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『アオサギの娘』訳者あとがき公開!

最近、アメリカでは、沼地が舞台のミステリが流行っています。『ザリガニの鳴くところ』『沼の王の娘』『すべての罪は沼地に眠る』……湿地帯の豊かな(ときに狂暴な)自然と小さな町の閉塞感のある人間関係から生まれる激しい感情のやりとり、そこから浮かび上がる社会の縮図をみるようなありとあらゆる問題に、惹きつけられるせいでしょうか。

ここにまた新しい沼ミステリが誕生しました!

ポケミスからこの5月に刊行された、ヴァージニア・ハートマンの『アオサギの娘』は、上記の良さに加え、なんと本作の筆致は明るく軽妙です。

もちろん、死を扱うミステリですから、辛いことしんどいこともたくさん起きますが、主人公の鳥類画家ロニのキャラクターが、全体を明るく照らしていきます。

そう、鳥類画家! ロニはスミソニアン博物館専属の鳥類画家なのです。そんな仕事があるのかと、不明を恥じながら、ロニの仕事ぶりに興味津々です。

鳥類画家というのは細部まで描き出すので、観察眼に優れていないとなれない職業。ロニの亡くなった父親ボイドは、鳥が大好きで沼地の観察に優れたロニのことを沼地のすべてを見通す「沼の妖精の女王」(アオサギの別名でもあります)だね、と言っていました。そんな素敵なお父さんは、25年前に、沼地で謎の溺死を遂げ、家族の間では、父親のことは長らく禁句になっていました。

何故、その死の真相についての疑義が浮上したのか。

詳しくは、訳者の国弘喜美代さんのあとがきをお読みください!

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訳者あとがき


国弘 喜美代(英米文学翻訳家)

 ヴァージニア・ハートマンのデビュー小説、『アオサギの娘』をご紹介する。原題は『The Marsh Queen』。Marshとは湿地という意味だ。

 スミソニアン自然史博物館で鳥類画家として働く主人公、ロニ・メイのもとに、ひとまわり歳の離れた弟のフィルから電話がかかってくる。母が転んで手首を骨折したから、故郷のフロリダに帰ってきてほしいというのだ。しかも母親には認知症の症状が出ているらしく、先のことを相談したいから長期の休暇をとってくれ、という。ロニは育児介護休暇の制度を利用してフロリダへもどる。

 ロニは介護施設に母ルースを訪ね、そこで母親宛のショッキングな手紙を見つける。そこには、「ルースへ ボイドの死についてあなたに話しておかなくてはいけないことがあります」と書かれていた。差出人の名前はヘンリエッタ。ボイドというのは、ロニが12歳のとき、湿地で溺死した父のことだ。事故死とされたが、漁業局に勤めていて湿地を知りつくしているはずの父が溺死するはずがないという思いがロニにはあり、町の噂では、みずから死を選んだのではないかとも言われていた。父の死の真相を知ろうと、ロニはヘンリエッタという人物を探そうとする。

 物語の舞台は、フロリダ州北部にある架空の小さな町、テネキー。語り手は主人公であるロニだ。母の荷物を整理し終えるまで、ロニはワシントンDCには帰れない。さらに、タラハシー科学博物館の館長をつとめる親友エステルから、鳥の絵を描いてくれと仕事を頼まれ、ロニは鳥の観察のためにカヌーで湿地へ漕ぎだしていく。そんなふうにして、やるべきことが次々と持ちあがり、テネキーにいる時間がずるずると延びてしまう。とはいえ、いつまでも仕事を休むわけにはいかない。ロニは焦るが、母の荷物を整理しているときに母の日記帳を発見する。

 ロニは、母の日記帳を読んでは当時の出来事を回想し、カヌーで湿地をめぐっては、かつて父と湿地を訪れたときのことを思い出す。画家であるロニはそれらを思いつくままに絵にする。そして日記や絵が、過去の記憶と現在とをつないでゆく。

 本作は、父の死の真相を探るというミステリ小説としても読めるが、家族の物語でもある。ロニと母親との関係はもともとどこかぎくしゃくとしたものだったが、認知症のせいもあって、なおさら意思疎通がむずかしくなる。そんなとき、母の日記帳を見つけて、ロニは若かりし日の母の心を少しずつ知ることとなる。それに従って、ふたりの関係にわずかながら変化が兆していく。

 ひとまわり歳のちがう弟フィルに対して、自分が甘すぎることを、ロニは自覚している。その一方で、フィルの妻で美容師のタミーとは、世に言う嫁と小姑のような関係だが、幼い姪と甥のことはかわいくて仕方がない。親に介護が必要になったとき家族がどうするのか、それぞれの立場からストレートなことばをぶつけ合いつつ、それぞれが家族としての生き方を模索する。

 家族以外にも、多くの魅力的なキャラクターが登場する。とりわけ興味深いのは、子供のときからの親友、エステルとの関係だ。幼いころからの知り合いで、なんでも打ち明けられる頼もしい友人だ。また、カヌーショップのオーナー、アドレーとの恋模様も読みどころと言えるだろう。

 本文中にエヴァグレーズという国立公園の話が出てくるが、これはフロリダ南端の大湿地帯のことで、世界自然遺産に登録されている。フロリダには豊富な地下水脈が網の目のように張り巡らされており、フロリダ帯水層から湧き出た水が大湿地帯を潤している。淡水と海水の混じり合う湿地帯は多種多様な生物を育み、珍しい鳥だけではなく、ワニやマナティーが棲息することでも知られている。鳥類画家であるロニの口から語られる鳥や自然の描写は精緻で、訳出時には野鳥図鑑とネット検索が必須だった。

 著者は、アメリカン大学で美術学修士号を取得、ジョージ・ワシントン大学で創作を教えている。本書は2022年9月に刊行されたデビュー小説であり、湿地に生きる動植物へのあたたかいまなざしが感じられる作品だ。

 2023年4月

-------ここまで-----


国弘さんのおっしゃる通り、ロニや彼女の家族をはじめ、魅力的なキャラクターと、湿地の動植物愛あふれる傑作サスペンスです。

ぜひこの機会にお手にとってみてください。

『アオサギの娘』表紙

書誌情報
アオサギの娘
ヴァージニア・ハートマン
国弘 喜美代訳
定価2970円
ハヤカワ・ミステリ


著者略歴

ヴァージニア・ハートマン
アメリカン大学で美術学修士号を取得、ジョージ・ワシントン大学で創作講座の教鞭を執る。2022年9月に刊行された本書で小説家デビュー。

訳者略歴
国弘 喜美代(くにひろ きみよ)
大阪外国語大学外国語学部卒。
英米文学翻訳家。
訳書
『レックスが囚われた過去に』アビゲイル・ディーン
『塩の湿地に消えゆく前に』ケイトリン・マレン
『寒慄』アリー・レナルズ
(以上早川書房刊)他多数