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SFM特集:コロナ禍のいま① 上田早夕里「川端裕人・著『エピデミック』に寄せて」

新型コロナウイルスが感染を拡大している情勢を鑑み、史上初めて、刊行を延期したSFマガジン6月号。同号に掲載予定だった、SF作家によるエッセイ特集「コロナ禍のいま」をnoteにて先行公開いたします。本日は上田早夕里さん、小川一水さんのエッセイを公開。以降2名ずつ、毎日更新です。
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 パンデミックを題材にしたフィクションは、国内海外を問わず数多く存在するが、今日はその中から、科学ジャーナリストであり作家でもある川端裕人による『エピデミック』(【初出】二〇〇七年・角川書店/電子版あり)を取り上げて、話を進めたい。
 エピデミックとは、一地方における予測不可能な感染症の増大を指す言葉である。それが世界規模まで広がるとパンデミックとなる。本作では、インフルエンザと誤認された新型ウイルス性肺炎(重症化すると人工呼吸器が必要になる)が日本の一地方で発生し、急速に地域社会を蝕んでいく過程が描かれる。このような物語では医師や創薬研究者が主役となる展開が多いが、本作の大きな特徴は、フィールド疫学の専門家たちが、病気の元凶である発生源を探るために調査を行う点にある。作中の言葉によると「元栓を見つけて、きゅっと締める」のが彼らの任務だ。
 多くの作品と同じく、本作もまた、未知の感染症の広がり方を初版の時点で正確に描写している。いま読めば、随所に、強烈な実感を伴う部分が見つかるだろう。加えて本作の大きな価値は「収集データが限られた状態での科学的・論理的思考とはどのようなものか」という、非専門家には理解が難しい問題について、極めてストイックに誠実に書き綴っている点にある。
 医療や収入激減の問題の他に、いま、私たちは差別の問題にも直面している。医療従事者やその家族、移動を余儀なくされる立場にいる人、特定の民族(国内と海外では「差別する/される」の関係性が逆転する)や社会層などに対する攻撃が、次々と露わになって止まらない。感染に関する知識はあっても、正しい思考手順を踏んでいなければ間違った結論にしか至らない。そして、誰もが科学的で論理的な思考をできるわけではないという、ごくあたりまえの現実がある以上、無意味な手段を防疫だと言いつのる不当な差別には、「防疫に差別は不必要である」というその理由を、根気よく説き、共有していくしか解決の道はない。これをずっと続けるのだ。
 現在、国が対処できないことを、企業や地域が独自に背負いつつある。これは日本を急速に、以前から予見されていた、地方分散型社会へ移行させるかもしれない。だが、元凶を絶たずにこれを進めれば、社会格差がさらに拡大する可能性があることも注意しておきたい。そして、今回の流行が下火になったとしても、未知のウイルスは地球上に数え切れないほど存在している。別の感染症の流行が、これから重なる場合もあるのだ。日本では毎年、水害や震災で、大勢の人間が避難所生活を強いられる。適切な対処がなければ、そこで感染症が発生するだろう。だからこそ、幾たび、どこの土地で流行・再流行が起きようとも――最小限の被害で食い止めるために、川端裕人の『エピデミック』が指し示した思考が、いま、多くの人のもとへ届いてほしい。

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上田早夕里(うえだ・さゆり)
兵庫県生まれ。2003年『火星ダーク・バラード』で第4回小松左京賞を受賞し、同作でデビュー。2010年刊行の長篇『華竜の宮』は、雄大なスケールの黙示録的海洋SF巨篇として書評家、読者から支持され、「ベストSF2010国内篇」にて第1位を獲得、第32回日本SF大賞も受賞した。

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