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「世界で最も価値ある」企業・GEはなぜ凋落したのか?『ジャック・ウェルチ 「20世紀最高の経営者」の虚栄』序章特別公開

20年間にわたり、ゼネラル・エレクトリック(GE)の会長兼CEOを務めたジャック・ウェルチと、その経営手法「ウェルチズム」の闇に迫った衝撃作『ジャック・ウェルチ 「20世紀最高の経営者」の虚栄』(デイヴィッド・ゲレス著、渡部典子訳)が本日発売しました。刊行を記念し、今回の記事では本書の序章の一部を特別公開いたします。

かつては国内外で模範的かつ理想の経営者として称揚されていたジャック・ウェルチ。しかし、彼がGEと世界経済に与えた影響は、はたしてよいものばかりだったのでしょうか。本書では、その真実の一端が明かされます。

『ジャック・ウェルチ 「20世紀最高の経営者」の虚栄』 デイヴィッド・ゲレス:著渡部典子:訳早川書房2024年5月22日発売2750円(税込)
『ジャック・ウェルチ 「20世紀最高の経営者」の虚栄』
デイヴィッド・ゲレス:著
渡部典子:訳
早川書房
2024年5月22日発売
2750円(税込)

1981年から2001年までの、私たちが今日暮らしている世界を形作った20年間、ゼネラル・エレクトリック(GE)の会長兼CEOを務めたジャック・ウェルチはアメリカの資本主義において絶大な影響力を振るった。全盛期にはアメリカ最強企業のトップとして、また、ビジョナリーとしてもてはやされた。彼はグローバル化の有望性を見出し、世界の舞台で戦えるようGEを素早く作り変えた。隅々まで見通すことができ、GEをメディアや金融業界に参入させたのもまさにこの時期だ。何よりも、株式市場の力を理解し、GEの大きさと複雑さを活かして、同社株を保有する幸運な人々に報酬をもたらした。ウェルチが叩き出した財務的な業績は文句なしに素晴らしい。在任中にGEの株価は年に約21%上昇し、歴史的な強気相場の間でさえS&P500をはるかに凌駕した。着任時点で140億ドルだったGEの企業価値は、20年後に6000億ドルに達し、「世界で最も価値ある」(時価総額の高い)企業となったのだ。

こうしたすべての物質的な成功によって、暗黒の真実は覆い隠された。ウェルチは、私たちに思い込ませたかったような、健全なビジネス判断力と善良な人格を持つ愛国的なスチュワード(財産管理人)ではない。商売とゴルフのうまい辣腕経営者でもない。むしろ、権力とお金に貪欲で、ほかのことはすべて犠牲にしてでも利益の最大化に専念する思想的な革命家だ。彼がGEで断行した変革は、トーマス・エジソンが創業した会社を、高品質なエンジニアリングと立派な商慣行で知られる賞賛すべき製造業の大企業から、従業員をろくに顧みず、短期的利益に溺れる、無秩序に広がった多国籍コングロマリット(複合企業)へと変貌させた。私たちは皆その尻馬に乗ったのだ。

ウェルチ着任前の50年間、企業、従業員、政府は比較的調和のとれた均衡による恩恵を享受していた。ほとんどの企業はまっとうな賃金を支払い、従業員は自分の時間を差し出し、ほとんどの人が納税し、規制は必要な保護措置と受け止められ、政府は教育やインフラなどに資金を使ってきた。当然ながら、完璧ではないし公平さに欠けるところもあったが、20世紀の大半はそうした均衡がうまくとれており、多様で盛況な経済と豊かな中産階級が生まれた。

1970年代に入ると、この確立された秩序が攻撃の的となった。ミルトン・フリードマンをはじめとする経済学者は企業のパーパス(存在意義)と社会における役割を再考し、経済秩序を逆転させる哲学的基盤を整備した。彼らの見解では、企業はいかなる犠牲を払ってでも株主のために利益を最大化すべきで、市場は自由であるべきだ。また、政府はその邪魔をすべきではなく、残りの社会は放っていても何とかなる。当初、戦後の均衡状態はうまく保たれているように見えていたので、こうした見解は異端とされ、支持されなかった。実際に、自由放任市場と利益最優先の世界という夢は極端すぎて、10年間はほぼ理論上の話に留まっていた。政策文書、学術論文、スピーチで言及されたり、主要な支持者が権力の座に就いたりすることもあったが、一九八一年までこの哲学を本当に活用した人は誰もいなかった──ウェルチが始めるまでは。

ウェルチがCEOに就任した時、多少の混乱は避けられなかった。どのCEOも自社に爪痕を残したいと思うものだ。また、世の中は急速に変化しており、誰がトップになろうと、GEは対応を迫られていた。アメリカ企業は自己満足に浸ってきたが、海外勢との競争が増え、技術がプラスチックから銀行まで何もかもを一変させた。こうした課題に対処するため、戦後の典型的な慈悲深い雇用主だったGEを明確に新しい方向へ引っ張っていこうとウェルチは決意した。右派の経済革命家が提唱する戦略を導入し、独自の欲得ずくのひねりを効かせながらGEを内部から改造していったのだ。

この聖戦に主に用いられたのが、ダウンサイジング、事業売買(ディールメイキング)、金融化という三種の神器だ。このうちウェルチを最も有名にしたのが、ダウンサイジングだろう。彼はCEOに就任するとすぐに、一連の大規模なレイオフ(一時解雇)に踏み切り、アメリカの労働者階級に揺さぶりをかけたのだ。それまでは、ひとたびGEのような会社に就職すれば、引退するまで勤め上げることができるのが長らく通例となっていた。ところが、ウェルチからすればこれは神への冒涜にほかならない。会社が従業員に忠実であるべきだという考えは笑止千万だ。GEには昨日の賃金以上のものを支払う義務があるとする労働者の信念を正そうと、聖戦に乗り出した。頭数が少なくなれば、それだけでも望ましいゴールだという確信を持って、何千人もの従業員を解雇した。つまるところ、従業員数をスリム化すれば、人件費は低下する。その結果、利益が捻出され、株価が上昇すると考えたのだ。この新しい労使の取引関係を成文化するために、俗に「ランク・アンド・ヤンク」といわれる新方針を打ち出した。管理職が従業員を毎年評価してランク付けし、下位10%に入った人を辞めさせる制度だ。

公然と解雇できないときには、雇用主が負う使用者責任を免れる別の手を考案した。オフショアリングを提唱し、何千もの労働組合員の仕事をメキシコなど人件費の安い海外に委託したのである。ウェルチはアウトソーシングを大歓迎し、経理や印刷などバックオフィス機能を他社に移した。ここからつけられたあだ名が「ニュートロン・ジャック」だ。中性子爆弾ニュートロン・ボムを用いると、建物は無傷のまま人間だけが殺害される。ウェルチが好んだダウンサイジングは社内で「アンチ愛社精神キャンペーン」と呼ばれ、GEを根本的に変えてしまった。GEはもはや模範的な雇用主ではなく、技術者が何世代にもわたって活躍できる企業でもない。長く勤めた社員でさえ、引退間際にいきなりクビを切られかねない場所と化していた。一番大切なのは従業員の質よりも、利益の多さだとする企業になり下がったのだ。

ウェルチがGEを世界で最も価値ある企業にするために使った第二の武器は事業売買だ。強引なM&A(合併・買収)を通じて、GEを誇り高き国産メーカーから、キャッシュが湧き出す非関連事業の集合体へと変貌させた。M&Aブームが起こり、GEだけでなくメディアから金融までさまざまな業界で集中度が高まり、競争が減った。彼の在任中に、GEは1000件近い買収を行ない、約1300億ドルを費やすと同時に、408事業を約106億ドルで売却した。それ以前にこれほど迅速かつ大量にディールを行なった企業はない。しかも、最大のディールは祖業から遠ざかるものだった。こうした事業売買は往々にして大失敗に終わった。時には、買収した企業をすぐにバラバラにして売り払うこともあった。しかし、たとえ結果が最適とはいえなかったにせよ、事業売買はウェルチの壮大な目標にそれなりに貢献した。ウェルチは、GEが手掛ける全事業を各カテゴリーで1位か2位にしたいと考えており、それが達成できなければ切り捨てた。曰く「再建か、閉鎖か、売却」だ。GEのアイデンティティの中心とみなされた事業さえも売却し、たとえそれがGEのレガシー(遺産)である製造業とは無関係でも、彼の見立てで最も収益性の高いと思われる事業のみを残した。絶え間ない買収で競合他社を排除して業界を統合し、市場シェアを獲得し、無際限にGEを拡大させていった。

ウェルチが使いこなした第三の黒魔術は金融化だ。彼の着任時点のGEは製造業だったが、引退する頃には利益の多くがGEキャピタルから生み出され、基本的に規制を受けない巨大銀行になっていた。ウェルチ時代に、GEは種々雑多なリスクの高い債券、保険商品、クレジットカード事業に参入した。金融事業部が同社の重心となり、最終的に売上の40%、利益の60%を占めるまでになった。ウェルチには、高品質の製品を生産するよりも、金融マジックで稼ぐほうが簡単で安上がりに見えたのだろう。大量の資金が金融部門に行き渡ると、それを巧みに使って、国際的に広がった子会社ネットワークの至る所で資金移動を行ない、あらゆる手段を講じて、約80四半期連続でアナリスト予測を達成もしくは上回るという前代未聞の離れ業をやってのけた。利益目標の達成には怪しげな会計手法が用いられた。ブラックボックス化された財務モデルや限定的な情報開示により、一般の人々にはGEの内情がほとんどわからなかった。それでも、四半期が来るたびに利益が湧き出てきて、ウェルチはそれを使って自社株買いや配当金で株主に大いに報いた。

ウェルチにとって、ダウンサイジング、事業売買、金融化という三つの戦術はいずれも同じ目的にかなうもので、投資家を富ませることへの飽くなき探求に役立った。それが意味することが何十万人分の雇用削減であろうと関係ない。買収後にバラバラに売却されたとしても、仕方のないことだ。会計のルールをおざなりにしたからといって、どんな弊害があるのか。ウェルチは確かにお金に執着を持ち、GEをなるべく収益性の高い企業にしたいと思っていた。しかし、彼を突き動かしたものを単なる貪欲さでまとめてしまうのは不十分だ。彼には世界一の野心と、我がGEを長きにわたって続く企業にしようという意欲があった。GEを史上最大の利益創出企業にするスキル、手段、神から授かった権利が自分にあると信じ、自分を疑う者、邪魔する者、財務的栄光をひたむきに追求することに貢献できない者に対して極度の偏見を抱いた。また、フリードマンが提唱した株主至上主義の体現者であり、20年間で行なったことはほぼすべて成功した。GEは地球上で最も価値ある企業になり、GEの株主に惜しみなく富が注がれ、自身も史上最高のCEOとして尊敬されるようになった。

その過程で、ウェルチはCEOの役割を人材管理者から人気スターに近い存在に昇華させた。脚光を浴びることを求め、自己宣伝の技を習得していったのだ。経済メディアはウェルチを敬愛し、その眼光鋭い顔が雑誌の表紙を飾り、GEでの一挙手一投足が報じられた。ビジネススクールでは、ウェルチは予言者のように扱われ、その戦略はケーススタディやカリキュラムの題材となった。ウォール街のアナリストは、四半期ごとに数字を叩き出す、彼の魔法のような能力に驚嘆した。ウェルチは起業したわけでも、画期的な新製品を発明したわけでもないが、最初に数百万ドルを獲得すると、次に数千万ドル、さらに数億ドルを稼ぎ出した。こうして彼の純資産はついに10億ドル近くに達し、アメリカの長者番付「フォーブス400」に名を連ねるようになった。引退後もトランプ・インターナショナル・ホテル&タワーの家賃、ミシュランの星付きレストランでの食事代、プロ・バスケットボールのニューヨーク・ニックス戦のVIP席代などは、GEが支払っていた。ウェルチは、アメリカのアルファ男性的な資本主義の象徴であり、勝利の証を手にしたピンストライプ・スーツ姿のコンキスタドール(征服者)だった。ウェルチの功績はド派手で、個人資産が巨額にのぼることから、他の経営幹部がつい真似したくなるのも無理はない。その経歴の最後を飾る言葉は、フォーチュン誌が名付けた「20世紀最高の経営者」だった。

長きにわたってこれほどの成功を収めたことにより、ウェルチは経済的な権力の回廊で類い稀な影響力を持つようになった。ほとんどのCEOは数年ほど脚光を浴びた後は引退するか、脇に追いやられていくものだが、ウェルチが表舞台から消えることは決してなかった。彼がGEのトップとして君臨した30年の間に、アメリカ大統領は四人交代した。レーガン政権時の不況から始まり、その後、クリントン時代のグローバル化とドットコムバブル崩壊を経て、2001年9月11日の同時多発テロの数日前に退いた。ウェルチは最初のセレブCEOとなった。大統領と一緒にゴルフに行き、映画スターと交流し、恋愛模様はタブロイド紙のネタとなった。顕示的消費が流行した時期には、その巨額の報酬パッケージが美化された。その大成功ぶりに触発されて無数の模倣者が生まれ、あらゆる世代の経営者が彼のテクニック、成長戦略、価値観を見習おうとした。誰も気づかないうちに、ウェルチは企業における成功の尺度を再定義し、ある世代の大物経営者の基準を打ち立てていたのだ。

しかし、ウェルチはGEを地球上で最も価値ある会社にする一方で、その戦略は自分が心から愛したものを最終的に破壊した。ウェルチが退いて程なく、GEは衰退のスパイラルをたどったが、それはウェルチの短期的な意思決定が招いたものだ。退任後数カ月もしないうちにGEには深刻な問題があることが明らかになり、ほんの数年で崩壊していった。後任として抜擢されたCEOはウェルチの成功を再現すべく彼のプレイブックに従おうとしたが、それは勝ち目のない負け戦だった。研究開発への投資が不十分だったことから革新的な新製品の導入がままならず、GEは苦境に陥った。飽くなきディールという慣行は一連の取引失敗につながり、最も損失を出したくなかった時期に赤字部門を抱え込んでしまったのだ。金融事業部では絶えず成長を追い求めていたので、GEは2008年の金融危機とタイミングを合わせるかのように、大量のサブプライムローンを保有することとなった。最悪の状況の中でGEは破綻を回避するために、オバマ政権から1390億ドルの公的資金による救済と、土壇場におけるウォーレン・バフェットの投資を必要としたほどだ。GEの株価はウェルチ退任後の数年間で80%下落し、ダウ平均の構成銘柄中で最下位のパフォーマンスとなった。2021年に、経営陣はついにGE解体計画を発表した。残された三事業を分社化し、それを最後に世界征服というウェルチの野望を捨て去ったのである。


本書ではこのあと、ジャック・ウェルチが駆使した“黒魔術”にもとづく経営手法「ウェルチズム」の功罪が余すところなく語られます。 是非ご一読ください!


◆書籍概要