だから本は特別な存在。池澤春菜『わたしは孤独な星のように』作者メッセージ
池澤春菜さん、初の小説集『わたしは孤独な星のように』が5月9日(木)、ついに発売! 刊行を記念してSFマガジン最新号の池澤さんによる人気連載「SFのSは、ステキのS」から、作者メッセージを公開します。
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本が、出るぞーーーーーーーーーー!!
5月9日、池澤春菜初短篇集『わたしは孤独な星のように』が刊行されます。
初だけど、最後かもしれない。
父の仕事柄、文字通り生まれたときから本と文字に囲まれて大きくなって、本は手を伸ばせばそこにある存在だった。友達といるよりも本といる時間の方が長かったし、ママが「寝るのが一番幸せ」って言ってるのが信じられなかった。だって寝ている間は本が読めないから。今もタクシーは苦手、移動は電車が好き。だって本が読めるから。
本を読んでいる間は、この世を離れられる。今生きている「わたし」ではない他の誰かになって、違う世界に行ける。声優もそうかも。自分ではない人になれる。でも声優のお仕事は運と縁で与えられるもの。本は自分で選んで読めるもの。
読んでいる世界の中から戻ってきたときに、心にはたくさんのお土産を携えている。言葉や景色や考えや思い。それがわたしの世界を彩って、豊かにしてくれる。
だから本は特別な存在。
でも、自分が本を出す側に回ると、時にその思いが暴走しちゃって。
だってどれだけの人が関わって、どれだけの時間と思いがそこに費やされるか! 表紙のデザイン、紙選びに、スピンや花切れ、校正に校閲、プロモーション。無から有を削りあげるよう、本が生み出されていく。
わたしの書いた言葉や、選んだテーマ、伝えたかったことは、そのみんなの労力に見合うのか。少なからぬお金と引き換えにこの本を手にしてくれる読者さんに、満足して貰えるのか。そのプレッシャーたるや!
だから毎回最後だと思って、出し惜しみせず、ありったけ全部盛り込んでいる。
今回の収録作は全7篇。
①ゲンロンSF創作講座に参加して初めに書き上げた「糸は赤い、糸は白い」。大好きなきのこをテーマに、共感への期待と恐怖、異性への嫌悪感と同性への恋情みたいなものを、もりもりっと入れました。
②「祖母の揺籠」は、日本SF作家クラブ編の書き下ろしアンソロジー『2084年のSF』に寄せた一篇。海に浮かぶ巨大なクラゲ型の「祖母」と呼ばれる存在が語る現在と過去、未来。ジェンダーと出産、子育ての問い直しでもありました。
③&④「あるいは脂肪でいっぱいの宇宙」と「宇宙の中心でIを叫んだワタシ」はドタバタな語りのコメディ。ダイエットがどんどんエスカレートして、最終的には宇宙を巻き込む大騒動になる前篇、ファーストコンタクト後に人類全員が声俑(声優ではない)になった後篇。「あるいは~」は『NOVA2023年夏号』に採用。
⑤「いつか土漠に雨の降る」はチリにいたときに知った、ビスカチャという耳の短いウサギのような生き物が主役。実際に行ったアタカマの空気を思い出しながら書きました。
⑥「Yours is the Earth, and everything that’s in it」。SFプロトタイピングで書いた一篇。全てをサポートしてくれるAIと人の関係や人生の意義、最後に残る人と人を繋ぐもの。タイトルはキプリングの詩「IF」から。息子に向かって「この世界は君のもの、全てがそこにあるよ」と語りかける心温まる詩。
⑦第6回ゲンロンSF新人賞伊藤靖賞をいただいた表題作「わたしは孤独な星のように」。滅び行くコロニーで亡くなった叔母の弔いのために、短い旅をする女性2人のお話。
こうやって見ると、どれもすごく「わたし」ですね。自分の中から汲み上げた、言葉と物語。
正直ね、書く道に進まなければ良かった、読んでいる人だけでいれば良かった、と何度も思いました。それでも、わたしが書くべきこと、掬うべきこと、残すべきことがあるのかもしれない、とその度に思い直して進んだ。
書けたことは奇跡だし、それを活字にして出版出来ることは、さらに奇跡なのです。
お手にとっていただけたら、お家に持ち帰っていただけたら、そして読んでいただけたら、これ以上の幸せはありません。
よろしくお願いします。
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