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いよいよ発売迫る!! 『三体Ⅲ 死神永生』で完結する三体ワールド、発売前にその魅力をおさらい!(その2 黒暗森林篇)

心の準備はOKですか? 『三体』三部作完結篇『三体Ⅲ 死神永生(ししんえいせい)』、いよいよ5月25日の発売日まで発売まで3週間を切りました! 「えっ、三体ってもう完結するの!? そもそも三体ってどういう話なの……?」というというあなた! ぜひこちらをお読みください。SFマガジンの連載や、大人気ブログ「基本読書」でおなじみのレビュアー、冬木糸一さんに『三体』ワールドを解説していただきました。今回は第二部『黒暗森林』篇です。(編集部)

冬木さんによる第一部レビューはこちら!

完結前におさらい! 『三体』第二部の魅力って?
冬木糸一


全世界で2900万部の売上を誇り、オバマやザッカーバーグといった面々にまで高く評価される、中国初の国際的なSF作品『三体』三部作。その第二部がこの『三体Ⅱ 黒暗森林』である。本稿は、約2週間後の5月25日に刊行が迫った、三部作の完結巻『三体Ⅲ 死神永生』に備えて、まだ『三体』やSFにすらあまり触れたことがない人にたいして、あらためてその魅力、読みどころを解説していこう、という試みによって書かれていく文章である。

第二部とSFの魅力について

『三体』第一部は、簡単に要約すると、「遠い宇宙から攻撃的異星文明(三体世界)が地球に攻めてくることが判明! しかも人類文明を圧倒する科学力を持っていて、人類ははたしてどう対抗すればいいのか!?」という、古来より語られてきたシンプルな話である。

三体

地球規模の危機に科学の力で立ち向かう小松左京の作品群のような王道のSFスタイルであり、たとえこの『三体』が初SFだったとしても、特に問題なく入り込むことができるはずだ。とはいえ、そこはやはりSF、それも超ド級のスケールを持ったSFなので、朝起きて電車に乗って会社に行く──といった日常の風景よりは、かなり想像力を飛躍させる準備をする必要がある。特に、文革の話からはじまって現代に近い時代と科学レベルで話が展開していた第一部とは異なり、この第二部からはSFとしてのギアも上がり始めているからだ。

この第二部では、いよいよ人類は地球に攻めてくる三体世界を打ち倒すために準備を進めることになる。人類文明を遙かに超える科学力を持っているとはいえ、三体星人もまた光速を超えることはできず、地球に到達するまでに約450年もの時間がかかるから、人類はまるまるその時間を準備にあてることができるのだ。しかし、450年あるとはいえ、その期間を何に宛てるべきか? どのような作戦を想定して、どの研究分野と技術を発展させるべきなのか。何度もやり直しているほどの時間はないから、一発勝負で未来を予測しなければならない。こうした難問にたいして、世界からより優れた最強の知性がその知能と人類の資源を総動員して解き明かそうとする知的戦略バトルが、この第二巻で展開していく。

三体2黒暗森林上

異星文明を打倒しようというのだから思考は地球内だけにとどまっているわけにはいかず、太陽系内の惑星資源をどう活用すればいいのか、存在しない技術をどう計算に組み込むのかといった宇宙資源の調査。さらには、この宇宙に生物が満ち溢れていたとしたらそれは一般的にどのような生存戦略をとるだろうか? といった、宇宙社会学の概念にまでたどりついてみせる。

「名前は適当につけただけよ。この宇宙には、膨大な数の文明が散らばっていると考えてみて。観測可能な星々の数と変わらないくらいのオーダーでね。それらの文明が集まって、宇宙社会を形成している。この超社会の性質を研究するのが宇宙社会学」(……)
「ほら見て、星々はただの点々でしょ。この宇宙のあらゆる文明社会が持つ複雑な構造は──カオス的だったりランダムだったりする要素は──はるかな距離によって、ふるいにかけられてしまう。その結果、宇宙の文明は、数学的な操作が比較的簡単に行えるような基準点の役割を果たせる」
「だから、最終的な研究成果は、純粋に理論的なものになる。ユークリッド幾何学のように、まずいくつかの単純な公理を設定し、それらを基盤にして、総合的な理論体系を導き出す」

こうした、目の前の現実を見つめていただけでは出てこないような壮大な「仮定」を設定し、自由に思考を広げることができることが、SFというジャンルの大きな魅力のひとつである。この『三体』、特に異星文明の打倒を目指し思考をめぐらす『三体Ⅱ 黒暗森林』にはその魅力がよく現れている。

あらすじと読みどころ──知能版グラップラー刃牙

第二部のあらすじについて具体的に触れていこう。第一部で三体世界に発見された地球と人類文明ではあるが、実は三体艦隊が地球に到達する前に、すでに戦闘と情報戦が始まっている。三体星人によって、智子と呼ばれる原子よりも小さいスーパーコンピュータが地球のいたるところに送り込まれていて、物理学の繊細な実験に妨害が入り、情報のやりとり──会話も、データの交換も──がすべて筒抜けになっているのだ。

なので、人類側がどれほど精緻で三体世界をあっと驚かせるような作戦を立てても、それを隠し通すことができないのだ。それでは、そもそも技術力ではるかに劣っている時点で詰みではないか──と思うのだが、人類はこの状況に対して、「面壁計画」という起死回生の一手を打つ。智子が傍受できる情報は、あくまでも文字情報として残されたり、通信でやりとりされたものだけである。であるならば、人間の頭の中の情報は奪われることはない。

つまり、「面壁計画」とは、絶対に覗かれることのない頭の中、一握りの天才の頭の中ですべての作戦を練り込ませ、周囲の人間はただその天才の言われるがままになって、真の計画は誰にも明かされぬまま実行しよう、というプロジェクトなのである。選べれし面壁者は、人類を守るために様々な作戦を立案する──たとえば、水爆を何個作れとか、どこの調査をしこの技術をのばせとか。こうした指令や調査それ自体、表向きの理由は、三体世界に筒抜けになる。だがしかし、「なぜそれをするのか」という真意の部分は誰にも明かされず、選ばれし一握りの天才の頭の中だけにあるのである。

面壁者には国連惑星防衛理事会によって4人の天才が選ばれる。1人目は、米国国防長官を退任したばかりで、アメリカの国家戦略に多大な影響を及ぼしたフレデリック・タイラー。2人目は、現職のベネズエラ大統領で、現代の傑物と呼ばれる粗暴な男レイ・ディアス。3人目は、大脳の思考と記憶が量子レベルの活動であることを発見した脳科学者ビル・ハインズ。最後の一人は、それらの人物と比べて格が劣るものの、前作主人公・葉文潔から「宇宙社会学」の着想を授けられた、天文学者にして社会学者の羅輯。

さらには、面壁者には彼らを打倒するためにその戦略を暴こうとする「破壁人」と呼ばれる三体世界と内通している人間が割り当てられており、もうほとんど「知能バトル版のグラップラー刃牙」を読んでいる気分なのである。

それぞれの作戦立案は最初はすべて裏の目的が秘匿された「表向きの作戦」だけが展開されていく。たとえば元米国国防長官のフレデリック・タイラーはエウロパ・セレスといった天体への調査を依頼し、スーパーボム一基を搭載した宇宙戦闘機の編隊を組んでカミカゼ特攻させるのが表向きの作戦である、破壁人が彼ら面壁者の前に現れると、推理小説の解決パートのように、それまで一見不可解だった行動の裏側にある、真の計画が明かされていく。

一人、また一人と真の計画が解き明かされていく中で、最後まで真の計画を秘匿し続けられるものは存在するのか。また、技術力の劣る、それゆえ研究も妨害されている人類がとりえる手段とは何なのか。第一部の紹介記事で、『三体』の魅力は圧倒的なケレン味とそれを支える基盤としての科学・技術・歴史の描写の組み合わせだ! と書いたが、面壁者らが提案していく壮大な反抗作戦の数々とその理屈は、その魅力を堪能させてくれるものだ。

三体2黒暗森林下

第二部では、こうした知的バトルに決着がつき、最後の最後で「その先」を目指す問いかけがなされる。一作ごとにまったく違った読み味とおもしろさがある本三部作だが、第三部では第二部とはまた別のスケールへとかっ飛んでいくので、乞うご期待!

余談:中国の作品って名前が覚えられないんだけど

中国SFを紹介したり、読んでいる人の感想を聞いているとよく聞こえてくる声に、「中国の作品って、登場人物の名前が覚えられないんだけど」というものがある。実際問題、第一部に出てくる主人公の一人「葉文潔」など、日本人はまずどう読んでいいかわからないだろう。彼女の名前のルビはイエ・ウェンジエとなるが、まず馴染みのない音の並びなので、覚えられない。

しかし、中国の小説を「読みが覚えられないから」と敬遠するのはもったいないだろう。もちろんちゃんとした名前の読み方で読みたい!! というのも自由であり、自由に、好きなように読んでもらいたい、という大前提はあるのだけれども、小説を楽しむだけであれば登場人物の名前を必ずしも覚えている必要はないからだ。というわけでいくつか名前が覚えられない問題への対処法を紹介していきたいが、一番簡単なのは、名前の漢字は漢字として覚えてしまって、その読みは特に気にしない、というものだ。

僕などは基本的にこのタイプで、葉文潔は葉文潔だろう、と思いながら読んでいる。「読みは気にしない」派閥のもう一つの読み方は、正確な読みはともかく、自分の好きなように読む、という人たちもいる。葉文潔でいえば、見た目から「よう・ぶんけつ」と読んでもいいし、自分の頭の中で読むだけなら「は・ぶんきつ」でもなんでも、納得できればそれでいいのである。

邪道的な方法としては、登場人物を全部適当に役割(主人公的な中心人物、なんか敵っぽい人物、味方っぽくて言動が粗野な人物)を割り振って、名前など気にせずに物語内の役割で全体を把握していく読んでいく方法もある。

(ちなみに紙版には登場人物表が差し込まれています。ピンインでの読み、漢字での読みを併記しておりますので、読書のおともにぜひ! 編集部)

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