劉慈欣入門にはコレを読め! 『円 劉慈欣短篇集』訳者・大森望氏解説
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劉慈欣入門にはコレを読め! 『円 劉慈欣短篇集』訳者・大森望氏解説

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『円 劉慈欣短篇集』発売から約一週間! 選りすぐりの短篇13篇を収録した本作は、劉慈欣入門にぴったりの一冊です。「『三体』が読みたいけど、ちょっと読み切れるか自信ないかも……」なあなたにも、「『三体』ロスだぜ!!」なあなたにもおすすめできます。
本日、『円 劉慈欣短篇集』そしてコニー・ウィリス『クロストーク』文庫の発売を記念して、訳者・大森望さんがTwitterのスペースで「最近のSFについてざっくばらんに語る会」をおこないます。そちらのおともに、『円 劉慈欣短篇集』解説を再録しました!

訳者あとがき
 
大森 望
 
 
 日本初の劉慈欣短篇集『円』をお届けする。1999年に発表された著者のデビュー作から、『三体』(早川書房)の一部を土台に2014年に書かれた表題作「円」まで、本邦初訳の4篇を含む全13篇が、発表順に収録されている。原書にあたる短篇集は存在しないものの、日本で独自に編んだ選集ではなく、作品選択は原著者側による。どんな意図で選ばれたのかはよくわからないが、劉慈欣の作家歴のほぼ全体をカバーする、好個の作品集となっている。
 すでに《三体》三部作を読んだ方なら、作中で扱われているさまざまなモチーフの原型を本書収録作に発見できるだろう。異星文明の侵略、環境問題、気候変動、山村での貧しい生活、教育、銀河を破壊する星間戦争、エネルギー問題、貧富の格差、人工冬眠、文明の終末、知的生命の営為を永劫の未来に残すための努力、そしてテクノロジーの重要性。著者は、これらの短篇で検討した多くのアイデアを《三体》に盛り込み、驚くべき大伽藍を──万里の長城を──築き上げた。三部作からこれらの短篇を見れば、ひとつひとつがその材料のようにも見えるが、もちろん短篇としても折り紙付き。本格的なSF長篇の第一作にあたる『超新星紀元』を刊行した2003年までに、著者は20篇余の短篇を書き、10を超える中国のSF賞を獲得している。本書収録の十三篇では、「円円(ユエンユエン)のシャボン玉」までの9篇が、この〝短篇SF作家時代〟の産物。ほとばしるアイデアと若々しいエネルギーと強烈な問題意識に満ちた作品群は、《三体》三部作に負けない驚きを日本の読者に与えるだろう。僕自身、「地火(じか)」や「郷村教師」、「詩雲」「栄光と夢」を初めて読んだときの衝撃は忘れがたい。こんなSFを書けるのは世界広しといえども劉慈欣だけではないか。《三体》の分厚さに恐れをなしてまだ手を出せずにいる読者には、格好の劉慈欣入門書にもなる。とにかく読んでぶったまげてほしい。
 なお、この時期、著者は山西省東部の娘子関発電所にコンピュータ・エンジニアとして勤めていた。そのため、一部の原稿の末尾には、脱稿の日付と、「娘子関にて」という言葉が記されている。娘子関は、山西省と河北省の省境となる関所で、石家荘から西に55キロの太行山脈山間部に位置する。古くは軍事上の要衝で、唐の太宗、李世民の妹の平陽公主が女兵を率いてここに駐屯したことから、「娘子関(女性の関所)」の名がついたという。
 以下、各篇について、原題(括弧内)と脱稿日(記載のあるもののみ)と初出データのほか、簡単な補足情報を付す。できれば読了後に参照してください。なお、既訳を使用したものについては、本書収録に際し、大森の責任で全面的に改稿している。

鯨歌(鲸歌)《科幻世界》1999年6月号
 劉慈欣の記念すべきデビュー作。ドラッグの密輸のために利用される意外な技術とは……。泊功訳で《SFマガジン》2020年6月号に掲載。同号に解説を寄せた立原透耶氏はこう書いている。
「『ピノキオ』や『白鯨』を彷彿とさせる物語ではあるが、科学が全てに勝利するかのように見えて……人類の不道徳を描ききる痛快かつニヤリとさせられる展開に、ストーリーテラーとしての実力を感じさせる。この作品がデビュー作というのには驚かされる。しかし、本作には劉のこれからの作品に描かれる要素がふんだんに詰め込まれている。科学者、親子、人類とはどういう生き物か、マクロとミクロの視点、道徳観念、ユーモア。個人的にはどこまでも科学を追求する、善悪の概念も痛みも何もかも超越した科学者の姿が、なぜか『三体』の女性科学者、葉文潔に繋がっているようにも思える。科学者という存在は、時に創造主であり、時に破壊者である。(中略)いや、人類そのものが相反する両面を兼ね備えていると本作は語っているのだ」

地火(地火)1999年6月2日脱稿 《科幻世界》2000年2月号
 炭鉱労働者だった父を亡くした主人公・劉欣が、石炭産業の根本的な改革と労働環境の改善を目指し、石炭地下ガス化という見果てぬ夢に挑む。SFというよりドキュメンタリー的な迫力に満ち、生々しい現実感が異彩を放つ。実際、著者の父親も炭鉱労働者だったそうで、本篇のディテールには実体験が反映されているのかもしれない。『中国九十年代科幻佳作集』に再録。日本では、橋本輝幸編『2000年代海外SF傑作選』(ハヤカワ文庫SF)に収録された(大森望・齊藤正高訳)。

郷村教師(乡村教师)2000年8月8日脱稿 《科幻世界》2001年1月号
 私財を投じて子どもたちの教育に人生を捧げてきた教師。だが、彼の寿命は尽きかけていた……。村の子どもに科学を教える話は『三体』第26章にも出てくるが、本篇では貧しい山村の苛酷な現実を描くパートと壮大な宇宙戦争パートのギャップが凄まじい。設定そのものは、「ひとりぼっちの宇宙戦争」(藤子・F・不二雄)や、その元ネタとされる「闘技場」(フレドリック・ブラウン)を彷彿とさせるが、著者みずから「中国SF史上もっとも奇抜でもっとも信じがたいコンセプト」と語る結末にはただ茫然。これを平然と書いてしまう豪腕に呆れるしかない。2001年度中国科幻銀河賞読者賞受賞。『2001年度中国最佳科幻小集』に再録されている。本邦初訳。

繊維(纤维)《科幻世界》惊奇档案·霹雳与玫瑰号(2001年8月号)
 並行世界を繊維に見立てた掌篇。なぜか剣闘士が強調されるのは、2000年に公開されたリドリー・スコット監督、ラッセル・クロウ主演の映画『グラディエーター』の影響か。《SFマガジン》2021年2月号に泊功訳で掲載。

●メッセンジャー(信使)《科幻大王》2001年11月号
 プリンストンの自宅の二階で夜ごと趣味のヴァイオリンを奏でる老人。ある晩から、その窓の下に奇妙な若者が現れ、ヴァイオリンの調べにじっと耳を傾けるようになる。SF読者なら、老人がだれで、若者が何者なのかは早々に見当がつくだろう。クラシックなショートショートだが、若者の携えてくるメッセージの内容(と楽器の特徴)に劉慈欣らしさが現れている。《SFマガジン》2020年8月号に泊功訳で掲載(訳題「クーリエ」)。

●カオスの蝶(混沌蝴蝶)1999年7月11日脱稿 《科幻大王》2002年1月号
 カオス理論の初期値鋭敏性を利用し、文字どおり「ブラジルで一頭の蝶を羽ばたかせることによって、テキサスで竜巻を引き起こす」ようなことを目指す極秘プロジェクトが描かれる。著者が本篇を書き上げる直前、コソボ紛争末期の一九九九年三月二十四日から六月十日にかけては、北大西洋条約機構(NATO)により、首都ベオグラードをはじめ、コソボ、モンテネグロなど、ユーゴスラビア各地に激しい空爆が加えられていた。こうした現在進行形の社会的な問題を積極的に小説に取り入れる姿勢は、本書収録の「栄光と夢」や「円円のシャボン玉」にも共通している。本邦初訳。

●詩雲(诗云)2002年12月9日脱稿 《科幻世界》2003年3月号
 エピソードとしては独立しているが、本篇の背景については若干の説明が必要かもしれない。というのも、「詩雲」は、《科幻世界》2002年11月号に掲載された短篇「吞食者」の後日譚という体裁をとっているからだ。異星文明による侵略を描く「吞食者」は、ある意味、『三体』三部作の原型のひとつとも言える。
「吞食者」では、巨大なリングワールド(さしわたし五万キロで、穴の内径は三万キロ)に住む〝呑食帝国〟に地球が征服され、二十億の人類は食用家畜としてリングワールドに移住させられてしまう。大牙は「吞食者」にも地球への使者として登場するが、読めばわかるとおり、「詩雲」の物語はそれとはまったく独立しているのでご心配なく。なお、この「吞食者」は、2022年にKADOKAWAから刊行される劉慈欣短篇集『流浪地球(仮)』に収録される予定なので、お楽しみに。
 本篇「詩雲」には、呑食帝国からも神と崇められる超高度な異星種属が登場。その〝神〟が漢詩の魅力にとり憑かれたことで壮大な物語が幕を開ける。五言詩や七言詩(とくに五言絶句や七言絶句)は日本でも漢文の授業で扱われるのでよく知られているが、詞(宋代に流行したので宋詞とも言う)は馴染みのない人が多いかもしれない。もともとは曲(詞調)に合わせてつくられた韻文で、曲ごとに(詞の題名とは別に)タイトル(詞牌)がついている。詩も詞も形式がきっちり決まっているのが特徴で、だからこそ〝李白〟が思いついたようなアイデアが実現可能になるわけだ。
 こうした発想はもちろん著者のオリジナルではなく、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの「バベルの図書館」には、二十五種類の文字(アルファベット二十二文字とスペースとコンマとピリオド)のあらゆる組み合わせを網羅する本(すべて80字×40行×410ページ)を収蔵する仮想的な図書館が登場する。それを(デジタルデータながら)物理的に実現しようとしたらどうなるかをSF的に検討してみた結果──のもたらす驚きが本篇の肝だろう。もっとも、劉慈欣の発想の原点は、ボルヘスではなく、スパコンですべての神の名前を記述しようと試みるアーサー・C・クラークの短篇「90億の神の御名」かもしれない。2003年度中国科幻銀河賞読者賞受賞。《2003年度中国最佳科幻小集》に再録。本邦初訳。

栄光と夢(光荣与梦想)2003年3月7日脱稿 《科幻世界》2003年8月号
 延期された東京オリンピックが無観客で開催された2021年に本篇が初めて邦訳されるというのも妙に因縁めいているが、これは〝もうひとつのオリンピック〟を描く風刺SF。作中のシーア共和国は、原文では西共和国(西亜共和国)だから、日本語に訳せば「西アジア共和国」だが、それだとかえって混乱を招きそうなので、発音のほうをとって「シーア共和国」とした。
 イラク戦争(第二次湾岸戦争)が勃発したのは、著者が本篇を脱稿した直後の3月20日。その三日前、サッダーム・フセイン大統領に対し、国外退去しなければ全面攻撃するとの最後通牒をつきつけていたジョージ・W・ブッシュ米国大統領は、この日、予告どおり、英国軍などとともに、〝イラクの自由作戦〟と名づけた侵攻作戦を開始した。開戦理由のひとつとしてイラクの大量破壊兵器保有を挙げたが、戦争後もそうした兵器は見つからず、この情報は捏造だったとされている。本邦初訳。

円円のシャボン玉(圆圆的肥皂泡)2003年12月12日脱稿 《科幻世界》2004年3月号
「カオスの蝶」と同じく、テクノロジーによる気象操作を扱っているが、トーンは正反対。他の収録作と比べて、あくまでポジティヴな本篇のトーンはコントラストが際立つ。「地火」や「栄光と夢」と同じ著者の作品とは思えません。日本の読者なら、2001年にファミ通文庫から出た野尻抱介の長篇『ふわふわの泉』(現在はハヤカワ文庫JA)をなつかしく思い出すのではないか。もっとも、『ふわふわの泉』に出てくるシャボン玉のような粒子は、ダイヤモンドよりも硬くて空気よりも軽い新物質なので、「円円のシャボン玉」よりはるかにSF度が高い。とはいえ、「円円のシャボン玉」が最終的に実現する光景も、すばらしく壮大でファンタスティックだ。2004年度中国科幻銀河賞読者賞受賞。本書収録の邦訳が、《SFマガジン》2021年12月号に先行掲載された。

●二〇一八年四月一日(2018年4月1日)《时光尽头Esquire》2009年1月号
 男性ファッション誌《时尚先生 Esquire》(尚先生は「ミスター・ファッション」の意味)の未来特集で、十年後(2018年)を描くという企画のために執筆された小品。この作品以降の四篇は、『三体』以後の作品ということになる。テクノロジーによって格差が広がる未来が描かれ、長寿化技術とともに《三体》でお馴染みの人工冬眠も登場する。《SFマガジン》2020年10月号に泊功訳で掲載。

●月の光(月夜)《生活》2009年2月号
 環境問題をテーマにした歴史改変SF。エネルギー問題を解決するさまざまなアイデアが投入されるが……。初出時には、「これはSF小説です。わたしたちは、エネルギーによる繁栄と裏腹に、それが枯渇する恐怖を抱えた時代に生きています。わたしたちの頭上にはこのダモクレスの剣があり、破滅を避けるための方法を模索しなければなりません」との前書きがついていた。2019年、ケン・リュウ編『月の光 現代中国SFアンソロジー』に再録。同書の日本版(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)には大森が英訳から邦訳したものが収録されているが、今回、原著者から提供された中国語の原文をもとに改稿した。

●人生(人生)2003年9月27日脱稿 『光尽』(2010年1月刊)
 まだ生まれてこない赤ん坊との対話というスタイルで書かれた衝撃的なアイデア・ストーリー。花山文芸出版社から刊行された作品集『時光尽』(時の終わり)に収録された。《SFマガジン》2020年12月号に泊功訳で掲載。

●円(圆)Carbide Tipped Pens (2014年1月)
 本書を締めくくるのは、第50回星雲賞海外短編部門を受賞するなど、日本でも圧倒的な人気を博した人力コンピュータSF「円」。発想の原点は、『10の世界の物語』(ハヤカワ文庫SF)に収録されているアーサー・C・クラークのそろばんSF短篇「彗星の中へ」だろうか。宇宙船のコンピュータが故障し、地球に帰還するための軌道計算が不可能に。だがそのとき、ひとりの日系人が、そろばんを作って人力で軌道計算することを提案する……。人間がコンピュータのかわりに計算する話は小川一水「アリスマ王の愛した魔物」や小林泰三「予め予定されている明日」にも出てくるが、それら先行作とくらべても、本篇のスケールとビジュアルは圧倒的だ。
 中身は、『三体』の作中VRゲームの一エピソード(第17章「三体 ニュートン、フォン・ノイマン、始皇帝、三恒星直列」)を抜き出し、主人公を荊軻に置き換えて独立した短篇に改稿したもの。ケン・リュウが “The Cirle” のタイトルで英訳し、ベン・ボーヴァ&エリック・チョイ編のアンソロジー Carbide Tipped Pens (トー・ブックス)に掲載されたのち、ケン・リュウ編訳の『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』に再録された。同書日本版(ハヤカワ文庫JA)には、中原尚哉氏が英訳から翻訳したものが収録されているが、今回、原著者から提供された原文をもとに新たに翻訳した。

以上、超個性的な13篇、お楽しみいただけるとさいわいです。なお、今後、早川書房からは、2022年に、『三体』の前日譚とも言える劉慈欣『球状閃電』と、宝樹による三部作スピンオフ作品『三体X 観想之宙』(以上仮題)が刊行予定。またKADOKAWAからは、本年12月刊行のイラストストーリー『火守』(劉慈欣著、池澤春菜訳、西村ツチカ絵)に続き、前述したとおり、劉慈欣の邦訳第二短篇集も待機中とのこと。劉慈欣の魅力が日本の読者にますます広く知られることを祈りたい。

2021年10月


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