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ソース焼きそばは「お好み焼き」の一種として生まれた!? 塩崎省吾『ソース焼きそばの謎』まえがき

6月に創刊したハヤカワ新書の第二弾として刊行される、塩崎省吾『ソース焼きそばの謎』。なぜ醤油ではなくソースで炒めたのか? いつ、どこで発祥したのか? 国内外の焼きそばを1000軒以上食べ歩いてきた著者が多数の史料と証言から真実に迫る、圧巻の歴史ミステリーです。本記事では、同書の「まえがき」を公開します。

『ソース焼きそばの謎』まえがき


焼きそばと聞いて、頭に思い描くイメージは人それぞれだろう。祭り囃子と人混みで賑わう縁日の屋台。ありあわせの食材を使った土曜のお昼ごはん。コンビニで買ったカップ焼きそば。肉で満腹なのに、なぜか入ってしまうバーベキューの締め。そこに共通するのは、むせ返るようなソースの香りだ。

ソースを使った料理といえば、お好み焼きも世代を超えて親しまれてきた。大阪風の混ぜ焼き、広島風の重ね焼きなど、スタイルは様々だ。しかし熱々の鉄板と焦げたソースの香りは、こちらも日本全国どこでも同じだ。

ソース焼きそばとお好み焼きには共通点が多い。鉄板での調理とソースによる味付け。青のりと紅生姜。どちらも屋台の定番で、お好み焼き店では、ほぼ必ずソース焼きそばを提供している。

料理のジャンルでいうとソース焼きそばは「麺類」のはずだ。しかし、お好み焼きやたこ焼きなどの「コナモン」に分類する方が、なぜかしっくりくる気がする。そんな印象を抱くのは、私だけではないはずだ。そしてその直感は正しい。実は、両者は根源的な関係にある。

ソース焼きそばは、お好み焼きの一種として発祥したのだ。


私は『焼きそば名店探訪録』という、焼きそばの食べ歩きブログを運営している。ブログを開設したのは、2011年の東日本大震災がきっかけだった。もともとバイクにまたがって日本中を旅するのが趣味で、中でも焼きそばに重きを置いて各地を巡っていた。そこへ起こったのが、あの震災だ。東北地域の太平洋側にあった老舗の多くが、やむをえず店を畳んでいく。もちろん焼きそば店も例外ではない。

貴重な食文化が失われてしまうことに危機感を覚えた私は、震災で仕事がすべて白紙になった機会を利用して、せめて記録に残していこうと焼きそば専門ブログを開設した。以来、日本全国津々浦々、果ては海外まで足を延ばし、焼きそばを始めとする「焼いた麺料理」を食べ歩いている。本書に掲載している写真は、とくに断りのない限りは筆者自身が撮影したものだ。

そのうちに、当然いろいろな疑問も湧いてきた。

例えばソース焼きそばに使う麺について。関東では細い蒸し麺、関西では太い茹で麺を使う店が多い。そのような地域差はどこから生まれたのか? どちらがルーツに近いのか?

焼きそばと焼うどんはどのような関係なのか? 焼うどんの発祥は北九州の小倉というのが通説だが、それは正しいのか?

全国各地にソースを後がけする焼きそばがある。それらは同時多発的に誕生したのか? 味付けせずに提供する必然的な理由が、なにかあったのか?

中でも最大の疑問は、焼きそばの生まれた経緯に関する疑問だ。ソース焼きそばはいつ頃、どこで、どのように生まれたのか? 中華料理の炒麺(チャーメン)とは、どのような関係にあるのか? 

土地土地の味を食して聞き取りを行い、明治時代や大正時代の史料にあたることを繰り返した。通説は覆り、答えがさらなる謎を呼んだ。我ながら、探偵のような作業だと思う。


さて、「ソース焼きそばはお好み焼きの一種」とは、一体どういうことか。詳細は本文に譲るが、要は「お好み焼き」という概念自体に予想もしない来歴が潜んでいたのである。そして、そのことは出発点に過ぎない。ソース焼きそばがお好み焼きの一種であるとして、なぜその時と場所に誕生しえたのか? どのように日本各地へ広まったのか? そこには明治以降の日本の近代化、国際関係が大きく関係し……と、ネタバレはこの辺にしておこう。

鉄板で焦げるソースにも似た、むせ返るほど濃密で刺激的な歴史探究の成果を、存分にご堪能いただきたい。読み終わる頃にはきっと、ソース焼きそばへの興味と食欲が倍増していることと思う。

焼きそばと聞いて誰もが思い浮かべる、ソースの香り。世代を超えて親しまれてきたソース焼きそばは、いつどこで生まれたのか? 本書は、近代の食文化史において詳述されてこなかった“ブラックホール”に光を当てる興奮の歴史ミステリー。
ソース焼きそばの通説であった「戦後誕生説」よりさらに遡り、追究の対象は第二次大戦前、大正、明治期へと展開。そこでキーワードとして浮かび上がるのは、明治政府の悲願でもあった「関税自主権」の回復と、日清製粉の前身である館林製粉から消費地・東京への製品輸送に深く関わった「東武鉄道」の存在。
国内外の焼きそばを1000軒以上食べ歩いてきた著者が、多数の史料をひもとき、全国の名店を取材して焼きそばのルーツに迫る。

塩崎省吾『ソース焼きそばの謎』はハヤカワ新書より7月19日(水)発売です。