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【海外の実情 シンガポール】 社会における演劇の 立ち位置の再検証へ ポストコロナ時代のシンガポール演劇


「悲劇喜劇9月号 劇場へ行けない――コロナ時代の演劇事情」では、コロナ禍を受けて揺れ動く演劇界の今を特集。宮城聰氏・平田オリザ氏の約20ページにわたる対談や、若手演劇人による往復書簡に加え、欧米・アジア7カ国の文化政策や劇場の実情を充実の執筆陣が報告しています。このたび、滝口健氏によるシンガポール演劇のレポートを特別に全文公開します。


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 新型コロナウィルス感染症の拡大により、シンガポールの演劇界も甚大な経済的打撃を被っている。しかし、それにも増して深刻なのは、今回のコロナ禍によって、社会における演劇の位置づけに根本的な疑問が投げかけられていることなのではないかと思われる。

 シンガポールで初の感染者が確認されたのは一月二十三日であった。しかし、政府は広範かつ厳格な対策を矢継ぎ早に実施することで国内の感染拡大を押さえ込むことに成功し、「感染症対策の優等生」とも評された。三月二十四日には、その時点での国内の累計感染者数が四百三十名にとどまっていたにもかかわらず、劇場を含む遊興施設を閉鎖する命令が発出された。また、それまでは二百五十人までの規模が許可されていた催し物も十人までに厳格化され、事実上あらゆる公演が実施不可能となった。
 こうした動きは当然にシンガポール演劇界を直撃し、四月はじめの時点ですでに二百六十万シンガポールドル(約二億円)の損失が出ていたと報じられている。これに対応するため、シンガポール政府は四月七日に総額五千五百万シンガポールドル(約四十三億円)の「芸術復興パッケージ」を発し、芸術家支援への決意を示した。このパッケージは(1)芸術関連団体に対する給与助成、(2)ナショナル・アーツカウンシル(NAC)が保有するアートセンター等に入居する団体に対する家賃免除、(3)アーティストの能力向上への特別支援、(4)オンラインでの発信を前提とした作品のデジタル化支援の四本柱からなる。これに加えて、フリーランスを含む芸術関係者も対象となっている政府の雇用維持・所得補填スキームを通じた支援をおこなうことで、きめ細かなアーティスト支援の体制を整備しようとしたのである。


滝口健さん 写真1枚目

ナショナル・アーツカウンシルが運営するアートセンターの一つ、アリワル・アーツセンター。元々は学校だった建物を改装したもので、8団体が入居し事務所や稽古場として利用している。


 かつて、シンガポールの演劇人と政府の間には抜きがたい緊張関係が存在した。伝統的に、社会に対するコメンタリーとしての立ち位置を占めてきたシンガポール演劇は、日々の暮らしの中の矛盾や問題を取り上げ、政府批判も辞さない作品を生み出し続けてきた。しかし、そうした態度は政府の警
戒を呼ぶことにもつながり、演劇は厳しい検閲にさらされてきた。一九七〇年代から八〇年代にかけてはアーティストが逮捕拘禁された事例もある。
 その潮目が変わったのは一九九一年のNAC設立のころであり、クリエイティブ・エコノミーへの転換を目指す政府が芸術振興・支援に大きく舵を切ったことが大きな要因であった。アーティストの側も、政府との間に一定の緊張関係を保ちつつも、そうしたリソースを積極的に利用するようになっていった。今回の政府による迅速な対応は、政府が芸術産業を重視し続けていることを印象づけるものであると同時に、芸術活動の継続に政府の支援が不可欠となっている現状を反映するものでもあった。


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アリワル・アーツセンターに入居しているマレー語劇団、テアター・エカマトラのスタジオ。自らの作品の稽古場としての利用の他、空き期間には外部への貸し出しもおこなっている。



 しかし、ほぼ時を同じくして、コロナ感染の状況は一変した。四月二日には感染者数が千名を超え、五月一日には一万七千名を、六月一日には三万五千人を超えるなど、急激に感染が拡大したのである。政府は四月七日から五月四日までを感染拡大の連鎖を断ち切る「サーキット・ブレイカー」期間とし、必要不可欠な業種以外の事業所閉鎖、学校の在宅授業、必要不可欠な場合を除く自宅待機を求めた。その後、「サーキット・ブレイカー」期間はさらに一カ月延長されている。
「優等生」だったはずのシンガポールで、なぜこのように急激な感染拡大が発生したのか。その原因は、外国人労働者の寄宿舎でクラスター感染が次々に見つかったことであった。六月までの感染者の実に九十五%以上が、密集した寄宿舎での生活を強いられている外国人労働者である。
 移民国家であるシンガポールには、外国人労働者を積極的に受け入れてきた歴史がある。総人口五百七十万人のうち、シンガポール国籍保持者は約六割の三百五十万人に過ぎない。外国人労働者の中で最大の割合を占めるのが、建設現場で働いたり、住み込みの家事労働者として働く低熟練・低所得労働者である。社会の基盤を支える存在である彼らは、しかし、一方では「見えない」存在でもある。今回集団感染が発生した、建設関係の労働者が集団生活を送る寄宿舎は、一般市民の居住地からは離れており、彼らの生活が市民の目に触れる機会はほとんどない。今回のコロナ禍では、各国において、社会の隠されてきた部分、見なかったことにされてきた部分で問題が噴出し、その存在がクローズアップされているように思われるが、シンガポールにおいても、快適な市民生活の中で矛盾が放置されてきた外国人労働者の問題に改めて向き合う必要性が突きつけられているのである。
 外国人労働者が「見えない」存在であることは演劇においても同様であった。もちろん、社会のコメンタリーを自認する演劇人たちがこの問題に注意を払ってこなかったわけではない。外国人労働者に対する門戸が開かれ、国内に滞在する労働者が急増した一九八〇年代には、外国人家事労働者とシンガポール人雇用者との軋轢をテーマとした作品が早くも上演されているし、近年においても外国人労働者をテーマとした作品は作られている。しかし、演劇を通じて外国人労働者たちの姿を「見える」ようにする努力が十分に払われてきたかといえば、疑問を呈さざるを得ないのが実情ではないだろうか。外国人労働者たちの劇団を組織し、作品を上演する動きなども現れてきてはいたが、そうした試みはまだ端緒についたばかりである。これまで十分に顧みられることがなかった外国人労働者の声をどう社会に繋げていくかが、今後のシンガポール演劇の大きな課題となるだろう。ポストコロナの
シンガポール演劇にとって、経済問題と同等に、あるいはそれ以上に大きな挑戦となるのは、社会における演劇の存在理由そのものを再び問い直すことなのではないだろうか。

***(「悲劇喜劇」2020年9月号より)***


滝口健(たきぐち・けん)1999年から2016年までマレーシア、シンガポールに拠点を置き、国際交流基金クアラルンプール日本文化センター副所長、劇団ネセサリー・ステージ(シンガポール)運営評議員、シンガポール国立大学英語英文学科演劇学専攻リサーチフェローなどを歴任。アジアン・ドラマトゥルク・ネットワーク創設メンバー。現在、世田谷パブリックシアター勤務。東京藝術大学非常勤講師。


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