメオなんかを乗り回しています。いったいこれはどういうことなんだ? いぶかるスぺランツァにアルベルトは、オリヴェートにある家をスターのジョージ・クルーニーが購入するらしいという話が雑誌に載ったのだと告げます。どうやらその話が広まって観光客がやってきたらしいのです。ジョージ・クルーニーが本当に来るかどうかはさておき、アルベルトの村が栄えていることは間違いありません。プロメットにも有名人が来てくれれば、経済が活気づき、住民が税金を払えるようになって、配管修理の費用も捻出できるだろうに。村で唯一の金持ちである肉屋のマエストロにも寄付を断られ、万策尽きたスぺランツァは映画スターがプロメットに来ることを妄想します。そう、たとえば若い女性に大人気である、タンクトップ姿が売りのセクシーな俳優、ダンテ・リナルディとか。そしてスぺランツァは思わず……。

 二カ月ほどというタイムリミットで、大金を用意しなければならなくなった村の村長であるスペランツァの奮闘ぶりが、個性的な脇役たちとともにユーモラスかつ温かなまなざしで書かれた作品です。「謝辞」にもありますが、著者はコロナのロックダウンと初期の隔離期間中の四十三日間にこの本を書いたのだとか。肖像権侵害の問題はないの? そんなことをしてバレないはずがあるのか? などと、いろいろとツッコミを入れたくなりながらも、この先はどうなるのかとハラハラドキドキしながら物語の世界にのめり込んでしまうのではないでしょうか。
 ちょっと昔気質で時代の進歩に乗り遅れていながらも、愛すべきおじさんであるスペランツァをはじめ、とがった鼻が特徴的なスミルツォや、いかにも怖そうなマエストロといった、ユニークな人々が登場します。さらに、人間だけでなく、犬たちにもご注目。ポメラニアンの老犬であるバンボリーナやミニチュア・シュナウザーの仔犬のノンノ・グイドは、この物語の重要なキャラクターなのです。個性的な犬たちの活躍ぶり(?)には思わず笑いを誘われてしまうでしょう。年老いてお姫様さながらの扱いを受けているバンボリーナの描写には、愛犬家ならうなずけるところがありそうです。

 ここで、本書の原題にもあり、スペランツァが何度も調べたり祈りを捧げたりしている「patron saint(守護聖人)」について少しご紹介しましょう。『広辞苑 第七版』(岩波書店)によれば、守護聖人とは「キリスト教で、個人・教会・都市・国などをそれぞれ保護するとして崇敬される聖人」ということです。守護聖人にはそれぞれ祝日が決まっていて、三百六十五日(閏年ならば三百六十六日)のいずれかの日に割り振られています。聖人カレンダーというものもあり、自分の誕生日がどの聖人の祝日に当たっているかが調べられるそうです。また、各守護聖人には担当する守護分野があり、その守護分野に属する職業や身分の人を守ってくれるのです。そんなわけで、スペランツァは『コンペンディアム』でいろいろと聖人を調べているのですね。ちなみに、「謝辞」で紹介されているように、この『コンペンディアム』のモデルとなった本は実在します。著者はPablo Ricardo Quintana で、二〇二二年十一月現在、ペーパーバック版も、Amazon の電子書籍版も購入できるようです。どんな聖人が、どの職業を守っているのかを調べてみるのもおもしろいかもしれません。

 この本は著者のクリスティーヌ・サイモンのデビュー作になります。Authorlink® のインタビューによると、クリスティーヌは「まじめな」物語を書こうとして長い間苦労していたけれども、自分が愛するのは「コメディ」だと気づいて、この本を書いたそうです。好きな作家はルーシー・モード・モンゴメリーとアレグザンダー・マコール・スミスだと語るクリスティーヌ。現在は夫と四人の子どもとの暮らしを楽しみながら、おもしろくて心温まる作品に取り組んでいるそうです。クリスティーヌらしいハートウォーミングな世界がまた書物となってみなさまの前に現れることでしょう。それを楽しみに待ちたいと思います。

 二〇二二年十一月

あらすじ

プロメット村の自称村長スペランツァは困っていた。

七万ユーロを用意して水道管を直さないと、村の水道が止まってしまうというのだ。だがこの村にはそんなお金はない。

金策に走るため、映画スター、ダンテ・リナルディがプロメット村で映画の撮影を始めるという噂を広めてしまう。ちょっとした小さな噓だったはずが、村のみんなは勝手に乗り気に。そしてついに村長は本当に映画を村で撮影する羽目に――。

監督も素人。俳優も素人。機材はおんぼろ。

みんなの愛され村長が村のためについた小さな噓が、今、村に奇跡を起こす。

🄫 Juliet Simon

著者紹介
クリスティーヌ・サイモンはとても人数が多くてとてもやかましい
イタリア系の家庭で育った。数えきれないほどのきょうだいやいとこたちの間で大きな節目として考えられていたのは、おばあちゃんの4フィート10インチ(145センチメートルくらい)という堂々たる身長を超えることだった。クリスティーヌはやっぱりとんでもなくやかましい夫と四人の子どもたちと暮らしている。クリスティーヌにとって人生の最高の業績は編み物パターンを読む方法を学んだことと、その他の点ではお行儀の悪い飼い犬のミニチュア・シュナウザーに、外に出たいときはベルを鳴らすように教え込んだことだ。