不可能な世界を想像すること――『極めて私的な超能力』著者チャン・ガンミョン インタビュー
新☆ハヤカワ・SF・シリーズより好評発売中の韓国SF『極めて私的な超能力』。本欄では、著者チャン・ガンミョンさんにSFマガジン2022年8月号でおこなったインタビューを再録します。(インタビュー・翻訳/吉良佳奈江)
──まず、六月刊行の『極めて私的な超能力』についてお聞かせください。チャンさんの邦訳作品は『韓国が嫌いで』(ころから)、『我らが願いは戦争』(新泉社)、『鳥は飛ぶのが楽しいか』(堀之内出版)に続いて四冊目で、今回は初めてのSF作品集です。チャンさんは社会派作家として多くの文芸作品やエッセイを書かれてきましたが、本書のようなSF作品を書こうと思ったきっかけは何でしょうか。
チャン 私は、もともとSFが大好きだったんです。大学生のときにはSFのウェブジンを運営していました。20代のときに「クローン・プロジェクト」という短篇を書いたのですが、そのころに他にもいくつかSF小説を雑誌に発表しています。そうしてみると、もともとはSFの書き手だった、といえるのかもしれません。
私は一般文芸も書いていますし、SFも書いていて、両側を行き来しながら書いています。私にとってはどちらも重要なので、どちらも書いていくつもりです。これから、私のようなジャンル横断の作家は増えていくと思います。現実がSFに近づいてきていますし、日常においてつねに科学・哲学のことを考えないといけない時代になっています。この先は暮らしのうえで、SF的な文法が必要になっていくでしょう。
──本書を書かれているとき、これまで書かれてきた文芸作品との違いを意識しましたか。
チャン はい、しました。SF小説の執筆は文芸小説を書く時にもだいぶ影響を及ぼしていますし、私の強みにもなっていると思います。文芸小説だけを書いている人たちはそこからSFジャンルに移行しようとすると書きづらさやなんらかの障害を感じているように思います。彼らは、SF独特の舞台を理解するまでにちょっと時間がかかるのではないでしょうか。
SFというものは、単純に非現実的なガジェットを扱っただけの話ではなく、その装置が社会にどのように影響を及ぼすかについてまで描いたものではないかと考えています。ちなみに、SFとファンタジーとの違いは、空飛ぶ乗り物があるとして、それが魔法の力で飛ぶとなればファンタジーだけど、SFでは反物質作用で飛ぶものだと考えています。たとえば人のように話し、動くロボットがいたとして、それは私たち人間に似ているけれど、人間の生き方とは全く違う道をたどりますよね。ロボットにはそれを使う人間も、企業も存在する。ロボットが活動する社会そのものも変化していくはずで、それを描くことこそがSFではないかと考えます。それなしに、ただロボットが登場するだけではSFにはなりません。世界観を構築しようとする人、それをつくることに関心がある人こそがSF作家だといえるでしょうし、人物や文体に重きを置かれた作品もありますが、それはSF読者に受け入れられにくいのではないかと思います。
サイエンスがなければSFではない、という点にも疑問があります。たしかに1950年代のアメリカの雑誌に掲載されていたようなSFではその多くが科学を扱っていたのではないかと思いますが、いまのSFは必ずしもイコール科学とは言えないのではないかと思います。SFとは、科学にかぎらず、不可能な世界への想像と考えていて、なにより世界観が重要な小説だと考えます。
私は文芸小説を書く際にも、今の韓国社会や世界に対して疑いを持ちながら書いています。私の小説はリアルだとか社会派だといってもらえることが多くて、とてもうれしいことなんですが、それは問題意識を持っているのを読者と共有しているということにもなると思っています。
つまり、小説内の世界が社会にどのように作用するかについて説明するという態度自体が小説にとって大事なことであると、私は念頭に置いて書いています。
──本書のまえがき「日本の読者のみなさんへ」で、「技術は予想外の方法で人間に深い影響を及ぼす」というのが本書のテーマだと書かれています。その影響は収録作によってよいものであったり悪いものであったりさまざまですが、技術が人間に与える影響についてどのように考えていますか。
チャン とても大きな影響で、それを拒むことはできないと思います。その影響で重視すべきは、規模ではなく速度です。同じような影響でも、そのスピードがとても速くなっている。社会全体でそのスピードのコントロールができなくなっているのではと思うんです。
たとえば、私が生きている間には自動運転車ができるでしょう。けれど日本でも韓国でも、運転を生業としている人たちはたくさんいる。彼らが自動運転を受け容れるまでには時間も必要なのに、それが許されなくなっているのではないかと思います。無人自動車が走ることは悪いことではないですが、そこで労働市場はどのように変わるのか。技術の発展は影響の速度を軽視しているのではないかと思います。もちろん技術のなかには純粋にわくわくしながら待つことができるものもありますけれど。新しい技術の導入は慎重に検討しないといけないですし、なによりそのスピードをコントロールする必要があると考えます。技術が人に与える複雑で深い影響については、それが適切なのかもう少し検討する必要があるのではないでしょうか。
──本作品集の収録作で、お気に入りの一篇はどの作品ですか。
チャン 「アラスカのアイヒマン」が一番気に入っています。この作品は、私が最近とても悩んでいることの答えでもあります。他人の苦痛についてわれわれは共感が必要ですが、それを得るためならばすべての方法が合法であるといえるのか。他人を許すこと、和解すること、過去を受け容れることなどを考えていて、そういう点から気に入っています。
──ちなみに、SFマガジンの先月号では「データの時代の愛(サラン)」を先行掲載しましたが、読者からも「ドラマティックで魅力的」と好評を得ています。
チャン ありがとうございます! 嬉しいです。
──SFについておうかがいします。「日本の読者のみなさんへ」で、ロジャー・ゼラズニイの作品や、アニメ『キャプテン・フューチャー』がお好きだったとうかがいました。具体的に、好きな作品や思い出について、もう少しお教えいただけますか?
チャン アイザック・アシモフの《ファウンデーション》が好きです。スケール感が大きくて。最初の三部作がとても好きですし、シリーズ全体を通した心理歴史学の一貫性もいいですね。社会の未来を見通すことができる分野だと思います。ある技術が社会を維持していくために、どのような変化を与えるのかがうまく描かれていると感じます。今書いているSFも文芸小説も、いままでにない技術がもし出てきたらどのように社会に作用していくのかということを描きたいと思います。実際にアシモフはエドワード・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』をもとにしてシリーズを書いたそうですが、人類や世界全体を見通して書いているので、それがとても好ましくて、いまでも大好きです。
また、厳密にはSFファンのみなさんが好む作品とは言えないかもしれませんが、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』が大好きで、何度も読みました。
──アニメについてはいかがですか?
チャン 私は1975年生まれなんですが、80~90年代に日本でつくられたアニメをたくさん観ました。ガンダムシリーズはおそらく全部観ていると思います。そのなかでも特に『∀ガンダム』が好きですね。『AKIRA』『バブルガムクライシス』も観ました。当時、韓国では日本アニメが違法で、SFファンが日本の傑作を観るには違法視聴しかなかったんです。高校生のときに友人が『風の谷のナウシカ』を観ていたのですが、それで先生に殴られたことがあります。「そんなものは害になるからダメだ」と言われて。当時はもう軍事独裁は終わっていましたが、先生の世代の大人は「日本の文化は害になる」と言っていたんですね。『ナウシカ』はアニメはもちろん漫画も読みましたし、全世界の青少年が観るべき作品だと思います。ちなみに、収録作の「アスタチン」は、『超人ロック』の劇場版アニメをイメージしながら書きました。
──韓国では、SF小説はどういった位置づけなのでしょうか?
チャン 五年前まではさほど人気がありませんでしたが、2017年あたりからだんだん人気が出てきた気がします。韓国ではSF読者はおもに20~30代の女性です。特別な現象だと思います。もともとSFは男性読者のジャンルでしたが、いつの間にか女性が読むものになったと感じますね。SF賞の受賞者も女性が増えてきました。その理由は韓国でもさまざまな解析がされていますが、私の意見としては、韓国ではいまフェミニズム文学が主流なので、フェミニズムの作家がSFも書いていることが多いんですね。SFは世界観を作る小説ではないかとさきほどお話ししましたが、SFの主人公も読者も、外の世界を見たいという思いを持っている人たちであり、伝統的に「外」へ出て行こうとする冒険小説でもありますよね。20~30代の女性たちも同じく、「外」に出ようと思っている。彼女たちも冒険の主人公になりたい気持ちを持っているのだけど、韓国社会はまだそこまで解放されてはいないので、その思いを小説を読むことで解消しているのではないかと思うんです。その分析があっているかはともかく、女性がメインの読者であるということが今の韓国のSFの大きな特性だと思います。こうなることは誰も予想していませんでしたし、韓国のSF読者も驚いています。
──最後に、SFマガジンの読者へメッセージをお願いいたします。
チャン 日本で唯一のSF雑誌であるSFマガジンでお話しできて大変光栄です。インタビューでは、私がSFを書く主体的な動機もお話ししましたが、とにかく楽しく読んでいただけたらうれしいです。
(2022年5月27日/リモート・インタビュー)
「自分には予知能力がある、あなたは私とは二度と会えない」手首に傷痕をもつ元カノは、いつか僕にそう言った――とある男女のふとした日常に不思議が射し込む表題作、第二次大戦後にユダヤ人自治区ができたアラスカで、ユダヤ人虐殺に関わったアドルフ・アイヒマンを、人の感情を移植できる〈体験機械〉を利用して裁いた顛末を描く「アラスカのアイヒマン」、カップルの関係持続性を予測するアルゴリズムに翻弄される、近未来のロマンスを描いた「データの時代の愛(サラン)」などヴァラエティ豊かな全10篇を収録。韓国で多数の文学賞を受賞した気鋭の文芸作家が放つSF作品集。
【収録作品】
定時に服用してください
アラスカのアイヒマン
極めて私的な超能力
あなたは灼熱の星に
センサス・コムニス
アスタチン
女神を愛するということ
アルゴル
あなた、その川を渡らないで
データの時代の愛(サラン)
★本インタビューは、SFマガジン2022年8月号に掲載されています。