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これがポストコロナの世界の設計図だ! ビル・ゲイツ最新刊を特別公開『パンデミックなき未来へ 僕たちにできること』試し読み

いまだ明確な打開策を見いだせない新型コロナウイルス感染症に対して、その次に現れるかもしれない未知の感染症に対して、私たちはどう立ち向かうべきか?
慈善家そして希代のイノベーターとして世界の健康・開発問題に携わってきたビル・ゲイツが、最新科学とデータをもとに、パンデミックのない希望の未来に向けた指針を明快に語るのが新刊『パンデミックなき未来へ 僕たちにできること』(山田文訳、早川書房)。世界20カ国に翻訳された話題の書の日本語版緊急刊行(6月25日発売)にあたり、本書冒頭を「試し読み」で特別公開します。

ビル・ゲイツ『パンデミックなき未来へ 僕たちにできること』早川書房 新型コロナを人類最後のパンデミックにするイノベーションとは
『パンデミックなき未来へ 僕たちにできること』

はじめに ビル・ゲイツ

2020年2月なかばの金曜の夜、食事をとっているときに、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が地球規模の大惨事になるとわかった。

中国で流行し、ほかの場所にも広がりだしていた新しい呼吸器疾患については、その数週間前からゲイツ財団の専門家たちと話しあっていた。感染症の追跡、治療、予防に数十年の経験をもつ世界トップレベルの専門家チームが財団にあったのは幸運であり、チームの面々はCOVID-19の動きを注意深く追っていた。このウイルスはアフリカにも姿を現していて、財団による初期評価とアフリカ各国の政府からの要請にもとづき、ウイルスのさらなる広がりを防ぐ手助けをするために、また感染拡大に各国政府が備えるのを支援しようと、助成金をいくつか用意した。

財団の考えはこうだった。このウイルスが地球全体に広がらないことを願うが、広がらないとはっきりわかるまでは、それを想定しておく必要がある。

その時点では、このウイルスが封じこめられてパンデミックにならないと期待できる理由がまだあった。中国政府は前例のない安全策をとり、ウイルスが出現した都市、武漢を封鎖した。学校や公共の場は閉鎖され、市民には1日おきに30分ずつ家から出られる許可証が与えられる。それにウイルスはまだあまり広がっていなくて、どの国も人が自由に移動するのを許していた。僕も2月にチャリティ・テニス大会のために南アフリカに飛んでいた。

南アフリカから戻ってきたとき、COVID-19について財団で深く話しあいたいと思った。考えるのをやめられず、詳しく検討したい核心的な疑問がひとつあったからだ。これは封じこめられるのか、それとも地球全体に広がるのか。

(中略)その夜にわかったのは、数字は人類にとって好ましくはないということだ。とりわけCOVID-19は空気を介して広がり、たとえばHIVやエボラなど接触によって広がるウイルスよりも伝染しやすいので、ごく少数の国に封じこめられる可能性はほとんどなかった。数カ月のうちに世界中で無数の感染者が出て、数百万人が死亡するだろう。

迫りくるこの大惨事に対して、各国政府があまり関心を向けていないことに僕はショックを受けた。そして「政府はどうしてもっと必死に動いていないんだろう」と疑問を口にした。

チームの科学者のひとりで、エモリー大学からゲイツ財団に加わった南アフリカ人研究者のキース・クラグマンがただこう言った。「動いているべきなんです」

僕は感染症に異常なまでの関心をもっている。パンデミックになるものとならないもの、どちらにもだ。ソフトウェアと気候変動という過去の著書のテーマとは異なり、致命的な感染症は普通、だれもあまり考えようとしない話題だ(COVID-19は例外で、そこからも普段はだれも考えていないことがわかる)。僕はエイズ治療やマラリア・ワクチンについてパーティーで話したくてたまらない気持ちを抑えてこなければならなかった。

この問題への僕の情熱は、25年前の1997年1月、ニコラス・クリストフが《ニューヨーク・タイムズ》紙に書いた記事をメリンダとともに読んだときまでさかのぼる。毎年310万人が下痢のために死亡していて、そのほとんどが子どもだとニコラスは伝えていた。ショックだった。毎年子どもが300万人も! 僕らが知るかぎり多少不快で不便にすぎない程度のことで、どうしてそれだけたくさんの子どもが亡くなっているのか。

下痢を治療して命を救う単純な方法、つまり発症中に失われる栄養を補う安価な液体があるのに、それが多くの子どもに届いていないことを知った。僕らが手助けできそうな問題だったので、助成金の提供をはじめ、この治療法をもっと広められるよう支援するとともに、下痢性疾患にそもそもかからないように防ぐワクチンの開発を支えた。

(中略)感染症について資料を読みはじめると、すぐにアウトブレイク、エピデミック、パンデミックの話題に行きつく。こうした用語の定義は、意外と厳密ではない。おおまかにいうと、アウトブレイクは局所的に感染者が急増したときのこと、エピデミックは国や地域のなかでアウトブレイクがより広い範囲に拡大したときのこと、パンデミックはエピデミックが地球規模になり、複数の大陸を襲ったときのことである。また病気のなかには移動せずに特定の場所にとどまるものもあり、それらは〝エンデミック〟と呼ばれる。たとえばマラリアは赤道地域の多くに固有の病気だ。COVID-19が完全に消え去ることがなければ、エンデミックに分類される。

新しい病原体が見つかるのは、さほど珍しいことではない。世界保健機関(WHO)によると、この50年間で科学者は1500をこえる病原体を新たに発見した。そのほとんどが動物から人間に広がったものだ。

そのなかには、さほど害にならなかったものもあれば、HIVなどのきわめて恐ろしいものもある。HIV/エイズによって3600万をこえる人が死亡し、現在、3700万をこえる人がHIVを抱えて生きている。抗ウイルス薬によって適切な治療を受けている人は病気を広げないので、新規患者数は年々減ってはいるが、2020年には150万人が新たに感染した。

これまでに唯一根絶された人間の病気、天然痘を除けば、昔ながらの感染症はいまも残っている。たいていの人が中世の病気だと思っているペストですら、いまも根絶されていない。2017年にマダガスカルがペストに襲われ、2400人以上が感染して200人以上が死亡した。WHOには毎年、最低でも40件のコレラのアウトブレイクが報告されている。1976年から2018年までのあいだに、エボラの局所的なアウトブレイクが24件、エピデミックが1件あった。ちょっとしたものも含めれば、おそらく毎年200をこえる感染症のアウトブレイクが起こっている。

ゲイツ財団の国際保健の仕事は、下痢性疾患と妊産婦の死亡に加えて、エイズやその他の「沈黙のエピデミック(silent epidemic)」として知られるようになったもの(結核やマラリアなど)に焦点を合わせている。2000年にはこれらの病気で合計1500万をこえる人が亡くなっていて、その多くが子どもだ。

それにもかかわらず、愕然とするほどわずかな額のお金しかこの問題には使われていなかった。メリンダと僕は、この領域でこそ僕らのリソースと、チームをつくり新しいイノベーションを起こす知識が最大の効果を発揮できると考えた。

これはゲイツ財団の保健事業についてよく誤解されている点である。財団が集中的に支援しているのは、豊かな国の人びとを病気から守ることではない。保健の領域で高所得国と低所得国の格差を埋めることだ。その仕事に取り組むなかで、豊かな国ぐにを襲う可能性のある病気のことをたくさん知り、資金援助の一部はそうした病気への対策支援に振り向けているが、財団が助成金を提供する際の主眼はそこにはない。民間セクター、富裕国の政府、ほかの慈善家たちが、多くの資金をその仕事に投じている。

当然、パンデミックはすべての国に影響する。感染症のことを学びはじめたときから、僕はそれを強く懸念していた。さまざまな種類のインフルエンザやコロナウイルスなど、呼吸器系のウイルスは急速に広がりかねないので特に危険だ。

それにパンデミックに襲われる可能性は、この先、高まる一方である。ひとつには都市化のために人間が自然の生息環境をどんどん破壊していて、動物と接触することが増え、動物から人間に病気がうつる機会も多くなっているからだ。また海外旅行が急増しているからでもある(少なくともCOVIDによって停滞するまでは急増していた)。COVID流行前の2019年には、世界中で毎年14億人の旅行者がほかの国に入国していた。

(中略)学べば学ぶほど、深刻な呼吸器系ウイルスのエピデミックに世界がいかに備えられていないかがわかった。2009年の豚インフルエンザへのWHOの対応をまとめた報告書を読むと、いまを予言するかのようにこんな結論が下されている。「深刻なインフルエンザのパンデミックにも、また同様のいかなる地球規模の長期的で恐ろしい公衆衛生上の緊急事態にも、世界は備えられていない」。この報告書では備えを整える段階的な計画が示されているが、その段階はほとんど踏まれることがなかった。

その翌年、友人のネイサン・マイアーボールドが、人類が直面する最大の脅威について、自分が取り組む研究のことを僕に語りはじめた。ネイサンが最も懸念していたのは人工的につくられた生物兵器、つまり実験室で生みだされた病気だが、自然に発生するウイルスもリストの上位にあった。

ネイサンは数十年来の知り合いで、マイクロソフトの最先端の研究部門をつくり、料理(!)、恐竜、宇宙物理学をはじめとするあらゆる研究に取り組んできた博識家だ。危険を大げさに語るような人間ではない。そこで、世界中の政府は実質上何もしていなくて、自然のものであれ意図的につくられたものであれ、いかなるパンデミックにも備えられていないというネイサンの主張を聞き、どうしたらその状態を変えられるのか話しあった。

ネイサンが使った喩えを僕は気に入っている。いまあなたがいる建物には(この本をビーチで読んでいなければ)、おそらく煙感知器がついている。その建物が今日、燃えてなくなる可能性はとても低い。それどころか、燃えることなく100年もつかもしれない。しかしもちろん、その建物はこの世で唯一の建物ではなく、世界のどこかでいまこの瞬間にも燃えている建物がある。それが常に念頭にあるから、煙感知器を設置する。めったに起こらないけれど、きわめて大きな被害が出る可能性のあるものから身を守るためだ。

パンデミックについていうなら、世界はひとつの大きな建物で、そこについている煙感知器は特に感度がいいわけではなく、互いに連携もとれていない。キッチンで火が出たら、じゅうぶんな数の人がそれを知って火を消しに行く前に、ダイニングルームに燃え広がるかもしれない。それに火災報知器が鳴るのは100年に一度だけなので、リスクがあることを忘れやすい。

(中略)それにそう、僕はテクノロジーのマニアだ。イノベーションは僕のハンマーで、釘を目にするたびにそれを使おうとする。成功を収めたテクノロジー企業の創業者として、イノベーションを促す民間セクターの力を強く信じている。しかし、たしかに新しい機器やワクチンは重要だが、そうしたものだけがイノベーションでは必ずしもない。物事の異なるやり方、新しい政策、公共財に資金を出すうまい方法といったものもイノベーションであっていい

本書ではそうしたイノベーションのいくつかを取りあげる。最も必要とする人に届かなければ、すばらしい新製品も最大限に活用されないし、保健の分野でそれを実現するには多くの場合、政府との協働が求められるからだ。最貧国でも公共サービスの提供主体はたいてい政府である。だからこそ本書では、公衆衛生システムを強化する必要があると主張し、それがうまく機能したときに、出現しつつある病気への第一の防御線になるようにしたいのだ。

残念ながら、それほどまともでない批判もある。COVIDのあいだずっと僕は、突拍子もない陰謀説の標的にされ驚くばかりだった。これは完全に新しい経験ではなく、マイクロソフトについてのばかげた話は何十年も前から耳にしてきたが、いまの攻撃はさらに激しい。そうした攻撃に対処すべきか否か、ずっとわからなかった。無視すれば広がりつづける。けれども仮に僕が表に出て、「みなさんの動きを追跡したいなんて思いませんし、みなさんがどこへ行こうが正直どうでもよくて、どのワクチンにも移動追跡装置なんて入っていませんよ」と言ったところで、そうした陰謀を信じる人は実際に納得するだろうか? いちばんの前進の道は、ただやるべき仕事をつづけ、噓が消えて真実が残ると信じることだと心に決めた。

何年も前に、著名な疫学者ラリー・ブリリアント博士が印象的なフレーズを残している。「アウトブレイクは避けられないが、パンデミックはオプションであり避けられる」。さまざまな病気が絶えず人類のあいだで広がってきたが、それらが地球規模の大惨事になる必然性はない。避けることのできないアウトブレイクを政府、科学者、企業、個人が封じこめ、パンデミックにならないようにする体制をいかにつくればいいか、それを語るのが本書である。

当然の理由から、いまはこれに取り組む勢いがこれまで以上にある。COVIDを経験した人はみな、それを忘れないだろう。第二次世界大戦が僕の親の世代の世界観を変えたのと同じで、COVIDは僕らの世界の見方を変えた。

とはいえ、次のパンデミックを恐れながら暮らす必要はない。世界はすべての人に基本的なケアを提供できるし、どんな病気が出現してもそれに対処し封じこめる準備を整えられる。

それは実際、どんなかたちをとるのか。こんな状態を想像してほしい。

研究によって、すべての呼吸器病原体を理解でき、診断法、抗ウイルス薬、ワクチンといったツールをいまより大量かつはるかに迅速に準備できる。

万能ワクチンによって、パンデミックを発生させる可能性が最も高い呼吸器病原体、コロナウイルスとインフルエンザのすべての株からだれもが守られる。

世界の最貧国でも、効果的に機能する現地の公衆衛生当局が、脅威になる可能性のある病気をすぐに発見する。

異常事態はすべて有能な研究室と共有されてそこで調べられ、情報が国際データベースにアップロードされて、専門チームがそれを監視する。

脅威が発見されたら政府が警鐘を鳴らし、移動、ソーシャル・ディスタンスの確保、緊急計画について公に勧告をはじめる。

強制的な隔離、ほぼすべての呼吸器病原体に効果がある抗ウイルス薬、どの診療所、職場、家庭でもおこなえる検査といった、すでに手もとにある一般的なツールを政府が使いはじめる。

それで不十分なら、世界のイノベーターたちが即座にその病原体用の検査手法、治療薬、ワクチンの開発に取りかかる。なかでも診断の態勢は非常にすばやく整い、短期間で多くの人を検査できる。

どのように迅速に臨床試験をして結果を共有するか、あらかじめ合意しているので、新薬やワクチンがすぐに承認される。工場の備えが整っていて承認もされているので、準備ができしだいすぐ生産に着手できる。

すべての人に行き届く量のワクチンを迅速につくる方法をすでに編みだしているので、だれも取り残されない。

製品を遠くの患者まで届ける体制がすでにできているので、だれもがしかるべきところでしかるべきときにそれを受けとれる。状況についてのコミュニケーションが明確でパニックを避けられる。こうしたことがすべて迅速におこなわれる。最初の警告を出してから、地球上の全人口を守れるだけの安全で有効性のあるワクチンをつくるまでの時間は、わずか6カ月である。

読者のなかには、いま説明したシナリオは欲ばりすぎだと感じる人もいるだろう。たしかに大きな目標だが、すでにその方向にすすんでいる。2021年にホワイトハウスは、財源を確保できれば次のエピデミックの際に100日以内でワクチンを開発する計画を発表した。それに、開発期間はすでに短縮されている。COVIDウイルスの遺伝子が解析されてから最初のワクチンが試験され使用できるようになるまでには、わずか12カ月しかかからなかった。普通なら最低でも5年はかかるプロセスだ。

今回のパンデミック中に起こった技術の進歩によって、将来的にさらなるスピードアップも見こまれる。僕らが、つまり政府、資金提供者、民間企業が正しい選択と投資をすれば、これは実現できる。それどころか、悪いことを防ぐだけでなく、とてつもないことを成し遂げるチャンスもある。あらゆる種類の呼吸器系ウイルスをすべて根絶できるかもしれないのだ。

つまりCOVIDのようなコロナウイルスがなくなり、さらにはインフルエンザまでなくなる。毎年、インフルエンザだけで世界中でおよそ10億人が体調を崩し、300万〜500万人の重症者が入院する。そして少なくとも30万人が死亡する。普通の風邪を引き起こすものもあるコロナウイルスの影響も加えると、根絶の恩恵は計り知れない。

本書の各章では、準備を整えるのに必要なステップをひとつずつ説明する。それらをあわせることで、人類への脅威としてのパンデミックを根絶し、COVIDをだれもが二度と経験せずにすむ可能性を高める計画ができる。

はじめる前に、最後にひとつ。COVIDは変化の速い病気である。本書を書きはじめてから、ウイルスの変異株がいくつか出現した。最新のものがオミクロン株で、なかには消えていったものもある。初期の研究で非常に有望と思われた治療薬のなかには、(僕を含む)一部の人が望んでいたほど効果がなかったものもある。ワクチンについての疑問のなかには、どれだけ効果がつづくかなど、時間を経なければ答えが出ないものもある。

この先の数カ月、数年で状況が必然的に変わることを理解したうえで、本書には刊行時点で正しいと思われることを書くよう最善を尽くした。いずれにせよ、ここで提案するパンデミック予防計画の要点は変わらず有効だと思う。COVIDがどうなるにせよ、アウトブレイクが地球規模の大惨事にならないよう抑えることを望めるまで、世界にはまだやるべき仕事がたくさんある。

この続きは▶︎こちら【本書】でご確認を!

▼ビル・ゲイツが自ら本書の内容を紹介する動画(日本語字幕付き)

本書に興味を持った方は▶︎こちら

この記事で紹介した本

『パンデミックなき未来へ 僕たちにできること』
著者:ビル・ゲイツ
訳者:山田文
判型:四六判並製単行本
本体価格:2,400円(+消費税)
ISBN:9784152101440

【著者】ビル・ゲイツ
技術者、経営者、慈善家。1975年、旧知のポール・アレンと共にマイクロソフト社を設立。現在はビル&メリンダ・ゲイツ財団の共同会長を務めており、20年以上にわたり、パンデミック予防、疾病撲滅、水・衛生問題など世界の健康・開発問題に取り組んでいる。3人の子どもがいる。著書に『地球の未来のため僕が決断したこと』(早川書房刊)など。

【翻訳者】山田 文
翻訳家。訳書にユヌス『3つのゼロの世界』、ミラー他『mRNAワクチンの衝撃』(共訳)、ゲイツ『地球の未来のため僕が決断したこと』(以上早川書房刊)、クラステフ『コロナ・ショックは世界をどう変えるか』、ヴォルナー『壁の世界史』など多数。

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