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開催まであと2日! 自転車同士の接触で飛ぶ火花、そして落車……コンマ数秒の出来事にレースは左右される。

『グランプリ』(高千穂遙)第1章冒頭掲載、第6回目の更新です。いよいよ日本選手権開始。レース中もさまざまな駆け引きが行われ、時に接触することもあり……


グランプリ

第一章 日本選手権競輪(承前)
 
      6
 

 名前を呼ばれ、決勝出場選手が敢闘門からバンクにでていく。
 日本選手権競輪開催六日目、第十一レース。
 場内にファンファーレが響き渡った。華やかな曲が芝居がかったアナウンスとともに、競輪場全体を盛りあげる。
 中央走路を通ってバンクを横切り、全選手がスタートラインに着いた。スタンドは半分以上が埋まっている。昨今は、GⅠといえども、スタンドが満席になることはない。これは入っているほうだ。さすがは立川競輪場である。
 発走機にピストをセットし、観客席に向かって一礼した。野次と声援が激しく飛び交っている。ホーム側のバンクを囲んでいる金網前は観客が多い。人垣が、幾重にも重なっている。
 瀬戸は4番車だ。例外もあるが、車番はおおむね競走得点で決まる。車券を買う客が予想を立てやすくするためだ。
 選手はレースにでて順位を得ると、競走得点が与えられる。得点は、レースのグレードによって異なる。むろん、グレードの高いレースほど得点も高い。また、一般戦よりも、準決勝、決勝のほうが同じ順位でも得点が高くなる。競走得点は、A級S級といった選手のランクそのものに直結するので、ひじょうに重要な意味を持つ。
 瀬戸の直近四か月の平均競走得点は百十四点だ。いまひとつ伸びていない。決勝出場選手の中では下から三番目にあたる。それで、4番車となった。通常、4番、6番、8番には競走得点下位の選手が割りあてられる。これを俗にヨーロッパと呼ぶ。いちばん競走得点が低い選手は6番だ。ユニフォームの色は緑。この色を、競輪選手はあまり好まない。
 選手たちが、サドルにまたがった。瀬戸のとなりの3番車は室町隆だ。競輪学校では徹底先行を貫いてきた室町だが、デビューして五年目くらいに追いこみに転向した。そのほうが、自分の脚質に合っていると考えたからだ。
 その判断は正しかった。追いこみに転向してから、室町はさらに強くなった。巨体を利しての牽制が強烈で、瀬戸も何度か飛ばされ、渾身の捲りを阻止された。いま現在の競走得点は、百二十一点。三千五百人いるといわれる競輪選手の中で、わずか十八人しかいないS級S班のひとりだ。
 九人の決勝出場選手がスタートの号砲を待つ。1番、綾部光博。2番、都賀(つが)公平(こうへい)。3番、室町隆。4番、瀬戸石松。5番、池松(いけまつ)竜(りゅう)。6番、関大五郎。7番、馬部敏春(としはる)。8番、遠山岳彦。9番、須走良太。
 構えの声がかかった。
 瀬戸は、ゆっくりと深呼吸をした。左横では、室町が両手で顔を覆い、しきりに何かつぶやいている。集中力を高めるための、いつもの儀式(ルーティン)だ。右横の池松は気合を入れるために大声を発し、すぐに前傾姿勢をとってハンドルを握った。
 選手それぞれのスタート儀式が終わった。全員がハンドルをつかむ。いちばん最後が瀬戸になった。
 瀬戸がハンドルを持った直後。
 号砲が鳴った。
 スタートした。九台のピストが、つぎつぎと発走機から離れていく。
 関がダッシュした。一気に加速し、誘導員に追いつく。遠山が関につづいた。8番車という、位置取りには不利な車番だったが、強引に前にでた。
 後続が、ひとかたまりになって前二車を追う。集団が前進しつつ細長くなる。遠山の前に、瀬戸が入った。遠山のうしろは綾部だ。その背後には池松。そして、須走、馬部が最後尾についた。関と瀬戸のあいだには、室町、都賀がもぐりこんだ。
 位置取りが終わり、隊列が一列棒状になった。最初の駆け引きが、一段落した。
 GⅠの決勝戦は、周回数が他のレースよりも一周多い。四百メートルの立川バンクを六周する。三周して青板、四周して赤板になる。
 青板の二コーナーで、須走が動いた。アウト側にでて、じりじりと前に進む。馬部がついていく。綾部、池松も一緒に動く。
 須走が関に並んだ。誘導員を先頭にして、九人の選手が二列になってバンクをまわる。そのまま赤板周回に入った。関は引かない。イン側で粘る。ともに徹底先行タイプで、負けん気が強い。
 四コーナーを抜け、ホームを通過した。須走が強引に前にでようとする。それを関が突っ張る。行かせない。誘導が外れた。二列並行状態で一コーナーに進む。先行ふたりがもつれ合っている。
 綾部が踏みこんだ。もつれ合いに伴う一瞬のゆるみを綾部は見逃さなかった。わずかな隙を衝(つ)き、力でねじ伏せるべく綾部はかまそうとした。だが、それを関と須走が許さない。ここで綾部をだしたら、終わりだ。
 須走が抜けだした。関が遅れた。綾部ももがく。
 瀬戸は池松のうしろにぴったりとつけていた。いける、と思った。このスピードをもらう。もらって、根こそぎ捲りきる。
 再びホームを通過。
 残り一周。捲るチャンスは、いまだ。
 一コーナーと二コーナーの傾斜を利用してバンク上部に駆けあがり、山降ろしをかけた。瞬時に池松をかわし、かぶせるように綾部の前に飛びだした。バックで須走に並んだ。
 綾部が瀬戸を追う。しかし、進路を須走がふさいでいる。須走は捲ってきた瀬戸を牽制すべく、横の動きで外にでた。綾部は須走のインをすくうしかない。だが、インには馬部がいる。強引に、綾部は須走と馬部の隙間をすりぬけようとした。
 須走の後輪と、綾部の前輪が交差する。
 火花が散った。耳障りな金属音が響いた。
 接触(ハウス)だ。綾部の前輪が須走の後輪に接触した。
 ふわりと、綾部のピストが浮いた。
 もんどりうって倒れた。前輪を持っていかれると、二輪車は弱い。あっという間にひっくり返る。
 馬部があおりをくらった。関も巻き添えになった。
 馬部は前転し、関は横ざまに転んだ。コンマ数秒の出来事だ。ともに、よけようがない。
 かろうじて、池松が外に逃げた。逃げたが、大回りになった。池松と並んでいた遠山も、それに合わせて外に行くしかない。二車が、ともに失速した。瀬戸から大きく離れた。
 瀬戸は疾駆する。須走は後輪が壊れた。落車は免(まぬが)れたが、もうまともに走れない。先行を失った室町と都賀が、自力で瀬戸を追った。体勢を立て直した池松と遠山が、そのうしろにつづいた。
 四コーナーをまわった。この時点で、瀬戸は室町に四車身の差をつけていた。立川の直線は五十八メートルと長いが、パワーを誇る室町といえども、この差はもう埋められない。
 一着で、瀬戸がゴールした。二車身遅れて、室町が入る。三着は、二分の一車身で都賀公平。
 瀬戸が右拳で天を突き、雄叫びをあげた。追いついてきた室町が、瀬戸の背中をてのひらで軽く叩いた。
 ゆっくりとバンクをまわり、瀬戸はヘルメットを脱いだ。それを観客席に投げ入れる。
 敢闘門に戻った。
 同地区の仲間が、瀬戸を待っていた。電光掲示板には審議の赤ランプが灯っていて、結果はまだ発表されていない。審議対象は1番車の綾部と9番車の須走だ。綾部は落車棄権で、須走は着外となっている。審議がどうなろうと、瀬戸の優勝は動かない。
 胴上げがはじまった。瀬戸のからだが、大きく宙を舞った。囲んだ記者、カメラマンがいっせいにカメラを向け、ストロボの光が夕闇を鋭く切り裂く。
「石松。ダービー王だぞ」
 胴上げが終わり、記者の人垣を引き連れて検車場に向かう瀬戸に、先輩選手が声をかけた。
 ダービー王。
 まだ実感が湧かない。
 場内放送がはじまった。上位三着までが審議対象となっていないので、このまま順位が確定すると言う。
 4‐3‐2。
 二車単で六千三百二十円。三連単では三万二千四百三十円となった。かなりの高配当である。
 あらためて、同地区の選手の間からばんざいの声があがった。
 瀬戸はチャンピオンジャージに着替えた。このあとすぐに表彰式がはじまる。賞金は六千六百万円だ。
 ファンファーレが鳴った。

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