中国の異世界チートから、『逆裁』を遊ぶ始皇帝まで!?――大森望氏による『月の光』レビュウ再録
好評をいただいておりますケン・リュウ編による『月の光 現代中国SFアンソロジー』。その表題作でもある劉慈欣「月の光」訳者である大森望氏の本書書評が、25日発売のミステリマガジン5月号に掲載されました。ここではその書評を再録します。(編集部)
いまもっとも注目される現代中国SFの最新状況を
一望できるアンソロジー
大森 望
2年前に邦訳されたケン・リュウ編訳の現代中国SFアンソロジー『折りたたみ北京』は、予想を上回るヒットを記録し、「ベストSF2018」海外篇1位を獲得。劉慈欣『三体』の邦訳で翌年大爆発する中国SFブームの先触れとなった。
『月の光』は、同じケン・リュウが編纂・英訳(2篇のみカルメン・イーリン・ヤンと共訳)した現代中国SFアンソロジー第二弾(英訳からの邦訳)。2010年代に発表された短篇を中心に、14人の作家による16篇を収録する。
劉慈欣(リウ・ツーシン)「月の光」は、気候変動による文明崩壊を食い止めるべく、未来の自分から連絡が来るという、たいへん古典的な(寓話的・風刺的な)歴史改変もの。舞台は現代の上海だが、主人公の名前さえ与えられず、改変の過程もまったく描かれないので、思考実験の色合いが強い。地球温暖化防止を訴える環境SFか……と思って読んでいると、思いがけない展開を経て皮肉すぎるオチがつく。
この「月の光」をはじめ、時間テーマの作品が多いのが今回の特徴。
その中でエンタメSFとしてもっとも面白いのは、張冉「晋陽の雪」(ジャン・ラン)。中国では、日本の〝異世界転生チート〟のタイムスリップ版みたいな〝穿越〟小説が大流行してたんだそうで、その形式をメタ的に借用しつつ、十世紀末に起きた晋陽包囲戦の六末をスリリングに描く。時間旅行者(作中では王爺と呼ばれる)がオタク的知識と弁舌だけを使ってくりだす新兵器や怪戦術が楽しい。
同じ時間SFでも、宝樹(バオシュー)「金色昔日」は、歴史的な出来事が逆向きに進行する現代史(北京オリンピック→SARS禍→イラク戦争→鄧小平→ソ連誕生→天安門事件……)を背景に、主人公の生涯と純愛を描く。
馬伯庸(マー・ボーヨン)「始皇帝の休日」は、「統一国家の成就を機に、朕はこれより休暇をとってゲーム三昧となる」と宣言した始皇帝が、『シヴィライゼーション』だの『タワーディフェンス』だの『コール・オブ・デューティ』だの『牧場物語』だの『逆転裁判』を遊びまくるという改変歴史(?)ゲームSF。孔子の九代目の子孫が、「このゲームは周代のもので、現在、復刻版を出せるのは儒家のみです」と『ザ・シムズ』をプレゼンするとか、爆笑ネタ多数。野﨑まど/三方行成を思わせるギャグセンスで、中国SFのイメージを塗り替えてくれる。
ほかにも、アメリカが北朝鮮に占領された時間線でサリンジャーがひどい目に遭う韓松(ハン・ソン)の小品「サリンジャーと朝鮮人」とか、『銀河ヒッチハイク・ガイド』パロディ風(マーヴィンが登場する)の吴霜(アンナ・ウー)「宇宙の果てのレストラン──臘八粥」とか、コミカルな作品が多いのも特徴か。
シリアス系では、巻頭に置かれた夏笳(シアジア)「おやすみなさい、メランコリー」がすばらしい。アラン・チューリングの晩年を題材に、ロボット技術と人間の心の問題を重ね合わせ、読者の胸を打つ。
その他、糖匪(タンフェイ)、郝景芳(ハオ・ジンファン)、飛氘(フェイダオ)、王侃瑜(レジーナ・カンユー・ワン)、陳楸帆(チェン・チウファン)の短篇と、王侃瑜、宋明煒(ソン・ミンウェイ)、飛氘のエッセイを収録。前作同様、ケン・リュウの序文と著者紹介、立原透耶の巻末解説がつく。いまもっとも注目される現代中国SFの最新状況を一望できるアンソロジーだ。
『月の光 現代中国SFアンソロジー』
劉慈欣・他=著、大森望・中原尚哉・他=訳
装画:牧野千穂 装幀:川名潤
新☆ハヤカワ・SF・シリーズ
本書評が掲載されているミステリマガジン5月号では、《ハヤカワ・ジュニア・ミステリ》の創刊を大特集。創刊第一弾である『名探偵ポアロ オリエント急行の殺人』、『そして誰もいなくなった』のご紹介ほか、8月刊行予定のM・G・レナード&サム・セッジマン『列車探偵ハル:王室列車の宝石どろぼうを追え!』の冒頭も掲載しています。