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〈SFマガジン〉2024年8月号掲載「大森望の新SF観光局[第95回]」挿絵に関するお詫びと訂正

〈SFマガジン〉2024年8月号掲載「大森望の新SF観光局[第95回]」にて、漫画家の永野のりこ氏による挿絵が2023年8月号に掲載済みのものとなっておりました。誠に申し訳ございません。本欄にて、正しい挿絵と今回の連載全文を掲載いたします。
大森望氏、永野氏、読者の皆様にお詫び申し上げます。

SFマガジン編集部

大森望の新SF観光局[第95回] BLの夜明け前

 六月に亜紀書房から出た佐川俊彦の回顧録『「JUNE」の時代 BLの夜明け前』がたいへん面白かったので、今回はその話。BLとSFの関係についてはよく知らないが、本誌で二度にわたって「SFとBL」特集が組まれているくらいだから、浅からぬ縁があるのはまちがいないだろう。
 BLがまだBLと呼ばれず、男性同士の関係を描く(主に)女性向けコンテンツが「少年愛」とか「耽美」とか「やおい」とか呼ばれていた時代、このジャンルの求心点となったのがサン出版(マガジン・マガジン)の雑誌〈JUNE〉だった──というのは、本誌二〇二二年四月号の「SFとBL」特集に掲載された「〈JUNE〉元編集長 佐川俊彦インタビュー」(聞き手&構成・嵯峨景子)を読んだ人なら先刻ご承知だと思う。
〈JUNE〉誕生は一九七八年十月のこと(このときの誌名は〈Comic Jun〉)。特別な関心はなかったものの、創刊号は手にとった記憶がある。ちなみにこのジャンル(というか〝やおい〟的なもの)を僕が初めて意識したのは、同級生が買ってきたアニメ誌〈月刊OUT〉創刊2号(一九七七年六月号)の「宇宙戦艦ヤマト」特集を高校の休み時間にぱらぱらめくっていたときのこと。見開きのパロディイラストの中に、沖田艦長が背後から古代進に挑みかかるあられもない場面が描かれているのを見て大笑いした(なんとなくSFの隣接ジャンルみたいな気がしていたのはそのせいか)。
 当時の僕は少女マンガの魅力に目覚め、マンガマニアを目指してマンガ評論誌〈だっくす〉(のちに〈ぱふ〉)を定期購読しはじめていたから、たぶんその流れで、竹宮惠子の表紙の〈Comic Jun〉に手を伸ばしたのだろうが、買った覚えはない。長いあいだ、〈JUNE〉は書店で眺める雑誌だった。
 その〈JUNE〉を(まだサン出版のアルバイトだった時代に)企画・創刊した佐川俊彦氏と初めて会ったのがいつだったかも、よく覚えていない。一九八三年に僕が大学を卒業して上京し、新潮社に入社したすぐあとくらいか。佐川さんはとっくに正社員になり、ちょうどその頃〈JUNE〉編集長に就任したはずだが、それ以前も以後も、SF業界の内外でライターとして活躍していた。
 したがって、古手のSF読者には、本名の佐川俊彦より、筆名の「藤田尚」のほうがおなじみだろう。一九八五年からは本誌の情報ページで新作映画紹介を担当(~九一年)、九二年からはコミック欄に移って九八年まで続けた。徳間書店の〈SFアドベンチャー〉でも八三年から九二年までメディア欄の新作トイ/ガジェット紹介を担当するなど、SF系媒体の常連ライターののひとりだった。
 もっとも、佐川さん自身が前述のインタビューで、「SFと〈JUNE〉は、意外と相性が良くなかった」と語っているとおり、〈JUNE〉に載ったSFはあまり多くない。同誌に連載されてブームを巻き起こした吉原理恵子『間の楔』(連載完結から五年後、光風社出版で単行本化された)は耽美サイバーパンクとも言うべき近未来SFだったが、そういう作品はごく少数。そのため、僕にとっての〈JUNE〉は、長く〝佐川さんが編集長をやってる雑誌〟というくらいのイメージだった。
 一方、九歳離れた僕の弟は、学生時代から〈JUNE〉を愛読。大学卒業後マガジン・マガジンに入社して、佐川さんのもと〈JUNE〉編集部で働きはじめ、のちに何年か編集長も務めている(wikipediaによれば九三年~〇四年)。そう言えば、TVアニメ版の『新世紀エヴァンゲリオン』が(渚カヲル登場あたりから?)BL界隈でにわかに盛り上がりはじめた頃、弟に頼まれて最初のほうの録画を見せたことがあって、のちに出た『残酷な天使のように 新世紀エヴァンゲリオンJUNE読本』の企画にそれが少しは役立ったかもしれないが、個人的な関わりはまあその程度。弟のほうは、二〇一〇年の日本SF大会TOKON2010の企画「やおいパネルディスカッション ~JUNEとは何か?~」(柏崎玲央奈司会)に呼ばれて、佐川さんや(中島梓『小説道場』の)門弟Fこと福本直美さん(二〇二二年没)と一緒に〈JUNE〉の歴史を語ったこともある。
 ……という話はともかく、肝心の『「JUNE」の時代』は、〈JUNE〉を創刊して現在のBL文化のいしずえを築いた佐川さんが当時の思い出を語る一冊。

挿絵:永野のりこ

 アルバイトの身で〈JUNE〉の企画書を通した頃の愉快なエピソードはもちろん、上京して大学に入学し、同人誌「迷宮」や「楽書館」のメンバーたちと知り合って、第一回コミックマーケットを手伝うことに……という〈JUNE〉以前の話もめっぽう面白い。個人的に興味深いのは、ワセダミステリクラブ(WMC)時代の話。
〈大学にめいっぱい八年まで残っていたサークルの「主」みたいな秋山協一郎さんと、七年で中退した中尾重晴さんに結構かわいがってもらって、秋山さんには古本屋に、中尾さんにはロックコンサートに連れて行ってもらったりしました〉などなど。
 秋山さんはその後、編集プロダクション・綺譚社を立ち上げて角川書店〈月刊バラエティ〉の編集などを担当。佐川さんが、「楽書館」のメンバーだった高野文子さんに依頼して〈JUNE〉4号に寄稿してもらった「絶対安全剃刀」は、高野さんの出世作になる。このころ高野さんは綺譚社で事務のアルバイトをしていて、のちに秋山さんと結婚することに──みたいな脚注をつけはじめるとキリがない。
 WMCで一年上の先輩だった柿沼瑛子さんの話、お茶の水女子大学マンガ研究会時代の柴門ふみさんに「ケン吉」名義でイラストを描いてもらった話、同じ漫研にSF研とかけ持ちで在籍していた湯田伸子さんの話。そして中島梓(栗本薫)登場──と、日本SF出版史と関係する部分だけを抜き出してもじゅうぶん面白い。ひとつのジャンルが勃興するとき特有の熱気と高揚感が鮮やかに甦る好著。