【連載02】《星霊の艦隊》シリーズ、山口優氏によるスピンオフ中篇「洲月ルリハの重圧(プレッシャー)」Web連載中!
銀河系を舞台に繰り広げられる人×AI百合スペースオペラ『星霊の艦隊』シリーズ。
著者の山口優氏による、外伝の連載が2022年12/13より始まっています!
毎週火曜、木曜の週2回、お昼12:00更新、全14回集中連載の連作中篇。
星霊の艦隊 外伝 洲月ルリハの重圧プレッシャー
ルリハは洲月家の娘として将来を嘱望されて士官学校にトップの成績で入学し、自他共に第一〇一期帝律次元軍士官学校大和本校のトップを辞任していた。しかし、ある日の無重力訓練で、子供と侮っていたユウリに完全に敗北する……。
星霊の艦隊 外伝
洲月ルリハの重圧
山口優
Episode 1「誇り」
Part2
訓練はさんざんな結果だった。まともに戦えたのは、ルリハ、ユウリ、そしてナオぐらいのもので、後は滑稽なダンスを踊るのが関の山だった。
「素人が多いのよね……今年の士官学校生は……」
と、教官の一人が愚痴を言っているのが、訓練後、聞こえてきた。
「……とはいえ、それも事情があるのでしょう。従来のように軍人家系の者ばかりというわけにもいかないのでしょう。大和星律系への襲撃を特設経験した直後の世代です。思うところが多いのでは」
教官の配偶官――人間のペアとなるべき星霊がそうなだめていた。
無重力訓練科の学科長である、訓練指揮官、余津谷アズサ中佐は、明日も訓練の続行を指示したそうだ。彼女は天神の制御星霊、天神イヅナの配偶官でもある。
(そうなのですわね……素人が多いということなのですか……)
訓練艦「天神」の大浴場につかりながら、ルリハは髪を結った後頭部で手を組んで、浴場の壁の上の方を見上げていた。
(いつもは、軍人になど好んでなろうという者は少ないのでしょう。だから私のような軍人家系の子女が多く士官学校に入っていたということですわ。ゆえに軍人としての基本的な所作は家庭教育の範疇でこなしてきている者が多かったのでしょう。しかし今年は……そうですわ……大和帝律星への襲撃事件で、家族を亡くした者も多いのでしょう。星霊の記憶領域――霊域をも襲撃されたのですから。ということは、本当に「死んだ」者も多いのですわね)
だったら一般家庭の子供でも軍人になりがたる動機を持つのだろう。
(意外と、今年は『豊作』ということになるのかもしれないわですね)
ルリハは手を下ろし、訓練でつかった腕、胸、腰、足の筋肉をほぐしていく。
(なぜなら、軍人家庭の子供というのは、所詮は初期値が高いだけなのですから。試験だけで受かってきた子供の方が学習効率はいいかもしれないですわ)
あのユウリ、本当に力を隠していたわけではなく、あのときルリハが教えたことだけでこつをつかんでしまったのだろう。
(負けられないですわ……ほかの世代のときよりも、洲月家の名誉を守るためには多くの努力が必要なんでしょうね)
「よお。お疲れ様だな。ルリハ……だっけ?」
気安くルリハに声をかける者がいる。ルリハはじろりと、声をかけられた方を見上げた。
まず鍛え抜かれた太ももが見えた。それから、ほどよくついた腹筋――豊かな胸――そして、不敵に微笑む整った顔。
「あなた――たしかナオといいましたわね」
「そうだ。科戸ナオ。あんたにユウリをとられた女さ。覚えておいてもらおう」
そういって、許可も取らずにルリハの隣に座る。
「とったつもりはないですわ。順番を守ってくださいというだけです。何ですの? ユウリとはそういうご関係ですの、あなた」
「できてはいないさ。ただ、大切な親友で、命の恩人ってだけさ」
だけ――というには重い関係のようだ。
「命の? ――あの、襲撃の時の?」
「ああ。あいつが助けてくれなければ、オレは今頃女湯に入ってなかっただろうな。なぜかあいつは性別を決定する遺伝子を盗られちまった……。なぜ敵がそんなことをしたのかもわからないが」
ナオは沈んだ声でそうつぶやいたが、それも一瞬だった。
「ま、あいつは優秀だし、オレも助ける。やったのは人類連合軍だってわかっているんだから、奴らから奪い返せばいい。近いうちになんとかなると思うぜ」
「――楽観的ですわね」
「はっは。それが信条なんでね。やるだけやってりゃ、結果は後からついてくる。うまくいくかどうか不安がって何もしないよりは、やるだけやったほうがうまくいく確率は高いだろうぜ」
「――まあ、それは真理ですわ」
ルリハは認めた。
「父も言っていましたわ。兵は拙速を尊ぶ、いまだ巧みの遅きを聞かざるなりと。あれこれ考えたって、時間の無駄、人生も戦争も、何でも思いついたらやってみるのがいいと」
「お父さん――ああ、もしかして元軍令部次長の洲月退役中将閣下か」
「そうですわ。よく知っていらっしゃいますわね? 彼が引退したのはもう二四年も前ですわ」
「ちょうど同じタイミングで、うちの母も軍隊にいたからさ」
「科戸……ですか。ああ、科戸アミカ少将ですわね……。第一一巡航戦隊司令官を務めていらした」
なるほど。このナオという女は軍人家系というわけだ。そういえば、彼女の目をよくみると紫色をしている。軍人は配偶官として一緒に勤務した星霊と、引退後結婚することが多い。
だから星霊の擬体の特徴である、紫系統の目や髪の特徴を引き継いでいる。ルリハの瞳と髪はいずれも瑠璃色で、彼女は軍人家系を象徴するものとして、それを非常に誇りにしていた。
だが科戸家は――ルリハのみるところ、それほど伝統があるというわけでもなさそうだ。多分、アミカがたまたま何らかの動機で軍人となり、その子供も――おそらく――たまたま――何かの動機で軍隊に入った、というだけなのだろう。代々軍人になる、などというのは一般市民からすれば酔狂なことであり、そういう家系の者には独特の雰囲気がある。高すぎる誇り、勤勉さ、きりりとした品のある所作――など。ナオからはそういったものは感じない。
それどころか、平均よりも品がないように見える。
女湯だからといって、そんなに足を開いて座っていいものではないだろう。
ルリハは軽く咳払いした。
「んっん!」
「ん? 風邪でもひいたか」
「――ナオ。初対面でこういうことを言うのは気が引けるのですけれど、脚を閉じなさいな。何故そんなに大股開きなんですの?」
「おっと」
ナオは心持ち脚を閉じたが、ルリハに言われて仕方なくやっている、といった風情だ。
(しょうがない女ですわね。つきあってるとこちらの格まで落ちるというものですわ。このような方と親友だというあのユウリも、単に物覚えがいいだけで、その程度の存在なのですわ)
ルリハは若干距離を取る。
「ったく。ほら、こうやれば不自然じゃないだろ」
ナオは、あろうことか、ルリハを彼女の前に引き寄せ、彼女の脚の間に座らせた。
「なにするんですの!」
思わず声を出すが、その次の瞬間、肩をぐっと押されて座らされた。そして、ナオは肩をもんでくる。
「どうだい?」
「ん……これは……きもちいい……ですわ……」
「だろうなあ……」
実感のこもった声だった。
「いやはや、急に性別を選べってのも不親切な話だよな? 女の身体もなってみれば不便なものだ。肩がこるのなんの……。あんたも同じだろ? 脚を閉じろなんて今まで言われなかったしなあ」
「それはそうですわね」
「士官学校もいろいろとがんじがらめでいやになるぜ。オレ、入学まではベクトルマーカ付きの下着だったから、そこまで肩はこらなかったんだけどなあ」
ベクトルマーカとは、星霊が行う時空への操作――「超次元状態ベクトル操作」に特別な操作を要求するデバイスだ。ナオが言っているのは、重力軽減機能付きの下着のことだろう。
「それは軟弱ですわね。そんなもの、鍛えればいいんですよ。大胸筋を鍛えれば多少は軽くなると、祖母は言ってましたわ」
「お堅いことだなあ」
ナオは非難する風もなく言う。
「それでも、大昔に比べれば多少はマシかもな。こんな広い浴場に、一時間もゆったり浸かれる時間があるなんて、大昔の士官学校では考えられなかったらしいぜ? もっとてんてこまいだったんだと」
「思うに、昔はもっと即断即決、命令を即座に実行するタイプが好まれたんでしょう。そのためにはゆっくりしない練習も必要ですわ。今もそれは同じ。軍隊なのですから。でも星霊がある程度の機械的な軍隊の部分を担ってくれますし、星霊のシステムを使えば座学で学ぶようなことは一瞬で頭に入りますから、残った時間で、人間はより情緒的な部分の成長も必要と言うことなのですわ」
「じゃあオレとのふれあいも情操教育として重要というわけだな、お嬢様」
「何がお嬢様ですか。馬鹿にした言い方はしないでくださいまし」
ルリハはむっとして立ち上がりかけたが、ナオの揉み方があまりにも気持ちいいので、そのままでいたい感情が勝った。
「……それで? どういう意図で私に近づいたのです? あなた、私のことそれほど好きではないでしょう」
「責任感のあるところ、面倒見のいいところは好きかな。あんた、最初に無重力遊泳をしたやつを助けてやったろ。ユウリとオレたちも助けに来た」
「あたりまえでしょう。義をみてせざるは勇なきなり、ですわ。困っている人がいたら助ける。軍人の卵として当然のことです」
「――でもお高くとまったところは嫌いかな」
「よくも面と向かって言いますわね!」
思わず、振り向いてナオをにらんだ。間近でみるナオの顔は本当に整っていて、顔だけ見れば好意を抱きそうになるが、その紫の双眸はあくまで挑戦的だ。
「例えば、今日のユウリに対する態度だ。あんたが負けてしまったのは教官も認めたことだろ。そのあとあんな態度を取ったら、あいつは自分が何か悪いことをしたかと思い悩んでしまう。実際には、あんたのつまらんプライドゆえに機嫌が悪くなっただけの話で、あいつは何にも悪くない。だろ?」
「科戸ナオ……言わせておけば……!」
「オレはさ、この通りの自由な性格だから、敵もつくりやすい。その分味方もつくるがな。だが、ユウリは――あいつはおとなしいやつでな。敵なんか普段つくらないタイプだから、あんたからああ言われたらビビるのさ。別にそれも、軍人として精神を鍛えるにはいいのかもしれないがな。世の中にはあんたのような理不尽な馬鹿もいる、と。敵なんて理不尽の塊だしな……」
ナオは言葉を探すように上を向いた。
「それでも……まあ……なんというか、あいつには、『世の中の人間は、――少なくとも味方のアメノヤマトの人間は、信じられるいい人たちだ』と信じていてほしいんだよ。……あいつは物覚えがいい。びっくりするほど優秀になるかもしれん。そんなやつが、士官学校時代に人間社会について妙な『真実』を学んだ気になってしまってほしくないんだ。所詮現実は力だけが支配する――強いやつだけが生き残る――とか、そういうことをな……」
ナオは視線をルリハに戻した。
「オレの言いたいこと分かるか? あんたのプライドは、……訓練中、オレやユウリや、あの女子学生を助けたプライドは、オレは大好きなんだ。そういう気高いプライドをもっててくれよ」
ルリハはふん、と鼻を鳴らした。
それから立ち上がる。
「興ざめですわ。何ですか。この私に興味を持って近づいてきたのかと思ったら、親友とやらのお守りってわけですか。ご苦労なことですわね」
「楽しいぜ、世話を焼くってのもな」
にかっと笑う。真珠のように白い歯がまぶしい。
「しかし、あんたにも興味を持っているのは確かだ。お高くとまったいやなやつだが、たまにいいやつにもなる。面白いやつだ」
そういって、手を差し出す。それをルリハはきつく払った。
「なれなれしい! なれ合いはしませんわ」
そこで言葉を切る。
「だから――マッサージのお礼はきっちり返してあげます」
*
女子浴場を出、学生用のスキンタイトスーツを身につけた後、ルリハはずんずんと廊下を進む。大きな女子浴場、小さな男子浴場――その向こうに、「特任学生用 小浴場」と書いてあるドアがあった。それを乱暴に開き、大股で中に入っていく。
そこに、小さな湯船につかるユウリがいた。亜麻色の髪を丁寧に結い、その上にタオルをのせている。
「翠真ユウリ!」
「えええ!」
頓狂な声を上げ、ユウリは目を見開いた。
「ここは子供湯だよ!」
「それがどうしたんですの。いいですか? 一度しか言わないからしっかり聞きなさい。今日は悪かったですわ! あなたは物覚えがすごくいいですわ。私の教え方もよかったけれど! それだけですわ! 失礼しますわ」
それだけを言い、そのまま足早に自分の部屋に戻っていく。
心臓がどきどきしていた。
だが、悪い気分ではなかった。
2022/12/20/12:00更新【連載03】に続く