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小説案を5つ 円城塔

 作家というものを仕事にしている。
 どちらかというと、想像でものを書いていくタイプである。嘘のような本当の話、本当のような嘘の話というものを扱わせればそれなりだと、自分では考えている。
 自分のような書き手にとってチャンギージーの『ヒトの目、驚異の進化』はもうこれだけを元ネタに小説を5、6本はひねりだせようという代物である。ふつうに書評を書くよりも、この本を読んでこういう小説を考えた、という着想をメモ書きした方が楽しくなりそうであるのでそうする。
 全体が4章で構成された本であるから、各章からひとつずつ、4つの小説案をひねりだしてみることにしたい。

「感情を読むテレパシーの力」

 あなたはこのところ売り出し中のA.I.氏なる人物の手になるテキストの調査を依頼される。およそあらゆる種類の文章を自在に生成し、人々を惑わす氏のテキストは、嘘と本当、フィクションとノンフィクション、フェイクとトゥルース、虚実の間の区別を危うくするものとして警戒されているのである。
テキストの真実性の判定法を求める主人公がたどりつく解決策とは……。

「透視する力」

 画商のあなたは、キュビズムが何度目かのブームを迎えているというニュースを耳にする。過去の著名な作家だけではなく、現代の作家の作品にも高騰の傾向が見られるという。その噂を調べるあなたは、作品の高騰が「特定の作風」を持つ作家の周囲のみで起こっていることに気がつく。あなたがたどりついたのは、両眼にそれぞれ全く異なるゲームを投影するという奇妙なVRゲームの信仰集団だった……。

「未来を予見する力」

 あなたは幼い頃から、特殊な錯視に苦しめられてきた……と、気がつくことができたのは大人になってからのことであり、他の人には世界はまるで違った姿で見えているのだと理解できるまでにはずいぶん長い時間がかかった。
 あなたにとってこの世界は、非常な速度で変化を続ける舞台であり、より正確に言おうとするなら、現在に未来が重ね描かれている世界である。他人より少し未来がそこには重ね描かれているのだった……。

「霊読する力」

 突如人類社会に姿を現した宇宙人。その宇宙人とのコミュニケーションを確立するために招聘された言語学者であるあなたは、当該宇宙人の使用する文字が、およそ人類にとっての文字とは遠くかけ離れたものであることに気がつく。そのときあなたの脳裏には「マーク・チャンギージー、チョン・チャン、下條信輔による2006年の論文」が浮かぶ。
 その文字の形を検討することにより、「宇宙人がやってきた世界の姿」を予想することができるのではないかとあなたは考えはじめる……。

 以上、4つの小説案の「ネタバレ」はもちろん、本書をあたって頂ければよい。
 とここでは小説をひねりだしてみたわけだが、推理小説のような論理展開を惜しげもなく繰り出してくる本書はそれだけで充分なエンターテイメント小説でありうる。語調が硬く感じられる向きには、「論文調で書かれた推理小説」として読んでみるというのはいかがか。
 そうしてSF読者には、この本自体が、「まるでこの本を読んでいるかのように脳に感じさせる機構」を利用して存在しているという読み方を提案したい。具体的な処方箋は、この文庫版のp305に書かれているとおりだ。
 その場合、「「「具体的な処方箋がp305に書かれている」と脳に感じさせる機構」がp305に書かれた処方箋によって示されている」ということになるわけであり、ここに、そうして存在すること自体が、すぐれたSFになっているという、とても不思議な書物が存在しているということになる。

(了)


円城塔
1972年、北海道生まれ。東北大学理学部物理学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。2007年「オブ・ザ・ベースボール」で文學界新人賞を受賞。同年、『Self‐Reference ENGINE』(ハヤカワ文庫JA)で長篇デビュー。2010年『烏有此譚』で野間文芸新人賞、2011年、早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞、2012年『道化師の蝶』で芥川賞、同年、伊藤計劃との共著『屍者の帝国』で日本SF大賞特別賞、2013年『Self‐Reference ENGINE』の英訳版でフィリップ・K・ディック賞特別賞、2017年「文字渦」で川端康成文学賞、2019年『文字禍』で日本SF大賞を受賞。他の作品に『これはペンです』『プロローグ』『エピローグ』など。


ヒトの目、驚異の進化

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