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世界へ羽ばたいた新人デビュー作『最後にして最初のアイドル』とは? 「げんげん❤️SF道」前島賢

SF作家・草野原々によるデビュー短編集『最後にして最初のアイドル』英訳版が配信されました。それを記念して、文庫版に収録の前島賢氏による解説「げんげん❤️SF道」を公開します。

Last and First Idol (English Edition)
Gengen Kusano/Illustration: TNSK
(J-Novel Club)

げんげん❤️SF道

 草野原々は新人SF作家だ。伊藤計劃以後と呼ばれる現代においては、新人SF作家はそれほど珍しい存在ではない(かもしれない)。復活したハヤカワSFコンテストとともに、SFの書き手も限りなく増大していく(といいなぁ)。しかし草野原々のデビューは、普通のSF作家のそれとは一線を画していた……。

 草野原々が本書所収の短篇「最後にして最初のアイドル」で第4回ハヤカワSFコンテスト特別賞を受賞したのは2016年のことだった。だが、いくら新人賞とはいえ普通の作家は『戦闘妖精・雪風』の神林長平「正直、本作が最終選考の場にあるのはなにかの間違いではないかとぼくは思った」とか〈SFマガジン〉編集長の塩澤快浩に「前半三分の一は文芸作品として最低レベル」などと言われたりはしない。何より、どんなに才能ある新人でも普通、受賞の事実だけでTwitterを騒がせたりはしない。にもかかわらず、本作の特別賞受賞は、それ自体が大きなニュースとなって一部界隈を騒然とさせた。

 なぜなら本作は……

前回のラブライブ!!
 高校二年になった私を待っていたのは学校が廃校になるというお知らせ。
「私の輝かしい、高校生活が!?」
 廃校を阻止するためには入学してくる生徒を増やすしかない。そこで私は、今大流行のスクールアイドルをやって、学校をアピールすることにしたの。でも……
「アイドルはなしです!」
「自分のために何をするべきか、よく考えるべきよ」
 それでも私は学校のために何かしたい。諦めきれない!
 私、やっぱりやる!
『ラブライブ!』二話「アイドルをはじめよう!」より 

 本作は、そんなあらすじで有名な人気アイドルアニメ『ラブライブ!』の二次創作をリライトした「コンテスト史上最大の問題作」だったからだ。元のタイトルは「最後にして最初の矢澤」。初出は2015年3月15日開催の『ラブライブ!』オンリーイベント「僕らのラブライブ!7」にてサークル「国立音ノ木坂学院SF研究部」から発行された同人誌『School idol Fictionally』。「アイドルアニメの二次創作が発端の作品が、歴史と伝統あるハヤカワSFコンテストで特別賞を受賞!」というニュースは一瞬でネットを駆け巡った。受賞作が2016年11月22日に電子書籍として刊行されると、その反響はさらに大きくなった何しろその内容は「アイドルアニメの二次創作」なんて字面からはまったく想像もつかないものだったからだ。

 不慮の死を遂げたアイドル志望の少女が、その親友である女医の卵により異形の怪物の姿で蘇生、おりしも勃発した地球環境の激変に適応すべく少女はみずからを改造・進化させ、やがて宇宙に進出する……。草野原々自身はオラフ・ステープルドンの『最後にして最初の人類』『スターメイカー』をモチーフにして、宇宙と意識とアイドルの謎を解き明かす作品」「実存主義的ワイドスクリーン百合バロックプロレタリアートアイドルハードSF」と語るが、一見すると意味不明なその文字列が、けれどもまったく間違いでなかったことを読者は知ったのだ(なおオリジナル版の冒頭はイラスト投稿サイト「pixiv」で公開されている。改稿版とほぼ同様の物語が『ラブライブ!』のキャラクター・矢澤にこと西木野真姫─専門用語で「にこまき」──によって展開され、真姫ちゃんがトラックに轢かれたにこにーの死体から頭蓋骨を削り開いて脳と脊髄を引きずり出したりする)。

 この衝撃の内容にもかかわらず、というべきか、だからこそ、というべきか、ともかくも本作はamazonの電子書籍ランキングで1位を獲得。それどころか、日本SF大会に参加したSFファンの投票にて決定される星雲賞において、見事、第48回の日本短編部門を受賞。2016年発表の国内SF短篇の頂点に立ったのである。新人デビュー作での星雲賞獲得は、山田正紀『神狩り』以来、実に42年ぶりの快挙だった。


 SFコンテストの審査の場においては実に辛辣な言葉も飛び出した本作だというのに、なぜここまで支持されたのか?

 ……少しだけ、話は脱線する。

 21世紀に入ってオタク文化は、急速に一般化した。高校生、大学生、社会人になってもアニメを観ていることは、ごく普通のこととなった。そんな「浸透と拡散」を果たした現在のオタク文化の担い手のなかに、「悪いオタク」と呼ばれる人たちがいる。彼ら(彼女ら)はもちろんかわいい女の子が大好きで、二次元キャラ声優アイドルをこよなく愛しているのだが、しかし彼らはそれと同じぐらいにSFミステリ、あるいはホラーといった別のジャンルにも愛を注いでおり、そして、また歴史・軍事情報技術・自然科学などの専門教育を受けている者も珍しくない。それ自体は普通のことかもしれない。人は多様な側面と多様な趣味をもつものだ。だが、彼ら「悪いオタク」の悪いところは、本来、各ジャンルごとに受容すればいいそれを、隙あらば融合させようと企んでいる点にある。たとえば、かわいい女の子で満載のアニメの中に、何かしらつっこみどころを見つけた瞬間彼らのスイッチは入る。だって可能性感じたんだ、そうだすすめと、彼らは嬉々としてそれを自身の専門に引き寄せて理屈づけようとし、決まって悪趣味でグロテスクな方向に拡大していく。たとえば「あのアニメに男子が出てこないのは核戦争で人類は全部滅んでいるからで、学園は核シェルターに再現された人工のユートピアで……」とか「戦闘美少女を率いる男性指揮官が姿を現さないのは、実は彼はすでに死んでおり、それを認めたくない少女たちは空虚な戦争を……」とか「○○は本当は存在せず現実と虚構の境目は曖昧であって立ち食い蕎麦と犬」とかそういうアレだ。今日もSNSのそこかしこで「悪いオタク」たちがそんな「大喜利」を繰り広げている。

 かわいい女の子たちが歌ったり踊ったり夢に向かってがんばったりするともっとかわいい……そんなアイドルアニメと、人類の異形の進化を描いたハードSFを融合させる。草野原々のそうした行為に、「なぜそれを混ぜた!」と嬉々としてつっこんだ読者は、一方で、強烈な同類臭を感じたはずだ。おそらく彼の創作は悪いオタクの「大喜利」の延長線上にある。だが草野原々の「悪さ」は、ちょっと常軌を逸していた。普通の悪いオタクなら140字の大喜利、ほんの冗談、いたずらで終わらせてしまうそれを、本気で「実行」してしまう極悪人であったのだ……。

 原因不明の太陽フレアによって滅亡に瀕した地球と、そこに生まれた人工生物による新たな生態系、そしてそれに適応して進化を続ける異形のアイドルが織りなす世界は、けれどもガチな科学考証のもとに描かれ、異常ではあっても何でもありではない。しかも一見、野放図な進化を描いているようでいて、意識とはどこからくるのかという問いにおいて一貫しており、やがてそれは地球に宿る意識、宇宙に宿る意識という極大のマクロから、本を読んでいるあなた=私の意識というミクロへと急転直下、すべての発端である〈モノポール・スーパーフレア〉の同時発生の謎もきっちり説明づけつつ、ダイナミックにエンドマークを打つ。「ただの冗談」と現実のあいだに、精緻な論理と考証でもって橋を架けたとき、その作品はSFとなる。その論理と考証を支点に、「ただの冗談」を、宇宙の彼方まで飛躍させたとき、その作品は傑作となる。冗談を激しく追求。ありったけの情熱を捧げてたどりついた地平。「最後にして最初のアイドル」は、まさにそれを成し遂げた作品だ。

 アイドル文化、オタク文化にどっぷりとつかり、かつSFも愛好するという悪いオタクなら、「アイドルとハードSFとの融合」は、一度は思い浮かべる、いわば「完全犯罪」の夢だろう。それを草野原々は完遂した。90年生まれの彼は未だ20代の描き手だが、彼と同世代のなかには「これは俺が書くべきだった」と歯噛みしている者も多いはずである。もしも評者が同世代であったのなら、間違いなく、そのひとりになっていた自信がある。

 SFコンテストにおける評価もけっして酷評ばかりではない。批評家・東浩紀「個人的には最高点」「いわゆるバカSFだが、文章のテンポがよく楽しませる。宇宙論やニューラルネットなどの設定も魅力的」、作家・小川一水は「まぎれもなく今回のどの作品よりもSF」「ネット上で爛熟しきったアイドル文化の土壌から、SFの蔓で栄養を吸い取って咲いた徒花であるが、そういう乱暴なことをやるのもまたこのジャンルの特質」と評価している。おそらく星雲賞の投票において本作に票を投じたSFファンなら、ふたりの評にきっと深く頷くだろう。

 さて、本書『最後にして最初のアイドル』は、草野原々のはじめての単著となる短篇集だ。表題作「最後にして最初のアイドル」に加え、2本の短篇が収められているが、オタク文化とハードSFの融合というコンセプトはいずれにおいても継承されている。

 2作目「エヴォリューションがーるず」は、古代生物を擬人化したソーシャルゲーム「エヴォリューションがーるず」、通称「エヴォがる」の廃課金プレイヤーである社会人女性・笹島洋子がトラックに轢かれてゲームの世界に転生してしまう、というもの。「最後にして最初のアイドル」に続いて2017年7月に電子書籍オリジナル版として刊行された(なお「エヴォがる」の設定は2017年に大ヒットしたアニメ『けものフレンズ』を彷彿とさせる。草野は同作について「『けものフレンズ』はなぜSFとして「すっごーい!」のか」というエッセイを発表している。

 ところが洋子の転生先は本家「エヴォがる」とは似てもにつかない世界。〈がーるず〉たちがガチャを回して手に入れた「微小管」「ミトコンドリア」等々の器官で自身の肉体を進化させながら、互いに捕食し合う弱肉強食のそこで、洋子は「寿命・生命・意思・存在」を対価にガチャを繰り返し、異形の怪物へと進化を遂げていく。内容は「最後にして最初のアイドル」の変奏とも言えるが、ソシャゲが題材になったことで他の〈がーるず〉との対戦、共闘という要素が生まれている。草野原々は、受賞直後〈SFマガジン〉掲載のインタビュウで、ワイドスクリーン・百合・バロックなるジャンルを提唱し、そこに最も接近した作品として『魔法少女まどか☆マギカ』をあげていた。前作に比べ百合要素がより濃厚になった本作は、作者なりの実践と言えるだろう。もちろん百合であると同時にワイドスクリーン・バロックでもある本作は前作同様にスケールがでかく、最後は、ソシャゲと自由意志と宇宙の関係にまでたどりつく。件のアニメの台詞をもじるなら「全てのソシャゲを、生まれる前に消し去りたい。全ての宇宙、過去と未来の全てのソシャゲを、この手で」みたいな話であり、ガチャで大爆死を繰り返し、それでもソシャゲをやめられない者たち(含む評者)には、まさに福音を約束する宗教書のように心に染みる物語だ。草野原々は、本当に「同類」のツボをつくのが上手い。

 続く3作目、本書書き下ろしの「暗黒声優」は、アイドル、ソシャゲ(とフレンズ)ときたら、トリはこれでしょう、と言わんばかりに、タイトルどおりに声優がテーマ。宇宙にエーテルが充満し、重力が局所的にしか存在しないという世界で、エーテルから無限のエネルギーを取り出す存在として声優が見いだされた。彼女たちは遺伝子操作によって体外に発声管なる異形の器官を備え付けられ、まるで家畜か宇宙船の部品のように扱われていた………。あいかわらず業の深さを感じさせる設定だが、物語は最強になるべく他の声優を殺しその発声管を奪い取ってきた声優アカネと、その前に立ち塞がる謎の存在・暗黒声優を軸に展開する。見せ場のひとつは、ふたりの戦いの直後にいきなり地球の重力が全て消失する、という急転直下の大展開だろう。重力が突然になくなると地球はどうなるかをシミュレーションし、発生した秒速500メートルの風が人類文明の何もかもを消滅させる様は大変なスペクタクル。脳みそが嬉しい悲鳴を上げてくれる。

 その後、間一髪で地球を脱出したアカネは後輩声優のサチーをお供に、暗黒声優を追い(賞金稼ぎに追われながら)大宇宙へとこぎだしていくのだが、声優核融合爆弾とかエーテル宇宙に生まれた宇宙魚とか、次から次に妙なガジェットが出てきて、驚異の存在に満ちあふれたスペースオペラ的世界観が実に楽しい。
 それでいて最後は暗黒声優の由来がダークマターにあることを明らかにし、重力の由来をはじめとする作中の物理法則の謎を、声優と絡めて明らかにして風呂敷をたたむのだから、その才気はたいした物である。

アイドル、ソシャゲ、フレンズ、声優……。

本書には、ここ数年、オタク文化界隈に話題となったトピックが実に鮮やかに取り込まれている。おそらく10年後には、この時代の証言として読むことも可能だろう。

 草野原々には速度がある。何より、彼は、目眩がするように膨大なコンテンツが生まれては消えていく現代のオタク文化の中で、見事に一消費者としてその奔流を楽しんでいる。しかもそれだけにとどまらず、彼は自分というフィルターを通じ、取り込んだそれをすみやかに自分流の物語として出力していく。膨大なオタク文化の洪水を存分に浴する者、あるいは、みずからの内の深く深遠な世界を追求する者は数多くいるだろうが、両者を併せ持つ才能は希有だろう。

 この先、草野原々はどこにいくのか。評者は、人類の異形の進化を描いた草野原々自身が、今後どんな異形の進化を遂げるのかが見てみたい。〈SFマガジン〉の受賞インタビュウによれば「ジャイナ教とシンギュラリティを組み合わせた」長篇の計画もあるそうだが、それを通じて、この若き才能が、どんな想像を超えた進化に至るのか、楽しみにしている。

2018年1月 
ライトノベル&SFライター    
前島 賢 

『最後にして最初のアイドル』
草野原々/イラスト:TNSK
(ハヤカワ文庫JA)

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