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【世界幻想文学大賞受賞】陰謀、策謀、血と硝煙。SFアジアン・ノワール『翡翠城市』あとがき公開

「スタイリッシュでアクション満載……すぐれた香港のギャング映画を想起させるような壮大なドラマ」と、『紙の動物園』著者であるケン・リュウに激賞された、『翡翠城市』が新☆ハヤカワ・SF・シリーズより発売となりました。本作は「21世紀版ゴッドファーザー×魔術」とうたわれ、世界幻想文学大賞を受賞しています。ここでは編集部による解説を再録いたします。ダークで熱いその世界の一端をお楽しみください。

解説
編集部  
   
 
 翡翠──緑色に輝く美しい石は、古今東西で聖なる石、不思議な力を持つ石と崇められてきた。その石の魔力を飼い慣らし、限界までおのれの力を高めて戦う人々を描いた物語が本書『翡翠城市』( Jade City, 2017)である。
 舞台は香港を想起させるような架空の島、ケコン島。ここには、英雄にして無法者であるグリーンボーンの戦士たちが存在する。彼らは幼い頃から戦士としての教育を受け、成長すると翡翠──島のもっとも貴重な天然資源である──を身につけたグリーンボーンとなる。ケコン産の翡翠は強い魔力を秘めており、訓練を積まない人間が触れると自傷行為に及んでしまう。彼らは、翡翠の魔力を手なずけて "怪力" "鋼鉄" "敏捷" "跳ね返し" などの技を繰り出すことができた。グリーンボーンの戦士たちはかつて団結し、島を支配していたショター帝国から独立を勝ち取ったという歴史があった。
 現在のグリーンボーンの名家はふたつ、〈無峰会〉を仕切るコール家と、〈山岳会〉を仕切るアイト家である。かつてはこのふたつの家は〈一山会〉というひとつの組織だったが、袂を分かって以来、微妙な均衡のもと水面下で勢力争いを続けていた。
 本作の中心となる〈無峰会〉は、かつて "ケコンの炎" と呼ばれたカリスマ、コール・センが築き上げた組織である。老いて指揮権を譲ってなお、その眼光は鋭い。主人公のヒロは、祖父であるセンに似ていると言われているコール家の次男。喧嘩っ早くて乱暴だが、セクシーで人好きのする愛嬌のある男。彼は、思慮深い長男のラン──無峰会の頂点である〈柱〉──を支える〈角〉、すなわち右腕である。ある日ヒロは〈無峰会〉の根城であるレストラン〈トゥワイス・ラッキー〉でちっぽけな翡翠泥棒を捕まえるが、そこから話が思わぬ方向に転がっていき、ヒロをはじめとするコール家のグリーンボーンたちは思いもよらぬ試練に直面することとなる。家を嫌い、外国人と駆け落ちしたものの運命に操られるように戻ってきてしまう聡明な妹のシェイ、不幸な死に方をした母のため "気の触れた魔女" の子だと後ろ指をさされて育ってきた内向的な従弟のアンデン、翡翠の力が及ばないストーンアイの血をひくみずからを呪いながらも、なんとかヒロの力になりたいと願う恋人のウェン……。もがき、戦い、絆を試される彼らの闘いについては、ぜひ本文をお読みいただきたい。
「21世紀版ゴッドファーザー×魔術」とうたわれて刊行された本作は、『紙の動物園』で知られるケン・リュウから「スタイリッシュでアクション満載、野心に満ちたファミリーと罪悪感に溢れた恋……すぐれた香港のギャング映画を想起させるような壮大なドラマ」と激賞を浴び、2018年の世界幻想文学大賞を受賞(ヴィクター・ラヴァルの The Changeling と同時受賞)。また、ネビュラ賞の長篇部門、ローカス賞のファンタジイ長篇部門にもノミネートされた。
 著者フォンダ・リーは1979年、カナダ、カルガリーで生まれた。十歳ごろから小説を書き始め、アン・マキャフリイ、アイザック・アシモフ、レイ・ブラッドベリらに影響を受けながら育った、本好きの女の子だった。スタンフォード大学でMBAを取得し、経営コンサルタント・ビジネス戦略家として働いたのち、2015年にYA小説 Zeroboxer でデビュー。アンドレ・ノートン賞の最終候補となった。シチリアのマフィアや日本のヤクザのノンフィクションやドキュメンタリー、香港のクライム・アクション映画からリサーチをし、2017年に本書を上梓した。現在はオレゴン州ポートランドに家族と住んでいるとのこと。空手とカンフーの有段者で、アクション映画が大好き、エッグベネディクトが大好物だというキュートな一面もある。
 本作は〈グリーンボーン・サーガ〉の第一作であり、すでに第2作 Jade War が本国では2019年7月に刊行済み。ケコン島の外からやってくる脅威に対峙せざるを得なくなったコール家は、新たな厳しい選択を迫られることとなる。ヒロたちの闘いはどう実を結ぶのか、いまから結末が楽しみである。

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『翡翠城市』(Amazonページに飛びます)
著=フォンダ・リー/訳=大谷真弓
装幀=川名 潤
新☆ハヤカワ・SF・シリーズ