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「25年後の未来から提案された新しいビジネスロジック」とは?『2050年を生きる僕らのマニフェスト』解説文(竹下隆一郎)

ミレニアル/Z世代が牽引する2050年を見据えた新しいビジネスのフレームワークとは? クラウドファンディング「キックスターター」共同創業者であるヤンシー・ストリックラーがその解を説くのが新刊『2050年を生きる僕らのマニフェスト――「お金」からの解放』(久保美代子訳、早川書房)
本書に収められた竹下隆一郎氏(PIVOTチーフ・グローバルエディター)による解説文を特別公開します。

『2050年を生きる僕らのマニフェスト――「お金」からの解放』(久保美代子訳、早川書房)
『2050年を生きる僕らのマニフェスト』
早川書房

解説 25年後の未来から提案された新しいビジネスロジック

 竹下隆一郎(PIVOTチーフ・グローバルエディター)

2050年までに、世界のビジネスのルールは書き換えられる。我々はついていけるのか。いや、ついていこう――。

『2050年を生きる僕らのマニフェスト――「お金」からの解放』を貫くのは、そんな力強いメッセージだ。著者は、クラウドファンディングのさきがけとなった米国キックスターター社の共同創業者、ヤンシー・ストリックラー。利潤の最大化のみを考える現在のビジネスは終焉を迎えつつあり、ミレニアル世代やZ世代のビジネスパーソンたちを中心に、会社の存在意義や目的(パーパス)、伝統、未来のニーズなどさまざまな価値を重んじるようになるのだという。それは決してお金儲けを悪だと決めつけて「清貧たれ」という思想ではない。利潤最大化「以外」の価値も求めてビジネスをしたほうが合理的だ、と著者は私たちの心を揺さぶっているのだ。

世界各地で大きな変化は起き始めている。例えば本書でも言及されている、米国アウトドア用品大手のパタゴニア。創業者や家族が持っていた同社の株式を環境NPOに寄付したことを明らかにした。企業価値を考えると、金額は30億ドル(約4300億円)。「地球が唯一の株主だ」と主張し、株式上場を意味する「ゴーイング・パブリック」をもじって、企業の存在意義を表す「パーパス」という言葉を使いながら、「ゴーイング・パーパス」と高らかに宣言した。

パタゴニアのみならず、環境保護や気候変動の防止、脱炭素を目標に掲げる企業は増えている。彼らの判断は理にかなっている。こうした企業姿勢を消費者が支持し、固定ファンが増え、安定した売り上げにつながる。従業員たちのモチベーションも高い。「毎年の売り上げを1.5倍にしよう」と社長が宣言すれば、短期的に社員はやる気を出す。だが、繰り返しているうちに「何のために働いているのか」という疑問が出てくる。それよりも、「環境問題を解決しよう。あなたの仕事は特別なミッションなのだ」とトップに言われたほうがやる気は持続する。「こうすれば早く解決できる」と社員から提案も出てくる。

金儲けを唯一の目標に掲げる企業のトップは凡庸だ。トップも社員も、物事を深く考えない。売り上げは、数字を見れば誰でも「成長」を実感できる。一方、環境保護などの複数の価値を企業が重んじるようになると、みんなで頭を捻り出す。どうすれば環境を守れるのか。環境とは何か。どうビジネスを成長させれば真の成功につながるのか。企業に投資をする金融機関にとっては、こうした会社のほうが魅力的に映る。自主性が高いチームのほうが新しいアイデアを生み出すからだ。そんな成長性を見込んで、さらに投資をする。そして、EUを中心に環境に関するビジネス上の規制が世界的に厳しくなるなか、新しいタイプの企業でないと市場から締め出される。

もちろんこの動きを「理想主義的だ」と批判する声もある。最近の米国では、環境問題や社会課題を考えながら投資をするESGに対する批判も起きているのも確かだ。

とはいえ、環境や社会的価値を重んじるビジネスの広がりは加速しており、批判や修正を経たとしても、大きな流れは止められないのではないか。本書を読んでその思いを新たにした。特に著者のストリックラーに耳を傾ける価値があるのは、誰もやったことがないクラウドファンディング事業という「理想」によって本人自身が、現実を変えてきたからだ。

キックスターターは2009年4月に誕生して以来、24万件以上のプロジェクトを支援してきた。累計金額は76億ドル(1.1兆円)を超える。ヴィーガンのためのベーカリーを開く店主から、海のプラスチックボトルのゴミを解決するためのプロジェクトまで。あるいは、これまでにない掃除ロボットを作ろうとしている人たちに、インターネット上の不特定多数の人たちから資金が集まる。資本力があったり、金融機関から融資や投資を受けられたり、特別なコネクションがあったりするビジネスパーソンではなくても、世界を変えたいというアイデアさえあれば誰でもお金を調達できて、新しい商品や企画を生み出せる。

これまでのビジネスの「投資」と異なるのは、(1)お金を出す人が金融のプロではない普通の人たち、(2)見返りが単純にお金ではない、という点だ。ストリックラーらが生み出したクラウドファンディングという新しいビジネスが、資本主義のあり方を10年で変化させて来たのは間違いない。

日本にも、READYFOR(レディーフォー)、Makuake(マクアケ)、CAMPFIRE(キャンプファイヤー)などのクラウドファンディング企業は増えてきた。設立10年を迎えたMakuakeは、最近では自社サービスを「応援購入サービス」と定義しており、3万3000件以上のプロジェクトが掲載され、累計800億円以上の応援購入額を集めている。今でこそ当たり前となったクラウドファンディングも、発祥地・米国で広まり始めた2000年代は懐疑的な人も多かった。

ストリックラーは本書『2050年を生きる僕らのマニフェスト』で次のように言う。

(引用者注:クラウドファンディング企業のキックスターターを立ち上げる時に)投資家やクリエイターなど、このアイデアにかかわってほしいと僕らが考えた人たちと会ったときのことはいまでも覚えている。たしかに賛同してくれる人も多かった。けれども即座に拒否する人たちもいた。
そういう人びとの反応はだいたいこんな感じだ――「赤の他人にお金を出そうとする人なんていないよ。世の中そんなに甘くないって」。

しかし、本当に“甘かった”のはこのアイデアに懐疑的だった旧世代のビジネスパーソンたちかも知れない。彼らは、金儲けという〝単純すぎる価値〟のみに傾斜した資本主義にうんざりし始めた新しい世代の台頭を見逃していたのだ。そして2050年には彼らが経済社会の中心となる。

私もクラウドファンディングを通して何度も資金を出したことがある。世の中に出ていない商品や企画に自分が関わっている気分は、旧来型の寄付とは異なる体験だった。十分なお金が集まって、実際に新商品が開発されれば、店頭に並ぶ前の商品が手に入り、お得感がある。集めた資金をどのように使うのか、写真や文章などで丁寧に説明されるのもクラウドファンディングの特徴だ。世界が変わっていく様子を追体験できる。いわば寄付と買い物と社会活動、そして見知らぬ誰かへの応援が混ざった新しいタイプの消費なのだ。

ストリックラーが「重大な変化が起こっている」と期待を寄せる2050年。それは遠いようで近い未来だ。現在の2023年の25年前の1998年、日本ではSMAPが「夜空ノムコウ」を歌い、サッカーのワールドカップのフランス大会で日本代表が初出場を決めていた。家電量販店には半透明のデザインが人気のiMacが並んだばかりだった。ちょっと前の出来事に思える。そう考えると、今から25年後も、すぐにやって来そうだ。

米国の投資銀行、ゴールドマン・サックスの報告書によれば、2050年の世界のGDPの上位5カ国は、中国、米国、インド、インドネシア、ドイツになる。日本は現在の3位から6位に転落する予測だ。その後、日本はエジプトやブラジルにも抜かれ、12位に後退するという推計もある。経済大国とは名乗れなくなる。

日本企業のイノベーション不足、少子高齢化による社会保障費の増加、公的債務。さまざまな長期的課題があるなか、2050年の私たち日本人は、必死にもがいて他の経済大国についていくしかない。そうした「近い未来」に備えるためにも、本書は大きなマニフェストとなるはずだ。
2050年に向けて、私たちは具体的にどうしたら良いか。何を参考にすればいいのか。どのようなスキルを身につければ生き残れるのか。そんなふうに焦ってしまう読者を諭すように、著者のストリックラーはユニークな提案を本書で行なう。ベントーイズムのススメだ。

ベントーイズムとは本人の造語で、日本でお馴染みの箱詰めの「ベントー(弁当)」から名付けられている。

弁当は、日本の「腹八分目」という哲学を尊ぶ。(中略)弁当箱は便利なだけでなく、健康を保つという隠れデフォルトを生む。

さまざまな食材をバランスよく配置する弁当。持ち運びに便利だという合理性を保ちながら、現代人にとって必須の健康的な食事を確保できる優れものだ。ストリックラーは、これからのビジネスにおいては、弁当箱の中の多様なおかずのように、(1)現在の自分の利益、(2)現在の家族や友人たちなどコミュニティの利益、(3)将来の自分の利益、(4)将来の家族や友人たちなどコミュニティの利益、といった複数の視点が必要だと力説する。

弁当以外にも、世界が日本から学ぶべきことはあるという。本書では、パナソニック創業者の松下幸之助にもページが割かれている。松下は「産業を通じた奉仕の精神」や「礼節謙譲の精神」などを説いた。利益一辺倒ではなく、社会貢献も担うビジネスのあり方を追い求めた。いわゆる米国の起業家のように「自分自身をぶっ壊せ」と言うような経営者像との違いは、ストリックラーにとって新鮮に映ったらしい。

弁当や松下幸之助の金言が世界のビジネスを変える、と言うつもりはない。日本人の我々にとっては、両者のことを褒められるのは嬉しいが、少しばかり違和感も残る。ただ、これが本書『2050年を生きる僕らのマニフェスト』の魅力でもある。バスケットボールのNBAのスリーポイント・シュートの秘話から、歌手のテイラー・スウィフトの戦略まで。10章にわたってユニークな事例と著者の独自の視点を交えながら、ビジネスのあり方が変化している様子が生き生きと描かれる。

ゴールはお金の排除ではない。無欲になることでもない。利益を出すなというのでもない。ゴールは、コミュニティや知識、目的(パーパス)や公平性、安全、伝統、未来のニーズといった価値にも、僕らの直面する大きな決断や日々の決断に、合理的な発言力を持たせられる世界だ。

環境保護、社会課題の解決、ステークホルダーたちを豊かにすること――。企業は、お金儲け以外のことを考えよ。なぜならそちらのほうが2050年には“合理的な”ビジネスになっているからだ。これが25年後の未来から提案された新しいロジックである。


本書『2050年を生きる僕らのマニフェスト――「お金」からの解放』の内容はぜひお手に取ってご確認ください。電子書籍でも発売中です。

書誌情報

『2050年を生きる僕らのマニフェスト――「お金」からの解放』
著者:ヤンシー・ストリックラー
訳者:久保美代子
出版社:早川書房
発売日:2023年11月21日
本体価格:2,600円(税抜)

著者紹介

ヤンシー・ストリックラー Yancey Strickler
1978年生まれ。クラウドファンディングの草分けである「キックスターター」の共同創業者で元最高経営責任者(CEO)。自己利益を超えた意思決定のためのフレームワーク「ベントーイズム」の普及に取り組む。ニューヨーク在住。


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