違法アップロード/ダウンロードがコンテンツ業界にもたらす末路、ここにあり!『誰が音楽をタダにした?』文庫版訳者あとがき
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文庫版訳者あとがき by 関美和
本書『誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち』はフィナンシャル・タイムズ、ワシントン・ポスト、タイム、フォーブスの年間ベストブックに選出された第一級のノンフィクションだ。
2016年9月に日本語翻訳版が刊行されると、日本でもさまざまなメディアに取り上げられた。いち早く評してくれたのがミュージシャンの菊地成孔さんで、「この歳に成って、ここまで、と思うほど、メディア観について根底から揺さぶられる様な本を読んじゃった」(*1)、「徹底的な取材と斬新かつ誠実な選球眼により、「音楽が無料で入手出来る」という現状を構成する100%総ての要因を網羅し、しかも極上のミステリー小説のように読ませ、先行類書としての『CDは株券ではない』、『FREE』、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』、『21世紀の資本論』等々を一撃で吹き飛ばした」(*2)、「圧倒的な本で、自分が音楽関係者じゃなくてもおもしろい」(*3)と各所で絶賛。その後tofubeatsさんとジェイ・コウガミさんがこの本について対談したり(*4)、『夏フェス革命』(blueprint)の著者、音楽ライターのレジーさんが同書を着想したきっかけとして本書を挙げていたり(*5)と、読んだ人たちが衝撃を受けた様子がうかがえた。
また音楽業界を超えて話題になっていた証拠に、HONZとグロービス経営大学院とフォーブスジャパンとフライヤーが主催する「読者が選ぶビジネス書グランプリ2017」で政治経済部門の第2位に輝いたほか、テレビ東京系列「ニュースモーニングサテライト」で野村證券の若生寿一さんがおすすめの一冊として紹介(*6)。女性誌のクロワッサンでも訳者インタビューをしていただいた(*7)。この文庫版には『1998年の宇多田ヒカル』(新潮新書)や『小沢健二の帰還』(岩波書店)の宇野維正さんが的確で熱い解説を寄せて下さっている。
ここでもう一度、本書の内容をおさらいしておこう。
著者のスティーヴン・ウィットはナップスター世代のど真ん中で、何万曲という海賊版の楽曲でハードディスクをいっぱいにしていた。曲をブラウズしているとき、ある疑問が頭に浮かんだ。あの無数の海賊版はいったいどこから来てるんだろう? 好奇心に駆られて調査していくうちに、誰も知らなかった事実を突き止めることになる。インターネットの中に、発売前のアルバムをリークする秘密の組織があったのだ。その厳密に組織された秘密グループにいたあるひとりが、ほとんどすべての話題のアルバムの流出源になっていた。いくつかの偶然が重なって、その男が史上最強のリーク源になり、それがインターネットで拡散されたことで、音楽はタダになっていく。
いくつかの偶然のひとつは、もとをたどれば音楽の圧縮技術が成熟したことだ。mp3という圧縮技術がなければ、CDというフォーマットはなくならず、音楽は物理的に流通されていたはずだ。
もうひとつの偶然は、ラップがひとつのジャンルとして確立し、それがデジタルネイティブのミレニアル世代にもっとも人気のあるジャンルのひとつになり、そのジャンルをある大手レーベルが独占するようになったことだ。それがユニバーサル・ミュージックだ。
この本の縦糸は、その3本だ。ひとつ目はmp3の生みの親でその後の優位を築いたあるドイツ人技術者の物語。ふたつ目は、鋭い嗅覚で音楽の新しいジャンルを作り、次々とヒット曲を生み出し、世界的な音楽市場を独占するようになったあるエグゼクティブの物語。そして、3つ目が、「シーン」と呼ばれるインターネットの海賊界を支配した音楽リークグループの中で、史上最強の流出源となった、ある工場労働者の物語だ。
この3つの縦糸が別々の場所で独立して紡がれるなか、横糸にはインターネットの普及、海賊犯を追う捜査官、音楽レーベルによる著作権保護訴訟が絡み合う。3人のメインキャラクターに加えて、リークグループの首謀者、それを追うFBIのやり手捜査官、ジェイ・Zやジミー・アイオヴィンといったこの20年でもっともヒットを生み出した音楽プロデューサー(今や既得権益側になってしまった!)が登場し、謎解きと冒険を足して2で割ったような群像活劇が繰り広げられる。
まるで映画のような実話だと思っていたら、やはり映画化が決定していると聞く。どの俳優が誰を演じるのか、ジミー・アイオヴィンやジェイ・Zは本人役で出演するのか(カニエ・ウェストも重要な場面で登場する)、妄想しながら読むと本書の面白さがさらに増すはずだ。
このワクワクするような本を翻訳するチャンスを与えてくれた坂口玲実氏と文庫版の編集を担当してくれた早川書房の一ノ瀬翔太氏に心から感謝する。私が大好きだったスザンヌ・ヴェガの「トムズ・ダイナー」が世界で初めてmp3になった曲だと知り、感激した。その理由は本書に詳しくあるので、是非ご一読を。
2018年2月
*1 公式ウェブサイト「菊地成孔の第三インターネット」2016年10月14日
*2 リアルサウンド「菊地成孔の欧米休憩タイム」2016年11月6日
*3 Mikiki「菊地成孔の2016年総括」2016年11月24日
*4 リアルサウンド「tofubeats×ジェイ・コウガミ、名著『誰が音楽をタダにした?』を語る 音楽はネット時代にどう生き抜くか」2017年1月11日
*5 リアルサウンド「‟フェス”を通して見る、音楽と社会の未来とは? 『夏フェス革命』著者インタビュー」2017年12月11日
*6 2016年12月27日放送「リーダーの栞」コーナー
*7 2017年2月10日号「本を読んで、会いたくなって。」コーナー
■訳者略歴 関 美和(せき・みわ)
翻訳家。杏林大学外国語学部准教授。慶應義塾大学文学部・法学部卒業。ハーバード・ビジネススクールでMBAを取得。訳書にフラード=ブラナー&グレイザー『ファンダム・レボリューション』、ボーゼン『ハーバード式「超」効率仕事術』(以上早川書房刊)、ギャラガー『Airbnb Story』、ティール&マスターズ『ゼロ・トゥ・ワン』、アンダーソン『MAKERS』他多数。
スティーヴン・ウィット『誰が音楽をタダにした?——巨大産業をぶっ潰した男たち』文庫版(関美和訳、本体940円+税、ハヤカワ・ノンフィクション文庫)は、早川書房より発売中です。