「それは魔法のような体験だった――」『グレイス・イヤー 少女たちの聖域』謝辞公開
早川書房から刊行されたディストピア小説『グレイス・イヤー 少女たちの聖域』。発売から1ヶ月が経過しましたが、おかげさまでご好評いただいております。本欄では、本書に収録されている著者キム・リゲットさんによる謝辞を公開いたします。本書の執筆を決意したきっかけについて触れられていますので、ぜひご一読ください。
謝辞
三年前、午前十時のペンシルヴェニア駅にて。
電光掲示板を見上げて列車の到着を待っていたわたしは、前にいたひとりの女の子に気づく。十三歳か十四歳くらいの、ほっそりとした体つきの子で、つま先立ちでそわそわと跳びはねていて、両親や祖父母や年下のきょうだいたちを完全にいらつかせている。彼女には大人の女へと変わりつつある
少女特有の繊細なエネルギーが満ちている。
そこへビジネススーツの男が通りかかり、無意識に少女のほうを見る。船首から船尾まで、という表現がぴったりなながめ回し方だ。わたしはそれがなにを意味するか知っている。彼女はいまやかっこうの標的で、獲物なのだ。
そしてこんどはひとりの女性が通りかかり、同じく少女のエネルギーに引きつけられたが、わたしが想像するに、それはまったく別の理由からだ。女性は悲しげというか、軽蔑とも取れる表情で少女をしげしげと見て顔を曇らせる。それはその女性が失ったあらゆるもの、きっと二度と取り戻すこと
ができないと感じているものを少女が思い出させるからかもしれない。とにかくこの少女はいまやライバルなのだ。
列車の到着が告げられると、一家はゲートへと急ぎ、別れのあいさつをする。寄宿学校に戻る少女を家族で見送りに来ていたらしい。エスカレーターで降りていくあいだ、少女はずっと手を振っている。両親の顔にほっとした表情が浮かんでいるのをわたしは見逃さない。これで向こう一年、この子
を世間から隠しておけるのだ。安全な場所に。
「わたしたちは若い女の子たちに対してこんなことをしているのだ」わたしはだれにともなくつぶやく。
それからわたしは呆然とした状態で自分の列車まで行き、指定席に腰を下ろしたとたんに泣き始める。その涙はさっきの少女のためでもあり、自分の娘や母や姉や祖母たちのためでもある。
わたしはパソコンをひらく。ワシントンDCに到着する頃には作品の構想は完全にできあがっている。始まりと終わりもすでに書き上げたわたしにもう選択肢はない。この物語を書く以外にないのだった。
それは魔法のような体験だった。
わたしは作品のアイディアを何人かの友人につぶやいたあと、ひとりで黙々と書き始めた。結婚生活の終焉により絶望を味わい、新たな結婚によって喜びを味わったが、そのあいだもずっと、わたしには『グレイス・イヤー』があった。
とはいえ、これはひとりでできるようなことではない。担当編集者のサラ・グッドマンは、わたしを信じて大きな賭けに出てくれた。わたしが成し遂げようとしていることを正確に理解し、草稿の段階から愛の鞭と情熱をもって導いてくれた。心から感謝するとともに、いっしょに仕事ができたこと
を誇りに思う。同じことは、セント・マーティンズ・プレスの一部門であるウェンズデー・ブックスのみなさんにも言える。息をのむような美しい表紙から、この本を人々の手に届けるための周到な計画まで、素晴らしい出版社と出会えたのは宝くじに当たったような幸運だった。ジェニファー・エン
ダーリン、ケリ・レズニック、D・J・デスマイター、ジェシカ・プリーグ、ブラント・ジェーンウェイ、アン・マリー・トールバーグ、ナタリー・ツェイ、ダナ・アプリグリアーノ、ジェニー・コンウェイ、アナ・ゴロヴォイ、レナ・シェクター、エリザベス・カタラーノに感謝を捧げる。
才能あふれるエージェントのジョアンナ・ヴォルプはわたしに最後まで寄り添い、ストーリーや、突然湧いてきたひらめきや、さまざまな戦略について、いつでも相談に乗ってくれた。また、わたしが落ちこんでいるときは大いに励ましてくれた。彼女は、わたしがこの世の終わりのゾンビみたいな
状態にあるときにまっさきに助けを求める人でもある。わたしを引き受けてくれてありがとう。わたしの人生を変えてくれてありがとう。
同じように、ニュー・リーフ・リテラリーには感謝を伝えたい人がたくさんいる。わたしをひたすら信じてくれたミア・ローマンをはじめ、ヴェロニカ・グリハルバ、アビー・ドノヒュー、ジョーダン・ヒル、メレディス・バーンズ、ケルシー・ルイス、デヴィン・ロス、そして特にこの仕事への自
信を取り戻させてくれたジェイダ・テンパリー。あなたがわたしの人生にかかわってくれたことはけっして忘れない。
また、プヤ・シャバジアンをはじめ、エリザベス・バンクス、アリソン・スモール、マックス・ハンデルマン、カール・オースティン、マリッサ・リンデンなど、ティアニーと彼女の物語を信じてくれたブラウンストーン・プロダクションとユニバーサルのみなさんにも。
早い時期からこの作品を支持してくれたケリー・リンク、ジャスミン・ワーガ、サバア・タヒア、リバ・ブレイ、メリッサ・アルバート、サミラ・アーメッド、サラ・グロホウスキー、サミ・トマソン、アリソン・セネカルにもたいへん感謝している。思いやりの種という言葉では足りない、このう
えなく大きなものをもらった。
同じ物書きであり、親友でもあるリバ・ブレイ、エリン・モーゲンスターン、ジャスミン・ワーガにも。
わたしがだれよりも頼りにしているのが彼女たちだ。執筆という長距離走に挑んでいるときも、ストーリーや本や人生について尽きることのないおしゃべりをしているときも、あなたたちはこの旅に欠かすことのできない存在だ。両手いっぱいの愛と尊敬をあなたたちに捧げる。
カーラ・トーマス、アレクシス・バス、ヴァージニア・ベッカーにも。毎日笑わせてくれてありがとう。
ノヴァ・レン・スマ、ロリン・オバーウィガー、ホリー・ブラック、マギー・ホール、ジョディ・ケンダル、ヴェロニカ・ロッシ、ジーナ・キャリー、ベス・コズビー、レベッカ・ベーレンズにもたくさんのありがとうを。
アートはアートをインスパイアする。ローラ・マーリングとカリリズ・アレクサンダーにも敬意を表したい。
父ジョンと母ジョイス、姉クリスティー、そしてエド、リーガン、エヴァンにも。いつも支えてくれてありがとう。
わたしのパートナーであるラリーにも。あなたは無条件の愛というものを見せてくれた。わたしが自分を信じられなくなっていたときも、あなたはわたしを信じてくれた。あなたはわたしの人生に射したひと筋の温かい光だ。わたしを家族として両腕を広げて迎え入れてくれたキム、ヘイリー、マッ
トにもありがとうを。みんな、愛しています。
わたしの娘マデリンと、息子ラーム。この世界で、あなたたちの母親になれたことほど大きな誇りを与えてくれたものはない。わたしが人として成長し、闘い続け、努力し続けられるのはあなたたちのおかげだ。あなたたちがいるというだけでこの世界はよりよい場所になる。
そして駅で見かけた少女に。わたしにはあなたが見える。獲物でもライバルとしてでもない。希望が見える。
■あらすじ■
「だれもグレイス・イヤーの話はしない。禁じられているからだ」 ガーナー郡では、少女たちに“魔力”があると信じられている。男性を誘惑したり、妻たちを嫉妬に狂わせたりできるのだと。その“魔力”が開花する16歳を迎えた少女たちは、ガーナーの外に広がる森の奥のキャンプに一年間追放される。“魔力”を解き放ち、清らかな女性、そして妻となるために。 この風習について語ることは禁じられていて、全員が無事に帰ってくる保障もない。16歳を迎えるティアニーは、妻としてではなく、自分の人生を生きることを望みながら、〈グレイス・イヤー〉に立ち向かう。 キャンプではいったい何が? そして、魔力とは? 生死をかけた通過儀礼が、始まる──。
■著者について■
キム・リゲット
アメリカ中西部出身。16歳の時にミュージシャンを目指してニューヨークに移り住み、ロックバンドなどのバックシンガーを務めた。40代で小説を書き始め、2015年にロマンス・ホラー小説 BLOOD AND SALT でデビュー。2019年に刊行された本作は長篇5作目にあたり、ニューヨーク・タイムズ・ベストセラーほか多くのリストにランクインし注目された。また、「チャーリーズ・エンジェル」の監督・脚本も務めたエリザベス・バンクス監督で映画化が予定されている。ロサンゼルス在住。
■訳者について■
堀江里美
翻訳家。訳書『ザ・ガールズ』エマ・クライン、『美について』ゼイディー・スミス、『ガールズ・オン・ザ・ロード』ニコシア&サントス、『黄金の街』リチャード・プライス他多数。