この出会いは運命だ。野良犬がジャングルのレースで飼い主に出会った感動の物語。『ジャングルの極限レースを走った犬 アーサー』(好評発売中)特集1
「人間の最良の友」ともいわれる犬。どの出会いにもすばらしい物語がありますが、ひとつ、信じがたい運命的な出会いをした犬と人の物語を紹介します。
犬の名前はアーサー。ジャングルの極限レースの最中に、家族となるミカエル・リンドノードさんに出会います。
ミカエルさんは、ジャングルや高山、砂漠や積雪地帯などの過酷な道を踏破するアドベンチャーレースの選手。彼がアーサーと出会ったのは、標高4000m、全長約700kmの荒野を走る世界選手権エクアドル大会に挑んでいるときでした。
ミカエルさんたちは、地図にも載っていない人里離れたジャングルに向かいます。見通しがきかないし道もない。おまけに空を飛んで噛みつく生き物もいる。間違いなくレース中で最難関のステージでした。
ここに来るまでにもチームは疲れ切って、足を痛めたメンバーもいます。そこでミカエルさんたちは食事休憩をとることにしました。
そこへ、ミカエルさんたちを見つめる1つの影。泥だらけでボロボロになった1匹の野良犬でした。
その犬は、ほかの野良犬とちがい、吠えたり唸ったりもせず、静かに佇んでいました。やせ衰え、汚れているものの、金色の毛並みだとわかります。その姿はとても穏やかで威厳すら感じさせました。
でも、犬はひどく飢えている様子。ミカエルさんにはこの犬がどんな苦労をしてきたかが、手に取るようにわかります。そこで自分のミートボールを差し出します。一つでは足りないだろうと、もうひとさじ分の肉も加えて。
気まぐれにあげたミートボール。たったそれだけ。でも、飢えに苦しんでいた犬にとって、どんなにうれしかったことでしょう。このとき絆が生まれたのです。
ミカエルさんたちが出発してしばらくすると、再び影が近づいてきます。先ほどの犬です。チームがどんどん先に進んでも、犬は後ろをついてきます。
いよいよジャングルに入り、ぬかるんだ地面は歩きにくく、体力を消耗していきます。でも、犬はさらに泥だらけになって、もがきながらも懸命に追いかけてきます。犬のためにも、ミカエルさんは少しでも早くましな足場にたどり着くことを祈りました。
ようやく開けた場所につくと、休憩です。疲れて座り込むミカエルさんの足元に犬も寝そべります。見るからに疲れきった様子でした。この犬にチームの分のミートボールをあげるのは自然なことでした。
ミカエルさんとチームメイトは犬を助けることを決断します。そうして、泥だらけながら金色の毛をもち、静けさと上品さをたたえたこの犬に、「キング・アーサー」からとった名前をつけました。
アーサーはチームが向かうところ、どこにでもついてきます。ぬかるんだ道を抜け、山を登り、いっしょに休む。アーサーは5番目の仲間なのですから。
ですが、このあとに、チームに立ちはだかる難所が待っていたのです。
(つづく)
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この文章は、『ジャングルの極限レースを走った犬 アーサー』(ミカエル・リンドノード/坪野圭介訳)の紹介記事です。本書は早川書房より好評発売中です。