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戦争は日本人にとって「対岸の火事」ではない。野中郁次郎氏による『大戦略論』解説を特別公開

世界で起きている戦争や紛争は、私たち日本人にとってもはや「対岸の火事」ではない。
ピュリッツァー賞を受賞した冷戦史研究家による『大戦略論 戦争と外交のコモンセンス』(ジョン・ルイス・ギャディス、村井章子訳、ハヤカワ・ノンフィクション文庫)から、野中郁次郎氏(一橋大学名誉教授)の文庫版解説を特別公開します。戦争や紛争に対抗する「知力」として最も必要とされる素養とは――

ジョン・ルイス・ギャディス『大戦略論 戦争と外交のコモンセンス』早川書房
『大戦略論』早川書房

戦略論の新たなる古典クラシック
文庫版解説/野中郁次郎(一橋大学名誉教授)

今回、本書が文庫化されるにあたり、解説の追記を依頼された。単行本として発売されたのは2018年末だったが、その後、世界は政治・軍事・経済上の大きなうねりをいくつも経験した。そして、現在、ロシアによるウクライナ侵攻の動静が日々伝えられるなかでこれを書いている。

想定外の有事が起こる不確実性はますます高まり、非合理な決定は行わないという楽観は真っ向から否定された。冷戦後の国際秩序のバランスは崩壊したのである。世界で起きている紛争や戦争を「対岸の火事」視してきた日本人も、当事者であることを実感せざるをえないのではないだろうか

いまや、宇宙やサイバー空間、さらには人間の認知空間にまで広がった戦場では、メディアの高度化、多様化が加速化し、制脳権で利する争いが繰り広げられる時代となった。個人の認知の安全保障を脅かす「認知戦(cognitive war)」や「影響作戦」が巧妙に遂行されている。そこに、確立された国際ルールも抑制もなく、平時と有事の境界線は曖昧だ。経済安全保障という用語はかなり浸透したが、ハードパワーとソフトパワー、つまり軍事力、外交、経済、宇宙、サイバー、情報などさまざまな要素を相互作用させ、動員する総力戦の時代になったのである。

しかし、いくらテクノロジーが発達しデジタル化されても、「戦争」における人間的側面やアートの側面から逃れることはできない。

ローレンス・フリードマンの新刊『戦争の未来』(邦訳、中央公論新社)のポイントのひとつは「政治や戦争の本質の部分は科学的に解明できない」である。無人化、サイバー化されようが、究極には「戦争」は人の営みだからである。

過去の成功体験への過剰適応は、現実を過小評価させ、独善的な意思決定をもたらし、結果として大きな誤算を生む。このことを、元米国大統領補佐官であるハーバート・レイモンド・マクマスターは『戦場としての世界』(邦訳、日本経済新聞出版)で「戦略的ナルシシズム」と「戦略的エンパシー」というふたつの概念で説明した。

本書にも登場する孫子の言葉に「彼を知り己を知れば百戦あやうからず」があるが、相手の立場から歴史や文化などの文脈をとらえ、相手を駆り立てているもの、もしくは制約しているものを理解する「戦略的エンパシー」が欠けていたために、人類は何度も大きな失敗を繰り返してきた。

戦略的エンパシーは、過去も含めた時間の流れのなかで目の前の現実に共感することで、そこに意味を見出し、本質を洞察し、賢い選択をもたらす。それは、クラウゼヴィッツの言う「一瞥(クーデュイ)」であり、ギャディス教授が本書で述べてきた「常識(コモンセンス)」としての「時間、空間、スケールに等しくアンテナを張り巡らせる全方位的な感受性」である。

この「常識(コモンセンス)」が、私が提唱している「二項動態(dynamic duality)」と通底していることは先に述べたが〔解説文前篇をこちらで公開中〕、予測不可能で複雑性が増す世界において、相反し矛盾するものを綜合する必要性はより一層増したと言える。ハリネズミの方向感覚とキツネの環境変化に対する鋭い感性をもって、原則を重視しながらも、臨機応変に方策を繰り出していく実践的知恵は普遍的なものである。

ギャディス教授は、「無限に大きくなりえる願望と必然的に有限である能力を合わせる」ことを意味する「大戦略」は国家レベルだけでなく人々に必要だと述べた。国家を動かすのは究極には人である。では、いかに「生き方としての大戦略」を人々に身体化し、「常識(コモンセンス)」としての人々の知恵を練磨し結集するか。有効なのは、「物語り(ナラティブ)」だ。

戦時下における外国の国会でのオンライン演説を行う初めての政治指導者となったウクライナのゼレンスキー大統領は、演説内に必ず相手国の歴史や自国とのつながりに触れ、感性に訴え、国民の共感を喚起している。

ノーベル経済学受賞者ロバート・シラーも『ナラティブ経済学』(邦訳、東洋経済新報社)で、経済を動かしているのが人々の語る物語であることを主張した。経済学でも、経済合理性のみで行動する経済人(ホモ・エコノミカス)モデルは崩れ始めている。人々を動かす物語りは、大きなパーパス(存在意義)を実現するための道筋(プロット)と現実の「いま・ここ」でどう行動すべきかの指針となる行動規範(スクリプト)で構成される。

オープンエンドに描かれる物語りは、人々の潜在能力を解放し、結集することができる。ギャディス教授の言う「大きな願望と有限の能力」をバランスさせていくことができるのである。

コロナ禍以降、日常のデジタル化が進んだが、磨くべきはやはり人文系の知に裏付けられた「戦略的エンパシー」そして「戦略的ナラティブ」の力ではないか。(2022年4月)

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