不見の月

【先行公開】シリーズ19年ぶりの続篇 菅浩江『不見(みず)の月 博物館惑星II』レビュー(SF音楽家・吉田隆一氏)

 2000年に刊行され、「ベストSF2000」国内篇第1位・星雲賞・日本推理作家協会賞を受賞した菅浩江氏『永遠の森 博物館惑星』。その19年ぶりの続篇となる『不見(みず)の月 博物館惑星II』はただいま好評発売中! SF音楽家・吉田隆一氏によるレビューを、SFマガジン次号に先駆けてnoteで公開します。

 本書は、地球の衛星軌道上に作られた巨大博物館苑〈アフロディーテ〉を舞台とした「美」を巡る連作短篇集です。著者・菅浩江氏の代表作である『永遠の森 博物館惑星』(ハヤカワ文庫JA)の、19年ぶりの続篇でもあります。本書は新たな登場人物の視点で描かれており、設定と登場人物は引き継がれていますが、前作を読まなくとも楽しめる作りとなっています。親しみやすい語り口は菅SF入門にもうってつけです。
 物語は、警察機構の情動学習型AIに直結された新人自警団員・兵藤健の視点で展開します。健とAI〈ダイク(ディケ)〉、そして新人学芸員の尚美・シャハムという、いわば人間とAI三つ巴の「バディもの」キャラクター小説でもあり、軽やかな印象です。しかし本書で描かれる内容は決して軽いものではありません。
 菅氏はデビュー作から一貫して、SFという手段を用いて「人の心のずれと重なり」を描いています。本書も例外ではありませんが、今までの作品と比べSF的な仕掛けが一歩後ろに下がった印象があります。しかし扱われたガジェットに着眼すると、AIの進化や新技術、それらがもたらす人の心理の変化など、極めて現代的な問題意識に真正面から取り組んだSFであることがわかります。それでもなおSF性が希薄なように感じるのはなぜでしょう。
 これまでの菅氏の長篇(連作短篇)SFの魅力は「巨大なビジョンに辿り着くカタルシス」でした。人類という種の未来……「世界」と人類が切り結ぶ地点を終着点とする物語のカタルシスです。そしてそこに至る過程として「人間社会」が描かれていました。しかし本書の構造は異なります。物語が個人と「人間社会」との関わりに留まりながら、SFでしか描けない、新たに人類に開かれるであろう「世界」のビジョンを垣間見せます。その驚異的なまでの「さりげなさ」がSF性を希薄に感じさせるのではないでしょうか。
 さりげなさといえば、菅氏の過去作において日本の芸能を描いた作品(短篇「お夏 清十郎」「賤の小田巻」など)はSF的な仕掛けがさりげなく、しかし必然をもって物語に溶け込む構造が印象的です。日本舞踊の名取でもある菅氏にとって早くに内面化されたテーマだったからなのか「切実に描きたいこと」に迷わずダイブする、いわば「物語への集中力」が感じられます。本書からは同様の「切実に描きたいこと」への没入が感じられます。それでいながらかつてないほどに優しく、ゆったりとした語り口を獲得しているのです。菅氏の文章は、密度の濃さとスピード感が特徴でした。長篇であっても、まるで短距離走の速度で長距離を駆け抜けるような語り口でした。しかし本書には、最終的なビジョンに向かって大きな歩幅で歩むような余裕が感じられます。これは菅SF史上のターニングポイントではないでしょうか。そして本書に連なる短篇は既にSFマガジンにて発表されており、さらに新たな展開を見せています。
 「博物館惑星」という物語において「美について考える」ことは「心について考える」ことと同義です。博物館惑星は美術≒「美」を永遠のものとするための場所です。そして「永遠」について菅氏はかつて、このような一節を書いています。
 「永遠てものに執着してこそ伝えられる、もっとも人間らしい真があるんだ」(『五人姉妹』ハヤカワ文庫JA収録「賤の小田巻」より)

菅浩江『不見の月 博物館惑星Ⅱ』(四六判単行本) 本体価格1800円+税

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