皆川博子インタビュー記念、ミステリ傑作集『夜のアポロン』全収録作紹介
現代最高の物語の紡ぎ手、皆川博子さんによる、書籍未収録の傑作ミステリを選りすぐった、濃厚な悪意の闇の中に“刹那の生”と“魅惑の謎”がきらめくミステリ短篇集『夜のアポロン』(日下三蔵編/早川書房)。
その皆川博子さんのインタヴューが、朝日新聞デジタル「好書好日」の人気コーナー、〈朝宮運河のホラーワールド渉猟〉に掲載されました。
インタビュアの朝宮運河さんが短篇ひとつひとつに対して丁寧に訊いてくださり、それに皆川さんが真摯に答えられた、貴重な記録になっています。
『夜のアポロン』は、インタビューにもあるように「驚異的なクオリティ」で、1篇1篇が宝石のごとき、素晴らしい出来栄えの短篇が集まった、捨てるとこなし、傑作しかない完全オリジナルの416ページです。
そこでこの機会に、収録作1篇1篇の内容を、ごく簡単にですが、ご紹介します。
「夜のアポロン」
避暑地の恋に溺れるサーカス団の美青年と彼に片想いする踊り子を待ち受ける運命の行方を、青春の残酷なまでの煌きとサーカスの妖しい昂揚と共に描きます。どこを切っても名言メーカーで、たとえば「あたしたちがお目にかけるのは、つかの間、命を賭けて燃えあがり、燃えつきて死ぬ、華麗な生きざまです」など。
「兎狩り」
ニュータウンのマンモス団地を舞台に、大人になりきれず堕ちていく中年男ふたりを描いた恐るべきノワール。学生時代に起きた下級生のプール変死事件の疑惑は、男たちが再会したことで、残虐な遊戯の萌芽となる。アメリカの郊外小説のもつ巨大な空虚さのような味わいがある1篇です。
「冬虫夏草」
かつて疎開地の女学校で出会った男受けのいい志麻子としっかり者の悠子が、疎開先の地元民と疎開した人々の間で対立が激しくなる中、同じソカイっ子として友情という悪意と執着の華をはぐくむ、感情の粘度の高い〈百合〉サスペンス。疎開エピソードは皆川さんの実体験も含まれるとのこと。
「沼」
半身もの。二卵性だったが母の胎内で生まれる前に死んでしまったという〈弟〉。母との確執で家を出て以来、侑子の体内には〈弟〉が住みついた。だが、母の葬儀をきっかけに、侑子に運命の出会いが……! 母娘もので、強烈な恋愛小説でもある。狂気に狂気を乗算したようなテイストが凄まじい。
「致死量の夢」
〈監獄〉と住人達が綽名するボロ公団で展開する騒音苦情騒動の顚末。身も世なく男の名を叫びつづける女の真実を、団地妻たちの悪意たっぷりのおしゃべりを挟みつつ、好奇心に駆られた秘書学校女教師が追う先にあるのは、恐るべき地獄絵図だった!
「雪の下の殺意」
肉女子サイコサスペンス。雪の町で小さなスナックを営む夫妻と、いつのまに妻が仕入れて来る肉塊。7年前、雪上カーニバルの最中に、町の女が死んだ。雪の下に埋められた秘密とは? 関係ありませんが、姉妹篇の幻想小説集『夜のリフレーン』と『夜のアポロン』の打ち上げは肉パです。
「死化粧」
明治人情推理譚。湯屋に忘れられた血のついた手拭いから、戯作者の筒井筒助が、役者の娘が変死した事件を絵ときする! まるで歌舞伎の舞台を観ているような、町人たちの丁丁発止のやりとりは、声に出して読みたくなること必至。17歳の書生・真楯のワトソンぶりも可愛い。明るい話ですよ!
「ガラス玉遊戯」
不倫男女がそれぞれに死の淵を見つめる話。芝居のような家庭生活を送る主婦と映画の撮れない監督は、なぜ、どのように〈死〉を想うのか。まるでフランス映画のような陰鬱でおしゃれな1篇。作中のガラス玉のエピソードは、和泉聖司さんとの雑談で皆川さんが聴いたものからとのこと。
「魔笛」
非行少女更生施設で密かにたくらまれる計画を描いた、〈恐るべき子どもたち〉ものとでもいうべき作品。抑圧された少女たちの間で囁かれる〈笛吹き男〉の伝説が、体育祭のボンファイヤの狂騒の背後で姿を現わす。長篇『聖女の島』好きにはたまらない1篇かと思います。丸尾末広さんの引用あり!
「サマー・キャンプ」
冒頭の謎めいた場面が、ラストカットに見事に繋がる、構成の美しさが光るサスペンス。十代前半の少女たちを集めたキャンプに指導員として参加した奈津子は、旅先での誘惑に身をゆだねた結果、ある一つの真相に辿り着く……。
「アニマル・パーティ」
愛と創作のタブーに切り込む意欲作。金になる写真が撮れると言われてカメラマンの男が紹介されたのは、飼い犬と戯れるモデル崩れの女と実生活で夫を刺したシナリオライターの女。やがて二人が出会ったとき、想像を超えた事態が起こる。そのときカメラは何を撮るのか。渋澤龍彦さん好きはぜひ。
「CF(コマーシャル・フィルム)の女」
トラベルミステリ。昔バリ島で一時の関係を楽しんだ女は、時を経てコマーシャルにも出る人気トラベルライターになっていた。だが、喜多方へ向かうグリーン車で再会した男を、女は何故か知らないふりをする……。男の旅のお伴はポケミス でした。クズだけど好感度アップ↑
「はっぴい・えんど」
ラスト4行に痺れる最後の一撃もの。バレエ教室を営む女の人生は決して平坦ではなかった。バレリーナとして嘱望されるも海外との実力差に絶望し、死産・離婚を経てフラメンコ教師と激しい恋に落ち、渡西したが……。このバレリーナにはモデルがいて、皆川短篇で何度か登場します。
「ほたる式部秘抄」
3つの暗号を擁する安楽椅子探偵もの。鞍馬山で変死した〈式部さん〉と呼ばれた女は、死の直前に謎の数字を友人に残していた。取材で訪れた新進ミステリ作家が暗号を解くと……作家の主人公が素敵で、「一作しか書いてないからプロじゃなくてフロだよ、お風呂入ろう」と軽口を叩いたり。如何にも皆川さんを彷彿させる機転。
「閉ざされた庭」
早世した父親の三十三回忌で久しぶりに集まった四兄弟姉妹の会話から、少しずつ明かされる兄たちの秘密と、末の妹の密かな護りの空間の思い出、そして消えた妹の幼い娘の謎を描く。孤独な少女はその時、何を見ていたのか? 刀剣女子と古いミシンが愛しく、子供の頃を思い出します。
「塩の娘」
東野圭吾さんや小森健太朗さんなど実在の作家名などが登場する稚気に飛んだ密室の怪。「ミステリ界隈だけがわかる注ですね^_^」とは皆川さんの言葉です。冒頭にちらばる〈註〉にご注目いただくとともに、入口から土間から便所まで本の山で暮らす変死した〈書評家K〉の正体に想いを馳せましょう!インタビューでは、答えに触れていますね。
全16篇ご紹介でした!
あと、皆川博子さんによる「あとがき」には、日下三蔵さんのお骨折りへの感謝と当時の思い出がちょっと、日下さんによる「編者あとがき」には、『夜のアポロン』の姉妹篇とも言うべき、昨年、KADOKAWAさんから発売の幻想短篇集『夜のリフレーン』と合わせた本作編纂の経緯が紹介されています。
『夜のアポロン』の装幀は、デザインが柳川貴代さん、イラストが佳嶋さんという、皆川さんを支えるいつメンです。「夜のアポロン」の冒頭は、“夜になると、太陽は輝くのです”と始まりますが、その太陽が、カバー表2の袖に! そっとめくってご確認ください。作品全体を、我々読者を照らします。
『夜のリフレーン』と『夜のアポロン』を並べた様子を見て皆川博子さんから「夜&夜、の黒と白、並べると、ほんと素敵ですね! 別れ別れの姉妹、ひとりはサーカスに売られてたんだ」とコメントが! はい、こちらサーカスに売られていた方のアポロンです-☆詳しくは上記内容紹介で↑
この機会に、ぜひ手にとっていただければ嬉しいです。