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核兵器使用の「正当化」はここから始まったーーNHKスペシャル取材班『原爆初動調査 隠された真実』まえがき試し読み

広島と長崎でアメリカ軍によって戦後行われた「原爆の被害と効果」の大規模調査。残留放射線が計測され、科学者たちが人体への影響の可能性を指摘したにもかかわらず、なぜ事実は隠蔽いんぺいされたのか?
2年前に放送され大きな反響を呼んだNHKスぺシャルの内容に大幅加筆したハヤカワ新書『原爆初動調査 隠された真実』が8月22日に発売となりました。
2023年の今、78年前に行われたことの真実を知る意味とは。著者によるまえがきを特別公開します。

ハヤカワ新書『原爆初動調査 隠された真実』

まえがき 共犯者にならないために

2023年6月、この原稿を書いている最中にもまた、きな臭いニュースが流れてきた。ロシアのプーチン大統領が、戦術核兵器をベラルーシ領内に搬入したと明らかにしたというのだ。プーチンは「国家としての存在に脅威が生じた場合は使用可能だ」と強調し、反転攻勢を進めるウクライナに対し、核による威嚇を強めている。
一方でアメリカも、「核兵器の近代化」を掲げ、〝使える核〟とも言われる小型核の配備を強化。極東アジアでは、北朝鮮が核・ミサイル開発を加速させ、中国も核戦力の強化に乗り出しているとされる。

私たちはいま、再び人類に対して核が使われかねない、危機の時代に生きている。

戦後78年間、広島・長崎の被爆者たちが訴え続けてきた、核による凄惨な被害。その痛みをよそに核保有国はなぜ、核の存在を正当化し続けているのか──
その出発点ともなったのが、アメリカをはじめとする連合国やソビエト連邦が被爆直後の広島・長崎で行った「原爆初動調査」である。

日本中が東京オリンピックをめぐる喧騒のただ中にあった2021年8月9日、私たちは、NHKスペシャル「原爆初動調査 隠された真実」を放送。調査の全貌に迫り、アメリカが被爆地に残る「残留放射線」の存在を把握しながら、隠蔽していった生々しい実態を浮き彫りにした。番組は、ギャラクシー賞月間賞(2021年8月度)、放送文化基金賞奨励賞(第48回 テレビドキュメンタリー番組部門)を受賞するなど、大きな反響を呼んだ。

番組の放送に至るまでの取材期間は2年に及んだ。それは、70年以上前に国家が隠蔽した事実を掘り起こすことが、いかに困難かを痛感する日々でもあった。取材した関係者は優に100人を超え、日本、アメリカ、ロシアで収集した資料は、数千点にのぼる。本書は、番組内容に加え、放送では割愛せざるをえなかった膨大な事実を新たに書き加えた記録である。

アメリカは、広島・長崎で秘密裏に残留放射線を測定。極めて高い値を確認し、人体に影響を与える可能性に気づきながら、科学者に圧力をかけ、その事実を隠蔽していった。一方で、ソ連もまた原爆の被害を矮小化する報告を行っていた。戦後、残留放射線の存在から目をそむけ続け、アメリカとソ連は核兵器の開発を推し進めていく。
しかし、調査の理由や結果が、最大の当事者である広島・長崎の被爆者に知らされることはなかった

それは、いかに罪深きことなのか。鮮烈に突きつけられたのが、調査において最も高い線量が記録された長崎市西山地区での取材だった。
西山地区は、爆心地から東に約3キロ。山を隔てているため、当時、原爆の熱線や爆風は届かず、直接の被害はほとんどなかったとされてきた。その一方で今回取材を進めると、戦後、原因不明の死や体調不良を訴える住民が相次いでいたことがわかったのだ。

「人としてみていない。実験みたいにしてる」

西山地区に暮らした家族を突然、白血病で亡くした遺族は、原爆初動調査の真実を告げると、こう声を震わせた。調査対象となり続け、甲状腺機能低下症や複数のがんに苦しんできた住民は、険しい目つきで、言い放った。

「聞きたくなかった。聞きたくなかったけど、事実は教えてくれないと」

この言葉は、アメリカ政府や国にだけ向けられたものではなく、ジャーナリズムの一端を担う私たちにも突きつけられた「重い問い」だと受け止めなくてはならない。

当時調査に関わったアメリカ人医師の孫が語った言葉が、今も私たちの頭から離れずにいる。

「祖父は共犯者だった」

残留放射線の隠蔽は、国家だけが行ったものではない。科学者や、メディア、そして国民をも巻き込みながら、進められていったものである。

 ──共犯者にならないために──

私たちは何を知り、核に対しどう向き合うべきなのか。
「原爆初動調査」は78年前の遠い過去の出来事ではない。危機の時代に生きる私たちと、地続きなのである。


この続きは、8月22日発売の『原爆初動調査 隠された真実』でお読みください。

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◆本書の目次

まえがき 共犯者にならないために
序章 残された「原爆の謎」
第1章 「結論ありき」だったアメリカ軍の調査.
第2章 研究対象の地区で明らかになった「異常値」
第3章 軍とメディアになきものとされた「残留放射線」
第4章 「忖度そんたく」は核開発のために
第5章 よみがえった広島・長崎の残留放射線の値.
第6章 日本の原爆初動調査 苦闘する科学者たち
第7章 核科学者・レベンソールの極秘資料.
第8章 相次いだ「原因不明の死」
第9章 「原因不明の死」は他の地区でも
第10章 「白血球の異常値」その痕跡をたどる
第11章 スパイを送り込んでいたソ連、謎の調査を追う
第12章 被ばくした駐留兵と「共犯者」となった科学者
第13章 78年前の論理がもたらす核の脅威.
あとがき
参考資料

◆書籍概要

『原爆初動調査 隠された真実』
著者: NHKスペシャル取材班
出版社:早川書房
本体価格:980円
発売日:2023年8月22日

◆著者紹介

NHKスペシャル取材班
2021年8月9日にNHK総合テレビで放送されたNHKスペシャル「原爆初動調査 隠された真実」の取材チーム。NHK広島放送局と福岡放送局が中心となり、2年間の長期取材を経て制作された同番組は、第48回「放送文化基金賞」テレビドキュメンタリー部門奨励賞、ギャラクシー賞月間賞(2021年8月度)を受賞するなど大きな反響を呼んだ。


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